Voice of ER ー若輩救急医の呟きー

日本のどっかに勤務する救急医。医療を始め、国内外の問題につきぼちぼち呟く予定です。

アルゼンチンにおけるコロナワクチン接種とSARS-CoV-2感染・死亡率

 こんばんは。現役救急医です。実は私事ながら救急専門医試験に合格し、来年1/1から救急専門医になります(日本救急医学会と日本専門医機構へ、合計4万円以上の認定料を期日までに忘れることなく振り込めば)。

 今日もまたコロナワクチン関連の文献を紹介してみます。今年10/29に発表されたアルゼンチンの論文(Macchia A, Ferrante D. et al., JAMA Network Open. 2021;4(10):e2130800)です。コロナワクチンを十分量確保できない中所得国の状況が垣間見えて非常に興味深い論文です。

 

(1) Introduction

 ランダム化臨床試験は被験者選抜が厳格であり, また薬品等の供給が制御されていることから、有効性の実用的な評価と, コロナワクチン接種キャンペーンの実現は不可欠である。ワクチン接種キャンペーン実施後の評価は複数報告されているものの、これらの報告は高所得国, ないし mRNAワクチンのものに限られている。

 アルゼンチンのブエノスアイレス市は2020年12/29にワクチン接種キャンペーンを開始した。80歳以上と医療従事者が最初に対象となった。今回の解析を実施した時に、アルゼンチンでは3種類のワクチンが入手可能だった(詳細は後述)。本報告時、アルゼンチンではワクチンの不足に直面していた。このため、保健当局は、少なくとも1回目接種をより多くの人に接種する為に、2回目接種延期を決定した。

 世界中の多くの人はmRNAワクチンを入手できず, また, コロナワクチンの有効性の実用的な評価が不足していることを考慮し、今回の解析では、アルゼンチンで入手可能な3種のコロナワクチン接種が罹患率・死亡率(あらゆる原因によるもの)・COVID-19による死亡率の減少と関連しているかどうか決定することにした。

 

(2) Method

① Study Design

 ブエノスアイレス市在住の60歳以上の住民をカバーする後方視的観察研究コホートを作成した。COVID-19症例(reverse transcription-polymerase chain reaction[RT-PCR]で診断), 入院例, 死亡例全例はArgentine Integrated Health Information System(SISA)により登録されている。

 今回の解析では、保健省のデータベース2個を使用した。

  • ブエノスアイレス市でワクチン接種を受けた全員の記録:  性別・年齢・接種されたワクチンの種類等が記録されているデータベース。
  • SISAブエノスアイレス市住民に関するデータブエノスアイレス市でRT-PCR検査を受けた人全員分のデータや, 検査を受けた人の検査結果・入院データ等を含む。

ブエノスアイレスでは、COVID-19の診断はRT-PCRの結果に基づいている。そのため、疑わしい症状のある人全例がRT-PCR検査を受け, 結果は24時間以内に判明した。また、フォローアップ期間中の死亡者数をダブルチェックする為に、ブエノスアイレス市住民の死亡記録の情報アップデートを閲覧可能となるようにしていた

② アルゼンチンで採用されているワクチン

 以下の3種類である。いずれも3週間以上の間隔を置いて2回接種を行う必要がある。

  • 遺伝子組み換えアデノウイルス26(recombinant adenovirus26; rAd26)と同アデノウイルス5(rAd5):  ロシアのGamaleya研究所が製造SARS-CoV-2糖タンパク質遺伝子を持つ。"Sputnik V"とも。
  • ChAdOx1ワクチン英国のアストラゼネカ社, オックスフォード大の共同開発SARS-CoV-2スパイクタンパク質と, 組織プラスミノーゲンアクチベーター(tissue plasminogen activator; tPA)のコドン最適化された塩基配列全長を持つ、遺伝子組み換えアデノウイルス
  • BBIBP-CorVワクチン中国のSinopharm社と北京生物学的製剤研究所が共同開発。不活化SARS-CoV-2抗原から成る単価ワクチン

③ Outcome

 この解析のprimaty objectiveは、コロナワクチン未接種者コロナワクチン1回目ないし2回目被接種者における1)COVID-19診断のincidence density(単位: 症例数/100,000人日), 2)あらゆる原因による死亡率, 3)COVID-19と診断されてから30日以内の死亡率 を決定することであった。この目的の為に、

