今回は、NEJMに本年8月に掲載されていたReview Article, 'Acute Viral Encephalitis' (Tyler KL. N Engl J Med 2018;379;6:557-566)の内容を紹介してみたいと思います。
(1) 疫学的な話
NEJMは米国のジャーナルで、今回は筆者も米国人なので米国のデータが提示されてます。
米国では、毎年10万人のうち約7人が脳炎で入院しています。このうち約半分は原因が不明でしたが、原因が判明した脳炎のうち20~50%がウイルス性でした。ウイルス性脳炎のうち、50~75%はherpes simplex virus(HSV; 単純ヘルペスウイルス)と最多でした。残りはvaricella-zoster virus(VZV; 帯状疱疹ウイルス), enterovirus, arbovirusが占めています。
HSVは全ての年齢層で発症し、地理的ないし季節的な発症パターンはありません。他方、arbovirusは症例数が年度によって異なり, 発症しやすい季節があり, 尚且つ発症する地域がそれぞれ異なります。いくつか例を挙げますと、
1. アルファウイルス
東部ウマ脳炎ウイルス:
地域; 米国東部, メキシコ湾岸地域
保有宿主; 鳥
媒介動物; 蚊
感受性の強い集団; 子供, 高齢者
西部ウマ脳炎ウイルス:
地域; 米国西部, 中西部
保有宿主; 鳥, ウサギ
媒介動物; 蚊
感受性の強い集団; 幼児, 高齢者
2. フラビウイルス
西ナイルウイルス:
地域; 米国全土
保有宿主; 鳥
媒介動物; 蚊
感受性の強い集団; 高齢者
デングウイルス:
地域; フロリダ, テキサス, ハワイ, プエルトリコ
保有宿主; ヒト, 霊長類
媒介動物; 蚊
感受性の強い集団; 特になし
ジカウイルス:
地域; テキサス, フロリダ, プエルトリコ
保有宿主; ヒト, 霊長類
媒介動物; 蚊
感受性の強い集団; 胎児
3. ブニヤウイルス
La Crosse virus:
地域; 米国東部, 中西部
保有宿主; リス
媒介動物; 蚊
感受性の強い集団; 子供
4. Coltivirus
Colorado tick fever virus:
地域; 米国西部
保有宿主; リス, 小型哺乳類
媒介動物; ダニ
感受性の強い集団; 特になし
(2) 臨床像
上記のように、ウイルスによって『性格』が異なることから、脳炎が疑われる患者で病歴を取る際には、①発症時の季節, ②旅行・曝露歴, ③動物との接触の有無, ④親類の健康状態, ⑤体調不良の人との接触の有無, ⑥その地域で脳炎の発症が報告されているか, といった項目が重要となります。
また、患者本人に対しては、職業・趣味・レクリエーションの内容・食事・性行為の有無・薬物使用歴・健康状態を問診する事が勧められます。
加えて、この論文では脳炎の原因となる他のウイルスとHSVを比較し、HSVに多い症候/所見等を紹介しています。
1. 脳脊髄液中の細胞数が多い
2. 画像や脳波所見で病変が限局している(MRIでは側頭葉に病変を認めることが多い)
3. より高齢な患者に多い
4. 急性発症, 発熱, 消化器症状が多い
5. 失調症状や皮疹が少ない
他方、HSV以外の脳炎の場合は、画像所見で両側性の側頭葉病変, 側頭葉・帯状回・島以外の病変を呈する事が多いのが特徴なのだそうです。
(3) 確定診断に必要な検査
ウイルス性脳炎に対しては、脳脊髄液のPCR(DNAウイルスの検出)とreverse-transcriptase PCR(RT-PCR; RNAウイルスの検出)がルーチンで行われます。患者の健康状態/既往歴によってアプローチが異なるので注意が必要です。
1. 免疫状態が正常の患者に対して
第1段階のPCR(tier 1 tests): まず以下の病原体を検索。
VZV
Enterovirus
※3歳未満の子供の場合; human parechovirusを追加
第2段階のPCR(tier 2 tests): tier 1 testsで病原体が特定出来なかった場合、以下の病原体を検索。
Cytomegalovirus(CMV; サイトメガロウイルス)
