Voice of ER ー若輩救急医の呟きー

日本のどっかに勤務する救急医。医療を始め、国内外の問題につきぼちぼち呟く予定です。

名古屋の10代患者死亡事案に関して色々思った。

 こんばんは。現役救急医です。早速ですが、またもや気が滅入るような、医療関連のニュースが飛び込んできました。日本赤十字愛知医療センター名古屋第二病院(以下、日赤第二病院と呼称)で、昨年5月、10代の患者さんが救急外来を受診後、症状が持続するため翌日に他院を再受診し、そこから日赤第二病院へ紹介され入院となりましたが、その後死亡するという出来事がありました。その事案についてこの度、メディアなどへ公表がなされたということだそうです。

日赤名古屋第二病院(八事日赤)で医療過誤 適切な治療行わず高校生死亡 | NHK | 医療・健康

https://www.nagoya2.jrc.or.jp/patient/iryouanzen/Publication_case/

 メディアの記事・報道の中には、「(救急外来で初診を担当した)研修医が上級医に報告しなかった/誤診した」というふうに解釈されるようなタイトルや文面になっているものがありますが、上記リンクのうち後者(日赤第二病院の公式HPに掲示された報告書)と照らし合わせると、メディアの報道から抜け落ちた時系列があるとしか考えられません。以下、私なりに大まかに時系列を書きます。

 ①-1 患者さんが腹痛・嘔吐を主訴に救急搬送され、2年目初期研修医が初療を担当。CTで胃の過拡張を認めたものの, 採血所見が「正常範囲(※実際は脱水を示唆する所見あり)」と判断され、「胃腸炎」の診断で帰宅となった。

 なおその際、研修医から上級医へ「帰宅可能」の判断に関する相談・報告は行われていない。

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 ①-2 その後、嘔吐症状が持続したため救急外来再受診と, 電話相談2回が患者により行われた。いずれも研修医が対応し、翌日に近医受診の方針となった。

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 ②-1 翌日患者が近医を受診し、その結果入院加療が必要と判断され、日赤第二病院の外科に紹介受診となった。

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 ②-2 同院外科は上腸間膜動脈症候群と診断した上で消化器内科に紹介し、同科で入院開始となった。

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 ③-1 消化器内科では絶食と補液のみで対応・改善が無い場合に追加検査の方針となった。

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 ③-2 入院3時間後、冷汗・脈拍微弱・嘔吐のほか、点滴事故抜去・医療スタッフへの危険行為等の症状が出現した。

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 ④-1 患者家族に来院してもらうことに加え、鎮静薬を投与した。なお鎮静薬投与により患者の興奮等が治まって入眠した後、心電図モニター等の装着はされなかった

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 ④-2 同日深夜に患者が心停止に陥った。16日後に死亡。

注:私が気になった経緯へ下線を引いておきました。

 こうしてみると、①の段階こそ気になりますが、翌日には近医を受診し、そこから同日中に名古屋日赤第二病院へ紹介受診され入院となっていることが分かります。そして何より私が気になったのは、②〜④の入院後の経緯です。以下、私なりに疑問点などを列挙します。

  1. 上腸間膜動脈症候群と診断されてから入院診療科が決まるまでの経緯:開腹手術や血管内治療, 血栓溶解療法などの適応は無かったのだろうか?
  2. 冷汗・脈拍微弱・興奮などの症状が出現したこと, 及び 興奮等の症状に対して鎮静薬を投与したことについて:「冷汗・脈拍微弱・興奮」といった症状は、循環不全によって引き起こされる症状である。本当は鎮静薬投与よりも、(細胞外液大量点滴に加えて)患者の身体で起こっている病態の再評価, 及びそれに基づく治療方針の再検討が迅速に行われるべきではなかったのか?
  3. 鎮静薬投与後の対応:鎮静薬の副作用として、(種類や投与量によるが)呼吸抑制や血圧低下といったものがある。こうした症状を緊密に確認する必要があり、その観点では「モニターを装着しない」という判断は悪手としか考えられない。

 参考までに、『救急診療指針 改訂第6版』日本救急医学会監修, へるす出版, 2024年; 以下、Amazonのリンクあり)には、上腸間膜動脈(SMA: superior mesenteric artery)閉塞症に関して次のような記載がありました。

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  • 症状:「初期には激烈な腹痛や下痢が出現し、進行すると腸管壊死から汎発性腹膜炎を来してショック状態に陥る」, 「腹痛と比較して筋性防御や反跳痛などの腹膜刺激症状に乏しく、診断が遅れる場合がある」
  • 検査・診断:「血液検査では炎症所見の上昇、腸管壊死に至るとCK, LDH, 乳酸の上昇やアシドーシスをきたす」, 「本疾患を疑った場合には腹部造影CT検査を行う。SMA塞栓症は、(中略)塞栓部位は中結腸動脈分枝直後もMSAが典型とされ、側副血行路の発達は見られない。一方、SMA血栓症は(中略)閉塞部位はSMA起始部2cm以内に認められる場合が多く、長い既往歴を持つ患者では側副血行路の発達が見られることがある」
  • 治療:「腸管壊死が疑われる場合は早急に外科的治療を行う。腸管壊死が疑われなければIVR*による血栓溶解療法を中心とした保存的治療を行うが、加療中に腸管壊死が疑われた場合には機を逸さず手術を行う」