  • ワクチン接種者全員・・・ワクチン接種から、上記1)〜3)いずれかのイベント発生までフォローアップ継続。
  • 感染or入院の記録が無く, 情報アップデート後も死亡者に含まれていない接種者・・・生存しているとみなされ、2021年5/15を以ってフォローアップ終了。
  • 何らかの"index event"が検査陽性となった(=SARS-CoV-2陽性全例??)接種者・・・index event発生時にフォローアップ終了。

となった。死亡率解析の為に、直近のデータが判明している期日まで参加者全員をフォローした。

 接種者における発生率計算の為に、ecological approachという方法が用いられた。この目的の為に、母集団からその日のワクチン接種済の人数を減算し, 発生率は年齢集団別に計算した未接種者の発生率は、各年齢集団において被接種者に属していない症例から求めた。これに加えて、使用されたワクチンの種類別のoutcomeの関連性についてexploratory studyを行った。

統計学的解析

 ワクチン未接種者と被接種者のコホートにおける曝露とフォローアップ期間の乖離を避ける為に、結果は「発生率/100,000人日」という単位を用いるincidence densityにより解析された。フォローアップ期間は、

  • 接種者・・・2020年12/29(コロナワクチン接種キャンペーン開始)から、COVID-19の診断ないし死亡の発生まで
  • 接種者・・・ワクチン接種前の時期に関しては2020年12/29からフォローアップを開始。その後、コロナワクチン1回目接種当日〜15日後より、上記イベント発生ないし2021年5/15まで

となっていた。

 上記フォローアップ期間終了時における発生率は、2回接種を完了した人, 1回目接種のみの人, 未接種の人の間で比較された。

 

(3) Result

 60歳以上のブエノスアイレス市住民663,602名の中で、2020年12/29~2021年5/15の間に少なくとも1回コロナワクチンを接種されたのは540,792名(81.4%)だった。集団全体の平均年齢は74.4歳であった。被接種者のうち、334,488名(61.8%)は女性だった

1回接種のみの被接種者(457,066名)の特徴は、

  • 平均年齢:  74.5歳
  • 女性:  281,284名(61.5%)
  • ChAdOx1ワクチンを接種:  135,036名(29.5%)
  • BBIBP-CorVを接種:  11,043名(2.4%)
  • rAd26-rAd5を接種:  310,987名(68.0%)

であった。2回接種を受けた被接種者(83,726名)の特徴は、

  • 平均年齢:  73.4歳
  • 女性:  53,204名(63.5%)
  • ChAdOx1を接種:  51名(0.1%)
  • BBIBP-CorVを接種:  51,436名(61.4%)
  • rAd26-rAd5を接種:  32,239名(38.5%)

であった。

 ブエノスアイレス市には合計148,787名の80歳以上の住民が住んでいた。この中で、

  • 1回目接種のみは134,249名(90.2%)
  • 2回目接種済は9,089名(6.1%)

だった。また70~79歳の住民221,903名のうち、

  • 1回目接種のみは153,207名(69.0%)
  • 2回目接種済は54,441名(24.5%)

だった。60~69歳の住民292,327名のうち、

  • 1回目接種のみ:  169,610名(58.0%)
  • 2回目接種済:  20,196名(6.9%)

だった。COVID-19罹患の記録は、全体の4.3%(23,251名)で認められた。

 

 接種者において、COVID-19発症率は36.25症例/100,000人日(95%CI 35.80~36.70)だった接種者に関しては、

  • 1回目接種のみ:  19.13症例/100,000人日(95%CI 18.63~19.62)
  • 2回目接種済:  4.33症例/100,000人日(95%CI 3.83~4.81)

となっていた。これは、

  • 2回目接種済の人においては、88.1%(95%CI 86.8~98.2)の感染率低下
  • 1回目接種のみの人においては、47.2%(95%CI 44.2~50.1)の感染率低下

と関連している(Figure)

 70~79歳の集団に関して、2回接種の完了は94%(95%CI 93~94.8)の感染率低下と関連している。80歳以上の集団においては、2回目接種完了は88.4%(95%CI 86.9~89.8)の感染率低下と関連していた(Figure)

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Figure: 1回目・2回目接種と、COVID-19症例・あらゆる原因による死亡・COVID-19関連死との関連性

 

