Voice of ER ー若輩救急医の呟きー

日本のどっかに勤務する救急医。医療を始め、国内外の問題につきぼちぼち呟く予定です。

米国の大学におけるSARS-CoV-2感染拡大

 こんばんは。現役救急医です。今日はまたCOVID-19に関する論文の紹介をします。米国CDCが発行するジャーナルに"Emerging Infectious Disease"というものがあるのですが、それの今年11月号に掲載された文献(https://doi.org/10.3201/eid2711.211306 )を紹介してみます。

 

(1) Introduction

 2020年8~12月の間に、米国の高等教育機関では対面授業等を再開したため、高等教育機関SARS-CoV-2感染例が増加した。

 対面授業へ学生が復帰した時に、キャンパス内の寮における集団生活が感染を拡大させ, 地域内でのアウトブレイクに繋がった可能性がある。全ゲノム配列解析を使用したある研究では、SARS-CoV-2感染の連鎖が周辺地域への拡大に繋がる可能性があることを示唆している。その為、高等教育機関キャンパス内と, 高等教育機関と周辺地域の間のSARS-CoV-2拡大を防止する方策が必要である。

 2020年秋の学期再開直後に発生したウィスコンシン大学マディソン校(University of Wisconsin-Madison; UW-Madison)におけるSARS-CoV-2アウトブレイクを記述する為に、疫学的データとゲノムデータを使用した。ここではアウトブレイクの軌道を報告し, 感染を減らす為に講じられた対策を報告する。それに加え、SARS-CoV-2が周辺地域へ拡大したかどうかも調査した。

 

(2) Method

① UW-Madisonでの感染対策など

 2020年秋季において、UW-Madisonには45,540名近くの学生と23,917名の職員が在籍していた。この学期に、UW-Madisonは対面式授業とオンライン授業を併用していた。キャンパス内の寮に住んでいる学部学生は2020年8/25~31の間に『入居』した学生らは『入居』当日にSARS-CoV-2の検査(鼻腔検体に対するreal-time reverse transcription PCR)を受け, 症状有無に関係なく2週間ごとに検査を受けるよう求められた。他にも、事前予約が必要な無料検査は全学生・職員が使用可能であった。新学期開始に当たり、大学は学生らに自室以外でのマスク着用, 距離を取ること, 症状有無に関する自己管理, 集会の制限を義務付けた。学生には症状を確認するためのツールが配布され, 症状がある人は検査の予約を取って, 検査が陰性となるまで自分を隔離するよう求められた。

 SARS-CoV-2の検査で陽性となったキャンパス内学生寮を利用している学生の為に、一部の寮を隔離施設として使用した。検査陽性者の濃厚接触者となったキャンパス内学生寮利用者は、ホテルの個室へ14日間隔離された; 食事は個室へ配達され, 学生には1週目と2週目の2回SARS-CoV-2検査が行われた。ホテル隔離された学生が陽性となった場合、隔離用の学生寮へ移動させられた。

 A寮B寮で陽性者の頻度が高かったため、この2寮に住む全学生は自室内に2週間隔離するよう求められた。この学生らが隔離されている期間において、学生らは自室を出る際にはマスクを装着し, 症状の有無を確認し, 集会を自粛し, 試験は自室で受け, 寮内に留まるよう求められた。陽性となった学生は隔離用学生寮へ移動させられ、同室者は最初、自室に隔離された。A・B寮隔離開始より約1週間経過してから、陽性者の同室者は別の隔離用施設に移動させられた。

② データ解析方法

 1日におけるSARS-CoV-2陽性検体数を総検体数で割った日別陽性率と, 19ヶ所の寮における発症率を算出した。同室者発症率の算出に当たり、index caseはその部屋で最初にSARS-CoV-2陽性となった人と定義した。同室者発症率とは、SARS-CoV-2陽性となった既往がないindex caseの同室者内で、index caseから検体を採取した2~14日後にSARS-CoV-2となった人の割合のことを指す。

③ 全ゲノム配列解析

 A・B寮に居住する学生から2020年9/8~22の間に採取した鼻腔ぬぐい液へ塩基配列解析を行なったキャンパス内の学生寮に住んでいる学生の中で、この2寮の住人におけるアウトブレイクが最大規模だったので、これらの検体に配列解析を行うことにした。

