Voice of ER ー若輩救急医の呟きー

日本のどっかに勤務する救急医。医療を始め、国内外の問題につきぼちぼち呟く予定です。

毒蛇咬傷に関するreview Part 2

 こんにちは。現役救急医です。今日は前回に引き続き、NEJMヘ1/6に掲載された毒蛇咬傷に関するreview記事の内容を紹介します。前回(下のリンクから閲覧可能)では疫学・病態生理・症状や診断について書いていましたが、今回は治療に関する話です。

voiceofer.hatenablog.com

 

(1) 病院前治療

 毒蛇に噛まれた後の優先事項は、

  • 蛇から逃げる。もし可能なら蛇の種類を特定する。
  • 心臓に対して中立な位置を避けつつ("with a default of heart-neutral position")、噛まれた部位を緩く固定する。
  • 浮腫が発生する前に装飾具などを外す。
  • 医療機関への搬送(蘇生処置が可能な人間が同伴すること)

の4つである。多くの蛇毒はリンパ系を通して循環に入るので、リンパの流れを妨げることで毒の全身的影響を遅延させられる可能性がある。蛇毒の局所的な影響がごく限定的 or ない場合, 及び 神経毒性が急速に発症する可能性が懸念される場合は、末梢側から中枢側へ包帯で巻いて圧迫する, 或いは 血圧計を咬傷部位よりも中枢側に巻いて圧迫する(上肢なら今の血圧に+50 mmHgで, 下肢なら今の血圧に+70 mmHg)動脈or静脈用ターニケットの使用, 切開, 吸引, 加熱, 冷却, 電気, 民間療法といったその他の『治療法』は、決定的な治療を遅らせ, 更なる損傷を引き起こす可能性すらある。

 

 

(2) 病院での治療

① 総論

 毒蛇咬傷のmanagementは、抗毒素の投与, その他特異的な局所と全身への治療, 及び 全身的・補助的な治療 の3つからなる。しかしながら、毒蛇咬傷に関するsystematic reviewは多くの治療法に関して信頼性が恐ろしく低く, 特異的な抗毒素について矛盾する知見を示しており、managementに関するapproachは大抵科学的な裏付けが乏しい。質の高いデータが無い以上、ガイドラインと専門家の意見が優勢的になる。

 患者が医療機関に到着したら、まずvital signを測定すべきである。きつい衣類と創部を覆う衣類を除去してから患者への診察を行い, 末梢静脈路を確保する。必要なら破傷風の予防接種等を行い, 創部は洗浄してから、埋もれている異物を探索する必要がある。超音波検査は創部に埋もれている牙や局所的な浮腫を検出できる可能性がある。仮に咬傷へ毒が注入されたように見えない場合は、毒の症状が起きないか見るために長期間の経過観察が必要である経過観察期間は、蛇の分類群や地域により異なるものの、6~24時間が良いとされている

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Figure 4: 蛇毒に対して開発されたIgGとIgG fragmentのイラスト。

 抗毒素は決定的な治療法であると様々な研究で示されており, 死亡や合併症を減らすのに重要と信じられている。動物由来の抗毒素抗体 − IgG, F(ab')2, または Fab fragment − (Figure 4)は、毒素の抗原領域を中和する。抗毒素の有効性や有害事象は、由来となった動物, 精製の形式と程度等の様々な因子に依存している。小分子量のfragmentは、分子量が大きいものと比較すると分布容積が大きくなり, 半減期が短くなる。

 1バイアルごとの中和能力は異なるので、抗毒素はバイアル単位で投与される合計の毒の量, ないし 毒の特定の領域の量が不明であるため、急性発症する毒の効果を止める or 逆行させるのに十分な量を初回投与し, その後は初回投与量への反応に基づいて用量を調整する。小児の体内に侵入した毒の量は成人と同等なので、小児にも成人と同量の抗毒素を投与すべきである。むしろ小児には、より大量の初期投与量が必要かもしれない。更に、投与する輸液量を絞る為に、小児にはより濃縮した抗毒素が必要である可能性がある

 妊婦の場合、特に妊娠20週以前に噛まれた場合は流産が起こることがある一方で、大半の毒蛇咬傷はほぼ影響がなく, 予後も良好である。 妊婦への抗毒素の安全性を評価した研究はないものの、妊婦では非妊娠患者と同じ適応にて抗毒素が投与されている

 中和されていない毒は組織中に残存し, 局所的・全身的な影響を与え続けるので、局所性症状に対しては最初の24時間以内に, 全身性症状に対しては数日〜数週間の間に抗毒素を再投与する必要があるかもしれない毒による症状の一部は容易に逆行させられない, もしくは長期的 or 永続的な障害を残すことさえあり得る。

 蛇の種類に特異的な抗毒素に関する情報は多くの場合、その地域の中毒センターで見つけることができる。またWHOのデータベースはオンラインで閲覧可能である。他にも、Adelaide大学のClinical Toxinology Resourcesのウェブサイトや, 米国の'online Antivenom Index'で毒蛇や抗毒素に関する情報を入手可能である。蛇毒の構成成分は種や属をまたいで共通することがあるので、一部の毒蛇の種に対応する抗毒素が、その地域の多様な毒蛇咬傷への治療に使える可能性もある。中毒センターのnetworkが利用可能である場合は、適切な抗毒素を適切な時期に入手する方法を専門家が知っているかもしれない。