 未接種者において、あらゆる原因による死亡のincidence densityは11.74例/100,000人日(95%CI 11.51~11.96)だった。一方被接種者におけるこれらのincidence densityは、

  • 1回目接種のみ:  4.01例/100,000人日(95%CI 3.78~4.24)
  • 2回目接種済:  0.40例/100,000人日(95%CI 0.26~0.55)

であった。1回目接種のみは65.8%(95%CI 61.7~69.5)の死亡率減少と関連しており, また2回接種済は96.6%(95%CI 95.3~97.5)の死亡率減少と関連していた(Figure)

 2回目接種済は、全ての年齢subgroupにおいて、あらゆる原因による死亡の減少と関連していた。

  • 80歳以上の集団:  94.2%(95%CI 93.1~95.1)の減少
  • 70~79歳の集団:  98.2%(95%CI 97.2~98.9)の減少

 COVID-19診断から30日以内の死亡についても同様の結果が認められた。

  • 未接種者:  2.31例/100,000人日(95%CI 2.19~2.42)
  • 1回目接種のみ:  0.59例/100,000人日(95%CI 0.5~0.7)
  • 2回目接種済:  0.04例/100,000人日(95%CI 0~0.01)

COVID-19関連死の減少は、

  • 2回接種済:  98.3%(95%CI 95.3~99.4)
  • 1回目接種のみ:  74.5%(95%CI 66~80.8)

という結果だった。

 

 rAd26-rAd5の2回接種済の人ChAdOx1の2回接種済の人の間で、上記3個のoutcomeに関して有意差は見られなかったrAd26-rAd52回接種の人と比較するとChAdOx1の2回接種の人はCOVID-19リスクと, あらゆる原因による死亡のriskが同等だった

  • COVID-19のhazard ratio(HR):  1.05(95%CI 0.80~1.37; P=0.74)
  • あらゆる原因による死亡のHR:  0.69(95%CI 0.33~1.45; P=0.33)

BBIBP-CorV2回接種済の人は、COVID-19リスクが有意に高かった(HR 1.65[95%CI 1.40~1.93]; P<0.001)ものの、あらゆる原因による死亡については有意差が見られなかった(HR 2.05[95%CI 0.79~5.30]; P=0.14)

 

(4) Discussion

 大半の高所得国では、コロナワクチンの臨床試験での有効性証明後に、実用的な有効性評価が行われる。しかし世界の多くの国では、コロナワクチンの十分な備蓄や, 大規模に実臨床で評価されたものと同一のコロナワクチンが不足している。知られている限り、低所得・中所得国でコロナワクチンの実用的な有効性を評価した研究は存在しない。

 低・中所得国におけるコロナワクチン不足という文脈において、今回の知見は、特定の種類のワクチンが選択できないまま実施した接種スケジュールがCOVID-19症例・あらゆる原因による死亡・COVID-19関連死の劇的な減少と関連していることを示した

 今回のブエノスアイレスにおける試みでは、1回目接種は軽度のSARS-CoV-2感染予防効果と関連していたが、あらゆる原因による死亡・COVID-19関連死の予防効果は十分であった80歳以上集団の1回接種はCOVID-19関連死の有意な減少を実現できなかったものの、あらゆる原因による死亡の減少と関連していたこれはおそらく死因属性が、あらゆる原因による死亡よりも厳密性に乏しいことによるものと思われる病院外でCOVID-19により死亡した高齢者への診断が即時に成されていない可能性がある。しかしながら、全年齢集団で1回目接種が死亡率の減少と関連していた

 2回接種完了は、COVID-19に対する2倍の予防と, COVID-19関連死・あらゆる原因による死亡の減少と関連していたこの研究で評価されたoutcomeは記録されたCOVID-19症例であり、無症候性感染ではない点に注意すべきである

 アルゼンチンでは、60歳以上へ2回接種を行うに足るワクチンが依然確保できていない。事実、2021年5月中旬までに2回目接種を終えたのは5人中1人だったこれにも関わらず、1回目接種だけでも各イベントを減少させるには十分であり、1回目接種を受けられる人数を増やす為に2回目接種を遅らせるという政策を支持している

