Voice of ER ー若輩救急医の呟きー

日本のどっかに勤務する救急医。医療を始め、国内外の問題につきぼちぼち呟く予定です。

モデルナ製(とファイザー製)ワクチンのデルタ株に対する有効性

 こんばんは。現役救急医です。今日は2021/11/2にNature Medicineというジャーナルに発表された、モデルナ製及びファイザー製コロナワクチンの有効性に関する論文(https://doi.org/10.1038/s41591-021-01583-4 )を紹介してみます。

 

(1) Intruduction

 2021年初頭の段階でカタール国内ではアルファ株(B.1.1.7)による感染拡大とベータ株(B.1.351)による感染拡大が立て続けに起こっていた。同年3月末にはデルタ株(B.1.617.2)が初めてカタールで検出された。SARS-CoV-2感染者数増加に伴ってデルタ株の検出も増加し, 同年夏には200件/day近くで推移していたものの、2021年9月の段階では、他の変異株の発生数と比較しても低値であり, 感染拡大の兆候もない。2021年3/23~9/7の間に診断されたSARS-CoV-2感染例のうち、43%がデルタ株だった。なお2021年9/19時点で、カタールの全人口の80%超がBNT162b2ワクチン(ファイザー製), ないし mRNA-1273ワクチン(モデルナ製)の2回接種を受けたと推定されているこの研究では、2021年3/23~9/7の期間でカタール国内におけるファイザー製・モデルナ製ワクチンのデルタ株に対する有効性を推計した。

 

(2) Methods

 この研究はカタール市民を対象に行われた。Hamad Medical Corporationにて、全国規模のデータベースよりCOVID-19検査結果, ワクチン接種記録, SARS-CoV-2感染に関するデータ等を抽出した。

 ワクチンの有効性は、検査陰性症例対照研究デザインを用いて推計した。2021年3/23~9/7の間にカタールで発生した全感染例(PCR検査でデルタ株感染が診断された人)と対照例(PCR検査でSARS-CoV-2が陰性だった人)が対象となった。

 感染へ曝露される危険性の差を調整する為、性別・年齢集団(5年単位で区切られた集団)・国籍・PCR検査を行った理由・PCR検査を行った期日が合うように、感染例と対照例を1:5の比でmatchさせた。

 感染例2021年3/23~9/7の間にPCR検査で初めてデルタ株陽性となった人と定義した。対照例は、その他のPCR陽性者を除外, 同期間において初めてPCR陰性となった人と定義した。

 旅行前, もしくは 入国時に実施したPCR検査は今回除外した。

 今回、デルタ株感染に対する有効性, 及び デルタ株と関連した重症, 危機的 or 致死的COVID-19に対する有効性を推計した。

 コロナワクチン被接種者及び未接種者のPCR検査記録を全て検証し, 1回目と2回目で別種のコロナワクチンを接種された人, もしくは ファイザー製・モデルナ製以外のコロナワクチンを接種された人除外した。

 なおここではCOVID-19重症度の表記にWHOの定義を用いている。

  • 重症SARS-CoV-2に感染し, 室内気にてSpO2<90% and/or 呼吸数>20/min.(成人・5歳<の小児) and/or 重症呼吸不全の症候あり
  • 危機的SARS-CoV-2に感染し, Acute Respiratory Distress Syndrome(ARDS), 敗血症, 敗血症性ショック or その他人工呼吸器・昇圧薬等を必要とする状態
  • 死亡(致死的):  COVID-19による死亡

 研究サンプルは頻度分布と, 中心傾向("central tendency")により記述された。感染例と対照例のワクチン接種のoddsを比較したodds比と, その95%信頼区間(CI; confidence interval)を推計した。次に、異なる時期におけるワクチン有効性とその95%CIを以下の公式により算出した。

[ワクチン有効性] = 1 - [症例と対照例のワクチン接種のodds比]

 SARS-CoV-2感染既往と医療従事者による影響をcontrolしたsensitivity analysisを行った。他にも、年齢別に階層化(<50歳, 50歳≦)してワクチン有効性推計を行った。加えて、症候性SARS-CoV-2感染(呼吸器症状がある人でPCR陽性となった症例), 及び 無症候性感染(症状のない人でPCR陽性となった症例)に対する有効性も推計した。また比較の為、ベータ株に対する有効性も推計した

 

(3) Result

 2020年12/21~2021年9/7の間に、各コロナワクチンを接種された人数は以下の通り。

  • ファイザー製:  少なくとも1回は接種済: 950,232名, 2回目接種済: 916,290名
  • モデルナ製:  少なくとも1回は接種済: 564,468名, 2回目接種済: 509,322名

 ファイザー製ワクチンの接種率は2020年12月以来堅調に増加している。その反面、モデルナ製ワクチンの接種率は大量出荷に依存しており, 2021年3月以前には十分な水準に達していなかった。

 ここで『デルタ株感染例』は、PCR検査実施理由 ないし 症状の有無に関係なく, PCR検査でデルタ株陽性となった症例と定義する。追加の解析でベータ株感染を検討したことを例外として、他の変異株への感染例は除外した。

