Voice of ER ー若輩救急医の呟きー

日本のどっかに勤務する救急医。医療を始め、国内外の問題につきぼちぼち呟く予定です。

COVID-19 vs トシリツマブ Part 1 -BACC Bay Tocilizumab Trial -

 今日から、自分が読んだ論文の紹介をしてみたいと思います。現在、日本の厚労省, 並びに集中治療医学会の敗血症性ガイドライン(JSCG-2020)で推奨されるCOVID-19の治療薬の一つに、トシリツマブがあります。今回から何回かに分けて、トシリツマブを用いたCOVID-19患者への臨床試験の論文を紹介してみようと思います。

 今回紹介するのは、2020年10/21にNEJMヘ発表された論文"Efficacy of Tocilizumab in Patients Hospitalized with Covid-19"(Stone J.H., Frigault M.J. et al.)です。

 

 

(1) Introduction

 将校性COVID-19患者はインフルエンザ様症状を呈し、その中には低酸素性呼吸不全に陥る患者もいる。この顕著な病勢進行の病体生理学的基礎には、サイトカインリリース症候群に似た重症の炎症性反応があることがevidenceにより示唆されている。このphaseにある患者においては、interleulin-6(IL-6)・フェリチン・CRP増加を含む炎症性マーカーの著明な異常が見られる。血清中の高濃度IL-6は、高度なSARS-CoV-2ウイルス血症, ウイルスRNA sheddingの長期化, 人工呼吸器への病勢進行, 死亡と関連している。こうした知見から、「IL-6受容体の拮抗が炎症cascadeを阻害する可能性がある」との仮説が立てられた。

 Boston Area COVID-19 Consortium(BACC) Bay Tocilizumab Trialは、病期の早期にトシリツマブを投与するランダム化二重盲検化プラセボコントロール研究である。この研究では「早期のIL-6受容体拮抗は、低酸素性呼吸不全or死亡, 臨床的な悪化riskの減少, 酸素使用期間の短縮 を制限する」との仮説を立てた。

 

(2) Method

① Study Design

 上記のように、BACCはランダム化二重盲検化プラセボコントロール研究であり、ボストンにある7箇所の病院で実施された。

 患者は1. 標準治療へトシリツマブを併用する群, もしくは 2. 標準治療へプラセボを併用する群2:1の比率で割り振られた。

② PICO

1. Patient Selection

 以下の条件を満たす患者が"eligible"(=研究へ登録可能)であった。

 1) 19~85歳
 2) 鼻咽頭ぬぐい液へのPCR or 血清IgM抗体assayでSARS-CoV-2感染と診断
 3) 以下の症候のうち、2つ以上に該当

  • 参加登録前72時間以内に>38 ℃の発熱
  • 肺浸潤影
  • SpO2>92 %を維持する為に酸素投与が必要

 4) 検査値で以下のうち1つ以上に該当

 但し、以下の条件に該当する患者は除外された。

 1) 酸素投与量>10 L/min.

 2) 直近の生物学的製剤or小分子免疫抑制療法の既往あり

 3) 研究者が感染リスクを高めると判断したその他の免疫抑制療法を受けている

 4) 憩室炎がある

2. Intervention:  標準治療へトシリツマブ 8mg/kg IV(最大800 mgまで)を併用

3. Comparison:  標準治療へプラセボを併用

4. Outcome:  以下の"primary outcome"と"secondary outcome", "tertiary outcome"によって評価した。

 1) Primary Outcome; トシリツマブorプラセボ投与後の気管挿管(挿管前に死亡した場合、死亡で評価)

 2) Secondary Outcome; 以下のように"first"と"second"に分類される。なお、フォローアップ終了までにevent-freeだった患者のデータは、28 or 29日目に評価された。28日目フォローアップ時に見つからなかった("who could not be reached for 28-day follow-up")患者のデータは、退院時に評価された。

  • First secondary outcome; 臨床的悪化
  • Second secondary outcome; baselineで酸素投与を受けていた患者の酸素中止