 一部の毒蛇Thelotornis capensis[南アフリカに生息]やAtractaspidinae科[アフリカ・中東に生息])については抗毒素が存在しないこうした抗毒素の不足が、顕著な死亡率・罹患率上昇につながっている。たとえ抗毒素があったとしても、あまりに高価な為に地元の医療機関で使用できなかったり, 必要な地域で入手困難であったり, 生産者が生産を停止していることもあり得る。

 抗毒素への過敏反応のリスクは低リスクから高リスクまでと広範囲にわたり、由来した動物や, その製品がIgG・F(ab')2・Fabのどれなのか, その後の精製方法や, 患者側の要因といったものに依存している。投与前の皮膚テストは、検査結果の感度が不完全, ないし 結果を誤って解釈する可能性があるので推奨されていない。しかしながら、アナフィラキシーの発症率が高い種類の抗毒素に関しては、投与前のエピネフリン(筋注?)が推奨されている抗毒素が入手容易な場合、安全性, 薬物動態学的な要素, 費用, 単力価と多力価のどれが適切か等を基準に抗毒素を選択すべきである。

 

② 臓器別の評価と治療の各論

1. 細胞毒性

 細胞毒性による症状は抗毒素の適応基準となり, 早期投与が予後改善と関連している。抗毒素投与中、噛まれた部位を挙上しておくべきである。場合により麻薬性鎮痛薬での鎮痛が必要となることもある。組織内圧上昇が疑われる場合、超音波検査, MRI, 組織・コンパートメント内圧直接測定 or これらの方法の複合を用いた評価が妥当である。深部コンパートメント・皮下組織のいずれかの内圧上昇に関しては、抗毒素追加投与, 噛まれた部位の挙上 及び マンニトール投与の適応を考慮すべきである。筋膜切開は、抗毒素, 噛まれた部位の挙上のみ or 筋膜切開と抗毒素併用と比較しても予後を改善するとは証明されていない。感染予防目的の抗菌薬は有用であると証明されていないが、壊死を伴う場合、感染リスクがあるので抗菌薬投与適応となり得る

2. 血液毒性

 蛇毒による消費性凝固障害症例の一部では抗毒素が有効であるが、改善する速度・程度には差がある。ヘパリンは無効である。血小板数, プロトロンビン時間(PT; prothrombin time)とinternational normarized ratio(INR), 部分活性化トロンボプラスチン時間(APTT; activated partial-thromboplastin time), フィブリノゲン濃度, D-dimer濃度, 20分全血凝固時間を検査するのが標準的である。血液症状は数日〜2週間超持続することがあり、抗毒素投与の遅れへの治療反応が鈍かったり, 周期的 or 持続的な抗毒素投与が必要となったりする可能性がある。血液製剤は必要なら投与可能であるが、追加の抗毒素と同時に投与すべきである。

3. 筋毒性

 筋波動により横紋筋融解症, 呼吸窮迫, ないし その両方を来し得る。抗毒素は直接的筋毒性を標的としている。

4. 腎毒性

 毒蛇咬傷症例の全例で腎毒性のscreeningを行うのが妥当である。ラッセルクサリヘビ(インド, ネパール等南アジアに生息する)咬傷に対する抗毒素投与は腎傷害を減らすことが証明されており, あらゆる腎傷害症例に対して、妥当な抗毒素療法が考慮されるべきである

5. 神経毒性

 抗毒素療法はシナプス性蛇毒に対して最も有効であり, シナプス性蛇毒については早期(=細胞外に毒が止まっている間)の投与が重要である。気道管理にも注意が必要である

 

 

(3) 将来的な話

 現在、ウマないしヒツジで製造した抗毒素が唯一効果のある治療法である。IgG製剤 or 精製が不十分な抗毒素は、他の種類の抗毒素よりもアナフィラキシー, 血清病, または その両方を来す可能性が高く、抗毒素中の免疫グロブリンのうちわずか約30%が蛇毒素へ直接作用する。Fab抗毒素は血清中の濃度が急速に低下し, 人体から急速に排泄されてしまうので、蛇毒症状再燃に関与し, F(ab')2抗毒素が現行の標準的治療となった。しかしながら、多くの途上国では、抗毒素の価格が使用を妨げかねない。そのため、ラクダ・ニワトリ・サメ等の動物で抗体を作る, または ヒト化した動物抗体("humanizing animal antibody")の有効性を検証する研究が行われている。

 多くの動物血清と, 一部の植物抽出物は蛇毒を中和可能である。たとえば、American opossum由来のペプチドであるLTNF-11は出血性蛇毒の致死性を抑制する。更なる開発は、こうした物質を代替療法, ないし 補完的な治療法として有用な手段にするかもしれない。

 他に、一部の合成ペプチドと, secretory phospholipase A2 抑制剤(蛇毒の中和能力がある)は有効性が期待されている。

 

 

 日本国内の場合、毒蛇といえば北海道・本州・四国・九州(と一部の鹿児島県離島部)ではマムシとヤマカガシ, 南西諸島や沖縄県ではハブです。日本の毒蛇咬傷については昨年、YouTube動画にて解説しておりますのでご参考までに。

youtu.be

しかし、世界には色々な毒蛇がいるものですね。願わくば、一生噛まれることなく過ごしたいものです。