 あらゆる原因による死亡に対する予防効果について、どの種類のワクチンも効果に有意差を認めなかった。しかし、BBIBP-CorVは他の2種のワクチンと比較すると、より高い感染リスクと関連していた。今回の研究では、異なる種類のワクチンを接種された集団において今回死亡率に有意差は見られなかったものの、各ワクチン間の有効性に差があるのがどうか検証する為に、より多くの症例数・イベント数を含めて, これから先も評価を継続すべきである。

米国の大学におけるSARS-CoV-2感染拡大

 こんばんは。現役救急医です。今日はまたCOVID-19に関する論文の紹介をします。米国CDCが発行するジャーナルに"Emerging Infectious Disease"というものがあるのですが、それの今年11月号に掲載された文献(https://doi.org/10.3201/eid2711.211306 )を紹介してみます。

 

(1) Introduction

 2020年8~12月の間に、米国の高等教育機関では対面授業等を再開したため、高等教育機関SARS-CoV-2感染例が増加した。

 対面授業へ学生が復帰した時に、キャンパス内の寮における集団生活が感染を拡大させ, 地域内でのアウトブレイクに繋がった可能性がある。全ゲノム配列解析を使用したある研究では、SARS-CoV-2感染の連鎖が周辺地域への拡大に繋がる可能性があることを示唆している。その為、高等教育機関キャンパス内と, 高等教育機関と周辺地域の間のSARS-CoV-2拡大を防止する方策が必要である。

 2020年秋の学期再開直後に発生したウィスコンシン大学マディソン校(University of Wisconsin-Madison; UW-Madison)におけるSARS-CoV-2アウトブレイクを記述する為に、疫学的データとゲノムデータを使用した。ここではアウトブレイクの軌道を報告し, 感染を減らす為に講じられた対策を報告する。それに加え、SARS-CoV-2が周辺地域へ拡大したかどうかも調査した。

 

(2) Method

① UW-Madisonでの感染対策など

 2020年秋季において、UW-Madisonには45,540名近くの学生と23,917名の職員が在籍していた。この学期に、UW-Madisonは対面式授業とオンライン授業を併用していた。キャンパス内の寮に住んでいる学部学生は2020年8/25~31の間に『入居』した学生らは『入居』当日にSARS-CoV-2の検査(鼻腔検体に対するreal-time reverse transcription PCR)を受け, 症状有無に関係なく2週間ごとに検査を受けるよう求められた。他にも、事前予約が必要な無料検査は全学生・職員が使用可能であった。新学期開始に当たり、大学は学生らに自室以外でのマスク着用, 距離を取ること, 症状有無に関する自己管理, 集会の制限を義務付けた。学生には症状を確認するためのツールが配布され, 症状がある人は検査の予約を取って, 検査が陰性となるまで自分を隔離するよう求められた。

 SARS-CoV-2の検査で陽性となったキャンパス内学生寮を利用している学生の為に、一部の寮を隔離施設として使用した。検査陽性者の濃厚接触者となったキャンパス内学生寮利用者は、ホテルの個室へ14日間隔離された; 食事は個室へ配達され, 学生には1週目と2週目の2回SARS-CoV-2検査が行われた。ホテル隔離された学生が陽性となった場合、隔離用の学生寮へ移動させられた。

 A寮B寮で陽性者の頻度が高かったため、この2寮に住む全学生は自室内に2週間隔離するよう求められた。この学生らが隔離されている期間において、学生らは自室を出る際にはマスクを装着し, 症状の有無を確認し, 集会を自粛し, 試験は自室で受け, 寮内に留まるよう求められた。陽性となった学生は隔離用学生寮へ移動させられ、同室者は最初、自室に隔離された。A・B寮隔離開始より約1週間経過してから、陽性者の同室者は別の隔離用施設に移動させられた。

② データ解析方法

 1日におけるSARS-CoV-2陽性検体数を総検体数で割った日別陽性率と, 19ヶ所の寮における発症率を算出した。同室者発症率の算出に当たり、index caseはその部屋で最初にSARS-CoV-2陽性となった人と定義した。同室者発症率とは、SARS-CoV-2陽性となった既往がないindex caseの同室者内で、index caseから検体を採取した2~14日後にSARS-CoV-2となった人の割合のことを指す。

③ 全ゲノム配列解析

 A・B寮に居住する学生から2020年9/8~22の間に採取した鼻腔ぬぐい液へ塩基配列解析を行なったキャンパス内の学生寮に住んでいる学生の中で、この2寮の住人におけるアウトブレイクが最大規模だったので、これらの検体に配列解析を行うことにした。

