こんばんは。今日は面白そうな脳卒中関連の論文を発見してしまいました。米国で、脳梗塞患者の経過を追ったデータベースを解析し, NOACs(Non-vitamin K antagonist oral anticoagulants)を内服中なのに脳梗塞を発症した患者の経過などを追跡したものです(Kam W, Holmes DH. et al. JAMA. doi: 10.1001/jama.2022.0948)。
(1) 背景など
NOACsは血栓塞栓イベントを予防する効果が高いものの、NOACs内服中の患者でも毎年約1~2%が脳梗塞を発症する。t-PAは急性期脳梗塞への内科的再灌流療法の標準であるものの、頭蓋内を含む出血合併症のリスクが上昇すると考えられるので、現行のガイドラインではNOACs内服中の患者へのt-PA投与を禁忌としている(例外: 直接的第Xa因子活性のような凝固検査値が正常範囲 or 最後にNOACsを内服して48時間以上経過)。それでもなお、脳梗塞発症前からNOACsを内服している患者へのt-PA投与の安全性を評価している臨床的なデータは少ない。
NOACs服用中患者へのt-PA投与はGet With The Guidlines-Stroke(GWTG-Srtoke) registryにて2012年10月〜2015年3月の間に検証されたが、251名の患者データしか使用できなかった。今回Kamらは1) 脳梗塞発症前にNOACsを内服していた患者へのt-PA投与を検証し, 2) この患者群における治療関連合併症と入院中の転帰を、長期的な抗凝固療法中でなくt-PAを投与された患者のそれと比較した。
(2) 方法
① Study Designとデータ元
この研究は、以下2件の関連したデータベースから抽出したデータの後向き解析である。
- GWTG-Stroke registry: 現在進行中の任意参加の全国規模のデータベース。入院した急性期脳梗塞患者のデータ(e.g. 患者の人口統計学上データ, 既往歴, 入院中の転帰など)を収集している。
- Adressing Real-world Anticoagulant Management Issues in Stroke(ARAMIS) registry: 長期的な抗凝固療法中に急性期脳梗塞を発症した患者の多施設コホート。GWTG-Stroke registryを、患者に関する追加データ(e.g. 最後にNOACsを服用した時間など)を収集する形で拡大させたもの。
② 参加者について
この研究の対象となった集団は、GWTG-Stroke参加施設において, 2015/4/1~2020/3/31の間に, 発症4.5時間以内にt-PAを投与された急性期脳梗塞患者を含んでいた。なおここで『NOACs内服中』とは、ダビガトラン, リバロキサバン, アピキサバン, or エドキサバンを入院前7日以内に内服していたことを指す。
なお、以下のいずれかに該当する患者は対象外となった(Figure)。
- ワーファリン内服中 or NOACs以外の抗凝固薬内服中
- 複数の抗凝固薬を内服中
- 標準的なガイドラインから逸脱する形でt-PAを投与された
- 入院中に発症した脳卒中
- 他の病院でt-PA投与を受けた
- 他の病院へ搬送された
- 退院時の情報がない
③ 転帰(outcome)
主要outcomeはt-PA投与後36時間以内に発症した症候性頭蓋内出血だった。GWTG-Stroke registry内の患者にて、NOACs内服中患者と抗凝固療法中ではない患者を比較した。
Secondary outcomeは次のようなものだった。
- 安全性に関するoutcome: 入院患者の死亡率, 36時間以内の致死的or重篤な全身性出血, t-PA関連合併症全般, 入院中の死亡orホスピスへの退院の複合
- 身体機能に関するoutcome: 退院時に評価したもので、独歩, 退院先, 障害がない(modified Rankin Scaleで0~1点), 機能的に自立(modified Rankin Scale 0~2点)を含む。
記述的転帰は入院期間だった。
※modified Rankin Scaleについて: 身体障害を表す指標で、0点=無症状, 6点=死亡。
④ 統計学的解析
Baselineの患者情報や病院に関する情報は、割合や中央値で表記した。2群間のbaseline情報の比較は、絶対的標準差を用いて行った。絶対的標準差>25は「2群間の共変量の有意な不均衡あり」と考えられ, 絶対的標準差が10~25の間ならば「有意な不均衡がある可能性あり」と考えられた。
発症前の抗凝固療法の内容とt-PA治療後の入院中転帰の相関関係を評価する為に、多変量ロジスティック回帰モデリングという方法が使用された。
