Voice of ER ー若輩救急医の呟きー

日本のどっかに勤務する救急医。医療を始め、国内外の問題につきぼちぼち呟く予定です。

バリシチニブ臨床試験の話

 ブログ更新間隔が空いてしまいました。どうもすみません。最近色々忙しかったのですが、ごく最近、気になる論文を見つけたので紹介します。2021年9/1にLancet Respiratory Medicineというジャーナルに発表された論文(https://doi.org/10.1016/S2213-2600(21)00331-3 )を和訳してまとめてみました。

(1) Introduction

 バリシチニブは選択的Janus kinase(JAK1, JAK2)抑制薬であり、自己免疫疾患患者の治療に使用する。この薬剤は2020年2月に、人工知能によって、COVID-19治療に関して潜在的に可能性がある手段として同定された。

 'ACTT-2'という臨床試験で、バリシチニブとレムデシビルの併用療法は、回復までの期間短縮という点ではレムデシビル単独療法にまさっており, 有害事象減少と関連していたものの、両治療群間では28日後死亡率に有意差が無かったことが示された。

 COV-BARRIER臨床試験は、標準的治療とバリシチニブ併用療法の有効性・安全性を評価する為に設計され, 60日目までの死亡率を評価した。

 

(2) Method

① Study Design

 COV-BARRIERは多施設・ランダム化・二重盲検化・プラセボコントロールの第3相臨床試験である。アジア, 欧州, 北米, 南米の12ヶ国から101施設が参加していた。

 参加者はバリシチニブ治療群とプラセボ治療群の1:1へ割り振られ、重症度や年齢, 地域, ステロイド投与有無によって階層化された。

 Baselineで酸素補助を行っていない人で病勢進行の可能性が無いと示すACTT-2結果が判明した後、COV-BARRIERのprotcolは2020年10/20に、baselineで酸素補助が必要である参加者に参加登録を限定するように修正された。

② PICO

 1. Patient Selection

  • 18歳以上
  • SARS-CoV-2感染が確定診断されて入院した
  • 肺炎あり or 活動性・症候性COVID-19
  • 炎症マーカー上昇が1項目以上

全てを満たす参加者が参加登録可能とされた。他方、

  • 人工呼吸器管理中
  • 免疫抑制薬投与中
  • 回復者血漿 or 免疫グロブリンの投与を受けたことがある
  • 好中球減少(<1,000/μL)
  • ALT or AST>[正常上限]x5
  • eGFR<30

のいずれかに該当した人は除外された。

 2. Intervention: バリシチニブを、腎機能正常であれば 4 mg/day, 30≦eGFR<60なら2 mg/dayを経口投与。退院 or 14日経過まで継続。

 3. Comparison:  プラセボを経口投与。投与期間は上記に同じ。

 4. Outcome: 患者転帰は以下のような項目で評価した。

1) Primary endpointの構成要素は、28日目までの

  • National Institute of Allergy and Infectious Disease Ordinal Scale(NIAID-OS)6点(高流量酸素 or NPPV使用)への進行
  • NIAID-OS 7点(人工呼吸器 or ECMO使用)への進行
  • IIAID-OS 8点(死亡)への進行

のいずれかであった。

2) Key secondary endpoint: 28日目までのあらゆる原因による死亡率

3) Key secondary outcome: 以下の項目を含む。

  • あらゆる原因による死亡率
  • 第4, 7, 10, 14日目において、NIAID-OS 1点以上の改善 or 退院した参加者の割合
  • 第4, 7, 10, 14日目に評価した、合計のNIAID-OS改善
  • 入院期間
  • Baselineと第4, 7, 10, 14日目の間に、SpO2<94%から≧94%へ改善した参加者の割合

4) Exploratory endpoint: 60日目までのあらゆる原因による死亡率

5) 第1~28日目に記録された有害事象

 全ての参加者へ、各地域のガイドラインに従ったCOVID-19の標準治療が行われたが、>20 mg/dayのステロイドの、臨床試験参加の前月に連続14日間を超えた投与は許可されなかった(喘息や副腎不全, 慢性閉塞性肺疾患等の併存疾患の治療に必要な場合は容認)。また、全参加者へ静脈血栓症予防療法を行うよう求められた(活動性出血やヘパリン誘発性血栓症等の禁忌に該当した場合は除外)。

 ランダム化された全参加者を含む"population 1"と, baselineで酸素補充が必要で, COVID-19治療にステロイド全身投与を受けていなかった参加者からなる"population 2"の2集団に対して、intention-to-treat解析(最初の割り付けのまま解析すること)を行った。