 2021年3月〜9月の間のデルタ株によるブレークスルー感染は、

  • ファイザー製:  1回目接種の後: 88名, 2回目接種の後: 1,126名
  • モデルナ製:  1回目接種後: 60名, 2回目接種後: 187名

であった。

 これに加えて、2021年9/7までに、デルタ株による重症COVID-19症例は、

  • ファイザー製:  1回目接種後: 4名, 2回目接種後: 15名
  • モデルナ製:  1回目接種後: 3名, 2回目接種後: 2名

となっていた。

 また危機的COVID-19症例・死亡に関しては、

  • ファイザー製:  1回目接種後: 1名(その後死亡), 2回目接種後: 2名
  • モデルナ製:  致死的症例ないし死亡例は0

という結果だった。

 

 1回目接種後14日以上(2回目接種はまだ)のデルタ株感染に対する有効性は、

  • ファイザー製:  45.3% (95%CI 22.0~61.6)
  • モデルナ製:  73.7% (95%CI 58.1~83.5)
  • 両者を含めたもの:  58.0% (95%CI 44.4~68.2)

 1回目接種後14日以上(2回目接種はまだ)のデルタ株による重症COVID-19, 危機的COVID-19, ないし 死亡に対する有効性は、ファイザー製・モデルナ製・両者を含めたものに関して80~87%だったものの、デルタ株症例数が比較的少なかったことから95%CIが広かった。

 2回目接種14日以上におけるデルタ株感染に対する有効性は、

  • ファイザー製:  51.9% (95%CI 47.0~56.4)
  • モデルナ製:  73.1% (95%CI 67.5~77.8)
  • 両者を含めたもの:  55.5% (95%CI 51.2~59.4)

であった。

 2回目接種14日以上におけるデルタ株による重症, 危機的COVID-19ないし死亡に対する有効性は

  • ファイザー製:  93.4% (95%CI 85.4~97.0)
  • モデルナ製:  96.1% (95%CI 71.6~99.5)
  • 両者を含めたもの:  93.6% (95%CI 85.9~97.1)

だった。

 Sensitivity analysisSARS-CoV-2感染既往や医療従事者に関して調整したもの)は上記の結果と同一だった。

 50歳以上におけるデルタ株感染に対するワクチン有効性は、50歳未満のそれよりも低かった。しかしながら、この結果は50歳以上の人は50歳未満よりも早期に2回目接種を受けたという文脈で解釈せねばならない

 2回目接種14日以上における症候性デルタ株感染に対する有効性は、

  • ファイザー製:  44.4% (95%CI 37.0~50.9)
  • モデルナ製:  73.9% (95%CI 65.9~79.9)
  • 両者を含めたもの:  49.2% (95%CI 42.8~54.9)

だった。

 2回目接種14日以上における症候性デルタ株感染に対する有効性は、

  • ファイザー製:  46.0% (95%CI 32.3~56.9)
  • モデルナ製:  53.6% (95%CI 33.4~67.6)
  • 両者を含めたもの:  45.9% (95%CI 33.3~56.1)

 比較の為に、2021年3/23~9/7の期間におけるベータ株感染に対する有効性も推計した。

  • ファイザー製:  1回目のみ接種後14日以上: 18.9% (95%CI -1.8~35.4), 2回目接種後14日以上: 74.3% (95%CI 70.3~77.7)
  • モデルナ製:  1回目のみ接種後14日以上: 66.3% (95%CI 55.8~74.2), 2回目接種後14日以上: 80.8% (95%CI 69.0~88.2)

ベータ株による重症, 危機的COVID-19 ないし 死亡への有効性は、両ワクチンで>90%だった。

 ベータ株に対する有効性とデルタ株に対するそれを比較する際には、ベータ株のPCRによる診断期日の中央値は2021年4/15だが、デルタ株のPCRによる診断期日の中央値は2021年8/2であることに注意が必要である2021年8/1~9/7の期間に、RT-qPCRによりgenotypeが診断された症例の83.6%がデルタ株であった

 

(4) Discussion

 ファイザー製とモデルナ製のコロナワクチンは、英国・米国・イスラエルの研究と同様、デルタ株と関連した入院・死亡に対して強固な有効性(>90%)を示した。特にファイザー製コロナワクチンでは、多くのブレークスルー感染症例にも関わらず、ワクチン被接種者内で重症or危機的COVID-19症例数は少なかった。

 注目すべきことに、1回目接種後14日以上ないし2回目接種後14日以上におけるファイザー製orモデルナ製ワクチンのデルタ株感染に対する有効性は同等だった。最近のevidenceは、特にファイザー製ワクチンに関して、時間経過とともにワクチンの有効性が顕著に減少することを示しているアルファ株ベータ株に対する高い有効性は、カタールの住民の大半がファイザー製・モデルナ製コロナワクチンを接種されたばかりの時期に推計されたものである。逆に、今回推計したデルタ株に対する有効性は、2回目接種後から何ヶ月も経過した時期に推計したものである。従って、コロナワクチン2回目接種後の人におけるデルタ株に対する低い有効性は、ワクチンの予防効果の漸減を反映している可能性がある

 こうした知見は、他所で行われたデルタ株に対する有効性の報告において見られるパターンと一致する。この研究におけるファイザー製コロナワクチン有効性(2回目接種完了後)51.9%という数字は、英国・カナダよりも低いものの, イスラエル・米国と類似している。英国・カナダでは2回目接種が延期された結果、大半の人がイスラエル・米国・カタールよりも直近の時期に2回目接種が完了していた。よって、イスラエル・米国・カタールにおける低い有効性は、2020年末・2021年初頭に2回目接種が完了した人におけるワクチン予防効果減少を示しているのかもしれない