調整後odds ratio(OR)と調整後リスク差(RD; risk difference)を計算した。NOAC治療と転帰の関連性が血管内治療によって変化したかどうか決定するために、interaction解析が行われた。
ARAMISの患者集団において、最終NOAC内服時間とt-PA療法関連転帰の相関関係を評価するためのexploratory解析を行った。
(3) 結果
① 参加者のbaselineについて
脳梗塞のためt-PAを投与された患者163,038名のうち、
- 発症前にNOACsを内服していた患者(以下『NOACs内服患者』と呼称)は2,207名(1.4%)
- 〃 抗凝固薬を内服していなかった患者(以下『非凝固療法患者』と呼称)は160,831名(98.6%)
だった。
NOACs内服患者を非凝固療法患者と比較すると
- 高齢で(NOACs: 年齢中央値 75, 非抗凝固療法: 70; 絶対的標準差>10),
- 併存疾患の有病率が高く(絶対的標準差>10),
- 脳卒中の重症度が高く(NIHSS中央値はNOACs: 10, 非抗凝固療法: 7; 絶対的標準差: 25.7),
- t-PA投与後に血管内治療を行う可能性が高かった(NOACs: 18.8%, 非抗凝固療法: 11.5%; 絶対的標準差: 20.4)。
一方で、発症から治療開始までの時間と, 来院から治療開始までの時間に関しては二群間で差が無かった。
② Primary Outcome
全体で、t-PA投与後36時間以内に症候性頭蓋内出血を発症したのは5,210名(3.2%)だった。症候性頭蓋内出血の未調整罹患率は
- NOACs患者: 3.7%(95%信頼区間[CI; confidence interval]: 2.9~4.5)
- 非抗凝固療法患者: 3.2% (95%CI: 3.1~3.3)
だった。NIHSS等に関して調整後、両群間で症候性頭蓋内出血のriskに有意差は見られなかった(調整後OR: 0.88[95%CI: 0.70~1.10], 調整後RD: -0.51%[95%CI: -1.36~0.34])。
③ Secondary Outcome
- NOACs患者: 0.7% (95%CI: 0.4~1.2)
- 非抗凝固療法患者: 0.6% (95%CI: 0.5~0.6)
- NOACs患者: 6.9% (95%CI: 5.9~8.0)
- 非抗凝固療法患者: 6.0% (95%CI: 5.9~6.2)
だった。これらoutcomeについてリスク調整を行ったところ、有意差は無くなった。
未調整の入院中死亡率は
- NOACs患者: 6.3% (95%CI: 5.3~7.4)
- 非抗凝固療法患者: 4.9% (95%CI: 4.8~5.0)
とNOACs患者で高かった; しかし調整後に有意差は無くなった(調整後OR: 0.84[95%CI: 0.69~1.01], 調整後RD: -1.20%[95%CI: -2.39~-0])。入院中の死亡orホスピスへの退院の複合の未調整罹患率は
- NOACs患者: 12.4% (95%CI: 11.0~13.8)
- 非抗凝固療法患者: 9.4% (95%CI: 9.3~9.5)
とNOACs患者で高かった。しかし、この複合outcomeの調整後罹患率の指向性は逆行し(調整後OR: 0.97[95%CI: 0.76~1.00], 調整後RD: -1.63%[95%CI: -3.2~-0.06])、NOACs患者の高い未調整罹患率は、この患者群におけるリスクが高いこと(高齢, NIHSSが高値, 併存疾患がある)が原因かもしれない。
リスク調整後に非抗凝固療法患者と比較すると、
- NOACs患者は退院時に独歩する可能性が高く: 非抗凝固療法患者: 51.7%, NOACs患者: 57.9% (調整後OR: 1.25[95%CI: 1.12~1.40], 調整後RD: 5.65%[95%CI: 2.91~8.40]),
- 自宅退院が多く: 非抗凝固療法患者: 45.9%, NOACs患者: 53.6% (調整後OR: 1.17[95%CI: 1.06~1.29], 調整後RD: 3.84%[95%CI: 1.46~6.22]),
- 退院時「障害なし」が多く: 非抗凝固療法患者: 26.9%, NOACs患者: 34.0% (調整後OR: 1.22[95%CI: 1.06~1.42], 調整後RD: 3.71%[95%CI: 0.91~6.52]),
- 退院時「機能的自立」が多かった: 非抗凝固療法患者: 37.1%, NOACs患者: 44.5% (調整後OR: 1.27[95%CI: 1.11~1.45], 調整後RD: 5.28%[95%CI: 2.15~8.41])
2群間で、ホスピス, 入院患者向けリハビリ施設, or 看護付き施設へ退院した患者の割合に有意差は認めなかった。4日間を超える入院期間の割合は、
- NOACs患者: 47.0%
- 非抗凝固療法患者: 38.8%
