Voice of ER ー若輩救急医の呟きー

日本のどっかに勤務する救急医。医療を始め、国内外の問題につきぼちぼち呟く予定です。

毒蛇咬傷に関するreview Part 1

 こんばんは。現役救急医です。今日は、今年1/6にNew England Journal of Medicineへ掲載された毒蛇咬傷に関するreviewを紹介してみようと思います(Seifet SA, Armitage JO. et al., N Engl J Med. 2022;386:68-78)。長文になるので、Part 1とPart 2に分けて綴っていこうと思います。

 

(1) 導入

 毒蛇咬傷は2009年に、WHOにより『顧みられない熱帯病("neglected tropical disease")』として認識され, 2017年には『顧みられない熱帯病』Category Aに格上げされた。世界では毒蛇により毎年80,000~130,000人が死亡していると推定されており、薬剤耐性結核や, 多発性骨髄腫と同じくらいである。医療資源などが十分な国では死亡は稀(e.g. 米国の場合は年間6名未満。毒蛇咬傷事態は毎年7,000~8,000名くらい)であるものの、資源が不十分な国では死亡数が数万人に上ると言われている。

 

 

(2) 疫学

 蛇は大抵、隠れる等してヒトとの接触を避ける。多くの種は、脅威となる生物を追い払う為の防衛機構を備えている。

 よく見えないまま蛇に触るor踏みつける, 睡眠中に蛇へ乗っかってしまう等して、蛇に噛まれる事故は発生する。他方、毒蛇を扱っている最中の咬傷は、経験のある人, 注意が不足している人, 薬物の影響を受けている人などのさまざまな人に起こりうる。

 咬傷は大半の場合、四肢に受傷する。蛇を挑発する意図が無い咬傷は女性・下肢に多い。他方、蛇を挑発する意図があった咬傷は男性・上肢に多い。地域別に見ると、毒蛇咬傷はヨーロッパで最も少なく, アフリカとアジアで最も多い。蛇咬傷と毒による死亡は地方(or 田舎)・低所得地域で最も多く、そういった地域は多くの場合、医療機関へのアクセスが容易でなく, 抗毒素や集中治療も入手困難である。生存者内でも、治療の遅れ, ないし 不適切な治療は永続的な障害に繋がる可能性がある。

 

 

(3) 毒蛇咬傷の病態生理

 毒蛇咬傷全てで毒への曝露があると限らず、2~50%の症例では毒が入らない。毒蛇咬傷の臨床的な影響は、毒に含まれる毒素に左右される。

 

① 細胞毒性

 局所的な組織障害と炎症は、hyaluronidase, collagenase, proteinaseといった酵素により発生する。その結果、疼痛と浮腫を生じるが、浮腫は咬傷部位から拡大し, 水疱・壊死を起こす場合もある局所的な出血斑は、血管透過性亢進, 全身性の凝固障害, ないし その両方の結果であるかもしれない。蛇毒metalloproteinaseの細胞外matrixへの作用は細胞外matrix由来のpeptide8を放出させ, peptide8は組織へ様々な作用を及ぼす(具体的には組織傷害と, 組織修復阻害)。また、metalloproteinaseは微小血管傷害(出血の原因となる), 骨格筋壊死, 水疱形成, 表皮壊死, 疼痛・腫脹など(炎症性mediatorによる)を起こしている可能性もある。

 

リンパ系

 リンパ系の傷害は浮腫発生に関して重要な役割を果たすリンパ系は、組織からの毒素の吸収にも関与している。

 

③ 凝固障害

 蛇毒のprocoagulant toxinは、凝固系の凝固因子の減少を起こし, 出血を起こす消費性凝固障害を促進する。異なる種の蛇の毒はどの凝固因子に作用するかによって異なり、毒素は凝固系cascadeのどこに作用するかにより分類される。最も関連性の強いprocoagulant toxinの一部(metalloproteinaseなど)は、プロトロンビン, 第5因子, 第10因子 或いは fibrinogenaseを活性化する。血栓性微小血管障害の特徴は、血小板減少症, 微小血管性溶血性貧血, 及び 急性腎傷害である。

 また毒蛇咬傷は心筋梗塞, 脳卒中(頻度的には脳梗塞>出血性の脳卒中, ないし その他血栓性の病態を起こしうる。

 マムシ亜科である『新世界マムシ('New World pit vipers')』咬傷の重症例では血小板減少症が多く, その他の凝固障害を伴うこともある。消費性凝固障害は、特定の毒の構成, 及び 咬傷により侵入した毒の量と関連しているように見える。顕著な血小板減少症は、自然出血, 或いは コントロール不可な出血のいずれかを来しうる。更に血小板は様々な毒の構成成分により抑制, 或いは 活性化され、それによ血小板数が正常な状態での血小板機能障害を来すこともある。

 