 他に今回の知見を説明可能なものに、カタール国内でデルタ株の症例数が緩徐に増加している時期に行われた公衆衛生上の規制の段階的緩和が挙げられるワクチン接種状況に応じて規制が緩和されるとともに(スマホアプリ["Ehteraz app"と呼ばれるもの]インストール義務が課された), 被接種者は未接種者よりも社交的な接触率("social contact rate")が高くなっていた可能性があり、また、マスク装着といった安全対策へ従わなかった可能性もある。

 ファイザー製ワクチンと比べてモデルナ製ワクチンでは2回目接種後にデルタ株感染への高い有効性が推計され、モデルナ製ワクチンがより強力な免疫と予防効果を誘導したとする研究にも一致する。

 

 ちなみに今日、YouTubeへ動画をアップロードしています。脳梗塞に関する最新の論文をちょっと解説してみました。もし良ければご視聴下さい。

youtu.be

Johnson & Johnson製コロナワクチン有効性の解析

 こんばんは。現役救急医です。今回は、日本で採用されていないコロナワクチンに関する論文を発見したので、それを紹介します。今回の参考文献は、2021年11/2に発表された"Analysis of the Effectiveness of the Ad26.COV2.S Adenociral Vector Vaccine for Preventing COVID-19. "(Corchado-Garcia J., Zemmour D. et al. JAMA Network Open. 2021;4(11):e2132540)です。

 

(1) Introduction

 Ad26.COV2.Sコロナワクチン(Johnson & Johnson・Janssen製)はSARS-CoV-2スパイクタンパク質を持つ複製不能アデノウイルス26ベクターであり、単回接種される。最近の第3相臨床試験では有効性が66.9%(95%CI 59~73.4)であり, 安全性も十分であることが証明されている。このワクチンは2021年2/27に米国食品医薬品局の緊急使用承認を受け、これまでに米国内で2100万回以上が接種されている。

 過去の研究では、電子医療記録(electronic health record; EHR)システムのdeep neural netowerkを、機械による多くの情報量の精選を行う為に使用した。こうした技術の発展によって、mRNAワクチン2種の現実世界における有効性と安全性の迅速な評価や, Ad26.COV2Sワクチン接種後の患者における脳静脈洞血栓症の発症率の調査が可能となった。今回、Mayo ClinicとMayo Clinic Health Systemの2021年2/27~7/22の間のEHRデータを使用して、Ad26.COV2.Sワクチン(以下、J&J製ワクチン)の有効性評価を行った。

 

(2) Method

① Study Design

 この研究は、2021年2/27~7/22の間にMayo Clinicとその附属病院でSARS-CoV-2感染を疑われてPCR検査を受けた人に対する、有効性比較研究である。この研究は、J&J製ワクチンが使用されている州のみ(アリゾナ州, アイオワ州, ミネソタ州, フロリダ州, ウィスコンシン州)で実施した

② 参加者について

 この研究には、以下の基準に合致する患者が含まれた

  • 2021年2/27~7/22の間に少なくとも1回はSARS-CoV-2 PCR検査を受けた
  • 18歳以上
  • J&J製ワクチンを接種された患者が少なくとも10名居る地域に住んでいる

感染率に影響するバイアスを制御する為に、居住地とPCRを受けた人数に基づいたmatchingが用いられた。

 以下の条件に該当する人は除外された。

  • ワクチン接種前, もしくは 2021年2/27より前にPCRSARS-CoV-2陽性となった人
  • データ収集最終日にワクチン接種を受けた人
  • mRNA-1273 或いは BNT162b2ワクチンを接種された人
  • ファイル内に臨床研究への参加を承諾する書類が無い人

これらの参加可能基準及び除外基準を適用した後、8,889名の被接種者230,790名の未接種者が研究に含まれることになった(Figure 1A)

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Figure 1: (A)Ad26.COV2.Sワクチン有効性評価の概要, (B)被接種者と未接種者間のCOVID-19重症度比較の概要

③ 有効性の解析

 SARS-CoV-2感染の主な危険因子(居住地, 人口統計学上の特徴, 2021月2/27以前の陰性となったPCR検査の回数)を考慮に入れて, 被接種者コホートと類似した未接種者コホートを構築するために、1:10の比率でmatchingを行った。つまり、被接種者コホート8,889名内の各1名を、未接種コホート内の10名とmatchさせた。

 ワクチン有効性は、被接種者コホートと未接種者コホートPCR検査結果の陽性率を比較することで評価した。この研究に参加した期日(第0日はそれぞれ、

  • 被接種者:  ワクチンを接種された期日
  • 未接種者:  matchされた被接種者がワクチンを接種された期日

と定義された。

 被接種者と未接種者の間で、SARS-CoV-2感染の累積発生率を比較した。累積発生率とは、その時点以前にて、特定のoutcome(ここではSARS-CoV-2感染)を経験している患者の割合の推定値である。ここでは、第1日〜14日の間の累積発生率を対象にしている。

 被接種者コホートと未接種者コホートの間で、SARS-CoV-2陽性のincidence rate ratio(IRR)を計算した。IRRは被接種者コホートの発症率未接種者コホートの発症率で割ることで求めた。他の指標の定義や求め方は以下の通り。

  • 有効性(1-IRR)x100[%]で求めた。
  • At-risk person-days:  各個人がまだSARS-CoV-2陽性となっていないor死亡していない期間の日数。
  • 発症率:  研究対象期間中にSARS-CoV-2陽性となった患者数を, 同じ期間へ寄与したat-risk person-daysの合計で割ったもの

