こんにちは。現役救急医です。昨年末から世界を騒がせているSARS-CoV-2オミクロン株ですが、最初に発見を報告した南アフリカから、臨床経過等に関する報告が出たそです。2022年1/19にLancetへ公表されました(Wolter N, Jassat W. et al., Lancet 2022; 339: 437-46)。それに書かれていることをざっくり紹介してみようかと思います。
(1) 背景
① オミクロン株の発見について
2021年11/24に、南アフリカゲノムサーベイランス(NGS-SA; the Network for Genomic Surveillance in South Africa)は、2021年11/14に採集された検体から、SARS-CoV-2の新規変異株 'B.1.1.529'が検出されたとWHOへ報告した。同年11/26にWHOは、この変異株をオミクロン株・懸念すべき変異株の5番目に指定した。
オミクロン株は多くの変異を持ち、その一部による免疫からの逃避・感染力の増加が予想されるので懸念されている。オミクロン株には、他の懸念すべき変異株 ないし 注意すべき変異株にはない、22ヶ所の塩基配列置換がある。こうした置換の中には、'SGTF'(詳細は後述)を起こすことで知られるスパイクタンパクの変異も含まれている。
南アフリカでは2020年3月に最初のSARS-CoV-2症例が確認され、これまでに3回感染拡大の波が発生しており, うち第2波はベータ株によるもの, 第3波はデルタ株によるものだった。2021年11/15以降、Guateng州でCOVID-19症例の急増が見られており, 検査を行う施設では、'TaqPath COVID-19 PCR test'による検査にて'S gene target failure(SGTF)'が認められる検体数が増加した。その後、他の州でもCOVID-19症例数とSGTFのある検体数の増加が見られた。
③ この研究の目的など
'DATCOV-Gen'は、新規のSARS-CoV-2変異株の重症度・臨床経過を迅速に評価することを可能とする目的で、real-timeのSARS-CoV-2のゲノムのデータと, 入院した症例の疫学的・臨床的データの詳細をリンクさせる前向きsurveillance networkである。この研究では、南アフリカ国内で、オミクロン株によるSARS-CoV-2感染症の重症度を評価することを目的とした。
(2) 方法
① 被験者などについて
この研究では、4つの情報源からの個人レベルのデータをリンクさせた。
- 全国規模のCOVID-19症例に関するデータ(2021年1/1~12/6)
- 公共の研究施設と, 私立研究所1ヶ所のSARS-CoV-2検査データ(2021年10/1~12/6)
- 臨床現場から採取した検体, 及び 5ヶ所の州における肺炎surveillanceプログラムにより収集した検体のSARS-CoV-2ゲノムのデータ(2020/4/31~2021/12/6)
- COVID-19入院症例への積極的なsurveillanceシステムであるDATCOV(2020/3/21~2021/12/21)
TaqPath COVID-19 PCR testでSGTF陽性と判明した患者は、オミクロン株感染の代用("proxy")である"SGTF infection"(以下、SGTF感染例と呼ぶ)と定義された。なおSGTF感染例は、cycle thresholdが30以下の人へ限定された。他方、'ORF1ab' or nucleocapsid gene targetのcycle thresholdが30以下で, S gene targetが検出可能な感染例は"non-SGTF"(以下、非SGTF感染例と呼ぶ)と定義された。
② 統計学的解析
'Cycle threshold value'とはウイルス量の単位である。公共の研究施設で陽性となったPCR検査全例に対し、オミクロン株流行早期(2021/11/14~12/4)の検体と, デルタ株流行早期(2021年5月2~22日)の検体の間で、このcycle threshold valueを比較した。
