Voice of ER ー若輩救急医の呟きー

日本のどっかに勤務する救急医。医療を始め、国内外の問題につきぼちぼち呟く予定です。

せっかくなんで新型コロナウイルスに関する論文を読んでみた。 Part 2

 今回はNew England Journal of Medicineへ今年1月29日に発表された"Early Dynamics in Wuhan, China, of Novel Coronavirus-Infected Pneumonia"(Lin Q, Guan X et al.)を和訳してみました。

 

(1) 目的

 武漢で確定診断された最初の425例を通して、疫学的な特徴と伝播形式(transmission dynamics)を究明する。

 

(2) Method

 早期の症例は、下記"pneumonia of unknown etiology"の定義で診断した。

1. 38 ℃以上の発熱

2. 画像にて肺炎の所見あり

3. 白血球数低下or正常値, 或いは リンパ球数低値

4. ガイドラインに従った抗菌薬治療を3〜5日継続しても症状改善なし

5. 原因となる病原体が見つからない

 しかし2020年1月18日になって、以下のように診断基準が変更となったのでそれを用いるようになった。

1) 発症14日以内に、武漢への渡航歴, 或いは 発熱or呼吸器症状がある武漢から来た患者と濃厚な接触歴がある

2) 確定診断: 下記3項目のうち少なくとも1つで2019-nCoVが陽性

 1. 2019-nCoVが単離

   2. Real time RT-PCRで少なくとも2回は陽性

 3. 2019-nCoVと一致する配列を検出

 疑い症例を特定した場合、国, 省, 都市, 県のCenter for Disease Control and Prevention(CDC)からなるjoint field epidemiology teamがフィールド調査を開始し、尚且つ呼吸器検体を採取して北京のChina CDC付属のNational Institute for Viral Disease Control and Preventionへ検査のために送った。

 疫学的なデータは患者とその家族へのインタビュー(i.e. 同じ症状を呈する人物との接触歴, 発症前2週間の曝露歴, 武漢のHuanan Seafood Wholesale Marketにおける野生動物への曝露歴)やフィールドレポートを通じて収集した。その上で、こうしたデータは複数のソース由来の情報によりcross-checkが行われた。動物への曝露の可能性と、環境曝露の可能性を評価するため、家や, 患者が発症2週間以内に訪問した場所への調査も行った。

 また、患者から下気道と上気道の検体を採取し、Hubei省CDCと, China CDC内のNational Institute for Viral Disease Controlにあるbiosafety level 2の施設にて、RNAを抽出。その上で2019-nCoVに特異的なprimerとprobeを用いたreal-time RT-PCRを行った。

  発症日を元に疫学的カーブを描き、解釈を助けるために疾患流行の特定と制御の手段に関係する主要な日付を重ねた(key dates relating to epidemic identification and control measures were overlaid to aid interpretation)。潜伏期間の分布は、曝露歴, 発症日へlog-normal分布を当てはまることで予測。発症〜最初の医療機関受診までの分布と, 発症〜入院までの分布は、発症の日付, 最初の受診日, 入院日へWeibull分布を当てはめることで予測した。また、"serial interval distribution"(連鎖的に伝播する場合における、連続した症例での発症の遅れ)を予測するために、集団から採取したデータをガンマ分布に当てはめた。

 また、12月10日から1月4日の間に発症した症例のデータを解析することで、感染拡大速度("epidemic growth rate")を推定した。人畜共通感染症の伝播モデルをHuanan Seafood Wholesale Marketに関連付けされていない発症日と適合させ、このモデルによって感染拡大速度, "epidemic doubling time", "basic reproductive number"(R0)を導き出した。

R0; 1人の患者が作り出す新規の感染患者数の予測。

 

(3) Results

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 感染発生数(developement of the epidemic)は、症例数の増加と, その後の減少 という経過を辿っているが、特に後半における減少は、直近発症の未確認・診断の遅れによるものであり、正確な発症数を示すものではない(Figure 1)。特に、時間が経つにつれて検査キットが使用できるようになったので、1月における症例数増加のスピードの解釈には注意が必要である。早期の症例の大半は、海鮮市場への曝露例を含んでいるが、12月の末には関連がない症例が急激に増加している。

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 年齢の中央値は59歳(15~89歳)で、425名の患者のうち240名(56%)は男性であった。15歳未満の小児はいなかった。時期を① first period; 今年1月1日(海鮮市場が閉鎖された日)より前に発症した患者, ② second period; 今年1月1日〜11日(武漢でRT-PCR reagentが供給された時期)に発症した患者, ③ third period; 1月12日以降に発症した患者, の3つに症例を分けてcharacteristicsを分析した。早期発症の患者は、わずかに若く, 男性が多い傾向と, 海鮮市場への曝露が多い傾向が見られた。また、3つの時期を通して医療従事者の比率が次第に増加した(Table 1)。

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 確定診断に至った10例について曝露データを試験した結果(we examined data on exposure among 10 confirmed cases)、平均潜伏期間は5.2日と推定した(95%CI 4.1~7.0)。95%分布(95th percentile of the distribution)は12.5日(95%CI 9.2~18)であった(Figure 2A)。また、5集団の症例に関する情報(Figure 3)を得た上で、この集団における6組の発症時期に基づき、"serial interval distribution"は平均(±SD)7.5±3.4日と推定した(Figure 2B)。