この研究では、ワクチン接種後1日目, 8日目, 15日目の発症率を対象にした。

④ COVID-19重症度分析

 SARS-CoV-2陽性未接種者コホートを構築する為、1:10の比率で割り付けた。患者は人口統計学上の特徴と併存疾患に基づいてmatchさせた。つまり、ワクチン接種後にSARS-CoV-2陽性となった60名内の各1名と, 未接種でSARS-CoV-2陽性となった2,236名中の600名とmatchさせた。

 被接種者コホートと未接種者コホート双方の各SARS-CoV-2陽性患者において、第0日目は最初にPCR陽性となった期日と定義された。最初にPCR陽性となった日から少なくとも14日間フォローアップが行われた患者へ解析を行った。以下の指標を評価した:

  • 14日間における入院率PCR陽性判明後2週間に入院となった患者数
  • 14日間におけるICU入室率PCR陽性判明後2週間にICUへ入室した患者数
  • 14日間における死亡率PCR陽性判明後2週間に死亡した患者数

各outcomeに対して、relative rate(被接種者コホートの比率を未接種者コホートの比率で割ったもの)と, その95%信頼区域(CI)等を求めた。

 

(3) Result

SARS-CoV-2感染予防効果について

 2021年2/27~7/22の間、米国ではワクチン接種キャンペーンによる感染者数減少と, 新規変異株の拡大が発生していた。2021年5月までアルファ株が多く認められたが、6~7月にはデルタ株に置換していた合計8,889名がMayo Clinicネットワーク内でJ&J製ワクチンを接種された(Figure 1A)。このワクチンのSARS-CoV-2感染に対する有効性評価の為、88,898名の未接種者コホートを特定した。被接種者コホートと未接種者コホート間で性別・人種・年齢は均等だった。

 研究期間中、被接種者8,889名中60名(0.7%)がSARS-CoV-2陽性で, 未接種者88,898名中2,236名(2.5%)がSARS-CoV-2陽性となった(Figure 2A)SARS-CoV-2検査陽性発生率は、

であり、SARS-CoV-2感染のIRRは0.26(95%CI 0.20~0.34)となり, 合計のワクチン有効性は73.6%(95%CI 65.9~79.9)であり, SARS-CoV-2感染は3.73倍減少した(Figure 2A)

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Figure 2: (A)ワクチン接種直後からのSARS-CoV-2感染累積発生率, (B)接種14日以降のSARS-CoV-2感染累積発生率

 次に、研究への登録から15日後〜2021年7/22(研究期間終了)の間の新規SARS-CoV-2感染者数を解析した(Figure 2B)少なくとも2週間フォローアップされた被

接種者8,698名の中でワクチン接種後15日以降にSARS-CoV-2陽性となったのは41名(0.5%)であったのに対し、未接種者86,495名の中でSARS-CoV-2陽性となったのは1,561名8(1.8%)だった(3.91倍の減少)。ワクチン接種後2週間以降に発症したSARS-CoV-2感染症に対する有効性は74.2%(95%CI 64.9~81.6)だった(Figure 2B)この結果は第1日目からの有効性に類似しており、予想よりも早く免疫反応が生じる可能性を示している。

 ワクチン接種後の感染は、接種直後にSARS-CoV-2に曝露された場合, もしくは ワクチンが免疫を形成できなかった場合に起こるこの2シナリオを区別する為に、被接種者コホートと未接種者コホートでワクチン接種〜最初のPCR検査陽性までの時間分布を解析した(Figure 3A)。ワクチン接種後からPCR陽性までの時間の中央値は、

と類似しており、感染者数は

だった。これらの結果は、被接種者コホートの感染例の大半は、被接種者が免疫を形成できるようになる前にウイルスへ曝露されたせいではない可能性を示唆している。加えて、Figure 3Bでは、被接種者での感染例発生数が、デルタ株の頻度増加と並行しているように見える

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Figure 3: (A)ワクチン接種から初回PCR陽性までの期間, (B)PCR陽性判明期日, の時間的分布

② ワクチン接種後の重症COVID-19の比率

 SARS-CoV-2検査陽性となった被接種者60名と, SARS-CoV-2検査陽性となった未接種者2,236名にて、入院患者数・ICU入室者数・死者数を解析した被接種者にて、重症化oddsの減少が示された(odds ratio[OR] 0.33 [95%CI 0.19~0.65]; P<0.001)Subgroup analysisでは、被接種者において

  • 入院oddsの減少:  OR 0.32 (95%CI 0.18~0.66); P=2.0x10-4
  • ICU入室oddsの減少:  OR 0.00 (95%CI 0.00~1.43); P=0.01

が見られたが、死亡oddsは減少しなかった(OR 0.83 [95%CI 0.26~5.20]; P>0.99。致死的イベントの数は両群で低かった。

  • 被接種者:  8,888名中1名
  • 未接種者:  88,886名中12名

 現在ワクチン接種は高齢者と危険因子を有する人へ優先して行われており、未接種者コホート(特に若年で健康な人)との比較にバイアスを生じるこうしたバイアスを制御する為に、未接種者コホートの1名と, ワクチン接種後にSARS-CoV-2に感染した被接種者60名をmatchさせた(Figure 1B)コホートは人口統計学上の特徴や, 重症COVID-19危険因子に基づいてmatchさせた。全臨床的変量に関して、両コホート間で有意差は無かった。次に、コホートで14日目の入院・ICU入室・死亡数を比較した。これらoutcomeの複合, ないし個別の解析で有意差は認めなかったしかし、COVID-19に罹患した被接種者で十分なフォローアップ期間を伴っていたのは41名のみであった。結論として、今回の結果はJ&J製ワクチンによるCOVID-19重症度低減を示唆しているものの、予防効果をより正確に推定する為に、より多数の患者数とイベント数や, 更なる解析が必要となるだろう。

