Voice of ER ー若輩救急医の呟きー

日本のどっかに勤務する救急医。医療を始め、国内外の問題につきぼちぼち呟く予定です。

クマvsイノシシ 社会的(そして医療的)な認知度が高いのはどっち?

 過日、NHK総合の『クローズアップ現代プラス』で「アーバンイノシシ物語 ワシらが都会を目指すわけ」という物を放送していました。

 最近、イノシシが東京都心部や神戸市中心部といった都会に出没しているのだそうです。その原因としては、

1. 天敵であったオオカミが明治期に絶滅した。人間の狩猟だけ(しかも高齢化している)では頭数を減らす効果も高が知れている。

2. 農村部の高齢化・人口流出(後継者世代は都会に移住して戻ってこない)により、耕作放棄地が増えた。放棄された田畑はイノシシの活動範囲となる。放置された果樹は実がなっても収穫されず、自然に落ちるのでイノシシの餌になる。こうしてイノシシは人間の集落に進出すると同時に頭数を増やし、河川敷を通じて下流(都会)に向かった。

3. 都会の住民にとってイノシシは見慣れないものであり、むしろ可愛がられる。餌をあげてしまった結果、イノシシは人間への恐怖心を忘れ「人間は餌をくれる存在」と学習するに至る。またゴミ捨て場に生ゴミが放置されていることも多く、これが格好の餌になる。

 こうした事が重なり、神戸では市街地にイノシシが完全に定住してしまったのだそうです。また都会の生ゴミは栄養豊富であるため、都会に定住したイノシシは山間部個体に比較して巨大化しているのだそうです。更に、都会部でコンビニ弁当を持って歩いていた市民が、突進して来たイノシシに衝突されて弁当を奪われ、下肢に負傷した事例もあるようです。

 こうした話題を聞いて、私はふと疑問に思いました。「救急医が診療する野生動物による外傷はクマが比較的多いけど、イノシシによる外傷って聞いたこと無くね???」そこで、私はPCを駆使して(かなり大雑把ですが)文献を当たってみることにしました。

 

(1) イノシシによる外傷はどれほどあるのか?

 まず、『医中誌』で「イノシシ 外傷」と検索してみたところ、関連性がある症例報告はたったの1件でした。その内容をざっくり紹介してみます(個人情報が含まれるので、重要な点以外は省いて書きます)。

 念の為日本救急医学会雑誌』のオンラインジャーナル(但し、2015年以降)でも検索してみましたが、1件もヒットしませんでした。

症例1: 農作業中、イノシシに突進され転倒, 突き上げられた。下腿と体幹部に咬創と牙創を受傷。特に背部の牙創は脊椎・胸郭に至る深さに至っていたが、CT上椎体・肋骨骨折や肺挫傷等は認めず、処置時に観察したところ胸郭損傷・肺からのエアリークは認めなかった。

症例2: 狩猟中にイノシシが突進して来たので避けようとして転倒。そこへのし掛かられて噛まれた上に、鼻先で突き上げられた。母指の切断と上肢・大腿部の咬創を受傷。

 共通する受傷機転は①咬傷, ②下顎犬歯で突き上げられる事による切創, ③衝突される(高エネルギー外傷)です。オスのイノシシの犬歯は鋭利で、特に下顎犬歯はナイフのような形状をしています。また、高エネルギー外傷は大動脈損傷・骨盤骨折・臓器損傷・出血性ショック等を伴って致命的となり得るので、初期診療では注意せねばなりません。

 また、これは動物による咬傷に共通する治療(口腔内に様々な細菌が居る為)なのですが、破傷風予防のため沈降破傷風トキソイドと抗破傷風ヒト免疫グロブリンの投与 と, ②創部の洗浄とデブリードマン が必要です。抗菌薬はネコ, イヌ等の他の動物に準じてアモキシシリン・クラブラン酸(経口)やアンピシリン・スルバクタム(静注)を投与します。

 またイノシシに特有の人畜共通感染症が報告されているので、そちらも注意が必要です。具体例を挙げるとMycobacterium bovis・Coxiella brumetti等の細菌, Trichinella, Toxoplasma gondii等の寄生虫, E型肝炎といったウイルスです。

 また、環境省のHPでイノシシによるヒトへの被害(外傷)の統計データ等を探してみましたが、後述のクマのようにデータを取っている様子はありませんでした。むしろ、農産物への被害状況や駆除の方法に関心が向いているようです。

特定鳥獣保護管理計画作成のためのガイドライン(イノシシ編) || 野生鳥獣の保護及び管理[環境省]

 

(2) ではクマの外傷は?