 

(3) Result

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Figure 1

 2020年6/11~2021/1/15の間に1,630名がscreeningを受け、1525名がバリシチニブ群(標準治療にバリシチニブ併用; 764名, プラセボ(標準治療にプラセボ併用; 761名へランダムに割り振られた。このうち予定された薬剤を投与されなかったり, フォローアップから外れた人が安全性解析から除外され、1,502名が残った(うち1,248名[83.1%]が28日の治療期間を終えた。254名[16.9%]が臨床試験期間中に治療を中断し、その中で159名[62.6%]が死亡していた)(Figure 1)

 参加者の平均年齢は57.6歳で、男性の参加者は963名(63.1%)だった。参加者の国籍の内訳は、

  • ブラジル: 337名(22.1%)
  • 米国: 320名(21.0%)
  • メキシコ: 281名(18.4%)
  • アルゼンチン: 208名(13.6%)
  • その他:  欧州諸国やインド, 日本, 韓国, ロシア

だった。

 データが入手可能だった1,518名のうち、1,265名(83.3%)が参加登録の少なくとも7日前から症状があった。BaselineのNIAD-OS点数は、

  • 4点: 186名(12.3%)
  • 5点: 962名(63.4%)
  • 6点: 370名(24.4%)

だった。1,204名(79.3%)がbaselineでステロイド全身投与を受けており, 287名(18.9%)がレムデシビル投与を受けていた(うち263名[91.6%]がステロイド投与を受けていた)

 Population 1でprimary endpointへ症状が進行した患者の割合は、

  • バリシチニブ群: 27.8%
  • プラセボ群: 20.5%
  • Odds ratio(OR): 0.85 (95%CI 0.67~1.08, p=0.18)
  • 絶対的riskの差: -2.7 percentage point(95%CI -7.3~1.9)

だった。

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Figure 2A~H

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Figure 3

 またpopulation 1では、28日目までに162名が死亡バリシチニブ群; 62/764名[8%] vs プラセボ群; 100/761名[13%])し, 28日目の死亡率はバリシチニブ群でプラセボ群よりも38%低く(hazard ratio[HR] 0.57; 95%CI 0.41~0.78, p=0.0018)(Figure 2A, 3), 絶対的risk差は-5.0 percentaige pointだった。

 Population 2でprimary endpointへ進行した患者の割合は、

  • バリシチニブ群: 28.9%
  • プラセボ群: 27.1%
  • OR: 1.12 (95%CI 0.58~2.16, p=0.73)

だった。

 またpopulation 2における28日目の死亡率は、バリシチニブ群で5%(5/96名), プラセボ群で15%(16/109名)であり, 65%の相対的減少と等しかった(HR 0.31; 95%CI 0.11~0.88; p=0.030)Figure 2B, 3)

 第28~60日目の間に、更に33名の死亡が全集団で発生した。60日目死亡率もプラセボ群(116/764名[15%])よりバリシチニブ群(79/764名[10%])有意に低かった(HR 0.62; 95%CI 0.47~0.83; p=0.0050; Figure 2G)。絶対的risk差は-4.9 percentage pointであり、28日目死亡率と一致した。Population 2でも、プラセボ群(19/108名[18%])と比較してバリシチニブ群(5/96名[5%])と、60日目までの死亡率が減少していた(HR 0.27; 95%CI 0.10~0.75; p=0.0080)。

 Figure 2Hは、28日目までの各NIAID-OSカテゴリーの参加者の分布を示す。28日目までに両群の大半が改善(NIAID-OS 1~3点)した。28日目までに死亡した参加者は、プラセボ群よりバリシチニブ群で少なかった。

 Population 1において、28日目までの死亡率の解析を行った。

  • BaselineのNIAID-OSが4~5点の患者の死亡率: プラセボ群と比べ、バリシチニブ群で減少が見られた(有意ではない)Figure 2C, 3)
  • Baseline NIAID-OSが6点の患者の死亡率: プラセボ群よりもバリシチニブ群で有意に低かったFigure 2D, 3)
  • Baselineでステロイド全身投与を受けていた患者(Figure 2E, 3), baselineでステロイド投与を受けていなかった患者(Figure 2F, 3), もしくは baselineでレムデシビル投与を受けていなかった患者(Figure 3)の死亡率:  バリシチニブは死亡率の有意な減少と関連していた。
  • Baselineでレムデシビル治療を受けていた287名の死亡率: 死亡率減少が認められた(有意ではない)。
  • 他に、患者年齢<65歳や欧州・米国以外の患者でも、バリシチニブと関連した28日目死亡率の有意な減少が見られた。