Human herpesvirus(HHV; ヒトヘルペスウイルス)-6, HHV-7
human immunodeficiency virus(HIV; ヒト免疫不全ウイルス)
Epstein-Barr virus(EBV; エプスタイン・バーウイルス)
麻疹ウイルス
ムンプスウイルス
ヒトパルボウイルスB19
第3段階の検査(tier 3 tests): tier 2 testsでも病原体が不明であった場合、次世代シークエンシングを行う。
各病原体のDNAライブラリー(RNAウイルスの場合は、RNAを変換したcomplementary DNAを使用)を用意しておき、これを脳脊髄液や脳組織から抽出した核酸と反応させた上で、コンピューターを利用して余計な配列(患者本人の遺伝子など)や重複する配列を排除して、最終的に病原体の遺伝子配列を検出する方法のようです。
2. 免疫不全の患者に対して
Tier 1 tests: 健常者のtier 1 testsの検査項目に加えて、以下のウイルスも検索。
CMV
HHV-6, HHV-7
EBV
JCウイルス
Lymphocytic choriomeningitis virus(LCMV)
西ナイルウイルス
Tier 2 tests: 健常者のtier 2 testsの検査項目に加えて、次世代シークエンシングを実施。
(4) 治療・予防
ガイドライン上、特定の病原体に対して推奨されている治療法(抗ウイルス薬など)はありますが、ランダム化して対照群を用いた臨床研究を経ている治療法が殆どないため、エビデンス的には弱めです。
HSV, VZV: アシクロビル
※アシクロビルの投与量:
①成人の場合; 10 mg/kgを8時間ごとに投与(腎機能正常時の用量)。10日間継続するが、再発が心配であれば14~21日間でも良い。
②小児(3ヶ月〜12歳)の場合; 20 mg/kgを8時間ごとに投与。21日間継続。
CMV, HHV-6: ガンシクロビル もしくは ホスカルネット
JCウイルス: 免疫抑制療法をリバースする
HIV関連: 強力な抗レトロウイルス療法
なお、HSV脳炎へ迅速にアシクロビルを投与することで予後の改善が見られるというエビデンスが出ているのですが、現実にはこの治療開始の遅れが多く報告されています。例えば、カナダではHSV脳炎を疑われた患者に対するアシクロビル療法開始までの平均時間は21時間で、HSVだと確定診断された患者に対するそれは11時間だったというデータが発表されています。また、米国の研究では救急外来で脳炎を疑われた患者のうち、アシクロビル投与を受けたのはたったの29%でした。こうした治療の遅れの原因として、①頭部画像の撮影が出来るまで時間がかかる, ②脳脊髄液所見で細胞数増加がない, ③重症な基礎疾患やアルコール依存症といった混乱させるような因子がある, といったものが挙げられています。
他にも、ウイルス薬にステロイドを併用したり、有効な抗ウイルス薬が無いウイルスによる脳炎患者にステロイドを投与する場合にあるようですが、これはまだエビデンスが確立されておらず、効果のほどは未だ不明です。
また、過去にインターフェロンαがarbovirus(西ナイルウイルス, セントルイス脳炎ウイルス)による脳炎の治療に有効であったという報告もありましたが、日本脳炎を対象にプラセボを用いたランダム化臨床研究を行ったところ、有効性は示せませんでした。加えて、免疫グロブリン静注(点滴)もランダム化二重盲検プラセボ臨床試験で効果が検証されていますが、これも日本脳炎や西ナイルウイルス脳炎に対し有効性は示せていません。
有効性が証明された治療法が存在しないことから、これらのウイルスに対する予防が重要となってきます。幸い、ポリオウイルス, 狂犬病ウイルス, 麻疹ウイルス, ムンプスウイルス, 風疹ウイルス, インフルエンザウイルス, VZV, 日本脳炎, ダニ媒介脳炎ウイルスに対しては既に有効なワクチンが出回っています。また、西ナイルウイルス, デングウイルス, ジカウイルスに対するワクチンが目下臨床試験中です。今後はこれらのワクチンの開発/普及に期待が持てるということなのでしょう。