Voice of ER ー若輩救急医の呟きー

日本のどっかに勤務する救急医。医療を始め、国内外の問題につきぼちぼち呟く予定です。

せっかくなんで新型コロナウイルスに関する論文を読んでみた。 Part 10

 今回は久々に?新型コロナウイルス(SARS-CoV-2)に関する論文を紹介します。今日参考にするのは今年3月27日にオンラインで発表された論文"Treatment of 5 Critically Ill Patients With COVID-19 With Convalescent Plasma"(Chen C, Wang Z. et al. JAMA)です。

 

(1) Introduction

 2014年のエボラ出血熱アウトブレイク時に、回復した患者の血清の使用をempiricalな治療法として行うことが推奨さらた。また2015年には、MERSに対して同様の治療法が行うprotcolが作成されている。他にも、インフルエンザA(H1N1)パンデミックSARSアウトブレイクの際に回復患者血清投与を行ったstudyでは有効性が示唆されている。

 同様にして、本studyの筆者らはSARS-CoV-2(COVID-19)についても回復患者血清の投与が有効であるという仮説のもとで、重症患者に対し同治療法を行った。

 

(2) Method

 本studyは中国 ShenzhenのShenzhen Third People's Hospitalにおいて2020年1月20日から3月25日までの間に行われ、最終フォローアップは3月25日に実施された。

① Patients

 定量的RT-PCRでCOVID-19と診断された患者のうち、以下の基準を満たす患者が回復患者血清投与の対象となった。

  • 急速に進行する肺炎があり, 尚且つ 抗ウイルス療法にも関わらずウイルス量が多い
  • PaO2/FiO2<300
  • 機械的換気で管理中 or 管理されていた

加えて、1. 機械的換気を必要とする呼吸不全がある, 2. ショック, 3. 他の臓器障害がありICU入室が必要, のいずれかを満たすCOVID-19患者は"critical condition"にあると定義されている。

② Intervention

 ドナーから血清を採取したのと同日に、ABO血液型が一致する血清200~250 mLを、2回連続で患者へ投与(合計400 mL)。また患者には、SARS-CoV-2ウイルス量が陰性化するまで抗ウイルス薬投与が継続された。

 なお血清のドナーは5名(18~60歳)おり、いずれもCOVID-19から回復した患者だった。全員において1. COVID-19の診断がラボでなされて(previously diagnosed with laboratory-confirmed COVID-19)その後SARS-CoV-2陰性となったこと, 2. 他の呼吸器系ウイルス・B型肝炎ウイルス・C型肝炎ウイルスHIV・梅毒が陰性であること, 3. 最低10日間は無症状・血清SARS-CoV-2特異的ELISA抗体価が1:1000より高値・中和抗体価が40超であること, が確認された。各ドナーからは400 mLの血清が成分除去により採取された。

③ Outcome

 対象となった患者5名の血清投与前後における臨床経過は、電子カルテを通じて取得した。取得した情報は以下の通りである。

  • 人工統計学的データ, 発症から入院までの日数, 来院時の症状
  • 治療内容に関するデータ(e.g. 機械的換気, 抗ウイルス治療, ステロイド)
  • 体温, PaO2/FiO2, SOFA score
  • 検査値:  血算, 生化学, cycle threshold value(Ct), CRP, プロカルシトニン, IL-6, 血清抗体価
  • 胸部画像所見
  • ARDS, 細菌性肺炎, 多臓器不全といった合併症に関する情報

 なおCt値高値は少ないウイルス量と関係しており、本studyにおいては Ct値≦36.0なら陽性未確定(undetermined)なら陰性 とした。もしCt値が37を超過した場合は再検査を行い、1. 初回検査と同値で37~40の間なら陽性, 2. 検出限界以下なら陰性, と判断した。患者5名のCt値は血清投与前1日と投与後1日, 3日, 5日, 12日に測定した。

 

(3) Results

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 合計5名の患者(うち2名が女性, 年齢; 36~73歳)が、回復患者血清を入院後10~22日目に投与された。全員が血清投与前から、抗ウイルス薬やステロイドによる治療を受けていた(Table 1)

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 入院時のCt値は18.9~38.0, 血清を投与した日のそれは22.0~35.9であった(Table 2 and Figure1A)Ct値は血清投与後1日以内に改善(増加)した。

