さて、昨日少々衝撃的なニュースが来ました。『白い巨塔2019』で主人公の愛人役をやった沢尻エリカがMDMA所持で逮捕されたとのことです。
今回は、MDMAがどういう薬物なのかまとめてみたいと思います。参考文献は'UpToDate'です。
(1) Introduction
MDMAの正式名称は3,4-methylenedioxymethamphetamine。1914年に食欲を抑える薬剤として発明。1970年代に精神疾患治療薬として使用されていたが、乱用のリスクがすぐに認知され規制対象となった。
(2) 薬理学
MDMAは交感神経に作用するアンフェタミンであり、カテコラミン放出とカテコラミンのpresynaptic vesicleへの再取り込み阻害を起こす。他方、構造がセロトニンに似ていることから、セロトニン分泌増加とセロトニン再取り込み阻害も起こしていると考えられる。
(3) 薬物動態
消化管から迅速に吸収される。内服から2時間以内に効果が最大となり、6時間効果が持続する。MDMAの75%は未変化体として尿から排泄されるが、残りは肝臓のCYP2D6によって代謝される。
(4) 症状
服用から1時間で、多幸感, 覚醒, 疲労感の減少等に加えて、興奮, 嘔気, 頻脈, 発汗といった症状が出現し、数時間で消失する。なお、下記のような重篤な症状が出現する場合もあり注意が必要。
- 循環器系: 高血圧緊急症, 心筋梗塞, 不整脈, 大動脈解離
- 高体温症: 薬物の中枢神経への作用の他、運動, 環境といった要素が作用して発症。これによりDICや横紋筋融解症になる場合もある。
- 多量の飲水と抗利尿ホルモンの分泌の持続による低Na血症: これにより痙攣, 脳浮腫, 昏迷を来す。
- 神経系: 興奮, 不安, 痙攣, 痙攣重積etc.
- 肝毒性: 高体温症 or DICを発症しなくとも来す場合もある。
- セロトニン症候群: ① 自律神経障害(下痢, 頻脈, 嘔吐etc.), ② 異常な神経筋活動(反射亢進, ミオクローヌス, 筋強直etc.), ③ 意識状態の変容(興奮型せん妄, 不安, 見当識障害)を呈する。
(5) 治療
JATECでも強調されているように、ABCDの安定化が重要。
① Airway: MDMAによる低Na血症は意識障害を来し、気管挿管が必要となる事が多い。
② Breathing: MDMAは酸素化に障害を来さない。よって、SpO2低下等が見られた場合、誤嚥等を疑う。
③ Circulation:
MDMAによる重症高血圧は、中枢性の要素と, 末梢性の要素の双方がある。中枢性の要素への治療は、ベンゾジアゼピン(e.g. ロラゼパム; 1~2mg IV, 血圧が安定 or 患者が鎮静されるまで繰り返す)投与であり、これが第一選択薬である。
強力なベンゾジアゼピンによる治療へ抵抗性を示す高血圧は非典型的であるが、それを認める場合には末梢作用型の薬剤(e.g. ニトロプルシド or フェントラミン[αアドレナリン拮抗薬, 1~5mg IV])を使用する。ニトロプルシドやフェントラミンが無い場合、ニカルジピン(Caチャンネル拮抗薬)やラベタロール(α-βアドレナリン拮抗薬)も使用可能である。
また、セロトニン症候群の治療においても上記のようなベンゾジアゼピンの投与を行うが、それでもバイタルサインとせん妄が安定しない場合はシプロヘプタジンを経消化管的に投与(最初は12mg, その後、臨床的に反応が見られるまで2時間ごとに2mgずつ投与)する。
なおβ拮抗薬(e.g. メトプロロール, エスモロール, プロプラノロール)は、1. αアドレナリンを刺激する可能性があり, 2. これにより冠動脈攣縮を悪化させる可能性があり, 3. 動物実験において致死性を増加させた, ことから、β拮抗薬の使用は禁忌と考えられる。
また、上記のように心筋梗塞を起こすリスクもあるので、心電図を全例取るべきである。心筋虚血がある場合、アスピリン, ニトログリセリン, 酸素投与投与の適応となる。
④ 消化管の除染:
1時間以内の内服であれば、活性炭の投与を行う。しかし、1時間を越えれば既にMDMAが吸収されているので、活性炭は適応とならない。
⑤ 精神症状に対して:
上記に同じく、ベンゾジアゼピン(e.g. ロラゼパム)で鎮静する。なお、ブチルフェノン系抗精神病薬(e.g. ハロペリドール, ドロペリドール)は放熱に干渉し, QTcを延長させる・痙攣の閾値を下げる可能性があることから禁忌である。
⑥ その他:
体温>41 ℃の高体温症は冷却で対応。また低Na血症(とそれに伴う痙攣)は3%生殖による補正で治療(詳細は下記リンク参照)。
【医療関係者向け】低Na血症の補正 - Voice of ER ー若輩救急医の呟きー
また、痙攣はベンゾジアゼピン(と低Na血症の補正)で治療する。MDMAによる痙攣は興奮性神経伝達物質と抑制性神経伝達物質のバランス変化によるものである(なお、通常の痙攣/てんかんは、脳の特定の領域における電気活動の不安定性であり、Naチャンネル遮断薬に反応する)。その為、Naチャンネル遮断作用のあるフェニトインを使用するのは非合理的である。
調べてみるほど、実に厄介な薬剤ですね。沢尻さんがこうゆう重篤な症状に襲われなかったのは何よりですが、無事に更生し、再び薬物に手を出さぬことを祈ります。