Voice of ER ー若輩救急医の呟きー

日本のどっかに勤務する救急医。医療を始め、国内外の問題につきぼちぼち呟く予定です。

妊婦の外傷診療(参考文献; UpToDate)

 前回はCovid-19罹患妊婦の論文を紹介しましたが、今度は妊婦の外傷診療に関してまとめてみたいと思います。参考文献は'UpToDate'です。

 

(1) 初期診療について

 まず、これからする話は軽症外傷よりも重症な外傷を受傷した妊婦の診療に関するものです。診療時には産婦人科医への相談が必要です。なお後述するように、妊娠週数を推測する簡単で迅速な方法に子宮底の位置を測ることがあります。また、母親の救命の為の治療 or 診断方法は、たとえ胎児に不利益が及ぶ可能性があったとしても実施されるべきです。大半の症例では、生存胎児の長期・短期outcomeは母親の外傷と直接的・間接的な因果関係を有しています。

 続いて、JATECに倣いAirway, Breathing, Circulation, Dysfunction of CNSの順で外傷の身体診察について綴ってみます。

Airway:  気管挿管時、妊婦では挿管困難を想定すべきです。妊婦では気道浮腫が他の集団よりも多いからです。また、この気道確保困難と下部食道緊張の低下は誤嚥のriskを増やします。気管挿管後は、胃内容の減圧と誤嚥risk低減の為に胃管を挿入する必要があります。

Breathing:  妊婦は急速に低酸素に陥りやすくSaO2>95%, PaO2>70mmHg(特に後者は、胎盤を介した母体から胎児への適切な酸素拡散係数[or勾配]を保つために適している)を維持すべきとされています。

胸腔ドレナージチューブ留置時には、妊娠中は横隔膜が上昇していることを意識する必要があります。一部専門家は、チューブを通常の第5肋間より1~2肋間上に挿入することを勧めています。

Circulation:  子宮が臍と同じ高さorより上にある場合、直ちに子宮を左側に避けて大動脈・下大静脈上への圧迫を減らし、心拍出量を増やす必要があります。具体的には患者本人の体を左に傾けます(もしくは右臀部の下へ枕等を挿入, or 台を30°左へ傾ける)。なお昇圧薬が子宮への血流を減らすことから、低血圧時は昇圧薬よりも細胞外液等による補充が勧められます。

輸血は通常の外傷と同様に行いますが、妊婦の場合、フィブリノゲン値のbaselineが高いので、フィブリノゲンは>200mg/dL(或いは>300mg/dL)を維持することが望ましいとされています。なおフィブリノゲン<100mg/dLはDICの存在を示唆するとされます。

妊婦が心停止を来した場合、胸部コンプライアンス低下や(特に妊娠第二期・第三期の場合)仰臥位では下大静脈・大動脈への圧迫が心拍出量を減らすので、胸骨圧迫が困難となります。よって、子宮が臍と同じ高さorより上にある場合では帝王切開を行って子宮内容を空けることで心配蘇生の効果が上がり, 母体の救命を可能となります。加えて、perimortem cesarean delivery(周死期?帝王切開)のreviewにより、母体の心停止から5分以内に帝王切開が開始・非効果的な蘇生処置から5分以内に胎児が娩出された場合に新生児と母体の最適な生存が得られることが示唆されています。

Dysfunction of CNS:  痙攣の原因として、頭部外傷以外に子癇の可能性も考慮すべきとされています。

 

 他に妊婦・胎児の診察や検査で特異的な(?)事項として以下のものが挙げられます。

  • 胎児心拍数:  正常値は110~160/min.。妊娠22~23週未満ならば胎児心拍数のみの計測で良い。23週以降で, とりわけ緊急分娩と新生児蘇生が考慮される場合は、持続的電子胎児心拍モニタリング(もしくは 胎児心拍数とパターン両方の評価)が望ましいとされる。
  • RhD血液型:  妊婦ではこれの検査も必須。RhDマイナスの患者の場合、後述のように胎児母体間輸血を定量化し, 抗D免疫グロブリン療法の指針とする為にKleinhauer-Betke testを行う。
  • 放射線を用いた診断(e.g. CT, X線):  これによって得られる情報は、胎児の被曝によるriskを上回る。そもそもこれら検査による放射線被曝は大抵少量で, 胎児への深刻な影響はない。