 3) Tertiary Outcome; 以下の項目で評価した。

  • その他の時間-イベント("time-to-event")分析に関連したoutcome(e.g. 改善, 退院, もしくは 死亡)
  • 酸素投与や人工呼吸器管理が行われた期間の分析
  • 二重のoutcome(ICUへの入院 or 死亡)

  なお上記2)の『臨床的悪化』を評価するスコアは次のように定義されている。

1点=退院済み, 2点=一般病棟におり、酸素投与を受けていない, 3点=一般病棟におり、酸素投与を受けている, 4点=ICUまたは一般病棟におり、NPPV or 高流量酸素療法を受けている, 5点=ICUで挿管され人工呼吸器管理中, 6点=ICUでECMO or 人工呼吸器管理中で、尚且つ他の臓器補助療法を受けている, 7点=死亡

 なお、このBACCが行われた期間中に、ACTT-1 Trialでレムデジビルの効果が, RECOVERY TrialでTrialでデキサメサゾンの効果が明らかとなった。そのため、BACC参加中の患者の一部ではレムデジビル投与が行われたが、デキサメサゾンは投与されなかったウイルス治療, ヒドロキシクロロキン, グルココルチコイドは付随的治療法として許可されていた。

 

(3) Result

① Randomization

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 2020年4/20~6/15の間に243名の患者が登録され、161名がトシリツマブ群, 81名がプラセボへ振り分けられた(Fig 1)

② Patient Characteristics (Table 1)

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 Modified intention-to-treat populationでは、141名(58%)が男性で, 102名(42%)が女性だった。年齢中央値は59.8歳だった。その他のデータについては以下の通り。

  • BMI: 51%の患者で30以上
  • 併存疾患: 49%が高血圧, 31%が糖尿病
  • 一般病棟に入院し、≦6L/min.の酸素を経鼻カニューレで投与: 194名(80%)
  • 高流量酸素(6<[酸素流量]≦10L/min.)を投与中: 10名(4%)
  • 酸素投与なし: 38名(16%)
  • レムデジビル投与: 77名(トシリツマブ群; 53名[33%], コントロール群; 24名[29%]
  • ヒドロキシクロロキン投与: 9名(トシリツマブ群; 6名[4%], コントロール群; 3名[4%]
  • グルココルチコイド投与: 23名(トシリツマブ群; 18名[11%], コントロール群; 5名[6%]

③ Primary Outcome

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 合計27名(11.2%)が28日以内に気管挿管実施, 或いは 挿管前に死亡した(Table 2)。その内訳は以下の通り:

  • トシリツマブ群; 17名(10.6%)
  • プラセボ群; 10名(12.5%)
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挿管or死亡までの時間のKaplan-Meir曲線をFig. 2Aに示す。また、トシリツマブ群におけるprimary outcomeが起こるhazard ratioは0.83(95%CI 0.38-1.81; P=0.64)であり, 年齢・性別・人種・糖尿病・baselineのIL-6濃度で調整したhazard ratioは0.66(95%CI 0.28-1.52)だった。調整前後でhazard ratioが異なるのは、主にトシリツマブ群で高齢患者の割合が多い為である。

④ Secondary Outcome

 悪化するまでの時間のKaplan-Meier曲線をFig. 2Bに示す。トシリツマブ群における悪化のhazard ratioをプラセボと比較すると1.11(95%CI 0.59-2.10; P=0.73)だった(Table 2)。調整後のhazard ratioは0.88(95%CI 0.45~1.72)だった。

 酸素投与を中止するまでの時間のKaplan-Meir曲線をFig. 2Cに示す。トシリツマブ群における28日目までの酸素中止をプラセボと比較したhazard ratioは0.94(95%CI 0.67-1.30; P=1.30)であった。調整後のhazard ratioは0.95(95%CI 0.67-1.33)であった。

⑤ Tertiary Outcome (Table 2と3)

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 いずれのoutcomeも、治療群間で大差無かった。

  • 改善までの時間の中央値:  トシリツマブ群; 6.0日(95%CI 5.0-6.0), プラセボ群; 5.0日(95%CI 4.0-7.0)
  • 酸素投与期間の中央値:  トシリツマブ群; 4.0日, プラセボ群; 3.9日