④ 系統学的解析

 2021年1/31までに集積されたDane郡(UW-Madisonの所在地)の全ての全長SARS-CoV-2塩基配列を系統学的解析に利用した。ここではA・B寮の学生由来の262検体と, UW附属病院で2020年9/1~2021年1/31の間に採取した875検体を対象にした; これらの検体はDane郡全体の症例の約3%を占める。附属病院で検査を受けた人には、手術前の検査を受けた住民, 従業員, 入院患者と救急患者, 関連病院より転院した患者, 曝露歴のある人が含まれた。配列解析が行われた附属病院の検体875のうち、714検体は2020年9/23以降に採取された(A・B寮の隔離が終了した時期)。この検体を使用して、UW-Madisonのアウトブレイク後にDane郡で流行している変異株を評価した。

⑤ 同室者の塩基配列の比較分析

 「同室者のペアは、同室ではないペアよりも類似したウイルス塩基配列を持ちやすい」という仮説を検証する為に、同室者2名の塩基配列データが存在する33名の同室者ペアを紐付し, 同室者ペアとA・B寮由来の塩基配列のランダムなペアの間でのsingle-nucleotide polymorphism(SNP)の重複率を比較した。

 

(3) Result

① 人口統計学的データ, 症状と感染対策

 2020年9/1〜10/31の間に、3,485名の学生と245名の職員がrRT-PCRSARS-CoV-2陽性となった。『入居』期間の前に"fraternity and sorority life"(FSL)寮と, 他のキャンパス外寮で症例数が上昇し始めたUW-Madisonの症例数は同年9/6~12の週にピークへ達した; その直後、9月を通して減少が続き, 10月には低水準を保つという形で症例数は減少し始めた(Figure 1)。大半の学生(81.4%)と職員(80.4%)症例がCOVID-19の症状1個以上を自覚していた。入院は、学生・職員ともに<1.0%と稀であった。学生のCOVID-19症例の中うち、902名(25.9%)はキャンパス内寮と関係があり, 1,019名(29.2%)はキャンパス外寮クラスターと関係があり, 460名(13.2%)はFSLと関係があった; 他は寮に関係したクラスターと関連していなかった。

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 2020年9/6~12の間に、感染を減らす為に複数の手段が講じられた。こうした手段には、対面式授業・イベントの中止, 認可されていない社会活動の禁止, 他の試験(集合するもの)の延期, 2020年9/9~23の間におけるA・B寮の全学生の隔離といったものが含まれる(Figure 1)

② 寮居住の学生における感染

 全ての寮で、『入居』期間(2020年8/25~31)において、6,162名の学生中5,820名(94.4%)が検査を受けた; 検査実施〜結果判明までの時間の平均値は2日間だった『入居』時、その前の90日間においてSARS-CoV-2感染既往のない学生34名(0.6%)が陽性となった; これらの学生は隔離用寮へ移動させられた。合計すると、2020年8/25~10/31の間において、19ヶ所の寮に住む学生6,162名中856名(13.9%)がSARS-CoV-2陽性となった; 寮における発症率は1.9~31.9%だった。15ヶ所の寮で発症率は<10.0%で, 2ヶ所の寮の発症率は10.0~20.0%であり, その他2ヶ所の発症率は>20.0%だった。A・B寮は寮の症例全例の68.5%(856名中586名)を占めたものの、全学生のうちA・B寮に住んでいたのは34.4%だけ(6,162名中2,119名)だった(Figure 2)

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 これに加えて、最初のSARS-CoV-2と比較した塩基配列の変異数を比較する為に、divergence phylogeny(分岐型系統図)を利用した。もしA寮とB寮のアウトブレイクが同時期に発生したにも関わらず別個のものであった場合、それぞれの寮由来のウイルス塩基配列は系統図上の異なる分類群に集まると予想される。しかしながら、系統図は寮の間で顕著に混合したウイルスの遺伝的系統の発生を示し、A寮とB寮内におけるCOVID-19アウトブレイクは別個のものではなく, また 住人内での混合により生じたことを示している(Figure 3C)