 Population 2では、

  • BaselineのNIAID-OS 5点の参加者の28日目死亡率: プラセボ群(8/88名[9%])よりバリシチニブ群(4/79名[5%])で低かった(有意ではない)(HR 0.45; 95%CO 0.13~1.54; p=0.31)
  • BaselineのNIAID-OS 6点の参加者の28日目死亡率: プラセボ群(8/21名[38%])よりバリシチニブ群(1/17名[6%])で有意に低かった(HR 0.20; 95%CI 0.02~1.62; p=0.040)

 60日目死亡率のsubgroup解析については、

  • BaseilineのNIAID-OS 5点の参加者: バリシチニブによる減少は有意でなかった。
  • BaselineのNIAID-OS 6点の参加者: バリシチニブによる減少は有意だった。
  • Baselineでステロイド全身投与を受けていた参加者と, そうでない参加者: プラセボ群と比較して、バリシチニブによる有意な減少が見られた。

 治療中に出現した有害事象が1個以上認められたのは、バリシチニブ群; 334/750名(45%), プラセボ群; 334/752名(44%)だった。重篤な有害事象はバリシチニブ群; 110名(15%), プラセボ群; 135名(18%)だった。有害事象を原因とする死亡の頻度は、プラセボ(31名[4%])よりバリシチニブ(12名[2%])で少なかった。重症感染症バリシチニブ群; 64名(9%), プラセボ群; 74名(10%)だった。Baselineでステロイドを投与されていた患者の中では、両群間で重症感染症の頻度は類似していた(バリシチニブ群; 58/605名[10%] vs プラセボ群; 63/590名[11%])。静脈血栓症バリシチニブ群; 3% vs プラセボ群; 3%)と, 重症な心血管系有害事象(バリシチニブ群; 1% vs プラセボ群; 1%)の分布は両群間で類似しており, 消化管穿孔の報告はなかった。

 

(4) Discussion

 バリシチニブと標準的治療の併用は、プラセボと標準的治療の併用と比較すると、酸素補助増加ないし死亡への進行を有意に減少させなかった。しかしバリシチニブ治療を受けた参加者では28日目死亡率と60日目死亡率の絶対的riskの減少が見られた。

 有害事象, 感染症, 静脈血栓症の頻度はバリシチニブ・プラセボ両群で類似しており、新規の安全性に関する懸念は見られなかった。バリシチニブは、短期間の使用においては、静脈血栓症増加と関連していなかった。また、バリシチニブの標準的治療との併用は感染症増加と関連していなかった。

 COV-BARRIER studyの期間中、COVID-19治療の標準は大幅に変化し, ステロイド使用が含まれるようになった臨床試験デキサメタゾン使用が死亡率減少と関連していることが判明)。また抗IL-6受容体抗体のトシリズマブも死亡率の相対的risk減少と関連していることが臨床試験で判明したが、ステロイド不使用ではその効果が維持されていなかった。COV-BARRIERは、バリシチニブと標準的治療の併用には、プラセボと比較して28日目死亡率の38.2%の相対的減少があることを示した。死亡率減少は、baselineで酸素投与を受けている・ステロイドorデキサメタゾン投与を受けていない患者でも見られた。

 COVID-19標準治療の発展と, 地域ごとに治療方針が異なることを考慮すると、COV-BARRIER参加登録のtimelineも関係している。COVID-19入院患者に対する臨床試験において、あらゆる死因による死亡率は最も関係性があるoutcomeであり, プラセボと標準的治療と比較して、バリシチニブと標準的治療の併用は、特に高流量酸素 or NPPVを使用している患者で顕著な死亡率減少を示した。

COVID-19『潜伏期間』の推定

 こんばんは。現役救急医です。先日、空き時間に国立感染症研究所のHPを見ていたら、COVID-19に関する最新の論文を発表しており、その中から興味深い論文を見つけたので紹介します。今回は今年8/28にClinical Infectious Diseaseへ発表された論文(Xin H, L Yu. et al., Estimating the latent period of coronavirus disease 2019. ciab 746)を参考にしています。

(1) Introduction

 "Latent priod"とは感染症「感染してから感染性を持つまでの期間」を意味する。他方、"incubation period"とは「感染してから臨床症状が出現するまでの期間」を意味している。

