Voice of ER ー若輩救急医の呟きー

日本のどっかに勤務する救急医。医療を始め、国内外の問題につきぼちぼち呟く予定です。

せっかくなんで新型コロナウイルスに関する論文を読んでみた。Part 3

 今日はJAMAに本年2月7日に掲載された論文"Clinical Characteristics of 138 Hospitalized Patients With 2019 Novel Coronavirus-Infected Pneumonia in Wuhan, China"(Wang D, Hu B et al.)を紹介します。

 

(1) Objective

 COVID-19で入院した138名の患者について、ICUで治療を受けた患者と、そうでない患者の臨床像を比較する。

 

(2) Method

 今年1月1日から1月28日にかけて、COVID-19と診断され武漢大学のZhongnan Hospitalに入院した患者138名が参加。臨床経過を今年2月3日までモニターした。

 集中治療部の研究チームが医療記録の分析を行い、人口統計データ, 曝露歴, 基礎疾患, 検査データ,  症状等の情報を収集した。

 COVID-19が疑われる患者の咽頭よりぬぐい液を採取してRNAを抽出。Real-time RT-PCRを行い2019-nCoVのRNAの有無を確認した。

 

(3) Result

 138名のCOVID-19と確定診断された入院患者が対象となった。

f:id:VoiceofER:20200229152943j:image

※ 以下のデータはTable 1にも記載あり

  • 年齢中央値:  56歳(四分位範囲[interquartile range; IQR] 42~68歳; range 22~92歳) 
  • 男性:  75名(54.3 %) 
  • 102名が隔離病棟に入院(73.9 %), 36名が入院後にICUへ移動(26.1 %) 
  • 最初の症状〜呼吸困難までの中央値:  5日(IQR 1~10)
  • 最初の症状〜入院までの中央値:  7日(IQR 4~8)
  • 最初の症状~ARDSまでの中央値:  8日(IQR 6~12)

138名の患者中、64名(46.4 %)に1つ以上の並存疾患があった。

  • 高血圧:  43名(31.2 %)
  • 糖尿病:  14名(10.1 %)
  • 心血管系疾患:  20名(14.5 %)
  • 悪性腫瘍:  10名(7.2 %)

これら4つが最も多い並存疾患であった。

 発症時によく見られた症状は、

  • 発熱:  136名(98.6 %)
  • 疲労:  96名(69.6 %)
  • 乾性咳嗽:  82名(59.4 %)
  • 筋肉痛:  48名(34.8 %)
  • 呼吸困難 43名(31.2 %)

であったものの、計14名(10.1 %)にて、発熱・呼吸困難を発症する1~2日前に下痢と吐き気の症状があった。

 ICUでの治療を受けなかった患者102名と比較するとICUに入った患者36名は有意に高齢で(中央値 66歳[IQR 57~78] vs 中央値 51歳[IQR 37~62]; P<.001)、並存疾患を持つ傾向にあった。

  • 高血圧:  21名(58.3 %) vs 22名(21.6 %)
  • 糖尿病:  8名(22.2 %) vs 6名(5.9 %)
  • 心血管系疾患:  9名(25.0 %) vs 11名(10.8 %)
  • 脳血管系疾患:  6名(16.7 %) vs 1名(1.0 %)

またICUに入らなかった患者と比較して、ICUに入った患者は咽頭痛, 呼吸困難, めまい, 腹痛, 食欲低下を訴える傾向があった。

f:id:VoiceofER:20200229153002j:image

f:id:VoiceofER:20200229153027j:image

 

 またICUに入った患者と入らなかった患者の間で、入院した日に取ったバイタルサイン(心拍数, 血圧, 呼吸数)は差がなかった。白血球数・好中球数の増加, D-dimer・クレアチンキナーゼ・クレアチン高値といった形で、検査データで複数の差異が見られ(Table 2)、138名の患者全員の胸部CTで両側性の病変を認めた。また発症〜ICU入院までの時間中央値は10日(IQR 6~12) であった(Table 3)。

f:id:VoiceofER:20200229153055j:image

 Table 4に、138名の患者の臓器障害と治療を示す。2020年2月3日の時点85名(61.6 %)が入院中であり、47名(34.1 %)が退院, 6名(4.3 %)が死亡していた。ICUに入っていた患者36名中、11名がICUに入院中, 9名が退院, 10名が一般病棟に移り, 6名が死亡。ICUに残っている11名中6名は侵襲的な換気(つまり人工呼吸器管理; 1名はECMOに変更), 5名は非侵襲的な換気(つまりNPPV)を受けていた。138名の患者においてよく見られた合併症はショック(12名[8.7 %]), ARDS(27名[19.6 %]), 不整脈(23名[16.7 %]), 急性心筋傷害(10名[16.7 %])であった。ICUに入った患者は、入っていない患者よりもこうした合併症を来す傾向を示した。

 大半の患者はオセルタミビルによる抗ウイルス治療を受けた(124名[89.9 %])。また多くの患者は抗菌薬治療を受け(モキシフロキサシン 89名[64.4 %], セフトリアキソン 34名[24.6 %], アジスロマイシン 25名[18.1 %])、グルココルチコイド療法も62名(44.9 %)が受けていた。ICUにおいて4名(11.1 %)が高流量酸素療法, 15名(44.4 %)が非侵襲的換気を受けた。侵襲的機械換気は17名(47.2 %)で行われ、うち4名は救済としてECMOが行われた。合計13名が昇圧薬を投与され、2名が腎代替療法を受けた。

f:id:VoiceofER:20200229153112j:image

 COVID-19の経過中に現れた大きな臨床的特徴(major clinical features)を把握するため、血算や生化学を含む6つの血液検査データの動的変化を、2日間隔で発症1日目から19日目まで追跡。2020年1月28日までに33名の患者の完全な臨床経過を分析した(Figure 2)。経過中、大半の患者で顕著なリンパ球減少が見られ、死亡した患者では、時間経過とともにより重症なリンパ球減少が見られた。白血球数と好中球数は、生存患者より死亡患者で高かった。D-dimerも生存患者よりも死亡患者で高かった。同様に、病勢が進行して臨床症状が悪化するに従って、BUNとクレアチニンは死亡前までに進行性に増加した。