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③ A・B寮学生由来検体への全ゲノム配列解析

 A・B寮を利用している学生由来の検体586個のうち、262個(44.7%)から完全なウイルスのゲノム配列を解析した(Figure 3)。Dane群を中心とする系統図を用いて、A・B寮で流行したSARS-CoV-2の関係性を可視化した(Figure 3)。A・B寮由来の塩基配列約2/3(262個中172個; 65.6%)が20A分岐群に集団を形成した(Figure 3B)この集団は、大学でのアウトブレイク前にはDane郡で見られなかった独特なスパイク変異を持っていたこの変異は、2020年11/11~2021年1/31の間(大学でのアウトブレイクより後にDane郡で収集された476検体では認められなかった

 他の寮由来の検体は20A, 20G, 20C, 20B分岐群に集中したこれらの分岐群に集中した塩基配列は、同時期にDane郡で流行していたウイルスの系統により近いものであり、この人たちが地域内で感染したことを示唆している2020年9/23〜2021年1/31の間に、Dane郡で検出された新規塩基配列の75.3%(714個中538個)が20G分岐群に分類され, 15.1%(714個中108個)が20A分岐群に, 7.0%(714個中50個)が20C分岐群に, 2.5%(714個中18個)が20B分岐群に分類された。A・B寮の大規模クラスターはほぼ全例が17~23歳の患者である(Figure 4)

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④ 同室者間の感染リスク

 全ての寮において、81.6%の学生に同室者がいた。合計した陽性率は、同室者が居ない学生(7.3%)よりも同室者が居る学生(15.4%)で高かったA・B寮内の同室者ペアと同室者ではないランダムなペアの間の遺伝的距離比較によって、同室者ペアにおいてSNP重複の程度が有意に高度であることが判明した

 

(4) Discussion

 調査の過程で、寮に住んでいる学生の約14.0%が陽性となった; 同室者がいる学生で検査陽性となる傾向が見られた。UW-Madisonでアウトブレイクが発生した直後に感染対策が直ちに開始され, 症例数の急減が認められた。19ヶ所の学生寮由来の塩基配列はDane郡で流行しているウイルスと一致し、大学とDane郡間での混合が示唆されたしかしながら、大学でのアウトブレイクの翌月に収集された検体では、A・B寮と関連したウイルスが寮から流出してDane郡へ伝播したという証拠は認められなかった

 寮の『入居』時期における検査ではSARS-CoV-2の流入が特定され, UW-Madisonは感染した学生を隔離した。しかし検査結果判明までの期間が平均2日間であり、学生が結果を待っている間に感染が起きた可能性がある。従って『入居』時に検査を行う時には、検査結果判明までに学生を隔離しておくことにより、無症状の学生が結果待ちの間に感染を拡大させることを予防可能と考えられる。『入居』時検査は、その直前期に感染し, 検出可能な量のSARS-CoV-2を持っていない学生を検出できていない可能性があり、また、周辺地域で既にウイルスが流行している場合は新規感染を予防することができない。今回の知見は、『入居』時期の検査に, 現在進行形の連続した検査と, 他の感染対策を組み合わせることの重要性を示唆している。

 UW-Madisonは、寮に住んでいる学生に対して2週間間隔の連続screening検査を行なった。それでも、より頻回の検査がより迅速なCOVID-19症例の検出と隔離開始を可能としていたかもしれないSARS-CoV-2拡大を抑え込むには2日間隔の検査が必要と示唆する高等教育機関内内のCOVID-19拡大に関する研究もある。急速な拡大の可能性を考慮し、UW-Madisonは、キャンパス内とキャンパス近傍に住んでいる学生を対象にした検査の頻度を週2回へ増やし, 2021年春季には、検査結果判明までの時間は24時間未満に短縮させた。高等教育機関での適正な検査頻度を決定し, キャパが限られている時に必要な集団へ検査を優先する為には、連続検査法への更なる評価が必要である。感染した学生で症状のある人の割合は高かったという知見は、若年成人であっても、SARS-CoV-2感染は軽症以上の症状と高頻度に関連していることを示唆する。

 UW-Madisonでは相部屋の場合、同室者は室内でマスクを着けるように求められていなかった寮内のCOVID-19患者の同室者の発症率は19.6%であり, 同室者のいる学生に占める陽性者の割合は、同室者のいない学生より高かった。これに加えて、同室ペア33組由来のSARS-CoV-2のゲノムで配列が一致する率は高く、感染が同室者同士, もしくは 同じ曝露源のいずれかにより生じたことを示唆している同室者の存在が感染リスク上昇と関連していることから、寮内では人口密度を低下させることが感染を減らすかもしれない。