④ 系統学的解析

 2021年1/31までに集積されたDane郡(UW-Madisonの所在地)の全ての全長SARS-CoV-2塩基配列を系統学的解析に利用した。ここではA・B寮の学生由来の262検体と, UW附属病院で2020年9/1~2021年1/31の間に採取した875検体を対象にした; これらの検体はDane郡全体の症例の約3%を占める。附属病院で検査を受けた人には、手術前の検査を受けた住民, 従業員, 入院患者と救急患者, 関連病院より転院した患者, 曝露歴のある人が含まれた。配列解析が行われた附属病院の検体875のうち、714検体は2020年9/23以降に採取された(A・B寮の隔離が終了した時期)。この検体を使用して、UW-Madisonのアウトブレイク後にDane郡で流行している変異株を評価した。

⑤ 同室者の塩基配列の比較分析

 「同室者のペアは、同室ではないペアよりも類似したウイルス塩基配列を持ちやすい」という仮説を検証する為に、同室者2名の塩基配列データが存在する33名の同室者ペアを紐付し, 同室者ペアとA・B寮由来の塩基配列のランダムなペアの間でのsingle-nucleotide polymorphism(SNP)の重複率を比較した。

 

(3) Result

① 人口統計学的データ, 症状と感染対策

 2020年9/1〜10/31の間に、3,485名の学生と245名の職員がrRT-PCRSARS-CoV-2陽性となった。『入居』期間の前に"fraternity and sorority life"(FSL)寮と, 他のキャンパス外寮で症例数が上昇し始めたUW-Madisonの症例数は同年9/6~12の週にピークへ達した; その直後、9月を通して減少が続き, 10月には低水準を保つという形で症例数は減少し始めた(Figure 1)。大半の学生(81.4%)と職員(80.4%)症例がCOVID-19の症状1個以上を自覚していた。入院は、学生・職員ともに<1.0%と稀であった。学生のCOVID-19症例の中うち、902名(25.9%)はキャンパス内寮と関係があり, 1,019名(29.2%)はキャンパス外寮クラスターと関係があり, 460名(13.2%)はFSLと関係があった; 他は寮に関係したクラスターと関連していなかった。

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 2020年9/6~12の間に、感染を減らす為に複数の手段が講じられた。こうした手段には、対面式授業・イベントの中止, 認可されていない社会活動の禁止, 他の試験(集合するもの)の延期, 2020年9/9~23の間におけるA・B寮の全学生の隔離といったものが含まれる(Figure 1)

② 寮居住の学生における感染

 全ての寮で、『入居』期間(2020年8/25~31)において、6,162名の学生中5,820名(94.4%)が検査を受けた; 検査実施〜結果判明までの時間の平均値は2日間だった『入居』時、その前の90日間においてSARS-CoV-2感染既往のない学生34名(0.6%)が陽性となった; これらの学生は隔離用寮へ移動させられた。合計すると、2020年8/25~10/31の間において、19ヶ所の寮に住む学生6,162名中856名(13.9%)がSARS-CoV-2陽性となった; 寮における発症率は1.9~31.9%だった。15ヶ所の寮で発症率は<10.0%で, 2ヶ所の寮の発症率は10.0~20.0%であり, その他2ヶ所の発症率は>20.0%だった。A・B寮は寮の症例全例の68.5%(856名中586名)を占めたものの、全学生のうちA・B寮に住んでいたのは34.4%だけ(6,162名中2,119名)だった(Figure 2)

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 これに加えて、最初のSARS-CoV-2と比較した塩基配列の変異数を比較する為に、divergence phylogeny(分岐型系統図)を利用した。もしA寮とB寮のアウトブレイクが同時期に発生したにも関わらず別個のものであった場合、それぞれの寮由来のウイルス塩基配列は系統図上の異なる分類群に集まると予想される。しかしながら、系統図は寮の間で顕著に混合したウイルスの遺伝的系統の発生を示し、A寮とB寮内におけるCOVID-19アウトブレイクは別個のものではなく, また 住人内での混合により生じたことを示している(Figure 3C)

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③ A・B寮学生由来検体への全ゲノム配列解析

 A・B寮を利用している学生由来の検体586個のうち、262個(44.7%)から完全なウイルスのゲノム配列を解析した(Figure 3)。Dane群を中心とする系統図を用いて、A・B寮で流行したSARS-CoV-2の関係性を可視化した(Figure 3)。A・B寮由来の塩基配列約2/3(262個中172個; 65.6%)が20A分岐群に集団を形成した(Figure 3B)この集団は、大学でのアウトブレイク前にはDane郡で見られなかった独特なスパイク変異を持っていたこの変異は、2020年11/11~2021年1/31の間(大学でのアウトブレイクより後にDane郡で収集された476検体では認められなかった