 138名の患者中、57名(41.3 %)は病院内で感染したと推定された。うち17名(12.3 %)は他の診断で入院中であった患者で、40名(29 %)は医療関係者だった。その17名中、7名は外科, 5名は内科, 5名は悪性腫瘍の患者であった。感染した医療関係者のうち、31名(77.5 %)は一般病棟, 7名(17.5 %)は救急, 2名(5 %)はICUで働いていた。本研究に含まれる患者のうち1名の患者は腹痛で外科に入院し、10名以上の医療関係者はこの患者から感染したと推定されている。患者間の感染もあり、これにより少なくとも4名(全て非典型的な腹部症状)の患者が感染していると推定される。4名のうち1名は発熱があり、入院中にCOVID-19と診断され隔離された。その後、同じ病棟に居た3名は発熱し、腹痛を訴えてCOVID-19と診断された。

 

(4) Discussion

 本研究は、COVID-19の入院患者データを用いた最大規模のcase seriesである。2020年2月3日の時点で、138名の患者中26 %はICUでの治療が必要であり、34.1 %は退院, 61.6 %は入院中であった。退院した患者47名では入院期間は10日(IQR 7.0~14.0), 発症〜呼吸困難までは5.0日, 発症〜入院まで7.0日, 発症〜ARDSまで8.0日であった。発症時によく見られた症状は発熱, 乾性咳嗽, 筋肉痛, 疲労, 呼吸困難, 食欲低下であったが、かなりの割合の患者は下痢, 吐き気といった非典型的な症状を訴えていた。主な合併症はARDS, 不整脈, ショックであった。両肺にむらのある陰影(patchy shadows)とすりガラス状陰影が、COVID-19のCT所見の特徴である。重症患者は、ICUに入っていない患者と比較してより高齢で基礎疾患も多かった。大半の患者は酸素療法が必要であったが、人工呼吸器もしくはECMOを要したのはごく一部であった

 本研究のデータは、2019-nCoVの急速なヒト・ヒト感染があった可能性を示唆している。COVID-19/2019-nCoV1の"basic reproductive number"(R0)を2.2と示した研究があるが、こうした急速な感染の原因は、COVID-19早期における非典型的な症状と関連している可能性がある。

 最近の研究で、nCoVが腹部症状のある患者の便から検出されたと示されている。しかし、非典型的な症状の患者の鑑別やスクリーニングは難しい。だがそうであっても、濃厚接触による迅速なヒト・ヒト感染はCOVID-19の重要な特徴であることに変わりはない。

 今回の研究結果は、年齢や並存疾患が予後不良のrisk factorである可能性を示唆した。しかしICUに入った患者とそうでない患者間で男女の比率に差はなかった。以前の報告では男性がCOVID-19により多く罹患している傾向が示されていたが、これは海鮮市場への曝露, 及び 患者の多くがその市場の男性労働者だったためであると思われる。また呼吸困難, 腹痛, 食欲不振を含む症状は、ICUに入っていない患者よりICUに入った患者でより多く見られた。

 本研究で多く見られた検査データ異常は、総リンパ球数減少, プロトロンビン時間延長, LDH増加であった。ICUに入っていない患者に比べて、ICU患者では多くの検査異常が見られた。こうした異常は、COVID-19が細胞性免疫不全, 凝固活性化, 心筋傷害, 肝障害, 腎傷害と関連している可能性を示唆している。またこうしたデータ異常は、MERSやSARS患者でも同様に見られている。

 また本研究では、33名の患者の検査所見の動的変化を追跡した。好中球増加はウイルス侵入で誘発されたサイトカインストームと, 凝固活性化は持続する炎症反応と関連している可能性があり、腎傷害はウイルス, 低酸素血症, ショックの直接作用と関係している。

 COVID-19に対しては今日に至るまで、緻密な支持的療法を除くと、特定の推奨される治療法は存在しない。現在、この疾患へのアプローチは感染源のコントロールである; 感染リスクを下げるための個人防護・予防策の使用(use of personal protection precaution to reduce the risk of transmission)と, 早期の診断と隔離・発症した患者への支持的療法, が重要となる。COVID-19に抗菌薬は無効であり、SARS, MERSの治療の際には有効な抗ウイルス薬はなかった。本研究では全例に抗菌薬が投与され、90 %で抗ウイルス薬, 45 %でメチルプレドニゾロンが投与された。オセルタミビルとメチルプレドニゾロンの用量は重症度に基づいて決定されていたものの、効果を示す結果は見られなかった。

 なおこの研究には複数のlimitationがある。

  • ウイルス量は感染症の重症度と関連し、有用となる可能性があるマーカーである。しかしウイルス血症の評価のための血清を採取していない。
  • 院内感染を厳密に証明した訳でない(時期や曝露等に基づいて推定しただけ)。
  • 138名の患者の大半は、この研究を発表した時点で入院中であった。従って、予後不良のrisk factorの評価が難しい。今後も自然経過を観察し続ける必要がある。