 寮に住む全学生内のCOVID-19症例の約2/3をA・B2つの寮が占めたが、これらの寮はキャンパス内に住む全学生の1/3に過ぎない。感染はA・B寮内で発生した可能性はあるものの、他のまだ検知されていない場所(バーやキャンパス外の住居といった、他の寮の学生よりもA・B寮を使用している学生が頻繁に訪れていた場所)でも発生していたかもしれない塩基配列データは、A・B寮のクラスターが別個のものではなく, 混合した結果であることを強く示唆している。ウイルス塩基配列の解析は、UW-Madison学生と周辺地域の間の感染の動向を理解するのに重要な手段である。今回の塩基配列データは、A・B寮のCOVID-19罹患学生の44.7%・全COVID-19罹患学生の7.5%・Dane郡由来の全地域内検体の7.5%をカバーしており、大学内のクラスター由来のウイルスがその後周辺地域にて高頻度で流行したという証拠を認めなかった

デルタ株流行後にCOVID-19患者の重症度は変化したか? − 米国の知見 −

 こんばんは。現役救急医です。今日もCOVID-19に関係した論文を紹介してみます。今回の参考文献は、今年10/22に'Morbidity and Mortality Weekly Report(MMWR)'(米国CDC[Centers for Disease Control and Prevention]が発行している専門誌)へ発表されたものです。

 

 

 2021年6月中旬に、米国ではデルタ株(B.1.671.2)が最も流行しているSARS-CoV-2変異型となった。同年7月までにデルタ株は、米国のSARS-CoV-2新規感染のほぼ全例に関与していた。デルタ株は過去の変異株よりも強い感染力を有していた; しかし、成人においてより重症化するかどうかは不明であった。そこで、COVID-19関連入院へのsurveillaneを行うシステムであるCOVID-NET(the CDC COVID-19-Associated Hospitalization Surveillance Network)のデータを使用し, COVID-19により入院した18歳以上の成人において、2021年1月〜6月(=デルタ株流行同年6月~8月(=デルタ株流行中の期間で重症化の傾向を検証した。

 

 COVID-NETは14州99郡で、COVID-19関連入院に関する人口ベースのsurveillanceを行っている。2021年1月〜8月の間に、18歳以上の全成人において、未調整・年齢特異的な月別人口入院率(単位: /100,000人)を、

[COVID-19入院患者総数]÷[各年齢集団内の推定人口(or人口推計)]

という公式で求めた。また2021年1月~8月の期間において、年齢や, 入院した施設 別に階層化した入院成人患者の代表的サンプル臨床的転帰に関するデータを収集した。妊婦は除外された。重症転帰は、ICU入室, 人工呼吸器使用, 入院中の死亡で評価した。そしてデルタ株流行前の期間とデルタ株流行中の期間で、重症転帰を比較した。コロナワクチンが臨床的転帰に影響を与える可能性があり, またワクチン接種率が研究対象期間中に変化したことから、これらの結果は参加者全体にて, 並びに ワクチン接種状況により階層化して解析した。

 2021年1/1~8/31の期間中の全成人におけるCOVID-19による入院87,879件のデータによると、デルタ株流行の時期にはCOVID-19関連入院の月別人口入院率は全年齢集団で減少した(Figure 1)。その後7~8月において月別人口入院率は増加し, 65歳以上の月別人口入院率は最高・18~49歳では最低であった。月別のICU入室率・人工呼吸器使用率・院内死亡率も同様のパターンを示した(65歳以上で最高・18~49歳で最低)

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Figure 1: デルタ株流行期における18歳以上成人の月別のCOVID-19関連入院率(単位: /100,000人)

 2021年1月~8月の期間における代表的サンプルであるCOVID-19入院7,615件内では、デルタ株流行期に入院した患者の71.8%がワクチン接種だった。ワクチン接種COVID-19入院患者において、18~49歳が占める平均月別割合は、

