こんばんは。現役救急医です。今日は、COVID-19患者への投薬に関する論文の紹介なので、純粋に?医療関係者向けの内容だと思います。今回参照したのは、今年10/11にJAMAへ掲載された論文(DOI: 10.1001/jama.2021.17272)です。
(1) Introduction
今日まで、COVID-19入院患者への抗凝固療法・抗血小板療法の有用性を評価するランダム化臨床試験が複数行われている。しかしながら、安定しているCOVID-19外来患者へ抗血栓薬を処方するかどうかについては議論が別れている。
米国心臓・肺・血液研究所(National Heart, Lung, and Blood Institute; NHLBI) ランダム化臨床試験ACTIVプラットフォームの一部であるACTIV-4B COVID-19 Outpatient Thrombosis Prevention Trialは、有症状・診断時は入院が不要なCOVID-19患者には抗血小板薬或いは抗凝固薬が有効かどうかを検証するものである。
(2) Method
① Study Design
この研究は適応型(adaptive)・ランダム化・二重盲検化・プラセボcontrol試験である。この試験に参加した米国の52施設でprotcolと統計学的解析方法が承認された。
全参加施設で臨床試験の設定を統一する為に、ランダム化された参加者への連絡は"REDCap"(ビデオチャット?)へのリンクで毎週行うか, もしくは イリノイ大学(シカゴ)の研究連絡センターのコールセンター職員とシカゴ・ピッツバーグの研究薬剤師が電話することで行った。参加者自宅への薬剤配達や, 患者の転帰の判定, 24時間対応の緊急対応・非盲検化作業はボストンのBrigham and Women's Hospitalの研究者が行った。
この臨床試験は、参加者の隔離を可能とし, 臨床試験のスタッフの曝露を最小限にする為に、対面接触を最小限にするよう設計された参加者のクレアチニンクリアランスが30 mL/min/1.73m2<, 血小板数が100,000/mm2<の場合のみ、薬剤投与開始と継続が許可された。
参加者は1:1:1:1の比で、
のいずれかにランダム化され, 45日間薬剤を投与された。その後には、30日間の安全性評価フォローアップ期間も設けられた(Figure 1)。
薬剤を自宅に配送した後の24~72時間以内に、薬剤受け取り・薬剤内服開始日を確認する為に、参加者へ電話, eメール, REDCapによる連絡が行われた。また、同じ通信手段にて、参加者には45日間の治療期間中, 及び その後の30日間の安全性フォローアップ期間中に毎週連絡が行われた。参加者が何らかのイベントを報告すると、研究薬剤師が電話で連絡を行ってイベントの内容・重症度・治療を行っている医師の連絡先(医療的介入が行われた場合)を確認した。Primary outcomeの一部と思われる, もしくは 安全性に関する懸念を生じさせるイベントは全例に関して、医療記録を収集した。
② 参加者について
新規の症候性SARS-CoV-2感染症と診断され, 歩行可能な40~80歳の患者が参加登録可能であった(血小板数やクレアチニンクリアランスも、上記の値を満たす必要あり)。他方、以下の項目いずれかに該当する患者は除外された。
- COVID-19による入院歴あり
- 急性白血病に罹患
- 直近での大出血既往あり
- 抗凝固療法禁忌ないし他の抗凝固療法の適応である
- 抗血小板薬単剤または2剤併用が必要
- 妊娠中または授乳中
③ Study End Point (Outcome)
参加者の転帰は、次の2項目で評価した。
1) Primary outcome: 治療開始後45日間における、以下の項目の複合。
2) Principal safety outcome
- 国際血栓症・止血学会(International Society on Thrombosis and Hemostasis; ISTH)の基準で定義される大出血
- ISTHの基準で定義される、臨床的に関連性のある重症でない出血(clinically relevant nonmajor bleeding; CRNMB)
- 播種性血管内凝固(disseminated intravascular coagulation; DIC)
これらsafety end pointへの解析は45日間の治療期間, 及び その後30日間の安全性フォローアップ期間の間に行われた。
③ サンプルサイズ推計
パンデミック早期の報告で、直近でCOVID-19に感染し症候性だったが, 緊急入院が不要だった人では、血栓塞栓症イベント発症率・循環呼吸器的原因による入院率が4~8%であることが示唆された。この数値をもとに、7,000名のサンプルサイズは、primary outcomeの各治療薬・プラセボ群における相対的riskの33~50%の減少を検出する為に80~90%のpowerを持つであろうことが推計された。
(3) Results
① 参加者について
2020年9/1〜2021年6/17の間に、screeningを受けて同意した775名のうち、657名が参加登録可能基準に合致し, ランダム化された(Fig. 1)。2021年6/18に、NHLBIは独立データ・安全性監視委員会から、臨床試験の早期中止を勧告された(イベント発生率が予想より低かったため)。この為、他の治療薬への評価は行われなかった。臨床試験中断時点で、657名中558名が治療を開始していた。診断からランダム化までの期間の中央値は7日, ランダム化から治療開始までの期間の中央値は3日だった。最終フォローアップが行われたのは2021年8/5だった。
ランダム化された参加者の特徴は以下の通りだった。
- 年齢中央値: 54歳
- 女性: 59.1%
- 人種: 黒人: 12.7%, ヒスパニック: 28.1%
- 基礎疾患・生活背景: BMI中央値: 30.1, 糖尿病: 18.3%, 喫煙歴あり: 19.9%, 高血圧: 35.3%
② Primary Outcome
