Voice of ER ー若輩救急医の呟きー

日本のどっかに勤務する救急医。医療を始め、国内外の問題につきぼちぼち呟く予定です。

空母におけるCovid-19アウトブレイク

 今回は論文の紹介です。今回の参考文献は、今年の11/11に発表された"An Outbreak of Covid-19 on an Aircraft Carrier"(Kasper MR., Geibe JR. et al., N Engl J Med. DOI:10.1056)です。

 

(1) Method

アウトブレイクへの初動とフォローアップ

 'U.S.S. Theodore Roosevelt'は西太平洋で活動中であったが、出港13日目に3名がmedical departmentへCovid-19を示唆する症状で受診した。この3名はreal-time reverse-transcriptase PCR(rRT-PCR)を受け、SARS-CoV-2陽性と判明した次の24時間で、contact tracingにより、他の症状がある乗組員と, 約400名の濃厚接触者が特定された。最初のCovid-19陽性検査結果が報告された4日後に、空母はグアム島の海軍基地へ寄港した。Covid-19と確定診断された乗組員は、グアム海軍基地, もしくは 基地の病院 で隔離された(placed in isolation)1回以上のCovid-19検査で陰性・無症状な人は、基地の外のホテル, もしくは グアム海軍基地 で隔離された(quarantined)。加えて、感染していないessential personnelは港に停泊している空母に残った。

 乗組員全員に対してCovid-19の症候のscreeningとrRT-PCRによる検査が行われた。SARS-CoV-2陽性の人は隔離(isolation)された上で、1日2回の症状・体温・SpO2確認が行われた。陰性の人は隔離(quarantine)された。最終的に、無症状でSARS-CoV-2陰性である乗組員4,079名がグアムの11箇所のホテルに隔離(quarantined)された。全員が一人部屋に収容された。

 往診に頼る形のsurveillance modelが行われた(A surveillance model was implemented that relied on in-person health screening)。この往診は、Defense Digital Serviceが開発した症状チェッカーを用いた自己申告により補足を受けた。健康状態screeningと症候チェッカーのデータは、毎朝9時と午後9時に収集・分析された。症状が進行性, もしくは 予後不良 となるriskが高くなる可能性のある状態にあると看做された乗組員は、追加のscreeningによってフォローアップを行った。現場の医療従事者により、より厳格な経過観察もしくは治療が必要と判断された乗組員は、治療のためグアム海軍病院へ搬送された。

 既定の隔離(isolation or quarantine)期間が終わる際には、全員がrRT-PCT検査を受けなければならなかった。最終検査を受ける為には、乗組員は最短14日は隔離(isolation or quarantine)されている必要があった隔離(isolation)されている人に関しては、最終検査前の3日間は無症状でなければならなかった。隔離(quarantine)中に発症した乗組員は、検査を受けた上で, 追加で最短14日間の隔離(isolation)に置かれた。全乗組員に最短10週間のフォローアップが行われた。

② 検査について

 ウイルス輸送用媒体のスワブキットを用いて、乗組員全員から鼻咽頭スワブ検体を採取した。SARS-CoV-2感染の存在はrRT-PCR検査によって診断された。インフルエンザ様症状のsurveillance検査はBiofire Respiratory 2 Panelにより行われた。

 

(2) Result

アウトブレイクのtimeline

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  2020年3/23~5/18の間に、合計1,271名の乗組員(全乗組員の26.6%)がSARS-CoV-2陽性と診断された。他に60名がCovid-19疑いとされた(Fig.1)。検査でCovid-19と診断された1,271名のうち、572名(43.0%)はアウトブレイク期間中無症状のままであり, 293名(22.0%)は検査で陽性と診断された時に症状があり, 406名(30.5%)は検査で陽性となった時にpresymptomaticであった。全体として、検査でCovid-19と診断された1,271名中978名(76.9%)にて検査陽性と判明した時には症状が無く, 699名(55.0%)が臨床経過中に発症していた。

 インフルエンザ様症状の検査は、アウトブレイク発生前後に限られた数の検体で行われた。アウトブレイクが判明する前の週には5名に検査が行われ、3名がヒトライノウイルスorエンテロウイルス陽性, 1名がrespiratory syncytial virus(RSV)陽性で, 1名で病原体は検出されなかった。3/24にアウトブレイクが判明した後、16名から検体が採取された:  10名は病原体が検出されず, 3名はヒトライノウイルスorエンテロウイルス, 2名はコロナウイルスOC43(SARS-CoV-2ではない), 1名はヒトライノウイルスorエンテロウイルス及びRSVが陽性となった。

 アウトブレイクのepidemic curveをFigure 2に示す。振り返ってみると、症候性のCovid-19と診断or疑いの乗組員は早くても3/11には症状があり, 分析期間の終わりまでには診断を受けていた。3/27に空母はグアムに寄港したものの、アウトブレイクは少なくとも6週間続いた。

② 乗組員のcharacteristics

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 乗組員は主として若く(平均年齢27歳), 男性(78.3%)であり、人種的に多様であった。空母展開時、全乗組員の健康状態は良好で米海軍海上勤務基準に合致していた。最終的に、Covid-19症例は性別, 人種, 乗組員の職種 間で均等に分布していた(Table 1)。兵員/兵卒(enlisted personnel, 船上populationの90%)は将校よりもCovid-19と診断or疑われる可能性が高いと思われた。

