Voice of ER ー若輩救急医の呟きー

東日本の某県に勤務する救急医。医療を始め、国内外の問題につきぼちぼち呟く予定です。

本の紹介(12); 『独ソ戦 絶滅戦争の惨禍』

 今回もまたまた書評です。これまで何回も第二次世界大戦 ー 特にアジア・太平洋戦争 ー に関する著作を紹介してきましたが、今回はヨーロッパ戦線, とりわけ1941年6月22日に開始し1945年5月2日に終結した独ソ戦に関しての著作を紹介します。

独ソ戦 絶滅戦争の惨禍』(大木 毅 著, 岩波新書

 

 第二次世界大戦における日本の死者は戦闘員230万人, 非戦闘員80万人とされています(なお1939年の日本の人口は約7,138万人)。他方、ソ連は戦闘員1,140万人, 非戦闘員は戦闘・虐殺だけでなく飢餓, 疫病による死者を含めて1,900万人が死亡(1939年のソ連の人口は1億8,879万3千人)しています。またドイツは独ソ戦以外の戦線も含めると戦闘員531万8千人, 非戦闘員300万人(1939年のドイツの人口は6,930万人)とされています。日本と比較すると、死者の数が桁違いです。

 この戦争 ー とりわけドイツがソ連に侵攻した ー 背景には、様々な要素があります。まず、アドルフ・ヒトラーをはじめとする当時のナチス・ドイツ政府指導部には「人種的に『優れた』ゲルマン民族が『劣等人種』スラブ人を奴隷化する」, 「ナチズムと『ユダヤ的ボリシェヴィズム』との対決」という思想が念頭にありました。事実、ヒトラードイツ国防軍将校への演説の中で、ソ連との戦争について「皆殺しの闘争こそが問題となる。もし、我々がそのように認識しないのであれば、なるほど敵をくじくことはできようが、30年以内に再び共産主義という敵と対峙することになろう」と述べています。

 また、第二次世界大戦におけるドイツのヨーロッパ侵攻には、被占領地域からの収奪という側面もありました。「軍拡」と「国民生活」の両立を図りたいヒトラーは、軍拡・公共事業への財政出動(結果的に赤字になる), 貿易による外貨準備高と原料備蓄の低下(国内天然資源が限られているので、軍拡の為には国外から大量に原料を輸入せざるを得ない), 労働力不足(軍拡の為、工業部門で労働力の需要が高まる)の3つの課題に直面。国民の生活レベルを落としたくないので、被占領地となったヨーロッパから資源, 工業製品や労働力を収奪していったのです。

 当然、ドイツは上記のような収奪をソ連の被占領地域でも展開していきます。そもそも、当時のドイツ政府には『東部総合計画』という案があり、フランスの大部分, ポーランド等をドイツ本国に併合し、東欧諸国を衛星国にする他、ヨーロッパ・ロシアをドイツの植民地にするつもりだったのです。その過程でドイツ政府は、ポーランド, バルト3国(ラトビア, エストニア, リトアニア), ソ連西部の住民をシベリアへ追放し、その跡にドイツ国民を植民させ、他の『ドイツ化できなかった』住民は植民するドイツ国民の為の奴隷労働に充てる計画を立てていました。更に、独ソ戦開戦後、ドイツは被占領地域に国家公安本部長官(武装親衛隊の中将)直属の部隊アインザッツグルッペ』を展開。ユダヤ人やソ連共産党の政治委員, 知識人らの虐殺を行いました。ドイツ国防軍は虐殺対象の地域の封鎖, 虐殺対象者輸送用のトラックを提供する, といった形でアインザッツグルッペ』の任務を支援していました。また、ドイツ軍の捕虜となったソ連軍兵士らも、劣悪な収容所の環境の下、飢餓や疾病などで570万人のうち300万人が死亡しました。

 他方、ソ連ヨシフ・スターリン)による自国民への弾圧とドイツへの『報復』も苛烈を極めていました。まず、1937年にスターリンは悪名高い『大粛清』を実行し、政府指導者, 共産党幹部のみならずソ連軍将校も大量に粛清しました。その結果、経験や知識の不足した将校ばかりが配置され、1941年6月のドイツ軍侵攻時にはソ連軍前線部隊の指揮系統は混乱し大きな打撃を被る結果になったのです。

 また、ソ連側のドイツ軍兵士捕虜は260万〜350万人と言われていますが、その内約30%が、劣悪な収容環境により死亡しています。加えて、スターリンソ連国内のドイツ系住民やムスリム, バルト3国国民, ウクライナ西部の住民をシベリアや中央アジア強制移住させ、その移動の過程や移住先で多数が犠牲になりました。更に、ドイツ軍に対する度重なる反攻作戦の結果、1945年にはドイツ領内へ侵攻したソ連軍の兵士は、ドイツ軍兵士のみならずドイツの民間人に対しても略奪, 暴行の限りを尽くしました。しかしソ連軍の政治教育機関はその行為を止めるどころか、「報復は正義であり、報復は神聖でさえある」等と寧ろ扇動しました。

 このように、独ソ戦独ソ戦で、双方の残虐性が際立つことが良く分かります。なお、この本には他にも、独ソ戦の経過について、戦闘の経緯のみならず両軍首脳部の描いていた計画・戦略等に関して結構詳しく書いてあり、内容的には重厚(或いは濃厚)かもしれませんね。