  • デルタ株流行:  26.9%
  • デルタ株流行期:  43.6%

と有意に増加していたワクチン完全接種済COVID-19入院患者において、この若年層の割合は

  • デルタ株流行:  10.6%
  • デルタ株流行期:  10.8%

であり、有意差はなかったCOVID-19入院患者サンプル内では、性別, 人種またはICU入室率・人工呼吸器使用率・入院中死亡率は、全体で推計, 及び 年齢やワクチン接種状況で階層化して推計した場合であっても、デルタ株流行デルタ株流行期の間で統計学的な有意差は見られなかった

 2021年1〜8月の期間では、デルタ株流行期中、50歳以上のCOVID-19入院患者においてICU入室者の割合, または 入院中に死亡した人の割合の上昇傾向が見られ(Figure 2), 65歳以上において入院中死亡者数の増加が最大であったものの、統計学的有意差は認められなかった。2021年1~8月の期間で、COVID-19入院患者内の月別の人工呼吸器使用の割合も有意差が見られなかった

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Figure 2: デルタ株流行期中の成人COVID-19入院患者内のICU入室者・院内死亡者の割合

 

 デルタ株流行開始後、COVID-19関連入院率は増加した。しかしこの期間において、18歳以上のCOVID-19入院患者におけるICU入室率, 人工呼吸器使用率, ないし 入院中死亡率に有意な変化は認めなかった。コロナワクチン接種入院患者, もしくは 完全接種済の入院患者において、デルタ株流行デルタ株流行期の間で重症度に有意差は見られなかった。しかし、デルタ株流行期において、18~49歳成人はデルタ株流行前よりも入院患者に占める割合が多かった。この年齢層にワクチン未接種入院患者が多かったことが原因である。

 2020年3~12月に同様の転帰を検証した研究では、ICU入室率, 人工呼吸器使用率, 入院中死亡率が成人入院率と同様の傾向となったことが示された。これらの知見は、過去の小児・思春期青少年に対する解析(デルタ株流行前と流行期の間で、重症転帰に有意差無しと示された)と類似している。デルタ株の感染率が増えるにつれて、他の研究もCOVID-19による入院のリスクが増加することを示し, カナダの大規模研究では、デルタ株に感染した集団においてICU入室と死亡のリスクが増加することが示された。しかし、これらの研究は既に入院した患者へ限定したものではなかった。50歳以上の成人における入院増加傾向(と, それによるICU入室または院内死亡率増加傾向)は統計学的有意でなかったものの、これらの転帰の傾向は継続的に検証されるであろう。

 コロナワクチン未接種入院患者内では、デルタ株流行期にて18~49歳成人の割合は増加し, それに反して65歳以上の割合は減少したが、全研究対象期間において、完全接種済入院患者における年齢分布はずっと安定していた。2021年8/31時点で、コロナワクチン完全接種済の人の割合は、18~64歳(58.6%)よりも65歳以上(81.7%)で遥かに高率だった。年齢集団間で異なるワクチン接種率が、デルタ株流行期における入院患者の年齢分布の割合の偏りに寄与した可能性がある。

ブースター接種について思うこと。

 こんばんは。現役救急医です。実はここ2~3週間の間ずっとYouTubeチャンネルを更新せず放置していました。仕事が忙しいことに加え、ネタが枯渇したからです。

 しかしながら、COVID-19 − 特にコロナワクチンに関する文献を読んでいるうちに、自分も色々な考えが脳裏に浮かんできた訳です。これまでの世界各国からの報告で、コロナワクチン(特にファイザー製mRNAワクチン)で, 2回目接種完了後何ヶ月も経過すると、SARS-CoV-2感染に対する予防効果が低下することが判明しています(重症化に対する効果は維持)。また3回目接種に関するデータも出始めているようで(e.g. イスラエルの報告など)、感染・発症・重症化を抑制していることが示唆されています。

 そうした知見を見て私が考えたことを今回はYouTubeへ動画にしてアップロードしてみました。少々長い上に、滑舌が悪く聞き取りにくい箇所も多々あると思いますが、最後までご覧頂ければ泣いて喜びます。

youtu.be

 ぶっちゃけブースター接種に関しては、「いずれ全国民に必要となりそうな気はするが、取り敢えず現段階では高齢者・基礎疾患(e.g. 糖尿病, 免疫不全, 慢性腎臓病など)のある人・妊婦といったハイリスク集団と医療従事者の接種を優先して行えばいいのではないか」, 「コロナワクチンを十分確保できない途上国への救済策もいい加減講じないと、パンデミック収束が遠のくだけだ」と私は考えています。