 Latent periodは、「感染してから呼吸器検体で検出可能なウイルスを認めるまでの間隔」で代用される場合が多い。

 今回の研究は、COVID-19のlatent periodの分布を推計し, incubation periodの分布と比較することを目標としている。

(2) Methods

 中国国内8省で2020年7/20〜2020年4/2の間に発生したout breakの症候性 及び 無症候性症例に関する情報を収集した。Latent period分布推計のために、暴露した最も早い期日と最も遅い期日のデータを抽出した。初回陽性となる前の時期において最後のPCR陰性となった検体の採取日, 及び 最初にPCRで陽性となった検体の採取日を含む検査結果に関するデータを取得することで、検出可能なウイルス排出が始まった期間を推定したまたincubation period分布推計のために、症候性感染例の発症日に関する情報を取得した。

(3) Result

 177症例のデータを解析した。80.8%(143名)は症候性, 19.2%(34名)は無症候性だった。48.0%(85名)が男性だった。年齢中央値は45歳だった。

 症例のlatent period推計の平均値は5.5日(95%CI: 5.1~5.9)であり、95%の症例は感染10.6日後(95%CI: 9.6~11.6)以前にウイルス排出を開始していた

 症候性感染例におけるlatent periodは5.5日(95%CI: 5.1~6.0)と推定され、全症例のlatent period推計の平均値と一致していた。症候性感染例のlatent period平均値は、incubation period平均値(6.9日, 95%CI: 6.3~7.5)よりも1.4日短かった症候性感染例におけるlatent periodの95percentile推定値は、感染後10.6日(95%CI: 8.6~11.7)だった。症候性感染例では、latent period平均値は5.2日(95%CI: 4.3~6.1)だった

(4) Disucussion

 COVID-19のlatente periodは5.5日と推計された。Latent period平均値はincubation period平均値より1.4日短くCOVID-19症状出現前の感染に関する知見と一致した隔離期間は地域によって、14日間だったり, 中には21~28日間だったりとバラバラである。隔離期間中ないし終了時に検査を実施する場合、隔離期間を決定する際にはlatent periodを用いることがより適切である可能性がある。また今回の結果は、12日目の検査が、隔離開始前に感染した人の95%超を検知可能であることを示している。

 症状監視を伴う7日間の隔離と5~6日目のPCR検査は、14日間の症状監視を伴う隔離と同様の影響があるとする研究があり, また米国では、ウイルスに暴露した人が無症状である場合、検査をせずに隔離を10日間で終了可能, もしくは 検査陰性であれば隔離を7日間で終了可能だが、14日目までは連日の症状監視と非薬理学的介入を継続すべきとされている。しかしながら、隔離期間短縮は、現行の14日間隔離と比較すると、隔離解除後感染のriskを増加させる可能性がある。従って、パンデミックの規模や公衆衛生への負担, 濃厚接触者追跡・隔離の順守, 小さいものの0ではない隔離終了後の感染のバランスを取った隔離期間の短縮は、選択肢の1つとなる可能性がある。

【医療訴訟】静岡県で研修医にも賠償を命じる判決が出た件について

 こんばんは。現役救急医です。本当は悠長にブログだのをやっている暇はないのですが、どうしても懸念を表明しないと気が済まない案件があって更新します。

 去る8/31、静岡地裁は、2015年に消化管穿孔による腹膜炎で82歳女性が死亡した事に関して遺族が賠償を求めた訴訟について、病院側と担当医に2,000万円を超える賠償金の支払いを命じる判決を下しました。

事の経緯は上記の静岡新聞社のweb記事を参照いただきたいのですが、死亡した女性患者は2015年某日に救急外来を受診し, その時診察を担当した初期研修医(1年目)はCT検査等を行った結果、「帰宅して経過観察」との指示を出しました。しかしその後も女性の症状は改善せず, 悪化も見られたので翌日に同病院を受診した結果、消化管穿孔に伴う腹膜炎と診断されました。緊急手術が行われたのですが、不幸にも翌日に死亡したとのことです。

 (いくら高齢とはいえ)つい先日まで元気にしていた家族が急に亡くなるなんて、ご家族にとってはこの上ない悲劇であることはいうまでもないでしょう。そして、死因等に納得がいかない場合、因果関係や責任を納得がいくまで追求したくなる心理も理解はできます。