 

(4) Discussion

 今回、8,000名超の被接種者の医療記録の解析によって、J&J製ワクチンの有効性を評価した。合計した有効性は73.6%, 14日後の有効性は74.2%であり、COVID-19新規症例の減少を認めた。今回の結果は、アルファ株及びデルタ株が多数を占めるコホートにおけるワクチンの有効性を強調している。

 ワクチン被接種者での感染は発生したが、0.7%と稀だった。COVID-19症例の急増は2021年6~7月のデルタ株出現と関連しているように見える。しかしながらCOVID-19症例数が少なく, またデルタ株の出現はごく最近なので、断定が出来ない。

 今回の解析は、特に入院といった重症症例の減少を証明した。しかしながら、J&J製ワクチン接種後にSARS-CoV-2陽性となったのは60名のみである為、この研究は死亡率を評価するには弱い。J&J製ワクチン接種後にSARS-CoV-2へ感染した人における入院率・ICU入室率・死亡率の評価は今後も継続予定である。

イスラエルでのコロナワクチン3回目接種

 こんばんは。現役救急医です。コロナワクチンの3回目(ブースター)接種を実施する方針が日本でも固まっていますが、それに関する他国からの報告も増えているようです。今回は、2021年10/29にLancetへ発表された論文(https://doi.org/10.1016/S0140-6736(21)02249-2 )を紹介してみます。

 

(1) Introduction

 イスラエルは、国民の55%超がBNT162b2 mRNA コロナワクチン2回接種を終えているにも関わらず、感染拡大第5波を経験した。被接種者での感染・入院が増加する原因は、ワクチンによる免疫の減少や, 変異株に対するワクチン有効性低下の複合であると考えられる。

 ワクチン免疫減少を克服する標準的approachは、追加ワクチンの接種であるイスラエル保健省はBNT162b2 mRNAワクチン3回目接種キャンペーン実施を通知した。2021年7/13から免疫不全患者へ, 7/30から60歳以上へ, 8/12から50歳以上, 8/19から40歳以上, 8/24から30歳以上, 8/30から12歳以上へ3回目接種を開始した。3回目接種は、2回目接種を少なくとも5ヶ月前に受けた人のみに行われた3回目接種は急速に拡大し、最初の2週間で60歳以上の半分以上に達した。

 今回、COVID-19重症化予防に関するBNT162b2ワクチンの有効性を評価する為にイスラエル最大規模のデータベースを使用した。

 

(2) Method

① Study Design

 Clalit Health Serviceは、病院グループ(?)4社の中で最大規模であり、イスラエルの人口の半分超の保険をカバーしている。Clalit Health Serviceの情報システムは完全デジタル化されている。この研究は2020年7/30~2021年9/23の期間を対象にしている。

 以下の条件を満たした人が今回の研究に登録された。

  • (3回目接種への)採用期日から少なくとも5ヶ月前に2回目接種済
  • イスラエル保健省のガイドラインの規定で3回目接種の適応となる
  • 12ヶ月以上Clalit Health Serviceの契約者である
  • SARS-CoV-2感染既往なし
  • 採用期日前3日間に医療機関受診なし

 なお、以下に該当する人は除外された。

  • 2021年7/30より前に3回目接種を受けた免疫不全患者
  • 医療従事者,  長期療養施設居住者, または 医学的な理由で自宅にこもっている人
  • BMIないし居住地が不明な人

 この研究では、採用期日に3回目接種を受けた人(ブースター群と, フォローアップ期間中に3回目接種を受けなかった人(対照群を比較した。研究対象期間中の1日1日において、その日に3回目接種を受けた人は, 2回目接種済だが3回目未接種の対照群の人とmatchされた。こうした対照群の人が将来、3回目接種を受けてブースター群に入る可能性もあった

 ブースター群と対照群の人は、年齢(2年区切りで分類), 性別, 居住地域, COVID-19重症化危険因子である慢性疾患の数, 2回目接種を受けた期日, "index date"(=SARS-CoV-2感染と診断された日?)前の9ヶ月間に受けたSARS-CoV-2 PCR検査の回数という交絡因子が一致するように組み合わされた。

② Outcome

 次のような項目によって評価した。

1. Primary outcome

  • COVID-19による入院
  • 重症COVID-19
  • COVID-19関連死

2. Secondary outcome

 フォローアップ開始から、1) 上記outcome発生, 2) 研究対象期間終了(2021年9/26), 3) 死亡 のいずれかが先に発生するまで各ブースター - 対照ペア(以下、『ペア』と呼ぶ)を追跡し、上記outcome発生の有無を観察した。他にも、ペアの片方(=対照群の人)が3回目接種を終えた時もフォローアップを終了した

