Voice of ER ー若輩救急医の呟きー

日本のどっかに勤務する救急医。医療を始め、国内外の問題につきぼちぼち呟く予定です。

NEJMに載っていた類鼻疽アウトブレイクの話

 こんばんは。現役救急医です。New England Journal of Medicineから配信されているメールを見ていたら、興味深い報告が載っていました。米国で類鼻疽が複数発生した事例の報告です(Gee JE, Bower WA. et al., N Engl J Med. 2022;386:861-8)。

 

(1) 導入

 類鼻疽(melioidsis)Burkholderia pseudomalleiの感染で起こり、B. pseudomallei熱帯・亜熱帯地域の土壌や水中に生息している。吸入, (経口)摂取, または 経皮的に人へ感染する類鼻疽の症状は、発熱を伴わない皮膚膿瘍, 肺炎, 多臓器の膿瘍を伴う(伴わない場合もある)敗血症, 泌尿器・生殖器感染症, 脳脊髄炎というふうに多様であり、重症度も多様である

 米国内で類鼻疽は稀であり、CDCによると毎年およそ十数症例が報告され, 大半が類鼻疽が流行している地域への旅行と関連があった。旅行歴のない類鼻疽患者症例の解析では、患者から分離された病原体が南or東南アジア由来と思われ, B. pseudomalleiに汚染された輸入品への曝露が原因と思われた。他にも、類鼻疽は人獣共通感染症ではないものの、米国内では海外から輸入されたイグアナ, 霊長類, 犬から発見された事例も報告されている

 ここでは、米国内で数週間の間に発生した類鼻疽4症例を報告する。

 

 

(2) 症例について

症例①53歳女性, カンザス

 2021年3/13に、4~5日持続する息切れ, 咳嗽, 倦怠感等を主訴に救急外来を受診。慢性閉塞性肺疾患, C型肝炎ウイルスによる肝硬変, 冠動脈疾患, 甲状腺機能低下症, 多物質乱用, 乾癬性関節炎の既往歴あり。海外渡航なし

 胸部CTでは肺塞栓と, 右上葉に限局する浸潤影を認めた。入院加療が開始され、まず市中肺炎が疑われてセフトリアキソンとアジスロマイシンが開始された他、慢性閉塞性肺疾患の悪化も疑われてステロイドも投与された。入院4日目に脳炎, 低血圧, 呼吸不全を発症したためICUに移動し、抗菌薬はバンコマイシンとセフェピムに変更された。その後血液培養でグラム陰性桿菌が検出されたので、メロぺネム・レボフロキサシンに変更された。その後、原因菌は'Vitek 2 instrument'によりB. pseudomalleiと判明した。入院6日目に敗血症性ショックが出現し、昇圧薬投与と人工呼吸器管理が開始された。その後治療にも関わらず状態悪化が持続し、入院9日目に死亡した。

 

症例②:  4歳女児, テキサス州

 2021年3/31に、3日間持続する食欲低下と発熱(発熱の前に、1日中嘔吐していたエピソードあり)を主訴に小児科を受診。特記すべき既往歴はなく、海外渡航なし。38.1 ℃以外に身体所見に異常は認められず、胃腸炎と診断された。

 2日後に、39.5 ℃の発熱が持続するため急病診療所を受診。尿路感染症と診断され、アモキシシリン・クラブラン酸を処方されて帰宅した。尿培養で大腸菌が検出され、血液培養では検出なし。

 その2日後に、間欠性の発熱, 嘔吐の再発, 傾眠を主訴に救急外来を再受診。38.3 ℃の発熱の他、頻脈と頻呼吸を認め, ヒトライノウイルスとエンテロウイルスが陽性となった。同日に敗血症性ショックと髄膜脳炎の診断でICUヘ入院となり、セフトリアキソンを開始された。嘔吐後にSpO2が40%まで低下したため、気管挿管を行われた。MRIを撮影した結果、急性散在性脳脊髄炎の可能性が考えられたため、入院早期にステロイドが開始された。ICU入室中、呼吸・神経の状態は悪化が持続した。抗菌薬はメロぺネムバンコマイシンへ変更された。

 下気道検体の培養でB. pseudomalleiが検出されたことから、類鼻疽と診断された。なお'MALDI-ROF'質量分析は当初、培養結果をB. thailandensisと誤分類していた。メロぺネム投与後にセフタジジムを開始し, トリメトプリム-サルファメトキサゾール(ST合剤)も併用し, 合計8週間抗菌薬を継続した。その後も、病原体を排除する為に6ヶ月抗菌薬を投与する予定である。退院3ヶ月後、患者は車椅子に依存し, 言語障害がある。

 

症例③:  53歳男性, ミネソタ州

 2021年5/29に、意識状態変容と脱力を主訴に家族に連れられ救急外来を受診。アルコール依存症と喫煙の既往歴があり, 海外渡航歴は無し。頭部MRIではWernicke's脳症に矛盾しない所見を認め、代謝性脳症の治療目的で入院となった。入院中に股関節痛が出現したが、MRIでは骨盤に軽度の変性を認め, これが股関節痛の原因と考えられた。入院6日目に、患者はtransitional care facility(日本で言う回復期病棟か?)へ退院した。