④ 神経毒性

 神経-筋肉系の麻痺は、コブラ科(フードコブラ属, サンゴヘビ属など)や米国のマムシ亜科, ウミヘビ科による咬傷に起因する主な症候の一つである。神経毒を持つ蛇の毒は、神経-筋接合部シナプス毒素のみ, 神経-筋接合部シナプス毒素のみ, ないし これの両者を含んでいると思われる。Alpha-bungarotoxinといった神経-筋接合部前のシナプス毒素(=シナプス神経毒素)はシナプス前の細胞膜に取り込まれ, 神経伝達物質の放出を阻害する。いずれの種類(シナプス前とシナプス後)の毒素も下降性・弛緩性麻痺を起こし(Figure 2)、気道閉塞や, 致死的な呼吸障害に進行するシナプス神経毒素による進行性麻痺は、抗毒素(=毒素を中和する抗体)により逆行させられる可能性がある。シナプス神経毒素による進行性麻痺は抗毒素で止められる可能性はあるが、この神経毒素は細胞内性なので(≒細胞内に取り込まれて、抗体で中和できない)簡単に逆行させられない。

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Figure 2: 蛇の神経毒による症状

 

⑤ 筋毒性, 心毒性

 蛇毒は、phospholipase A2を介して筋肉に直接作用することで筋毒性を発揮する。この過程で細胞膜が破綻し, カルシウム流入を引き起こす。これにより一連の変性, 筋コンパートメント内圧の変化, ないし 筋肉を覆う炎症が始まり、心筋にも直接作用する。骨格筋の筋波動('myokymia')は横紋筋融解症, 呼吸窮迫, ないし その両者を起こす。Bradykinin-potentiating peptide, ナトリウム利尿性ペプチド, phospholipase A2, protease等の酵素により低血圧を来している可能性がある。なお低血圧は、血管透過性亢進による体液量減少, 軟部組織内への体液喪失, 心筋抑制, 或いは アナフィラキシーを反映しているかもしれない。

 

⑥ 腎毒性

 蛇毒は急性腎傷害に繋がり得る上に、これが慢性腎臓病 or 腎不全へ進行することもあるアメリカヘビ属, ガラガラヘビ属, サンゴヘビ属, アフリカの毒蛇(バイパー属など), アジア・太平洋地域のDaboia属は、炎症性サイトカインを介する直接的な傷害によって腎毒性を起こし得る。この腎毒性は糸球体の変性と萎縮を起こす。腎毒性は、微小血管傷害・微小血管性溶血性貧血によって, 或いは、横紋筋融解症, 血中の代謝産物のクリアランス低下, or ショックによって起こる可能性もある。

 

⑦ その他の影響

 蛇毒は他にも吐き気, 嘔吐, 下痢, 発汗の他に、複合性局所的疼痛症候群('complex regional pain syndrome')やアナフィラキシーを起こすこともある。

 

 

(4) 診断

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Figure 3: 蛇咬傷の外見・評価 及び managementについて

 蛇による咬傷, ないし 毒の曝露を認識できない場合もある。突き刺さった牙が1本のみであったり, 咬傷が浮腫で見えなくなったり, 擦過傷しかないこともある(Figure 3)毒は傷のない皮膚 or 粘膜を透過せず, また嚥下しても傷害を起こすことは少ないものの、眼損傷を起こす可能性もある子供は、関連している経過を挙げることを出来ないこともあり得るので、特に診断が難しい。

 咬傷が無い場合や, 原因となった蛇の種類の正確な同定が困難な場合、患者の主訴・創部の外観・臨床経過が、蛇毒への曝露の診断と, 蛇の種類の同定の基本である。蛇が何種類も生息している場合、原因となった蛇の特定は困難となり得る。また、抗毒素が数種類ある場合、不正確な蛇の同定は誤ったmanagementに繋がることもある病院前での無効で有害な可能性のある治療実施と有効で決定的な治療の遅れも、治療とmanagementを阻害する可能性がある。

 

 

(5) 臨床症状

 複数の種の毒蛇がいる地域では、蛇の分類群を鑑別することは抗毒素の選択の際に有用である。しかしながら、蛇毒曝露を種に特異的である特定の症候へ落とし込むことは、余りにも単純化し過ぎである同じ地域内でも種によって蛇毒による症状は大きく異なり、また、毒の作用に基づく蛇の種類の同定は困難であろう。毒は多様な遺伝的祖先から生じている可能性があるものの、毒の効果には多くの臨床上の類似点がある。逆に、一つの科, 属, ないし 種由来の毒は、蛇の毒, 遺伝子発現の多様性, 及び epigeneticな因子により臨床的な影響が大きく異なる。例えば、コブラ中南米マムシ亜科も筋毒性と神経毒性を示す。また同じ蛇でも、新生期, 幼若期, 成熟期と個体発生学上の時期によって毒の効果は変化する。

 

 

 残る治療に関する部分は、Part 2に譲ります。引き続き、乞うご期待!笑