SFTG感染患者と非SFTG感染患者(2021/10/1~11/30の間に診断された症例)を比較すること, SFTG感染入院患者と非SFTG感染入院患者(2021/10/1~11/30の間に診断された症例)を比較すること, 2021/10/1~11/30の間に診断されたSFTG感染入院患者とデルタ株感染入院患者(2021/41~11/9の間に診断された症例)を比較することにより、SGTF感染例の疫学的特徴を記述した。
オミクロン株感染重症度は、次の2方法で評価した:
- 2021/10/1~11/30の間に診断されたSGTF感染患者と非SFTG感染患者を比較
- デルタ株感染患者(2021/4/1~11/9に診断)とSGTF感染患者(2021/10/1~11/30に診断)を比較
入院と重症度に関するデータは、2021/12/21時点の患者から収集された。重症度の解析は転帰が既に蓄積されている入院例へ限定され、入院中の患者は全例対象外となった。
2021/10/1~11/30の間に診断されたCOVID-19患者におけるSGTF感染例 vs 非SGTF感染例と入院の関連性を評価するために、多変量ロジスティック回帰という処理が行われた。2021/10/1~11/30の間に診断されたCOVID-19入院患者における、SGTF感染例 vs 非SGTF感染例と重症度の関連性を評価するために、多変量ロジスティック回帰が行われた。
デルタ株感染例(2021/4/1~11/4の間に診断)とSGTF感染例(2021/10/1~11/30に診断)を比較した。入院患者において、SGTF感染例 vs デルタ株感染例と重症度の関連性を評価するために、多変量ロジスティック回帰が行われた。デルタ株感染患者とSGTF感染患者の間で入院リスクの比較は行わなかった。
(3) 結果
2021/10/1~12/6の間に南アフリカ全体で161,328名のCOVID-19症例が報告されたが、この中の104,529名(64.8%)が今回の解析対象となった。この104,529名の中で、TaqPathにより診断されたのは38,282名(36.6%)だった。このTaqPath診断例のうち、少なくとも1個のgene targetのcycle thresholdが30以下であったのは31,133名(81.3%)であり、この内訳は
- SFTG感染例: 29,721名(95.5%)
- 非SFTG感染例: 1,412名(4.5%)
だった。2021/12/14までに、ゲノムのデータが存在するSGTF検体全て(30個)がオミクロン株だった。SGTF感染例の割合は経過中、2名(3.2%)から21,978名(97.9%)に増加した(Figure 1)。SGTF感染例の割合は、2021/10/24の週にまずGuateng州で増加が始まった。その後、他の州でもSGTF感染例の割合の急増が起こり, 4週間後までには、全ての州で, 大半のSARS-CoV-2感染例がSGTF感染となった。公共の研究施設の全陽性PCR検査結果のcycle threshold value平均値は、デルタ株流行早期(26.98; 10,022名)よりもオミクロン株流行早期(23.95; 16,542名)で低かった。
SGTF感染患者全員(2021/10/1~11/30に診断)と非SGTF感染患者(同時期に診断)を比較した。非SGTF感染患者と比較すると、SGTF感染患者では
- (60歳以上よりも)5~59歳である, (公共の施設よりも)私立の施設で診断される可能性が高く,
- 入院する可能性が低かった
また地域によりSGTF症例と非SGTF症例の割合は異なった。SGTF感染入院患者と非SGTF感染入院患者の特徴を比較した場合, 及び SGTF感染入院患者とデルタ株感染入院患者を比較した場合も、同様の結果が見られた。
SGTF感染患者10,547名の中で入院したのは256名(2.4%)なのに対し、非SGFT感染患者948名の中で入院したのは121名(12.8%)だった。非SGTF感染患者と比較すると、SGTF感染患者では入院となるoddsが有意に低かった(adjusted odds ratio[aOR]: 0.2, 95%CI: 0.1~0.3)。19~24歳の患者と比べると、入院は5歳未満(aOR: 9.3), 60歳以上(aOR: 3.1)と有意に関連しており、男性と比べると女性で(aOR: 1.3)有意に関連していた。