- 調整後OR: 0.93 (95%CI: 0.84~1.03)
- 調整後RD: -1.73% (95%CI: -4.22~0.76)
④ (ARAMIS registryの)Exploratory解析
ARAMIS registry内のt-PA投与を受けNOACsを内服していた患者のbaselineは、GWTG-Stroke registry内の同じような患者と同等だった。最後にNOACsを内服した時間が判明している, もしくは 発症の2日以上前に抗凝固薬を摂取していたか否かを返答したNOACs処方歴のある患者47名のうち、
- 入院前0~24時間で最後の内服ありは8名(17.0%)
- 入院前0~48時間で最後の内服ありは25名(53.2%)
- 入院前48時間より前に最後の内服ありは22名(46.8%)
だった。入院前0~48時間にNOACs最終摂取をした25名のうち、t-PA投与後に症候性頭蓋内出血を発症したのは2名(8.0%[95%CI: 1.0~26.0])だった。入院前0~24時間に最後のNOACs内服をした患者, ないし 入院前48時間より前に最後のNOACs内服をした患者では、t-PA関連合併症は無かった。
(4) 考察
この後向き研究にて、脳梗塞発症前直近のNOACs内服は症候性頭蓋内出血, 致死的or重篤な全身性出血, t-PA関連合併症, ないし 入院中死亡率の増加と独立して関連しているとは示されなかった。抗凝固療法をされていなかった患者と比較すると、発症前のNOACs内服は退院時の転帰改善(自宅退院, 独歩可能か, 障害の有無, 機能的自立)と有意に関連していた。
知られている限り、今回の研究は、直近までNOACsを服用中という条件でt-PA療法の安全性・転帰を検証したものの中で最大規模である。従って、この研究において症候性頭蓋内出血・致死的or全身性出血・入院中死亡率の増加がないと確認できたことは、直近の7日間にNOACsを内服しているのに脳梗塞を発症した患者へt-PAを投与することの安全性を支持し得るevidenceを提示するものである。それに加えて、前回のGWTG-Strokeを用いた研究にて「NOACs内服が自宅退院率・退院時独歩可能率上昇と関連している」と示されたにも関わらず、今回の研究では退院時障害なし・機能的自立の率が統計学的有意でない範囲で高かったことが示された。
GWTG-Stroke registryの患者の一部がNOACs服用を中断していたことで脳梗塞を来した可能性もある一方で、そうでない人においては内服していても発症してしまった可能性がある。ARAMISの患者集団内で、t-PA療法実施前48時間以内にNOACsを服用していたのは48名のうち25名(53.2%)だった。この25名のうち、t-PA療法実施前24時間以内にNOACsを服用していたのは8名(32.0%)だった。
ARAMISコホート患者とGWRG-Strokeコホート患者全体の患者及び病院に関するbaselineは類似しているので、GWTG-Stroke集団でも最終NOACs服用時間が同じである可能性がある。ARAMISコホートにおける症候性頭蓋内出血罹患率は、GTWG-Stroke集団全体のそれと異なっている。しかしながら、ARAMISコホートの患者数が少ないので、こうした差は注意して解釈されるべきである。
抗凝固薬を飲んでいない患者と比較すると、NOACs内服中の患者では自宅退院・独歩退院が多く, 退院時の障害が少なかった。NOACs内服中の患者で見られるこうした良好な転帰を説明しうるメカニズムは幾つか存在し、例えば 1) t-PA治療を受けた時点では血中のNOACsの濃度が低い, ないし 2) 患者集団によって治療の標的となる閉塞部位が違う, ことが挙げられる。NOACs内服患者集団では脳梗塞の原因に心房細動が多く、治療の標的となる閉塞は心臓由来の血栓によるものである。他方、非NOACs患者集団では、治療の標的となる閉塞には様々なものがあり、動脈硬化と, それに続発する血栓の混合を含んでいる場合もある。t-PA投与後の再開通は、再閉塞しやすい動脈硬化残存を伴う血管よりも、血栓が消失した比較的正常な血管で永続的となる可能性がある。更に、こうした結果が交絡因子によるものである可能性すらある。
脳梗塞で受診し, その後大血管閉塞が判明した患者は、その他にも臨床的なジレンマを指し示す。今回の研究では、NOACs治療とt-PA投与後転帰の間の関連性が血管内治療を受けることで変化するかどうかを決める為に行った相関関係解析を行なっている。こうした解析では、症候性頭蓋内出血の罹患率を含む転帰はどれも血管内治療の影響を受けていなかった。こうした知見は、発症前7日間にNOACsを内服し, t-PAを投与された急性期脳梗塞患者の一部で(≒一定の基準を以て選択した場合は)血管内治療が安全である可能性を示唆している。