ランダム化〜治療開始までの期間において、22名(3.3%)が急激に悪化し, 治療開始前に肺炎症状悪化が原因で入院した。このうち2名が45日間の観察期間(=本来ならば、治療薬投与期間)に死亡し, 他に1名が非致死性の深部静脈血栓症を発症した。また45日間の観察期間の後の30日間(=本来ならば、安全性フォローアップ期間)に1名が呼吸不全で死亡した。
治療を開始された558名のうち、556名(99.6%)が治療開始後45日間, または 臨床試験中断までのフォローアップを完了させており, 544名(97.5%)が45日目までのフォローを受けていた。Primary end pointは5名で発生し, 治療期間中の死亡例は無かった (Table 2)。
全体で3件のprimary trial eventが認められた。Primary end pointの複合に関して、
- アスピリン群: risk: 0.0% (95%CI 0.0~2.6%), プラセボ群と比較したrisk差: 0.0% (95%CIは算出不可)
- 予防投与量のアピキサバン群: risk: 0.7% (95%CI 0.1~4.1%), プラセボ群と比較したrisk差: 0.7% (95%CI -2.1~4.1%)
- 治療用量のアピキサバン群: risk: 1.4% (95%CI 0.4~5.0%), プラセボ群と比較したrisk差: 1.4% (95%CI -1.5~5.0%)
- プラセボ群: risk: 0.0% (95%CI 0.0~2.8%)
という結果であった (Table 2)。
45日目におけるprimary end pointの複合の累積発症率推計は、
- アスピリン群: 0.0% (95%CIは算出不可)
- 予防投与用量のアピキサバン群: 0.7% (95%CI 0.0~2.2%)
- 治療用量のアピキサバン群: 1.4% (95%CI 0.0~3.3%)
- プラセボ群: 0.0%
であり、治療内容によって有意差は無かった(log-rank P=.31) (Figure 2A)。
治療開始の有無に関係なくランダム化された全参加者を含めた解析にて、primary end pointのプラセボ群と比較したrisk差は、
- アスピリン群: 1.2% (95%CI -6.1~3.5%)
- 予防用量アピキサバン群: -1.9% (95%CI -6.6~2.7%)
- 治療用量アピキサバン群: -1.8% (95%CI -6.6~2.7%)
だった。Primary outcomeの累積発生率は、治療群間で有意差が見られなかった(Figure 3A)。
③ Secondary Outcome
Table 2に、治療を開始された参加者におけるprimary endo pointの個別の構成要素のデータを示す。先行する入院を伴う死亡例の報告は無かった。
④ Post Hoc解析
あらゆる急性発症イベントを評価する為に、45日間のフォローアップ期間において、医療が関与した事例全てを含めることを企図した追加の解析が行われた。治療を開始された参加者においてプラセボと比較したrisk差は、
- アスピリン群: -1.0% (95%CI -6.6~4.3%)
- 予防用量アピキサバン群: 0.8% (95%CI -5.1~6.7%)
- 治療用量アピキサバン群: 4.0% (95%CI -2.4~10.4%)
だった。累積発症率に関して、治療内容別の有意差は認められなかった(log-rank P=.31) (Figure 2B)。ランダム化を受けた参加者全員に関する結果も同様であった(Figure 3B)。
⑤ 有害事象
大出血イベントの報告は無かった。治療を開始された参加者において、プラセボと比較したCRNMBの絶対的過剰は、
- アスピリン群: 2名
- 予防用量アピキサバン群: 4名
- 治療用量アピキサバン群: 2名
だった(Table 2)。アピキサバンへランダム化され, 臨床試験中止前に1回以上内服した患者におけるCRNMBの合計発症率は2.2%(278名中6名)だった。臨床試験の治療薬を開始された参加者において、全出血イベントは
で発生し, プラセボ群と比較したrisk差は
- アスピリン群: 2.0% (95%CI -2.7~6.8%)
- 予防用量アピキサバン群: 4.5% (95%CI -0.7~10.2%)
- 治療用量アピキサバン群: 6.9% (95%CI 1.4~12.9%)
であり, アピキサバンを投与された人全員(278名)で、全出血イベントは22名(7.9%)で発生した。
ランダム化された全参加者において、プラセボと比較したCRNMBの絶対的過剰は、
- アスピリン群: 4名
- 予防用量アピキサバン群: 6名
- 治療用量アピキサバン群: 4名
だった。
DICの報告は無かった。
(4) Discussion
アスピリンまたはアピキサバンへのランダムな割り付けは、プラセボと比較すると、循環呼吸器系イベントによる入院の発生率を減少させなかった。しかしながら、予想よりイベント発生率が低かったので、この臨床試験は中止されている。
時間経過とともに起こった人口統計学上の2つの変化が、この臨床試験における予想を下回るイベント発生率に繋がった可能性がある。1つ目は、入院適応となる患者がもはや人工呼吸器を必要とする患者だだけに限定されないといった形で、入院適応の閾値がパンデミック開始以降著しく低下したことである。2つ目は、パンデミック初期と異なり、最近SARS-CoV-2に感染する人は若年で, 併存疾患が少ない傾向がある。それに加えて、パンデミック早期にはCOVID-19検査が極めて限定されており、予想されたイベント発生率が過大に計算されていた可能性もある。
今日に至るまで、COVID-19外来患者に使用可能な抗血栓療法を検証するランダム化試験のデータは存在しない。今回の臨床試験における低いイベント発生率によって、COVID-19外来患者に緊密な注意が必要ではないと解釈してはならない。上記のように、ランダム化後に悪化して入院した参加者は3.3%であった。これらの入院した参加者は臨床試験の治療を開始されていなかったので、こうした知見は、予防的な抗血栓療法の早期開始がこれらの患者に効果的であったかどうかを明確には示さない。