Voice of ER ー若輩救急医の呟きー

日本のどっかに勤務する救急医。医療を始め、国内外の問題につきぼちぼち呟く予定です。

日本の医療の人材育成が抱える課題

 数日ぶりの更新です。今日は、日頃の診療業務を通して感じた日本の人材育成の課題を綴ってみたいと思います。

 以前も本ブログやtwitterアカウントでも述べていますが、救急科にて多発外傷, 壊死性筋膜炎等の重症患者を収容し、適宜 各専門診療科(救急科は蘇生, 重症管理, 鑑別診断に特化はしていますが、特定の臓器/疾患に特化してはいない)に紹介し、精査・加療してもらう必要があります。ところが、「外勤・学会で同じグループの上級医が不在であり、治療方針が立てられない(分からない)」と専門医が言い出す事も少なくありません。

 また最近では、救急科で収容した壊死性筋膜炎の患者を一旦皮膚科に紹介し、デブリードマンを実施したものの、壊死した範囲が筋肉・関節といった深度まで達していた為に急遽整形外科医に応援をお願いした事例がありました。皮膚科医が「これより先は、筋肉はまだしも神経・血管・腱があるので、皮膚科では困難だ」と判断したら、後は整形外科に治療の主導権を移譲するのが自然な流れかと思われます。ところが、この事例では、それ以降のデブリードマンを巡って整形外科内でも方針が一定せず、更には整形外科医が皮膚科・救急科に対して、自分らの介入を拒否するかのような姿勢を見せたのです。

 ここで、参考までに当院整形外科の体制を見てみましょう。

1. 教授は専門書執筆に関わったり, メディアに出演したり, と所謂『学会の権威』的存在。大学病院での診療(回診, 外来)に加えて、病院経営に関する仕事(大学病院の幹部になっているので), 製薬会社の講演会, 学会運営の仕事, 外勤 etc.と多忙である(一応医局のトップであるが、各医局員の診療行為や, キャリア構築の監督/助言が十分出来ているとは言い難い)。

2. 医局内に複数のグループがあり、各グループは整形外科内部の異なる領域を担当する(e.g. 外傷, 骨軟部腫瘍ほか)。グループ長は、自らの領域について経験数, 知識共に豊富である。

3. 但し、上記のように各グループを構成する医局員は、グループ長無しでは治療方針すらまともに決められない事がある。

 つまり、突出して優秀な医局員がごく少数居る一方で、その医局員から十分に知識・技能を中途半端にしか伝授されていない『凡庸な』医局員が多数居るというアンバランスな人員構成なのです。

 

 なお、『失敗の本質 日本軍の組織論的研究』(著者;戸部良一, 寺本義也ほか 中公文庫 下記リンク参照)を読むと、上記のような日本の医療分野における人材育成が、日本軍の技術体系に酷似している事が分かります。

 日本の技術体系について、事例を挙げてみましょう。

1. 日本海軍の潜水艦を例に挙げると、

 伊号潜水艦: 艦型は27コ, 合計113隻を生産(1艦型につき平均4.2隻建造)

 呂号潜水艦:  艦型は7コ, 合計57隻を生産(1艦型につき平均8.1隻建造)

 波号潜水艦: 艦型は3コ, 合計21隻を生産(1艦型につき平均7隻建造)

と一品生産的な生産方法である。ほんの少しの改良でも艦型の変更に繋がり、標準化が出来ず大量生産が困難となった。他方、米軍は製品(e.g.潜水艦, 空母 etc.)の標準化を徹底し、同型艦の型式をできる限り長期間変更しない事で大量生産を可能とした。

2. 戦艦『大和』の場合、46センチ砲(世界最大級)を9門備え、主砲の最大射程は40km(東京〜大船間の距離に相当), 20kmの距離から命中した46センチ徹甲弾に耐えられる甲板など、突出して優れた部分もあった。しかし、対空火器が不十分であり複数回に渡り機銃やレーダーを増設。それでもレーダーの性能が悪く、レーダーと連携した射撃指揮体系も不十分だった。加えて、砲兵の練度も不足していた。

3. 日本陸軍の場合、1905年に制定した38式歩兵銃をアジア太平洋戦争中も使い続け、対空火器(レーダー)・対戦車砲の開発も遅れていた。他方、97式戦闘機, 1式戦闘機『隼』という優秀な戦闘機を開発している。

 日本軍『一品生産』方式で融通が利かない上、突出して優秀な領域とその他凡庸な領域の格差が著しいが分かります。また、日本軍は戦艦, 戦闘機等の操縦に名人芸(と寝食を惜しむ程度の修練)を求めましたが、米軍は、たとえ高度な技術であっても、平均的な人間でも操作が容易な武器体系を開発していました。

 

 こうして見ると、① 突出して優秀な領域/人員とその他の間で能力の格差が顕著, ② 知識・技能の習得の際には、超過勤務してまで経験数を稼ぐetc.の自己超越が必要, ③ 最新の疾患・治療方針に関する知識が全医局員に浸透していない(医局員の能力が『一品生産』的), といった共通点が、現代日本の医師の人材育成と, アジア太平洋戦争における日本軍の間に見受けられます。

 冒頭の部分で述べたような医療現場で発生している矛盾を解消する為には、米軍に倣い、①知識や技能の標準化, ②平均的な医療スタッフも容易に習得し実践可能な技能・技術の開発 が急務と言えるでしょう。