  • Patient 5:  投与後1日目に陰性化
  • Patient 3 and 4:  投与後3日目に陰性化
  • Patient 1 and 2:  投与後12日目に陰性化

 またSOFA scoreは血清投与2~10であったが、投与後12日目には1~4へ減少した(Table 2 and Figure 1B)。他の値については以下の通り。

  • PaO2/FiO2:  投与; 172~276。5名中4名で、投与後7日以内に改善(overall range; 206~290)。投与後12日目で増加(range; 284~366) (Table 2 and Figure 1C)
  • 体温投与; 37.6~39.0 ℃。投与後3日目で正常範囲へ低下(Table 2 and Figure 1D)
  • 炎症値:  Patient 1, 2, 4, 5にてCRP, プロカルシトニン, IL-6の値が低下。Patient 3ではCRPとプロカルシトニンが低下。
  • 胸部CT画像:  投与; 重症肺炎。Patient 1では投与後3日目に改善。他の患者では投与後3日にて段階的な改善を認めた。

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 また血清投与開始1日前に、ドナー5名にて行ったSARS-CoV-2のreceptor binding domein(RBD)特異的IgG, IgMに対するELISA法(血清抗体価)は1,800~16,200であり(Table 3)SARS-CoV-2に対する中和抗体価は80~480の間であった。他方、血清投与を受けた患者5名にて血清投与開始1日前のRBD特異的IgG ELISA価を検査したところ1,800~48,600であり, 同日のRBD特異的IgM抗体価は5,400~145,800であった。また血清投与後にこの5名ではIgG, IgM血清抗体価が時間依存性に増加し、これらの値は投与後7日目でも高値を維持していた(Figure 2A and 2B)。なお患者の中和抗体価は、投与前; 40~160, 投与後1日目; それぞれ320, 80, 80, 160, 投与後7日目; それぞれ320, 160, 160, 240, 480となった(Figure 2C)

 全5名の患者が血清投与時に機械的換気を受けており、3名(Patient 3, 4, 5)は離脱を達成した(Table2)。Patient 2は血清投与時にECMOを装着していたが投与5日目に離脱。Patient 3, 4, 5は退院した。3月25日時点でPatient1, 2はまだ入院中であった。

 

(4) Disucussion

 回復患者血清を投与後、ウイルス量は減少し, 体温・PaO2/FiO2・胸部画像といった患者状態は改善した。

 過去のstudyでも、様々なウイルス感染症に対して回復患者血清投与が報告されている。例えば、SARS患者(n=50)に対する回復患者血清投与studyでは血清投与群(n=19)において、ステロイド治療群(n=21)と比較すると第22病日までの退院率が高く(73.4 % vs 19.0 %, P<.001), 死亡率(case-fatality rate)が低かった(0 % vs 23.8 %, P<.001)。またインフルエンザA(N1N1)患者93名でのstudy(血清投与群; n=20, control群; n=73)では、血清投与群にて死亡率は有意に少なく(20 % vs 54.8 %, P=.01)、ICU入室時のリンパ球数中央値が少なかった。

 これまでの研究で、ウイルス量は重症度や病勢の進行と強く関連していることが示されている。インフルエンザA(H5N1)の死亡は高ウイルス量, 及び 高サイトカイン血症と関連していた。ウイルス特異的中和抗体は、宿主においてはウイルスの制限と排除を行う主な機構である。本studyでは、最短でも10日間の抗ウイルス療法にも関わらず患者5名にてSARS-CoV-2が検出されていた。しかし血清療法を開始してすぐにウイルス量は減少した。ELISAで判明したように、ドナーの血清は全てウイルス特異的IgG・IgM ELISA価が高値であった。更に、血清投与後には5名の患者において中和抗体価が有意に増加した。本studyの結果は、回復患者血清由来の抗体がウイルス排除と症状改善に寄与した可能性を強調している。

 なお本studyには幾つかlimitationがある。

  • Control群がない小規模case seriesである
  • 患者が血清投与なしで改善したかどうか不明である
  • 患者は他にも複数の薬剤で治療を受けており、本studyで見られた改善が血清以外で得られたものなのか決定するのが困難である
  • 血清投与は入院後10~22日後に開始されており、投与開始時期の違いがoutcomeに関連したのかどうか決定するのが困難である
  • この治療法が死亡率(case-fatality rate)を減らすかどうか不明である