 報道だけでは事の経緯が分からないとはいえ、私もこの件の詳細について引っ掛かる点が幾つかあります。加えて、今回のような判決が必ずしも社会へ何らかのpositiveな影響を及ぼすとは言えません。寧ろ私は、negativeな影響を及ぼさないか懸念しているのです。詳細は、以下動画にて論述しております。いつもより長い動画ですが、ご視聴頂けると幸いです。

youtu.be

 いずれにせよ、患者・家族側と医療従事者・病院側の間の医療『過誤』に関する紛争が裁判という形の『自力救済』による解決のみに依存し、『不毛な』結果により医療側, 或いは 患者・家族側が経済的・心理的・社会的打撃を被った or 被り得る場合の救済策を国家が全く用意していない現状は、容認できるものでないと私は思います。

中国製ワクチン接種後の中和抗体活性に関するデータ

 こんにちは。現役救急医です。昨日・今日とoffなのですが、専門医試験勉強の合間のネットサーフィンでまた興味深い論文を発見しました。以前、中国製の不活化コロナワクチンの有効性に関する論文を紹介しましたが、同じワクチンに関するタイの論文(Vacharathit V, Aiewsakun P. et al., CoronaVac indeces lower neutralising activity against variants of concern than natural infection. Lancet Infect Dis 2021; https://doi.org/10.1016/S1473-3099(21)00568-5 )を和訳してまとめてみます。

 

 タイでは不活化ウイルスコロナワクチンであるCoronaVac(中国のSinovac Biotech製)がワクチン接種プログラム向けの緊急使用に承認された。タイで流行している『懸念すべき変異株』(variants of concern; VOCs)にはα株, β株, δ株の3つがある。ワクチンと自然感染で誘導された抗体へのVOCsの影響を評価する為に、CorovaVac2回接種済みの医療従事者から採取した血清でSARS-CoV-2のS1受容体結合部位(receptor-binding domain; RBD)結合性IgGの力価と, ② ワクチンの材料(?)になったSARS-CoV-2(wild-type; WT)及びVOCsに対する中和抗体(neutralising antibody; NAb)の力価, を評価した。そしてこのデータを、ワクチン未接種で, 尚且つ 2020年4~5月 or 2021年4~5月に入院したSARS-CoV-2自然感染患者の血清のそれと比較した。

 コホートの参加者の100%でウイルス特異的IgGが陽性だった。次に、全てのコホートでWT及びVOCsに対するNAbによる免疫を評価した。全体として、NAb力価≧20単位である参加者の割合はWTに対して最も高く, 続いてα・β・δ株に対してはかなり低い力価だったこのパターンは全てのコホートで一致して見られ, NAbが検出可能であった参加者の割合は、自然感染コホートよりもCoronaVac被接種者で低かった調整後解析では、全コホートにおいて幾何平均NAb力価は、WTに対してよりも全VOCsで有意に低かった。α株とβ株に対するNAb力価の間に有意差はなかった。δ株に対するNAb力価は最低であり, 他の株より有意差があった。

 WTは2020年に感染した患者由来の血清で最もよく中和され, α株は2021年に感染した患者由来の血清で最もよく中和された。これらの知見は、2020年中期, 及び 2021年中期にタイで流行していた変異株と一致する。β株は2020年及び2021年に感染した患者由来の血清で同等に中和され, 幾何平均NAb力価はCoronaVacで誘導されたものよりも高かった。同様にしてδ株は、2020年及び2021年に感染した患者由来の血清で同等に中和されたが、NAb力価はβ株のそれよりも顕著に低かったCoronaVac被接種者におけるδ株に対する力価も低値であり、ほぼ検出限界値だったこれらの知見は、CoronaVacにより誘導されたNAb力価が、自然感染と比べると比較的低値であることを強調する。

 NAb力価は免疫との相関関係を有してはいないものの、症候性SARS-CoV-2感染からの免疫を高度に予測可能である。今回のデータに基づくと、S1-RBD結合性IgG産生が維持され, 100%陽性であったにも関わらず、NAbによる免疫は、WTと比較するとVOCs3種に対しては顕著に低減していた。更に、α株・β株に対するNAb活性は、CoronaVac被接種者の血清では同等だった; この知見は、「CoronaVac被接種者の血清では、α株よりもβ株の方が中和抗体に対して耐性を有した」という過去の知見と矛盾する。懸念すべきことに、δ株は中和抗体に対して最も抵抗性のように見える。最後に、この研究は、自然感染と比較すると、CoronaVacによって誘導された中和抗体による免疫が低い点が注目される。CoronaVac被接種者で免疫を維持する為に、従来の2回接種regimenを超える追加接種が必要となる可能性がある。