Voice of ER ー若輩救急医の呟きー

日本のどっかに勤務する救急医。医療を始め、国内外の問題につきぼちぼち呟く予定です。

【白い巨塔】血管内リンパ腫とは何ぞや?【医療関係者向け】

 昨日放送された『白い巨塔2019』第4話では、財前が手術を担当した患者が術後、発熱, 腹痛などを発症。財前らは「術後胆管炎だ」と考え、医局員にその治療をするよう指示します。しかしながら、治療によって症状は改善するどころか増悪し、最終的に死亡します。病理解剖を行なった結果、肝臓に血管内リンパ腫が認められ、医療訴訟に至るというストーリーでした。

 原作では(私は読んでいませんが)、医局員が「画像検査で転移巣を検索した方がいいのでは(胃噴門部癌なので肺転移が心配)」と財前に提案するも却下され、そのまま手術に踏み切ります。術後に発熱といった症状が見られ、財前の指示で『術後肺炎(今で言う誤嚥性肺炎?)』として治療しましたが、やはり状態は改善せず死亡。術後の病理解剖で肺転移が判明したというストーリーであったと聞いています。

 第3話では、術前に医局員が患者の肝酵素上昇と炎症所見を指摘しPET-CTを進言していますが、財前は「膵癌は極めて初期なので必要ない」と反論し却下しています。そうした経緯から私は当初、「膵癌の(肝臓やリンパ節等への)転移を見逃した事が医療訴訟の争点になる」と予想していましたが、大きく裏切られる結果となりました。TwitterのTL上では、医療関係者の間でこの設定へ様々な異議が唱えられていました。

要は、1. 術前にPET-CTを撮ったからといって血管内リンパ腫を診断できた訳ではない, 2. 血管内リンパ腫自体が稀な疾患であるから、(患者が死ぬ前に)診断できる医師は少ない, 3. 術前・術中に血管内リンパ腫と診断できたとしても、結局転機は変わらなかった, という事なのです。

 こうゆう話題が急に降って湧いたので、今回私は血管内リンパ腫について自分なりに勉強してみました。

 

(1) 血管内リンパ腫とは何ぞや?

 血管内リンパ腫は血管内大細胞リンパ腫(Intravascular Large Cell Lymphoma; 以下ILCLとも呼ばれ、その定義は「血管外の腫瘍塊, ないし末梢血中への腫瘍細胞の出現が見られず、小血管, 特に細動脈や細静脈(毛細血管)の内腔に増殖したリンパ腫」です。かなり稀なタイプのリンパ腫なので、正確な発生数は未だ不明です。他方、性差は無いもののILCLの診断を受ける年齢中央値は60~70歳代です。

 ILCLは非特異的な症状・画像所見を呈する一方で、急速に進行し致死的な経過をたどることが一般的です。そして興味深いことに、地域によって症状や経過が異なります。

① 欧米: 中枢神経症状(e.g. 認知症, 急速に進行する脳血管障害), 皮膚症状を呈するものが多い。皮膚に限局している病型のみに関して言えば、1. 年齢層が若い, 2. 女性に多い, 3. performance statusが良好, という特徴がある。

②アジア: 血球貪食症候群, 骨髄への浸潤, 肝脾腫, 血小板減少を呈するものが多い。

※共通する症状: ILCL以外のリンパ腫でも見られる発熱, 寝汗, 体重減少

 血液検査では約65%の患者で貧血, 80~90%超の患者でLDH・β2ミクログロブリンの増加を認めます。更に、ILCLはリンパ節腫大や腫瘍塊形成を伴わず、腫瘍細胞が末梢血中や脳脊髄液中に出てくることはまずありません

 『医中誌』で日本国内の最近の症例報告を検索してみたところ、別の疾患で緊急入院して緊急で治療実施→治療後数日経ってから急変→治療抵抗性のショック・他臓器不全で死亡→病理解剖でILCLと診断 という経過を辿った最近の症例報告を2件見つけたので、以下に提示しておきます。

症例①: 80歳代女性 既往歴; 高血圧, 糖尿病など

 2ヶ月前から食欲が減衰。また短時間の胸痛を繰り返し自覚しており、来院同日になって胸痛の持続時間が長くなったため救急要請し, 不安定狭心症疑いで入院。

 入院翌日の冠動脈造影検査で、高度狭窄を認めたため、同日冠動脈バイパス術を施行した。術後経過は当初良好だったが、術後5~6日にかけて腎機能低下・呼吸状態悪化・代謝性アシドーシスが出現し全身状態悪化。術後8日に消化管出血によってショックとなり死亡。死後の病理解剖で冠動脈のバイパス血管はか依存し、心筋は保たれていたが肺や消化管, 肝臓などにILCLの病理所見を認めた。

症例②: 80歳代女性 既往歴; 心筋梗塞, 糖尿病, 慢性腎不全など

 来院5日前から体調不良・労作時胸部症状が出現。入院前日に胸痛・起座呼吸が出現認め翌日救急搬送された。不安定狭心症疑いで入院。冠動脈造影で冠動脈の狭窄があったためPCIを施行。

 第6病日から血圧・尿量低下認め、昇圧薬を使用したが反応が乏しかった。アシドーシスの悪化も見られ第7病日から持続血液濾過透析開始。当初心原性ショックを疑っていたが、Swan-Ganzカテーテルで計測した結果からそれは否定的であった。血液検査で炎症反応や肝逸脱酵素増加を認めたことから胆道系感染症を疑い、抗菌薬投与を開始した。しかしその後も改善は認めず、血液培養の結果も陰性だったので第10病日に抗菌薬を中止した。

 ショックの原因として血液疾患や自己免疫疾患も疑い、ステロイドパルスを行なって一時的な改善は見られたが、持続的な改善は無し。血液内科・膠原病内科にも紹介し抗体測定等行なったが原因は特定できず。ショック・多臓器不全が改善することなく第18病日に死亡した。病理解剖の結果、全身の微小血管(心筋内含め)にILCLの所見を認めた。

 このように、1. 高齢患者が致死的となりうる別の疾患(心血管系の疾患など)で緊急入院・緊急的に手術を行われ, 2. 術後数日してから状態が悪化し、心原性ショックや敗血症性ショックといった典型的な原因を疑われ, 3. 多臓器不全・感染症に対する治療を行われるも、悪化から数日で死亡, 4. 病理解剖でILCLと判明 という共通点が見られます。

 

(2) どうやって診断するの?