統計学的解析

 累積発症曲線の作成と各outcomeの危険度を推計するために、Kaplan-Meierという方法を用いた。危険度は比と差によって比較した。各outcomeの危険度比の推計には、ブースター群に入った人が3回目を接種された7日後でも双方がriskに曝されていたペアのみを用いた3回目接種の有効性は「1-危険度比」という式により計算した。

 

(3) Results

 2020年7/30~2021年9/23の間に、1,158,269名が3回目接種可能であった。Matching後、ブースター群と対照群それぞれに728,321名が含まれた(平均年齢: 52歳, 女性: 51%)。3回目接種可能な集団と, 今回の研究に含まれたmatch後の集団の間のbaselineの人口統計は類似していた。

 2回目接種のみと比較した3回目接種の有効性の推計値は、

  • 入院に対する有効性:  93% (95%CI 88~97); 対照群 231件 vs ブースター群 29件
  • 重症COVID-19に対する有効性:  92% (95%CI 82~97); 対照群 157件 vs ブースター群 17件
  • COVID-19関連死:  81% (95%CI 59~97); 対照群 44件 vs ブースター群 7件

だった。COVID-19関連入院の累積発生曲線は、3回目接種6日後から分岐し始めた; 重症COVID-19及びCOVID-19関連死の累積発生曲線は接種8~9日後から分岐が見られた(Figure 1)男女間, 及び 40~69歳の集団と70歳位以上の集団の間で、入院・重症COVID-19に対する3回目接種有効性の推計値は類似していた(Table 3)

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Figure 1: (A)COVID-19関連入院, (B)重症COVID-19, (C)COVID-19関連死亡の累積発生曲線。対照群とブースター群で比較。

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Table 3: 2回目接種と3回目接種の有効性のsubgroup(性別・年齢・併存疾患数で層別化した)解析

 Secondary outcomeに関しては、

  • SARS-CoV-2感染症に対する有効性:  88% (95%CI 87~90); 対照群 6,131件 vs ブースター群 1,135件
  • 症候性感染:  91% (95%CI 89~92); 対照群 3,345件 vs ブースター群 514件

という結果だった。3回目接種を受けていない人と比べると、3回目接種を受けた人ではフォローアップ期間中にSARS-CoV-2の検査を受ける頻度が多かった。

 まだ3回目接種を受けていない年齢群と比較すると、3回目接種キャンペーン開始直後に、3回目接種を受けた各年齢群で発生件数は減少し始めた(Figure 2)

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Figure 2: 各年齢群における日別SARS-CoV-2感染症発生数

 

(4) Discussion

 この大規模観察研究で、BNT162b2 mRNAワクチン3回目接種はCOVID-19重症化予防に関して有効であると推計された。5ヶ月以上前に接種された2回目接種と比較すると、3回目接種後7日以上経過した時点にて3回目接種はCOVID-19関連入院予防効果は93%, 重症化予防効果は92%, COVID-19関連死予防効果は81%であると推計された。

 入院・重症化に対する3回目接種の有効性は男女間, 及び 40~69歳の集団と70歳以上の集団の間で類似していると推計された。16~39歳の集団において、3回目接種の有効性を十分推計するには重症outcomeの危険度比が小さすぎた併存疾患数で分類した集団間でも有効性は類似していた

 3回目接種後にSARS-CoV-2関連outcomeに対する予防効果が最大となる時期は不明である今回の研究では、3回目接種後7日目より有効性が発揮されると推定した。この期日は、3回目接種後7日目の人で抗体濃度が高かったという知見により支持される。しかし、それより早期に一定の予防効果が発生する可能性もある。mRNAコロナワクチンでは2回目接種3~5日後に抗体産生増加が起こりうるものの、他種のワクチン(e.g. インフルエンザ)ではブースター接種後の早くとも2日後に抗体と抗体産生細胞が検出された加えて、仮に3回目接種直後にウイルスに曝露されていたとしても、免疫系の急速な反応が感染を予防できる可能性がある。こうした予防効果は"post-exposure effect"と呼ばれ、水痘, 麻疹, A型肝炎といった他の病原体へのワクチンで証明されている。

壊死性膵炎へのintervention時期に関する臨床試験

 こんにちは、現役救急医です。日本救急医学会は日本集中治療医学会と合同で敗血症診療ガイドラインを作成しているのですが、それに少しばかり、急性膵炎の合併症である感染性膵壊死に対する介入時期について言及があります。雑に言うと、「ドレナージ(膿などの排除)は早期に行わないことを推奨し、極力低侵襲にするように」といった感じのことが書いてあったと思います。

 今回は、それに関連する話題の論文を紹介してみます(Boxhoorn L., van Dijk S.M. et al. N Engl J Med. 385(15); 1372~81. 2021年10/7発表)。

 

(1) Introduction

 壊死性膵炎は急性膵炎患者の約20~30%に発症する。感染を合併した膵臓膵臓周囲の壊死は、必ずと言って良いほど侵襲的interventionを行われる。

 現在の感染性膵炎への標準的approachは、経カテーテルドレナージを第1選択とする, 低侵襲的な段階的アプローチである。国際的なガイドラインは、感染した膵臓・膵周囲壊死が被包化するまでドレナージを待機し, 抗菌薬を投与することを推奨している。この推奨を行う理由は合併症の予防であるものの、この理由は開腹壊死切除術を行っていた頃に考案されたものである。

