Voice of ER ー若輩救急医の呟きー

日本のどっかに勤務する救急医。医療を始め、国内外の問題につきぼちぼち呟く予定です。

新興・再興性感染症について(3)

 前回に続き、NEJMに掲載されたSTIsに関するreview articleの和訳の続きを掲載していきます。

(4) 新興の性的感染が可能なウイルス

① ジカウイルス(Zika virus[ZIKV])

 ZIKVはヤブカが媒介し、発熱, 頭痛, 筋肉痛といった症状のほか, 妊婦に感染することで小頭症などの胎児の脳の異常を来すことが知られている。ZIKVの性的感染が疑われる初の症例は2008年に発生しており、セネガルから米国へ帰国した男性と, 海外渡航歴の無い妻が共に急性ZIKV感染症に罹患したものである。2013年には、尿と精液中からZIKVが検出された症例がタヒチで報告されている。また女性の唾液と男性パートナーの精液からZIKVが検出されたことで、感染が関連性があることが示された事例もある。性的感染症例の報告は他にもなされており、大半は急性ZIKV感染症の男性(尿or精液からウイルスが検出された)から女性へ、膣を介した性行為で感染した症例であった。ZIKV急性感染症患者を対象した前向き研究では、精液からウイルスRNAが排除される期間の中央値は42日で, 95 %が排除されるまで4ヶ月であった。但し、ZIKVのRNAがあることは必ずしもウイルスに生存能力がある, もしくは 感染性があることを示している訳ではない。またZIKVは稀に唾液 もしくは 膣分泌液 から検出されることがある。

 蚊を媒介した感染が生じている地域において、ZIKVの性的感染の数を推計するのは難しいが、今日までに確定診断された性的感染症例の合計は世界中のZIKV感染症例数の合計と比較してかなり少数であり, 性的感染によるZIKV感染の集団帰属率は低いと考えられる。WHOのガイドラインは、ZIKVへ曝露した可能性がある or ZIKV既感染もしくは感染疑いの場合、最低2ヶ月間コンドームを使用, もしくは 最低3ヶ月間は性行為を控えるように推奨している。また、女性がZIKV曝露or感染の可能性がある場合、妊娠へ繋がりうる性行為を2ヶ月間避けることで妊娠前にウイルスが排除される。加えて、女性が妊娠中で, 尚且つ 女性とそのパートナーがZIKV感染症が発生中の地域に居住 or パートナーがそのような地域から帰国した場合、性行為にてコンドームを使用するか, 全妊娠期間中において性行為を控えるべきである。

エボラウイルス

 2014年から2016年の間に西アフリカで発生したエボラウイルス大規模アウトブレイク以来、性感染によるエボラウイルスの症例が報告されている。エボラウイルス病の男性生存者の精液からはエボラウイルスが検出される可能性がある。エボラウイルス病の男性生存者の精液へRT-PCRを繰り返した前向き研究において、発症以来ウイルスRNAが検出され続けた期間の中央値は158日間であった但し、RT-PCRにおける陽性は必ずしも感染性のあるウイルスが存在することを示している訳ではない。またエボラウイルス病から生存した男性患者の精液と, 同疾患で死亡したセックスパートナーの血液に対して行ったエボラウイルス配列決定は男性が同疾患を発症して179日後であってもエボラウイルスが性感染した証拠を提示した。

 

(5) 既存STIsに関する新たな問題

① 梅毒

 WHOは2016年時に世界中で6百万人の梅毒の新規感染者が居ると推計しており、本疾患は世界的に主要な公衆衛生の問題であり続けている。眼球梅毒, 神経梅毒, 先天性感染のように、梅毒は重症化する場合がある。ここ10年間、MSMにおける梅毒の発症率は多くの国で顕著に増加している。梅毒の発症率は特に、HIV感染の曝露前予防策を講じているMSM間で高く、HIV感染の曝露前予防策を用いているMSMに対して、HIV検査と併用して定期的な梅毒screeningを行う重要性を強調している。より近年では、米国, 日本, オーストラリアにおいて異性愛間での梅毒が再興しており先天性感染の報告も増加している。

 原発性梅毒は肛門・性器に潰瘍を生じる他のSTIsに類似しており、Treponema pallidumやherpes simplex virusなどの病原体を同時に検出するためのmultiplex PCR検査を用いることで、診断の正確性は改善されてきている。MSMにおける肛門の原発性梅毒は覚知されずに放置される可能性があり、病変が見られない場合は拡散増幅検査によってT. pallidumは検出されうる。似たように、MSMにおける口腔潰瘍を伴わない二次性梅毒の場合、口腔に対するPCRによりT. pallidumが検出されている。まとめると、こうした研究は症状が無い部位からT. pallidumが感染する可能性を示している。また先天性梅毒は、妊娠早期に母体感染が探知・治療されれば予防可能である。

② 淋菌

 N. gonorrhoeaにおける抗菌薬耐性の増加は、もう一つの重要な課題である。米国では、毎年約550,000例の薬剤耐性N. gonorrhoeae感染症が発生していると推定されている。セフトリアキソン, アジスロマイシン, もしくは 両者(大半の高所得国において、淋菌に対する第一選択として推奨されている)への感受性の低下が特に懸念されている。

 2017年以来、セフトリアキソン耐性N. gonorrhoeaeのクローンは世界中に撒布され、最初は日本において, その後はヨーロッパ・東南アジア・オーストラリアにおいて散発例が報告されている。2018年には英国とオーストラリアにおいて、セフトリアキソンと高濃度のアジスロマイシンの両者へ耐性を持つN. gonorrhoeae感染症の初の症例3例が報告され、高域薬剤耐性N. gonorrhoeae命名された。遺伝子解析は、この系統が東南アジアにreservoir(起源?感染源?)を有する可能性があり, この系統が大陸内拡散したことを示した。

 咽頭と直腸はN. gonorrhoeaeの感染源になっている; 咽頭・直腸感染は大抵無症状であるが、核酸増幅検査によって検出可能である。咽頭N. gonorrhoeaeが抗菌薬耐性を獲得するのに重要な場所であり、抗菌薬の浸透が不十分なため治療が失敗する場所であるかもしれない。今日に至るまで、セフトリアキソンによる治療失敗が確認された症例数は限られているものの、N. gonorrhoeaeは時間経過とともに薬剤耐性を示す傾向が顕著であり, 新規の有効な抗菌薬が喫緊に求められている。近年の臨床試験では、solithromycin, zoliflodacin, gepotidacinなどの新規の抗菌薬の効果が検証されている。