Voice of ER ー若輩救急医の呟きー

日本のどっかに勤務する救急医。医療を始め、国内外の問題につきぼちぼち呟く予定です。

ファイザー製コロナワクチン有効性に関するカタールのデータ

 みなさんこんばんは。現役救急医です。専門医試験から一応解放されたので、臨床の仕事の時以外は概ね、ネットサーフィン(YouTube視聴含む)・読書・論文解読ばっかやっています。今日は、10/6にNew England Journal of Medicineへ発表された、BNT162b2ワクチン(ファイザー製コロナワクチン)に関するカタールの論文(DOI: 10.1056/NEJMoa2114114)を紹介してみます。

 

(1) Introduction

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Fig. 1 A, B, C

 カタールでのコロナワクチン接種キャンペーンは2020年12/21に開始され, 最初はBNT162b2 mRNAワクチン(ファイザー)を使用し, 3ヶ月後からはmRNA-1273ワクチン(モデルナ製)を採用した。接種率は2020年12月から、この論文執筆時までに増加し続けている(Fig. 1A)。ワクチン接種は医療従事者・重度ないし複数の慢性疾患を持つ人・70歳以上への接種が優先され, その後、次第に対象年齢を順次拡大し, 教師といった専門職に対しても行われた。2021年9/7時点で、12歳以上の少なくとも90%が1回以上の接種を受けており, 少なくとも80%が2回接種を完了していた。

 カタールでは2021年1月〜6月の間に、2回のSARS-CoV-2感染拡大(アルファ株[B.1.1.7]及びベータ株[B.1.351]によるもの)を経験した。デルタ株(B.1.617.2)の地域内感染は2021年3月末にかけて探知された; 2021年夏までに、デルタ株が主要な変異株となった。高いワクチン接種率にも関わらず、同年6月〜8月にかけてSARS-CoV-2感染発生数は緩徐に増加し, 8月末に減少し始めた(Fig. 1B)この研究では、SARS-CoV-2感染と, COVID-19に関連した入院・死亡に対するファイザー製ワクチン2回接種の実際の有効性を評価した。

 

(2) Method

① Study Design

 この研究はカタールの住民を対象にした。COVID-19の検査結果, ワクチン接種状況, 臨床的なデータ, 関連する人口統計学的なデータを、統合した全国規模のデジタル化保健情報プラットフォームから抽出した。

 コロナワクチンの有効性は、検査陰性症例対照研究デザインを使用して推計した。PCR陽性の参加者(陽性症例)と陰性の参加者(対照例)を1対1で, 性別・年齢層(10歳単位)・国籍・SARS-CoV-2の検査をした理由・PCRを行った日付に合わせてmatchさせた。このmatchingは、既知のSARS-CoV-2感染曝露riskの差異をcontrolすることを目的に行われた。

 有効性は、1) 感染の記録(PCR陽性)に対するもの, 及び 2) 重症("severe"), 危機的("critical"), ないし 致死的("fatal")なCOVID-19症例に対するもの, を推計した。

統計学的解析

 参加者の社会人口統計学的な特徴は、度数分布とcentral tendencyを用いて表記した。Odds比・陽性症例と対照例の間のワクチン接種のoddsの比較・これらの95%信頼区域は、条件付きロジスティック回帰という方法を用いて求めた。異なる時期におけるワクチン有効性とその95%信頼区域は、[ワクチン有効性]=1-[対照例と比較した陽性症例におけるワクチン接種のodds比]という公式で算出した。

 SARS-CoV-2感染既往や, 医療従事者に関して調整を行ったsensitivity analysisを行った。RCR陽性結果と関連した多変量ロジスティック解析を使用したワクチン有効性の推計も行った。

 

(3) Results

① 参加者について

 2020年12/21〜2021年9/5の間に、合計947,035名が少なくとも1回ファイザー製ワクチンを接種され, 907,763名が2回接種を完了させていた(Fig. 1A)。1回目接種時期の期日の中央値は2021年4/21, 2回目接種の期日の中央値は同年5/10であった。1回目接種-2回目接種の間隔の中央値は21日間であり, 97.4%の人が1回目接種後30日以内に2回目接種を受けていた。この期間中、モデルナ製ワクチンを少なくとも1回接種されたのは564,196名で, 494,859名が2回接種を完了した(Fig. 1A)

 参加者の年齢中央値は31歳で, 参加者の約69%が男性であり, また参加者の国籍は多様であった。

 症状があった為にSARS-CoV-2感染の診断を受けた参加者は約35%だけであった。残りは、濃厚接触者追跡, 調査或いはランダム検査, 本人の希望, 医療機関でのルーチン検査("routine health care testing")を含む他の理由でPCR検査を受けていた。

② ワクチン接種後の感染(breakthrough infection)

 ファイザー製ワクチンのbreakthrough infection症例は、

  • 1回目接種後: 8,203名
  • 2回目接種後: 10,504名

で確認された。1日の全breakthrough infection症例の割合は、時間経過とともに徐々に増加し, 2021年9/5には36.4%に達した(Fig. 1C)大半のbreakthrough infection症例がファイザー製ワクチン接種後の人で記録された(77.2%)。

 2021年8/30までに、

  • COVID-19重症例:  ファイザー製ワクチン1回目接種後: 377名, 2回目接種後: 106名
  • 危機的症例:  1回目接種後: 32名, 2回目接種後: 10名
  • 致死的症例:  1回目接種後: 34名, 2回目接種後: 15名