 「クマ 外傷」でまず医中誌を検索しました。最近のものですが、2件症例報告がヒットしましたのでざっと紹介します。

① 2018年掲載の秋田大学の報告

 1995〜2017年のクマによる顔面外傷13例を検討。

受傷した時期: 8月が最多(5件)で、次いで9月(3件), 10月(2件), 11月(1件)であった。ちなみにクマの活動時期は冬眠時期を除いた4~11月である。

受傷した時間帯: 昼7件, 昼3件, 夕3件といずれも日中であり、特に朝で多かった。

受傷した場所: 住宅地等ヒトの生活圏内が8件, 山林が5件ヒトの生活圏内の方が多かった。

外傷の部位: 頭部外傷(頭蓋骨骨折, 髄液漏, 硬膜下血腫を合併) 1例, 頭皮の広範囲剥離 2例, 眼瞼裂傷・脱落 10例(うち眼球破裂・脱落による失明 4例), 顔面骨骨折 10例

頭頸部以外の外傷: 10例で頭頸部以外に裂傷・咬傷を認めた。最も多かったのは上肢。また、鎖骨骨折, 肘関節開放骨折がそれぞれ1例あった他、肋骨骨折と血気胸の合併が1例あった。更に、搬送時に出血性ショックを来していた症例が3例あった(いずれも輸血・昇圧薬投与で救命)。

気道確保の為の気管切開: 8例

治療内容など: 1例を除き全身麻酔下での処置が必要だった。7例では欠損部形成等の為に複数回の手術を要した。平均手術回数は2回。平均入院期間は50日。

 クマは攻撃を行う時に立位を取り、相手の頭頸部を狙うので頭頸部に外傷が集中するのだそうです。頭頸部外傷は①意識障害, ②気道閉塞/狭窄(出血や顔面骨折による), ③大量出血(とそれによるショック)を合併しやすいので注意が必要です。また、上記のように頭頸部以外に外傷を合併する場合もあるので、他の高エネルギー外傷と同様に全身検索が必要です。

② 2017年掲載の岩手医科大学の報告

 2011年1月〜2016年12月に救急センターへ搬送されたクマ外傷を集積。合計50例であった。

受傷時期・状況など: 5月に最多山菜採りの最中に遭遇するケースが目立った。ほか9~11月のキノコ採りの最中に遭遇した事例も6例あり。

時間帯: 8時〜11時59分で多発。日中の被害が圧倒的に多かった。

搬送手段: 救急車・ドクターヘリで搬送 33例, 他院からの紹介搬送 17例。なお前者の搬送時間(受傷〜搬入まで)は182±10分であった。山林で受傷した場合、自力で下山した後に救急要請しているので、その分時間がかかっている。なお搬入前後に死亡した症例はない。

ショック・輸血を要した症例: ショック 5例(10%), 輸血 11例(22%)。顔面及び頭部からの出血が多い。

受傷部位: 顔面 45例(90%), 上肢 19例(38%), 頭部 13例(26%)。上肢の創傷は前腕の裂傷・咬傷が多く、防御の際に付いたと思われる。

合併症: 創部感染 10例(20%), 眼球破裂と頬骨骨折 各8例(16%)。なお創部感染症例のうち原因菌が同定されたのは5例(10%)で、通性嫌気性菌が7種, 嫌気性菌が4種検出された。

全身麻酔下の緊急手術: 34例(68%)

使用した抗菌薬: βラクタマーゼ阻害剤(セファゾリン, ピペラシリン, セフタシジム) 28例, βラクタマーゼ阻害剤(アンピシリン・スルバクタム) 22例。

創部感染発生率: βラクタマーゼ阻害剤使用例で28例中8例(28.5%), βラクタマーゼ阻害剤使用例で22例中2例(9.1%)であり、統計学的有意差は認めなかったもののβラクタマーゼ阻害剤で創部感染が少ない傾向が見られた。

 なお創部感染症例で検出された原因菌の大半はセファゾリンに感受性が無く、一方でアンピシリン・スルバクタムは検出された11菌種中9種に感受性があった。

 

 この2つの症例報告は、異なる都道府県・施設から出されていますが、考察で共通した見解を述べています。

1. 動物咬傷(汚染創)に共通したもの

 沈降破傷風トキソイド 及び 抗破傷風免疫グロブリンの投与破傷風を予防するとともに、動物の口腔内の細菌(嫌気性菌, Staphylococcus等)や土壌中の細菌をカバーする抗菌薬(ex. βラクタマーゼ阻害剤とペニシリン系の合剤)の投与が必要。

2. クマとヒトの関係性

 人口減少・過疎化・高齢化に伴って、里山が荒廃し(耕作放棄地が増え)た結果、クマが人里に進出するようになっている。

 いずれも、既述のイノシシ問題と共通したものであることがわかります。

 なお、クマに関しては以前よりヒトを襲った情報がメディアを通じて報道される機会が多く、市町村が出没/警戒情報を発令しています。環境省のホームページを検索すると、ヒトへの被害件数の統計や出くわした時の対応法マニュアル等、人的被害に関連した情報が多く掲載されている事が分かります。

 

(3) まとめ

  • クマもイノシシも、受傷しやすい部位は違えど①高エネルギー外傷となり致命的となりうる, ②汚染創・咬傷なので破傷風予防と抗菌薬投与が必要であり、デブリードマンも適宜行う必要がある
  • ヒトへの襲撃/外傷に対する、社会的な注目度・認知度(そして実際に発生する被害件数?)はイノシシ<<<クマであると思われる。
  • イノシシ及びクマの出没問題の根幹は少子高齢化・人口減少による農村/里山の荒廃である。ヒトによる生態系破壊(特にオオカミの絶滅)も良くなかった。

(4) 参考文献

『多発イノシシ外傷の2例』創傷, 8(4):150-154, 2017
『クマによる顔面外傷13症例の検討』頭頸部外科, 28(2):183~190, 2018
『当施設におけるクマ外傷50例の検討』日外傷会誌, 31(4):442~447, 2017