 皮膚病変があれば、そこを生検します。但し、上記のように皮膚症状が前面に出ないケースもあるため、肉眼的に正常な皮膚をランダムに生検することが勧められています。なお、皮膚の生検で診断が着かない場合もあります。そうした場合、胃粘膜や肝臓, 肺といった他の臓器を生検します。

 そうして採取した組織で、異常リンパ球(腫瘍細胞)が毛細血管内に留まっている(刺さっている)所見を認めれば診断が成立します。

 このように、ILCLは1.かなり稀な疾患(他に思い当たる鑑別診断が無い場合に想起する)であり, 2.「これはILCLだ!」と疑って様々な組織・臓器を生検して見て から初めて、診断が成立する疾患なのです。

 

(3) で、PETは診断に役立つのか?

 ここで言うPETとは、放射性フッ素でラベルしたブドウ糖(Fluorodeoxyglucose; 以下FDG)を使用する画像検査のことです。FDGを患者に投与すると、ブドウ糖代謝が活発な部位(悪性腫瘍, それ以外の場合もある)へFDGが集積しますが、この物質を放射性物質でマークして可視化するのです。

 悪性リンパ腫の場合、診断, 病期決定, 治療効果判定, 再発の診断にPETの有用性が認められています。ILCLでは肺, 骨髄, 脾臓, 肝臓, 副腎などにFDGの異常集積が好発するとされていますが、その『集積』の判定が曲者です。例えば骨髄の場合、貧血や炎症でも集積してしまいますし、年齢によっては造血が(高齢者より)盛んなので病気でなくても集積してしまいます。脾臓・肝臓も同様に、リンパ腫以外の要因(臓器の機能亢進, 別の悪性腫瘍, 感染巣など)でFDG集積が亢進する場合があります。

 こうなると、PETは「ILCLに特異的な所見を探し、ILCLだと診断する手段」というよりも「FDGを盛んに取り込む(病変があるかもしれないが、リンパ腫とは限らない)部位を探す検査」であることが分かります。

 

(4) 治療などについて

 異常リンパ球が血管内にあることから、ILCLは播種性/病期的に進行した状態として扱われ、抗癌剤を数種類併用して治療します。

 特にアントラサイクリン系(e.g. ドキソルビシン)の抗癌剤は重要視され、この薬剤を併用しないと治療成績が悪化するとされています(これを含む多剤化学療法は、60%の反応率と30%超の3年生存率と関連)。ドキソルビシンにシクロホスファミド・ビンクリスチン・プレドニゾロンを併用した化学療法(CHOP療法)を行い、反応があったという報告がありますが、これらの症例報告の多くはフォローアップ期間が短く、治療スケジュールが終わった後に症状/病勢の進行が見られたという症例もありました。また、アントラサイクリンを基本とした化学療法を受けた患者のうち半分は再発(進行までの期間の中央値は7ヶ月)し、診断から18ヶ月以内に死亡したというデータもあります。

 なお最近では、上記CHOP療法へリツキシマブを併用した(R-CHOP療法)という症例報告や後方視的研究が出てきています。106名の患者を1. CHOPのみの群(57名)と2. R-CHOP群(49名)にグループ分けした研究では、18ヶ月時点のフォローアップにて①R-CHOP群の方が治療に反応があった(R-CHOP 82% vs CHOP 51%), ②R-CHOPの方が2年間の進行なし生存率が高かった(R-CHOP 56% vs CHOP 27%), ③R-CHOPの方が2年間の全生存率が高かった(R-CHOP 66% vs CHOP 46%)という成績でした。

 

(5) 結論

 私なりの結論は以下の通りです。

  • 血管内リンパ腫は極めて稀な疾患である。
  • しかし血圧低下・呼吸状態悪化・急性腎障害等を急激に発症する事も多く、他の原因(e.g. 心原性ショック, 敗血症)と間違われるのも無理はない。
  • しかも急速に死に至るので、生存中に診断出来ない事もある。
  • 確定診断は、皮膚(や他の組織・臓器)のランダム生検による。
  • FDG-PETで血管内リンパ腫の診断が出来るとは限らない
  • 化学療法レジメンに関するコンセンサスは存在するが、まだ治療法は開発途上であり予後も良いわけではない。

 

(6) 参考文献

  • UpToDate
  • 'Definitiion, Diagnosis and Management of Intravascular Lage B-Cell Lymphoma: Proposals and Perspectives From an International Consensus Meeting' J Clin Oncol 25(21):3168-3173, 2007
  • 『冠動脈バイパス術後に急変し,剖検で血管内大細胞型B細胞性リンパ腫と診断した一例』現代医学 65(2):93-97, 2017
  • 『血管内リンパ腫により治療抵抗性ショックと多臓器不全を呈した1例』倉敷中病年報 77:175-180, 2014
  • 『血管内リンパ腫のFDG-PETによる診断』PET Journal 32:33-35, 2015