 しかしながら、ドレナージの待機は議論の対象となっている。専門医への国際的なアンケートでは、「感染と診断したらすぐにドレナージを推奨する」と45%の専門医が回答した。それに加えて、米国のガイドラインは最近、仮に早期であっても、感染を懸念した時にはドレナージを強く推奨した。

 低侵襲的経皮的・内視鏡的経消化管的治療が行われる今日、理論上、被包化壊死("walled-off necrosis")は安全なドレナージの対象とならない可能性がある。しかし、早期の経カテーテル的ドレナージが患者転帰の改善に繋がるか否かは不明であるそこで今回、壊死性膵炎に感染を起こした患者において、早期ドレナージが遅いドレナージに勝るか否か調査する多施設ランダム化superiority臨床試験を行った。

 

(2) Method

① Trial Design

 POINTER(Postponed or Immediate Drainage of Infected Neccrotizing Pancreatitis) trialは、Dutch Pancreatitis Study Group(オランダ膵炎研究グループ)と協力し, 22ヶ所の施設で実施された研究者主導・多施設・ランダム化・コントロール superiority臨床試験である。

 患者は経カテーテル的ドレナージ即時施行と, 施行待機(遅延)へ1:1の比でランダムに割り振られた。ランダム化は、ランダム化時の臓器不全(1個以上)の有無, 罹患期間(20日以内 or 21~35日以内), 及び 病院のvolumeによって階層化した。

 ドレナージ治療の第一選択には、イメージガイド下経皮経カテーテル的ドレナージと, 内視鏡的経消化管ドレナージが許可されていた。ドレナージ実施後72時間以内に改善を認めない場合、太いドレーンへ交換された。経カテーテル的ドレナージが不成功だった場合、低侵襲的壊死切除術を実施した(ビデオ下経後腹膜的デブリドマン, 或いは 内視鏡的経消化管壊死切除術)。

 ランダム化から6ヶ月後に患者フォローアップを終了した。

感染性膵壊死(感染を起こした壊死性膵炎)の定義

  • 急性膵炎発症後14日間の時期:  感染性膵壊死は1) 穿刺吸引検体でGram染色陽性or培養陽性, もしくは 2) 造影CTで膵臓・膵周囲にガス像あり と定義した。なお、早期の全身性炎症反応を敗血症と誤診しないようにする為、感染性膵壊死の臨床症候の存在を唯一の診断基準とはしなかった
  • 急性膵炎発症後14日以後: 1) ICU入院患者で持続している臓器不全, もしくは 2) 一般病棟入院患者で炎症に関連した項目(体温>38.5℃ or CRP上昇 or 白血球上昇)2個が3日間連続して高値である場合 に感染性膵壊死と診断した。

③ PICO

1. Patients Selection

 急性膵炎発症35日以内に画像ガイド下経皮的, もしくは 内視鏡的経消化管的ドレナージを実施可能な感染性膵壊死患者がランダム化可能であった。35日より前に発症した急性膵炎と, 壊死性膵炎への治療歴がある人は除外された。

 急性膵炎患者は入院時からフォローされた。感染性膵壊死が診断ないし疑われた場合、Dutch Pancreatitis Study Groupの専門家委員会(全国から複数名が参加し、オンライン)によりランダム化の適否と, 治療適応を判断した。

2. Intervention:  早期経カテーテル的ドレナージ実施(以下、早期実施群と呼ぶ)

 抗菌薬投与を行いながら、ランダム化24時間以内にドレナージを実施した。

3. Comparison:  待機的ドレナージ実施(以下、待機的実施群と呼ぶ)

 抗菌薬投与を行い, また被包化するまでドレナージを待機する為の支持的療法を行った但し状態悪化が見られる場合、ドレナージを行うことも容認された。待機的実施群割り振り時点で患者に被包化した壊死を認めた場合、まず抗菌薬で治療され, その後改善が乏しい場合or臨床上悪化している場合にドレナージを行った。

4. Outcome

 Primary end pointは、ランダム化時から6ヶ月後までに発生した全合併症を評価したComprehensve Complication Index(以下、"CCI"と呼ぶ)のスコアとした。CCIは、重症度に従って重み付けされた全合併症を合計したもの(0点=合併症無し, 100点=死亡)である。

 Secondary end pointは以下の項目であった。

  • 死亡
  • CCIに含まれる重大合併症の一部: 新規発症臓器不全, 治療を要する出血, 治療を要する内臓穿孔, 消化管-皮膚瘻, 膵-皮膚瘻, 切開部ヘルニア, 創部感染, 内分泌・外分泌膵機能不全
  • 重症合併症を来した患者数
  • Clavien-Dindo分類(重症度分類。分類はI~Vまであり、高い点数ほど致死的な合併症を示す)点数別の患者数
  • 外科的・内視鏡的・放射線科的(=経カテーテル的ドレナージや壊死切除術)治療を行った数の合計
  • ICU滞在期間, 入院期間
  • 入院コスト

 

(3) Results

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Figure 1: Screeningとランダム化・フォローアップ

 2015年8月〜2019年10月の間に合計932名の患者が参加登録可能か評価され、104名がランダム化された(Fig. 1)

  • 早期実施群: 55名
  • 待機的実施群: 49名

早期実施群の93%(51名)で24時間以内にドレナージが行われたが、残り4名(7%)は、1名: 被包化壊死が自然に破裂, 3名: その他の理由で、ドレナージをランダム化後平均4日目に行った待機的実施群1名(2%)は、臨床的悪化の為ランダム化後24時間以内にドレナージを行った