 2020年1月4日までのepidemic curveにおいて、感染拡大速度は0.10/day(95%CI 4.3~7.5), "epidemic doubling time"は7.4日(95%CI 4.2~14)であった。既述の"serial interval distribution"を用いて、R0は2.2(95%CI 1.4~3.9)と推定した。

 発症〜最初の医療機関受診までの期間は、発症が1月1日以前の患者45名においては平均5.8日(95%CI 4.3~7.5), 発症が1月1日~11日の患者207名においては平均4.6日(95%CI 4.1~5.1)であった(Figure 2C)。発症〜入院までの期間は、発症が1月1日より前の患者44名において平均12.5日(95%CI 10.3~14.8), 1月1日〜11日発症の患者189名において9.1日(95%CI 8.6~9.7)であり、前者の方が後者より長かった(Figure 2D)。なお、直近の発症, 及び 症状発現までの期間が長い症例がまだ探知されていないため、1月12日以降発症の患者について分布は取っていない。

 

(4) Discussion

 早期の症例の大半は海鮮市場と関連があり、患者は動物ないし環境への曝露により感染した可能性があるものの、ヒト・ヒト感染が発生し、直近の週において感染が次第に拡大していることは明らかである。この研究の知見は、contorol measuresの影響の評価と, 更なる感染拡大の予想を含む更なる分析における重要なパラメーターとなりうる。

 感染はR0が1より大きくなるにつれて拡大し、control measuresの目的はR0を1より小さくすることである。SARSのR0はおよそ3であり、SARSアウトブレイクは患者の隔離と厳重な感染管理で成功裏に制圧された。COVID-19の場合、多くの中等症の感染の存在と, 患者や濃厚接触者を隔離するための資源が限られていることが課題である。なお、アウトブレイク認知度の上昇や直近の週における検査の利用によって2019-nCoV感染の確定診断の割合が増えたことから、本研究におけるR0は1月4日までの期間に限られている。武漢, 中国の他地域と, 海外におけるその後のcontrol measuresは、感染性を減少させた可能性がある。しかし、中国国内の他地域や海外における患者数増加は、感染規模の拡大を示唆している。1月23日から始まった武漢と近隣都市の隔離は、中国国内と海外への症例移出を減少させるものの、同じ強度の地域内伝播が他地域において発生しているかどうか判断すことが優先事項である。

 なお、早期の症例には小児が殆どおらず、425例のほぼ半分が60歳以上の成人であったことは注目に値する。子供は感染する可能性が低い, もしくは, 感染しても軽症症状を呈するのかもしれない。そして、これによって確定診断数のunderrepresentationを説明できるかもしれない。COVID-19では医療従事者の感染が見られているものの、SARSやMERSアウトブレイクの時ほど比率は高くない。SARSやMERSアウトブレイクの特徴の一つに、異種への感染(heterogeneity in transmissibility)、特に病院における大規模な拡散イベントの発生(occurrence of super-spreading events)がある。COVID-19ではsuper-spreading eventはまだ確認されていないが、感染が拡大するにつれて、それが特徴となる可能性がある。

 発症〜医療機関受診までの間の遅れは一般的に短い(27%の患者が発症後2日以内に受診)ものの、発症〜入院までの間の遅れはより長かった(少なくとも第5病日までに、89%の患者が入院していなかった)。これは、COVID-19早期において診断し隔離することが難しいことを示している。地域に拡散することなくその場で封じ込め, 早期に症例を管理する戦略の一環として、率先して症例を発見するために診療所や救急外来における検査へ相当量の資源を投入することが必要かもしれない。このようなアプローチは、無症状の感染の重症度の評価へ、重要な情報を与える可能性もある(Such an approach would also provide important information on the subclinical infection for better assessment of severity)。

 本研究における潜伏期間の推定は、曝露された人の14日間の隔離or経過観察という措置を支持する重要な証拠である。この推定は10症例に基づいたものであり、不正確である。更なる研究でより多くの情報を集める必要がある。

 本研究は、新興病原体による感染症に対する研究初期段階においてありがちなlimitationの影響を受けた。早期の探知と診断のため、症例の特定にepidemiology historyを考慮に入れ, 情報が入るたびに修正された。1月11日に武漢PCR diagnostic reagentsが入手可能となると、確定診断がより容易になされるようになった。更に、当初の焦点は肺炎患者の探知であったが、今は消化器症状を呈する患者がいること, 小児での無症状感染があることが分かっている。非典型的な主訴の症例が見逃された可能性や、確定診断に至った症例の中で、軽症例が確認されていなかった可能性もある。

 本研究では、武漢においてはおよそ7.4日ごとにCOVID-19症例数が2倍になっていたことが明らかになった。12月中旬以来、濃厚接触によるヒト・ヒト感染が発生しており、その後1ヶ月間で次第に拡散していた。次なる喫緊の策は、集団内での伝播を減らすための有効な手段を特定することである。疫学的特徴とoutbreak dynamicsについて新たな事実が判明する都度に、症例定義を更新する必要があると考えられる(The working case definitions may need to be refined as more is learned about the epidemiologic characteristics and outbreak dynamics)。