 リスクが高い作業空間を特定する為のデータ分析が行われた。狭い空間(e.g. 原子炉・工学・供給・兵器部門)は、屋外と閉鎖空間が組み合わさる作業(e.g. 航空・甲板乗組員)と比べるとCovid-19陽性or疑いとなる可能性が高いと思われた。Medical departmentの職員(16.7%[48名中に8症例])は、乗組員全体と比べるとattack rateがやや低かった。

③ 症状と治療

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 症候性Covid-19の乗組員において、頭痛は病期中において最も多い症状であり(68.0%)、次いで咳嗽(59.5%), 鼻汁(43.8%), 味覚or嗅覚の変化(42.3%)が多かった(Fig. 3)。発症時に主であった症状は咳嗽(32.8%), 頭痛(31.0%), 味覚or嗅覚の変化(24.1%)であった。症候性の乗組員の20.3%が病期のどこかにおいて息切れを報告し, 7.0%の乗組員が最初の主訴で息切れがあったことを認めた。加えて、症候性Covid-19の乗組員の26.2%が病期のどこかで胸痛 ないし 胸部圧迫感 を報告した。症候性Covid-19の乗組員の5.3%は最初の主訴が発熱であると報告し, 13.2%は病期のどこかで発熱を報告した。Covid-19の乗組員でSpO2データがある人のうち、約0.5%が室内気にて95%未満で, 0.08%が94%未満, 90%未満は0だった。

 SARS-CoV-2陽性となった乗組員1,271名とCovid-19疑い60名のうち、23名(1.7%)は発症後平均16日間入院治療を受けた。4名(0.3%)はICUへ入室し, 1名はCovid-19に関連した心血管系合併症で死亡した。入院する前において、入院したCovid-19の乗組員は、入院しなかったCovid-19の乗組員と比べて咳嗽(68%), 体の痛み(58%), 発熱(32%)を多く訴える傾向にあった。アウトブレイクの期間中、予防的措置として、入院基準はより軽症な乗組員の入院を許容するように修正された。

 

(3) Discussion

  若く健康な人口におけるSARS-CoV-2感染はよく研究されていない。'U.S.S. Theodore Roosevelt'におけるCovid-19アウトブレイクは、若く健康な人の多い現役世代人口におけるアウトブレイクを評価する滅多にない機会だった。乗組員の約69%が30歳より若く, 65歳超の乗組員は居なかった。全員が予防接種を受けていた。アウトブレイクとその後の米海軍の対応の中で、全ての乗組員が評価・検査・フォローアップを受けた。このレベルの管理の評価及び記録は、民間人において達成し難いものである。

 航海中の船舶では、インフルエンザのような呼吸器ウイルスやノロウイルスのような腸管病原体が急速に拡散しうる。パンデミック早期では、クルーズ船でのCovid-19アウトブレイクが多く発生した。船舶のmedical departmentは、病気の大規模なアウトブレイクですぐに圧倒されてしまう可能性がある。海軍船舶の環境は一般的に、通常船舶よりも窮屈である。典型的には、兵卒は数十個の寝台が密集したopen bayで眠り, ジムや厨房といった集合場所に集まる。将校よりも兵卒でCovid-19の可能性が高いことが示すように、こうした環境がSARS-CoV-2伝播を容易にしたのかもしれない。

 驚くほどでもないが、エンジンルームやその他の狭い区画で働く乗組員は、甲板で働く乗組員よりも感染のリスクが高かった。海軍・海兵隊公衆衛生センター(Navy and Marine Corps Public Haelth Center)とCDC'U.S.S. Theodore Roosevelt'乗組員ボランティア384名に行った研究でも同様の結果が示された: 狭い空間で働く人でCovid-19に罹患するoddsが高かった。rRT-PCRで診断された時に、感染した乗組員の大半が無症状だった。加えて、非典型的な症状の乗組員は自身がSARS-CoV-2に感染していると思わなかっただろう。これらの観察結果は、民間人において無症候性感染をした若年成人が拡散に寄与したのと同様に、無症候ないし軽症の乗組員がアウトブレイクの急速な拡散において重要な役割を果たしたことを示唆している。

 若い人口でも重症症例は発生するものの、高齢者よりは少なく, より重症でないことが典型的である。'U.S.S. Theodore Roosevelt'の場合、乗組員のほとんどは入院しなかった。高血圧, 肥満, 糖尿病といった特定の併存疾患は死亡率上昇と関連している。今回、入院した乗組員にて軽症の喘息, 肺疾患(e.g. 気管支炎), 高血圧, 肝疾患を含む複数の併存症を認めた。

 感染した乗組員全員のoutcomeを確認できたものの、データ収集は記録の質(特にアウトブレイク早期に作成されたもの)により制約を受けた。縦断的コホートを用いた将来の研究が、若年成人におけるSARS-CoV-2疫学についてより大きな識見を与えてくれるかもしれない。今回の軍人人口における観察結果は、民間人に十分には当てはまらないだろう。CDCのCovid-19の症例定義と臨床診断基準は時間経過とともに変化している。PCRによるmultiplex検査は、船内におけるインフルエンザ様症状のCovid-19以外の原因を特定した。大半の症例がrRT-PCR検査によって診断されたため、Covid-19症例の分類に症例定義や他の呼吸器病原体が与えた影響は限定的である。最後に、全ての米軍構成員と同様に'U.S.S. Theodore Roosevelt'乗組員の医療へのアクセスは均等である。これらは米国の全ての民間人に当てはまることではない。