 両群でbaselineの特徴は類似していた。発症〜ドレナージ実施までの時間は、

  • 早期実施群: 平均24日
  • 待機的実施群: 平均34日
  • 平均値差: -10日 (95%信頼区間[confidence interval; CI]: -19~-5)

だった。

 Primary end pointに関して、両群間で有意差は認めなかった(Table 2)

  • 早期実施群: CCI平均スコア 57
  • 待機的実施群: CCI平均スコア 58
  • 平均値差: -1 (95%CI: -12~10, P=0.90)

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Table 2: Primary end pointとsecondary end point

死亡率は

  • 早期実施群: 13%
  • 待機的実施群: 10%
  • 相対的危険度: 1.25 (95%CI 0.42~3.68)

であった。重大合併症の発生率に有意差は見られなかった。

  • 新規発症臓器不全:  早期実施群: 25%, 待機的実施群: 22%, 相対的危険度: 1.13 (95%CI 0.57~2.26)
  • 出血:  早期実施群: 15%, 待機的実施群: 20%, 相対的危険度: 0.71 (95%CI 0.31~1.66)
  • 内臓穿孔, 消化管-皮膚瘻, or 両者:  早期実施群: 9%, 待機的実施群: 8%, 相対的危険度: 1.11 (95%CI 0.32~3.91)
  • 膵-皮膚瘻:  早期実施群: 11%, 待機的実施群: 8%, 相対的危険度: 1.34 (95%CI 0.40~4.46)
  • 切開部ヘルニア:  両群で発生なし
  • 創部感染:  早期実施群: 0, 待機的実施群: 1%

 入院期間平均値は、

  • 早期実施群: 59日間
  • 待機的実施群: 51日間
  • 平均値差: 8日 (95%CI -9~23)

だった。ICU滞在期間に差は認めなかった(平均値差: 0; 95%CI -11~11(Table 3)

 外科的・内視鏡的・放射線科的治療回数の平均値は、待機的実施群よりも早期実施群で多かった(Table 3)

  • 早期実施群: 4.4
  • 待機的実施群: 2.6
  • 平均値差: 1.8 (95%CI 0.6~3.0)

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Table 3: 治療に関連するsecondary end point

待機的実施群では19名(39%)が抗菌薬のみで保存的加療を行われた; うち17名は生存していた。最終的に壊死切除術を必要としたのは、

  • 早期実施群: 28名(51%)
  • 待機的実施群: 11名(22%)

だった。

 6ヶ月後のフォローアップにて、内分泌・外分泌膵機能不全の発症(Table 2), 或いは 入院コスト(Table 3)に関して、両群間で差は無かった。

  • 入院コスト平均値差: 6,166ユーロ(2021年11/4のレートでは約812,000円)
  • 95%CI: -12,968~23,361(2021年11/4のレートでは-1,707,755~3,076,410円)

初回のドレナージで内視鏡的経消化管ドレナージを実施したのは、

  • 早期実施群: 31名(56%)
  • 待機的実施群: 保存的治療を行われなかった30名のうち20名(67%)

であった。

 

(4) Discussion

 感染性膵壊死患者において、合併症低減の観点で、待機的経カテーテル的ドレナージに対する早期経カテーテル的ドレナージの優位性を示せなかった。早期実施群にランダム化された患者で感染性膵壊死に対する治療の回数が多かったが、それに対し待機的実施群では患者の1/3超が治療を必要とした。

 「感染性膵壊死の診断直後に実施する経カテーテル的ドレナージが、待機的ドレナージより少ない合併症で患者転帰改善に繋がる」という仮説を、今回の結果は支持しない。壊死性膵炎患者193名を対象とした最近の後方視的研究では内視鏡的な段階的approachを用い、早期治療(急性膵炎発症後4週間未満)を行った患者(76名)の転帰を標準的治療(発症後4週間以上)の患者(117名)と比較し, その結果両群で合併症発生率が類似していることを示した。しかし早期治療群は標準的治療群よりも入院期間が長く, また早期治療群の患者で死亡の割合が高かった。同様にして、内視鏡的経消化管ドレナージを行った38名の患者(19名: 急性膵炎発症後4週間未満で治療 vs 19名: 発症後4週間以上にて治療)を比較し, 4週間以内に治療された患者群は、4週間以降に治療された患者群よりも入院期間が長いことが示されたものの、死亡率に差は認めなかった。しかしこの2研究は後方視的・非ランダム化試験であり、結果の解釈には注意を要する。

 今回の臨床試験では、両群間でCCIスコアと死亡率に有意差を認めなかった。にも関わらず、待機的ドレナージに関しては予期せぬ利益も幾つか認められた。

  • 待機的ドレナージ群患者では、感染性膵壊死へ必要とされた治療の回数が少なかった。
  • 待機的ドレナージ群患者の35%は、抗菌薬のみで保存的に治療が奏効した。

発症からドレナージまでの期間の両群間の平均値差は10日のみであったが、こうした待機期間は、抗菌薬治療のみで改善し得る患者を同定するのに十分であった抗菌薬治療が感染性膵壊死患者転帰改善に繋がるかどうかは、将来の研究において重要な課題である。

 一方、合併症・死亡率の観点で、早期のドレナージは転帰悪化に繋がらなかった従って、一般的に、急速な悪化を認める場合には、早期の経カテーテル的ドレナージは有効な治療選択肢であることも示された