*IVR: interventional radiologyの略。要するに血管内治療のこと。

 あくまで外野に過ぎない私の個人的見解ではあるのですが、『救急外来初診時に研修医が診察し、帰宅の判断を下した』等の経過は、幾重も存在するエラーのうちの1つに過ぎず, 寧ろSMA症候群(或いは閉塞症)と診断された後の治療方針の決定プロセスや, 入院後の患者の状態の評価 にも疑問点が残るように思います。また上述のように、メディアの見出し等もこうした時系列・文脈を十分に読解・反映したものとは言い難く、多くの国民に誤った印象を与えかねないと危惧します

 また、今回の事案は名古屋という大都会の病院で発生したものではありますが、同様の事案は他の地域 − それには地方/田舎も当然含まれる − や他の病院で起こってもおかしくないと思います。今年3月末に大都市部に移住するまで、私は10年近く地方で勤務してきました(初期研修医時代を含めて)。これまでの私のブログ記事やYouTube動画からも分かるように、地方の医療インフラや各病院の診療態勢は到底万全とは言えません。臨床研修病院では、初期研修医が救急外来当直を上級医と行いますが、その上級医が救急診療に対して非協力的だったり, 研修医にロクに助言等を出来なかったり, 上級医も救急診療の能力や知識が不足していたりすることが、残念ながら珍しくありません。また、大学病院の各医局/診療科においても、専攻医ら若手医師への上級医へのフォローが十分行き届いていなかったり, 若手医師が上級医へ相談しない・他科から診察依頼と転科・介入依頼を受けても非協力的な態度を示したり, 上級医も他科からの相談や転科・介入依頼に対して消極的であったりetc.という有様でした。

 また、私が勤務していた市中二次医療機関では、40~50代と経験年数も十分ある筈の看護師が医師への相談・連絡が余りにも拙劣で内容が理解できなかったり, 不正確であったりといったことが珍しくありませんでした。それに輪をかけて、医師も知識のアップデートや医療倫理という概念をどこか遠いところ・遠い昔に置き去りにしてきたような人が少なからず見受けられました。更に、病院上層部(事務長など)は、「『病院の収益アップのために入院患者を増やしてください』と医局会で周知した2~3週間後くらいに『病院の空床が無くなってきているので退院を強化してください』と同じ医局会で述べる」行為を無限ループの如く繰り返している有様。こうして見ると、本当に無様で目も当てられない状況でした。

 ちなみに現在私が勤務している病院では、上述のような医師や看護師は今のところ見当たりません。また、医局会の議題も、「先日救急隊と医師の間でこんなトラブルがありました。地域医療を維持する上で救急隊との良好な関係も重要ですから、今後二度とこうゆうことがないよう注意して下さい」と事務長や院長が通知したり, 医療安全管理部の担当医師が院内で生じた診療上のトラブルについて注意喚起を行ったりといった内容です。即ち、『目先の収益』云々よりも、「地域と当院の診療の質をみんなで向上させよう!」という方向性が見えてくる極めて創造的・建設的な医局会です。

 結局のところ、今回のような不幸な事故の背景には、当該病院の院内診療態勢や, 医療スタッフの心理的・精神的な状況, 医療スタッフの知識・能力や, 医療スタッフに対する卒後教育等々、様々な要素があることが推測されます。そして、これらの要素を左右するものとして、病院の運営方針や, その地域の医療インフラの状態 といったものが考えられるのです。

 加えて、今回の事故に関するメディアの報道の影響により、研修医などの特定の職種に対する社会一般の目線が険しくなり、彼ら・彼女らが診療行為に従事しにくくなったり, 救急診療への従事に対して研修医らが消極的になったり, 研修医に限らず医療スタッフが急性期医療機関から離脱していったり, そもそも医療従事者になろうという若者が少なくなったりする傾向が強化されることが懸念されます。目下、日本国内では少子高齢化による働き手不足, 医療・介護需要の更なる増大, 医療・介護従事者の負担増加や, 医療・介護保険制度の持続が困難になることが懸念されています。これに、現場の医療従事者の離脱や, 医療従事者の新規就職低下などが重なると、日本の医療が文字通り崩壊しかねません。日本が明治〜昭和以前の『自力救済』本位の社会に逆戻りするという最悪のシナリオすら見えてきてしまいます。現場の医療従事者の努力に依存したまま・国会議員, 永田町・霞ヶ関の官僚や, 地方公務員, 地方の首長や議員に全部任せきりでは、こうした『最悪のシナリオ』は回避できません。有権者たる国民が事実関係などを冷静に見極めて思考して議論した上で、明確に意思表示することが必須です。