COVID-19と診断され入院した患者382名(2021/10/1~11/30)のうち、2021/12/21時点で317名(83%)で入院中の転帰が累積されていた。SGTF症例と非SGTF症例で比較した重症度oddsの点推計は1未満だが、95%信頼区間(CI; confidence interval)は広かった(aOR: 0.7, 95%CI: 0.3~1.4)。重症COVID-19のoddsは地域により異なり, また、19~24歳の患者と比べると、60歳以上の患者で有意に高かった(aOR: 11.5)。
2021/3/31~12/6の間に、変異株に関する情報のあるCOVID-19入院患者は1,734名居た。この1,734名のうち、
- デルタ株感染(2021/4/1~11/9に)は792名(45.7%)
- SGTF感染(2021/10/1~12/6に)は212名(12.2%)
だった(Figure 2)。
入院した1,142名のうち、2021/12/21時点で入院中転帰の累積があったのは1037名(90.8%)だった。デルタ株感染患者と比べると、SGTF感染患者では重症COVID-19oddsが有意に低かった(aOR: 0.3, 95%CI: 0.2~0.5)。地域により違いがあることに加え、
- 40~59歳, 60歳以上(19~24歳と比べて)
- 併存疾患のある人
は、重症COVID-19のodds増加と関連している。
- 13~18歳(19~24歳と比べて)
- 女性(男性と比べて)
は重症COVID-19のoddsが低かった。
(4) 考察
非SFTG感染患者と比較してSFTG感染患者では入院するoddsが80%低かったが、この解析に含まれた人数が少ないため、入院患者の重症化リスクについて何らかの結論を出すことはできない。デルタ株感染と比較すると、SGTF感染は重症化oddsの70%低下と関連していた。PCRのcycle threshold平均値はデルタ株流行早期よりもオミクロン株流行早期で低く、デルタ株と比較して、オミクロン株に感染した患者ではウイルス量が多いことを反映しているかもしれない。
DATCOV surveillanceプログラムのデータは、第3波と比べて、第4波早期では20歳未満で入院の割合が高いことを示していた。今回の研究では、非SGTF感染 or デルタ株感染と比べると、SGTF感染患者は若年だったことが示された; 60歳以上と比較して、19~24歳といった若年成人でもSGTF感染が多かったことから、この影響は小児にとどまらない。
南アフリカの第3波早期で1,408名のCOVID-19入院患者中943名(67.0%)が重症だったのに対し、第4波早期に入院した患者1,061名の中で324名(30.5%)が重症だったという知見があるが、今回の研究の知見はこのデータと一致する。2021年11月までに、自然感染既往・ワクチン・その両方によって、南アフリカの人口のかなりの割合が一定のSARS-CoV-2免疫を持っていた。2021/12/9までに、南アフリカでは60歳以上の55%, 50~59歳の55%, 35~49歳の43%, 18~34歳の24%が完全接種済(南アフリカで採用されているのは、Ad.26.COV2.S[1回接種のみ]とBNT162b2ワクチン[2回接種])だった。オミクロン株では、他の変異株と比較すると免疫を回避する能力が顕著に上昇していることが示唆されている。こうした知見と, 南アフリカ国民の既存の高度な免疫を合わせて考えると、オミクロン株感染の多くは再感染である可能性が高いこと, そして、同時期の他の変異株による感染よりもオミクロン株感染の割合が高いこと を意味する。南アフリカのCOVID-19第1・2波では、SARS-CoV-2感染と診断されたのは10人中1人未満だった。今回の研究ではSARS-CoV-2感染既往のある患者について調整を行っているが、多くの場合で昔の感染が診断されていなかった可能性すらある。もし再感染が初回の感染ほど重症でないとしたら、これによりオミクロン株感染者における重症度低下が説明できるかもしれない。オミクロン株が、他の変異株と比べて病原性が低い可能性もある。現在手元にあるデータでは、デルタ株と比較してオミクロン株感染者で低い重症度に関して、高度な集団免疫の関与と, 固有の病原性の低下の関与を分離することは不可能である。
オミクロン株は重症度が低いかもしれないけど、あくまで南アフリカで観測されたデータなので、性急な判断は禁物だということなのでしょうか。