が記録された。

SARS-CoV-2感染全般に対する有効性

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Table 2

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Fig. 2 A, B

 SARS-CoV-2感染全般に対するファイザー製ワクチン有効性の推計は、

  • 1回目接種後最初の2週間:  ごくわずか
  • 1回目接種後3週目:  36.8% (95%CI 33.2~40.2)
  • 2回目接種後最初の1週間:  77.5% (95%CI 76.4~78.6)。ピークに達した。

であった(Table 2 and Fig. 2A)。しかしながら、2回目接種後最初の1ヶ月から有効性は次第に減少し始めた。この減少は4ヶ月後から加速し, 2回目接種後5~7ヶ月では約20%にまで低下した。感染既往や医療従事者について調整したsensitivity analysisも、この結果に一致した(Table 3)

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Table 3

④ 年齢別・変異株別の感染全般に対する有効性

 ファイザー製ワクチンの有効性を年齢別(60歳未満, 及び 60歳以上)に評価し, 有効性の時間経過に伴う減弱が年齢に影響されるかを評価した。両年齢群の結果は、ほぼ同じscaleであり, 特に有効性の減少に関して同一だった。そして結果は、全年齢群の全参加者と類似していた。

 こうした数値は、ベータ株に対するファイザー製ワクチンに対する有効性を大いに反映している。しかし、2021年夏季におけるデルタ株の堅調な増加と, 同時期におけるベータ株発生数の堅調な減少を考慮すると、2回目接種後の有効性の指標はデルタ株に対する有効性をますます反映していた。

 各変異株に対する有効性の推計も、SARS-CoV-2感染全般に対する有効性と類似したパターンを示した。

⑤ 症候性・無症候性感染に対する有効性

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table 4

 症候性感染, 及び 無症候性感染に対する有効性も、1回目接種後の有効性増加・2回目接種接種後最初の1ヶ月における有効性のピーク・その後の有効性の減少という同一のパターンを示した。症候性感染への有効性減少は2回目接種の4ヶ月後に加速し, 無症候性感染への有効性減少は2回目接種の3ヶ月後に加速した(Table 4)。しかしながら、症候性感染への有効性は、無症候性感染へのそれより一貫して高かった。

  • 症候性感染への有効性のピーク:  81.5% (95%CI 79.9~83.0)
  • 無症候性感染への有効性のピーク:  73.1% (95%CI 70.3~75.5)

⑥ COVID-19関連入院・死亡に対する有効性

 重症・危機的・致死的症例に対するファイザー製ワクチンの有効性の推計は、

  • 1回目接種後最初の2週間:  わずか
  • 1回目接種後3週目:  66.1% (95%CI 56.8~73.5)
  • 2回目接種後最初の2ヶ月:  96%以上に到達

であった(Table 2 and Fig. 2B)。感染に対する有効性と異なり、入院と死亡に対する有効性は経時的に減少しなかったが, 7ヶ月後に減少した可能性はあった(しかし感染症例数は少なかった)。感染既往や医療従事者により調整したsensitivity analysisは、主な解析の結果と一致した。

 重症例・危機的症例・致死的症例それぞれに関してもワクチン有効性の推計を行った。重症・危機的・致死的症例それぞれに対する有効性の推計は、これらの複合に対する有効性と類似しており, 2回目接種6ヶ月後における有効性減少の証拠は認められなかった。

⑦ 追加の解析

 これら実際の有効性推計におけるバイアスの可能性を調べる為に、追加のsensitivity analysisが行われた。これらの解析も、2回目接種後の有効性減少を示し, 主たる解析と同じパターンを示した。

 

(4) Discussion

 SARS-CoV-2感染に対するファイザー製ワクチンの有効性は、1回目接種後に急速に形成され, 2回目接種後最初の月にピークに達し, その後数ヶ月かけて次第に減少する。この減少は4ヶ月以降に加速し, 約20%に達する。無症候性感染に対する有効性は、症候性感染に対する有効性よりも急速に減少するものの、入院・死亡に対する有効性の減少を示す証拠は無かった(2回目接種後6ヶ月で90%以上)

 この減少のパターンは、理論上、年齢や併存疾患の影響を受けた可能性もある。しかし、全年齢で同じパターンが示されており、この可能性はない。高齢が併存疾患のかわりを果たした可能性があり, また、若年の現役世代で重症ないし複数の慢性疾患を有する人は少ない。カタール政府のワクチン優先接種者リストには、重症併存疾患を有する人は、全年齢層を通してたったの19,800名しか載っていなかった。

 感染症例の発生は、時期により異なる変異株によって左右された; つまり、異なる時期に異なる変異株へ暴露したことで、有効性が減弱したように見えた可能性もある。しかし、この可能性はなさそうである。

 ワクチン接種済みの人は、未接種の人よりも社会的な接触("social contact")の比率が高いと思われ, また感染対策遵守意識も低いと思われる。こうした行動がワクチン有効性を減らした可能性もある。カタールでも順次規制が緩和されていたが、接種済みの人と未接種者では違った。多くの仕事・旅行・社会的活動では、携帯電話アプリ(任意でなく義務)を通して発行するワクチン接種済証明書の提示が求められている。

 カタールPCR検査は大規模に実施されており, 毎週人口の約5%が検査を受けている。現在、SARS-CoV-2感染症の診断を受けた人の約75%が、症状が理由でなく, ルーチン検査を通して診断されている。

 今回の知見を支持するevidenceは最近になって複数発表されている。1回目-2回目接種の間隔が延長されると免疫原性が増大するという知見と今回の知見は、2回目接種が1回目接種の3週間後である国々(イスラエル, カタール, 米国など)でデルタ株へのワクチン有効性が低下しているというデータを説明可能かもしれない。一方で、1回目-2回目接種間隔が長い国々(カナダ, 英国など)でデルタ株に対するワクチン有効性の増加が観察されている。