また、研究登録時にICUに居なかった患者233名のうち、

  • トシリツマブ群 ICU入室or入室前に死亡は25名(15.9%)
  • プラセボ群:  ICU入室or入室前に死亡は12名(15.8%)

であった。

挿管されていた19名内で、人工呼吸器管理の期間の有意差は無かった(トシリツマブ群の中央値; 15.0日, プラセボ群の中央値; 27.9日)。両群において、退院までの中央値は6.0日だった。

⑥ 患者と治療のsubgroup analyses

 多変量調整モデルにより、以下の結果が明らかになった。

  • >65歳の患者は、より若年の患者よりも気管挿管or死亡への病勢進行のriskが大きい(hazard ratio 3.11; 95%CI 1.36-7.10)
  • BaselineのIL-6血清濃度が>40 pg/mLである患者は、<40 pg/mLの患者と比較し病勢進行しやすい(hazard ratio 3.03; 95%CI 1.34-6.83)

他方、気管挿管or死亡のriskへ影響しないと判明した因子には以下の通りである。

  • 男性:  hazard ratio 1.27; 95%CI 0.57-2.81
  • ヒスパニックor Latino:  hazard ratio 1.16; 95%CI 0.47-2.85
  • 肥満:  hazard ratio 1.32; 95%CI 0.69-3.48
  • レムデジビルによる治療:  hazard ratio 1.95; 95%CI 0.86-4.44

⑦ Safety

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 Table 4にadverse eventを示す。トシリツマブに関して、新たな安全性への警告は出なかった。好中球減少症はトシリツマブ群 22名に対しプラセボ群では1名だった(P=0.002)ものの、重症感染症はトシリツマブ群で少なかった(トシリツマブ 13名[8.1%] vs プラセボ 14名[17.3%]; P=0.03)。トシリツマブ群では、合計28名の患者において26件のserious adverse eventが認められ、そのうち11件はトシリツマブと関連or関連している可能性があると判断された。一方、プラセボ群では合計12名の患者において38件のserious adverse eventが認められ、そのうち3件はプラセボと関連or関連している可能性があると判断された。

 

(4) Disucussion

 これらのデータは、「早期のIL-6受容体拮抗がCOVID-19中等症入院患者に対する効果的な治療法である」という仮説を支持しない。このBACC Trialでは、トシリツマブが 挿管or死亡risk, 病勢悪化, 酸素投与中止までの期間, もしくは いかなるefficacy outcomeに対しても有意に影響していないことが示された。しかしながら、BACC Trialにおける効果比較時の信頼区域は広いので、トシリツマブが一部の患者における利益ないし害となっている可能性を除外できない。

 BACC TrialではCOVID-19の予後不良と高齢の間の関連性は確認されたものの、性別, 肥満, 人種に関して関連性は認めなかった。また、baselineにおける血清IL-6濃度が高い患者が予後不良となる傾向も確認された。BACC Trialでトシリツマブの効果は示されなかったものの、トシリツマブはこの研究のpopulationにおいて、極めて高度な毒性作用("excessive high-grade toxic effect")とは関連していなかった。

 なおBACC Trialのstrengthとweaknessは次の通りである。

Strength

  • 研究登録時は気管挿管されていない入院患者に対する、ランダム化二重盲検化プラセボコントロール試験である。
  • 研究に参加したpopulationは人種的に多様であった。

Weakness

  • "Primary event rate"(気管挿管や, 気管挿管前の死亡)が予想されていたよりも少なく、おそらく本研究の期間中にCOVID-19の標準的治療が変化した(e.g. レミデジビルの承認, 気管挿管の時期を遅らせるmanagementの承認など)ためと思われる。
  • ランダム化にも関わらず、高齢患者の比率が両群間で不均等だった。

 

 他にもCOVID-19患者に対するトシリツマブの臨床研究の論文はあります。時間や労力等の許す限り、本ブログで紹介してみたいと思います。

 

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