 他の寮由来の検体は20A, 20G, 20C, 20B分岐群に集中したこれらの分岐群に集中した塩基配列は、同時期にDane郡で流行していたウイルスの系統により近いものであり、この人たちが地域内で感染したことを示唆している2020年9/23〜2021年1/31の間に、Dane郡で検出された新規塩基配列の75.3%(714個中538個)が20G分岐群に分類され, 15.1%(714個中108個)が20A分岐群に, 7.0%(714個中50個)が20C分岐群に, 2.5%(714個中18個)が20B分岐群に分類された。A・B寮の大規模クラスターはほぼ全例が17~23歳の患者である(Figure 4)

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④ 同室者間の感染リスク

 全ての寮において、81.6%の学生に同室者がいた。合計した陽性率は、同室者が居ない学生(7.3%)よりも同室者が居る学生(15.4%)で高かったA・B寮内の同室者ペアと同室者ではないランダムなペアの間の遺伝的距離比較によって、同室者ペアにおいてSNP重複の程度が有意に高度であることが判明した

 

(4) Discussion

 調査の過程で、寮に住んでいる学生の約14.0%が陽性となった; 同室者がいる学生で検査陽性となる傾向が見られた。UW-Madisonでアウトブレイクが発生した直後に感染対策が直ちに開始され, 症例数の急減が認められた。19ヶ所の学生寮由来の塩基配列はDane郡で流行しているウイルスと一致し、大学とDane郡間での混合が示唆されたしかしながら、大学でのアウトブレイクの翌月に収集された検体では、A・B寮と関連したウイルスが寮から流出してDane郡へ伝播したという証拠は認められなかった

 寮の『入居』時期における検査ではSARS-CoV-2の流入が特定され, UW-Madisonは感染した学生を隔離した。しかし検査結果判明までの期間が平均2日間であり、学生が結果を待っている間に感染が起きた可能性がある。従って『入居』時に検査を行う時には、検査結果判明までに学生を隔離しておくことにより、無症状の学生が結果待ちの間に感染を拡大させることを予防可能と考えられる。『入居』時検査は、その直前期に感染し, 検出可能な量のSARS-CoV-2を持っていない学生を検出できていない可能性があり、また、周辺地域で既にウイルスが流行している場合は新規感染を予防することができない。今回の知見は、『入居』時期の検査に, 現在進行形の連続した検査と, 他の感染対策を組み合わせることの重要性を示唆している。

 UW-Madisonは、寮に住んでいる学生に対して2週間間隔の連続screening検査を行なった。それでも、より頻回の検査がより迅速なCOVID-19症例の検出と隔離開始を可能としていたかもしれないSARS-CoV-2拡大を抑え込むには2日間隔の検査が必要と示唆する高等教育機関内内のCOVID-19拡大に関する研究もある。急速な拡大の可能性を考慮し、UW-Madisonは、キャンパス内とキャンパス近傍に住んでいる学生を対象にした検査の頻度を週2回へ増やし, 2021年春季には、検査結果判明までの時間は24時間未満に短縮させた。高等教育機関での適正な検査頻度を決定し, キャパが限られている時に必要な集団へ検査を優先する為には、連続検査法への更なる評価が必要である。感染した学生で症状のある人の割合は高かったという知見は、若年成人であっても、SARS-CoV-2感染は軽症以上の症状と高頻度に関連していることを示唆する。

 UW-Madisonでは相部屋の場合、同室者は室内でマスクを着けるように求められていなかった寮内のCOVID-19患者の同室者の発症率は19.6%であり, 同室者のいる学生に占める陽性者の割合は、同室者のいない学生より高かった。これに加えて、同室ペア33組由来のSARS-CoV-2のゲノムで配列が一致する率は高く、感染が同室者同士, もしくは 同じ曝露源のいずれかにより生じたことを示唆している同室者の存在が感染リスク上昇と関連していることから、寮内では人口密度を低下させることが感染を減らすかもしれない。

 寮に住む全学生内のCOVID-19症例の約2/3をA・B2つの寮が占めたが、これらの寮はキャンパス内に住む全学生の1/3に過ぎない。感染はA・B寮内で発生した可能性はあるものの、他のまだ検知されていない場所(バーやキャンパス外の住居といった、他の寮の学生よりもA・B寮を使用している学生が頻繁に訪れていた場所)でも発生していたかもしれない塩基配列データは、A・B寮のクラスターが別個のものではなく, 混合した結果であることを強く示唆している。ウイルス塩基配列の解析は、UW-Madison学生と周辺地域の間の感染の動向を理解するのに重要な手段である。今回の塩基配列データは、A・B寮のCOVID-19罹患学生の44.7%・全COVID-19罹患学生の7.5%・Dane郡由来の全地域内検体の7.5%をカバーしており、大学内のクラスター由来のウイルスがその後周辺地域にて高頻度で流行したという証拠を認めなかった