 6/6に、発熱と意識状態悪化のため患者は施設から救急外来へ転院搬送された。40.0 ℃の発熱とSpO2 90%(室内気)を認め, 胸部CTでは肺炎を認めた。肺炎の診断にてメロぺネムが開始された。その後、皮疹が出現したため抗菌薬はセフタジジムへ変更された。血液培養ではグラム陰性桿菌が検出された。患者は解熱し, 酸素投与も離脱していたものの、入院6日目に再度発熱し、股関節痛が悪化した。股関節MRIを撮影したところ、筋炎, "septic hip(敗血症に関連した股関節炎?)", 右骨盤の骨髄炎を含む急性炎症性変化を認めた。

 股関節穿刺液培養ではグラム陰性桿菌が検出された。当初、血液培養の結果は誤診(MALDI-TOF質量分析ではB. thailandensis, 'Vitek 2 instrument'ではSphingommonas paucimobilis)されていた。その後、血液培養と右股関節穿刺液培養からB. pseudomallieが検出された。2021年6/23に、患者はtransitional care facilityに退院した。患者には8週間セフタジジムが投与され、その後ST合剤による病原体排除療法を予定されている。退院後も患者の意識障害は改善せず, 感染した股関節は骨壊死を来してた。

 

症例④:  5歳男児, ジョージア州

 2021年7/12に3日間持続する脱力, 舌腫脹, 発熱, 吐き気, 嘔吐を主訴に救急外来を受診。特記すべき既往歴や海外渡航歴はなし。来院時に38.9 ℃の発熱と, 頻脈, 間欠的な頻呼吸を認めた。PCR検査で新型コロナウイルス陽性となった。

 経過観察・脱水補正目的で入院となったが、同日夜間にSpO2が低下し, ICUヘ入室となった。入室時撮影した胸部単純X線にて、胸水を伴った両側性浸潤影を両肺の下葉に認めた。COVID-19の診断にてレムデシビルとステロイドが開始され, また、細菌感染合併を疑われバンコマイシンとセフトリアキソンも開始された(バンコマイシンは後にリネゾリドへ変更)。入院3日目に右上肢麻痺が出現し, 翌日には瞳孔散大・対光反射消失を認めたため、頭部CTを撮影したところ、左大脳皮質と中脳に大きな梗塞巣を認めた。患者の循環・呼吸状態は治療にも関わらず進行性に増悪し、入院4日目に死亡した。

 病理解剖が行われ、肺膿瘍と大脳皮質白質・大脳基底核・脳幹の軟化・出血を認めた。肺組織の培養には'Vitek 2 instrument'を用い、B. pseudomalleiが検出された。組織学的には化膿性・壊死性の肺炎と肝臓・脳の微小膿瘍を認め、播種性類鼻疽と矛盾しない所見であった。免疫染色では、肺・肝臓・脾臓・脳にB. pseudomalleiを認め, 肺と上気道組織に新型コロナウイルスを認めた。

 

 

(3) 検査所見・結果

 上記の患者が曝露した物品を多数検査した結果、症例④の自宅にあったアロマセラピー用室内スプレーからB. pseudomalleiが分離された。その後、ゲノム解析を行った結果、スプレーから検出された菌と, 患者4名から検出された菌が全て同じ系統('ATS2021'命名)であることが判明したATS2021系統は南アジア由来のB. pseudomallei検体と同類であると判明し、事実スプレーもインドからの輸入品であった。

 

 

(4) 考察

 海外渡航歴はないものの、インドから輸入されたスプレーへの曝露歴がある米国市民4名が類鼻疽に罹患した。これらの患者では当初、海外渡航歴が無かったため類鼻疽が鑑別診断に挙がっていなかった

 4名とも早期に入院していたが、最初の培養検査ではB. pseudomalleiは検出されなかった。成人患者2名では入院後の血液培養でB. pseudomallei陽性となった。小児患者2名では重症の神経性類鼻疽を発症した。

 症例③以外は類鼻疽と診断される前に別の疾患に対してステロイド治療が行われていたステロイドの免疫系への作用が、重症化へ影響した可能性もある。

 過去に米国内で確認された海外渡航歴のない類鼻疽患者の調査では、米大陸由来の他の系統に近いB. pseudomalleiが確認された症例や, 同じく海外渡航歴が無いのに南アジアor東南アジア由来の菌が分離され、汚染された輸入品ないしペットに接触したためと考えられた症例が報告されている。

 類鼻疽の診断は、様々な検体からB. pseudomalleiが培養で検出されることで成立する。培養検査に提出する検体は臨床症状に応じて選択し、血液, 痰, 尿, 膿, 関節穿刺液, 脳脊髄液などが含まれる。咽頭や直腸拭い液を特定の培地で培養することで診断率が上昇する。類鼻疽が疑われる場合、検査部には培養検査でB. pseudomalleiが検出される可能性がある旨を伝達し, また、スタッフは曝露を避ける為の厳格な防護措置を講じるべきである。

 'MALDI-TOF'質量分析計や16S リボソームRNA遺伝子配列解析といった同定検査法や, 'Vitek 2'のような臨床検査機器では、B, pseudomallei他の細菌と誤診される可能性がある。自動システムによってBurkholderia属, Chromobacterium violaceum, Ochrobactrum anthropiと同定されたり、Aeromonas属, Acinetobactor属, Pseudomonas属の可能性ありと同定された患者に対しては、B. pseudomallei感染症の可能性を評価する為に再評価を行うべきである。B. pseudomalleiが同定ないし疑われる場合には、確定診断の為の検査を行うべきである。