 

(2) 初期診療による安定化後の診療について

① 病歴聴取

 病歴聴取に当たっては、"CODE"を聞きましょう: 妊娠合併症(Complications of pregnancy), 産科的既往歴とかかりつけ(Obsteric history and provider), 分娩予定日や週数の?決定方法(Dating method and estimated due date), Eventの詳細(e.g. 破水, 出血, 収縮, 胎動など)

② 妊娠週数の推定

 妊娠週数の推定は以下の方法が参考となります。

  • 子宮が骨盤内に留まる:  12週以下(単胎の場合)
  • 子宮底が恥骨結合より上で触知:  13週
  • 恥骨結合と?の中間:  16週
  • の高さ:  20週
  • と肋骨縁の中間:  24〜28週
  • 肋骨縁の高さ:  >34〜36週
  • 子宮底がの高さに到達してから:  週数=恥骨結合から子宮底の距離[cm]
  • エコーにて、胎児大腿骨長≧4cmは胎児の生育力と関連(i.e. 4cm=22〜24週)

③ 腹部診察について

 妊婦では、腹腔内損傷による反跳痛, 筋性防御が非妊娠女性と比較すると目立たない可能性があります(妊娠子宮は腹壁前壁を挙上・伸展させることで炎症と壁側腹膜の接触を妨げているため); 子宮の圧痛・硬直は胎盤剥離の徴候である可能性があります; 間欠的な子宮の硬直は分娩の症候である可能性があります。

④ 膣の診察について

 膣の診察では、膣ないし子宮からの出血, 羊水の漏出, 分娩による子宮頸部の変化の観察を行います。なお超音波による診察で前置胎盤を除外するまで、20週以降の妊婦への膣指診は避けるべきとされます。

 性器出血の診察は膣鏡で行いますが、20週未満での子宮出血は流産の徴候の可能性があります。20週以降の子宮出血は胎盤剥離, 前置胎盤の重要な所見であり, また 分娩でも起こる可能性があります。膣出血は膣外傷でも起こりえます。

 破水は膣内への羊水(透明, もしくは わずかに黄色で無臭)流出により診断します。後円蓋に羊水貯留が明らかでなくても、超音波, 場合によっては検査により破水を除外します(Algorithm 1)。

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Algorithm 1

 周期的な子宮の収縮, もしくは 膣出血のある患者では、膣指診を行って分娩の可能性を精査します。妊娠中、正常の子宮頸部は閉鎖しており, 長い(厚さ3cm)です。20週以降子宮頸部拡大・菲薄化・子宮収縮・(無い場合もあるが)出血を伴う場合、分娩の可能性があります。; その場合、子宮収縮抑制薬が必要となる可能性があります。

⑤ 胎児評価

 胎児が生存可能と思われ(一般的に24週以降。場合によっては22~23週以上), 胎児状態による緊急分娩が考慮される場合持続的胎児心拍数モニタリング, 及び 子宮収縮モニタリングを行います。このモニタリングは最低でも6時間行うことが勧められていますが、胎盤剥離の症候がある場合最低でも24時間まで延長します。

 妊娠が胎児の生存限界より下と思われる場合、胎児状態の評価には胎児心拍数の記録のみで十分とされています。その限界以上の場合、以下の方法のうち1つ以上で胎児の状態が評価可能です:

  • Nonstress test
  • Contraction stress test
  • Biophysical profile

 エコーによる胎盤・胎児の検査は妊娠週数と胎盤位置, 胎児状態の診断に有用です。絨毛膜下血腫を認めた場合、胎盤剥離の可能性がありますが、多くの場合、胎盤剥離はエコーでは見えません。また"fetal FAST"なる概念も存在し、通常のFAST(外傷診療にて、エコーで胸腔, 肝臓・腎臓間, 脾臓・腎臓間, 膀胱周囲に血液が溜まっていないか見る方法)に加えて 胎児の数と体位, 胎盤位置, 羊水量, 胎児の心拍動, 大腿骨長, も見るそうです

 他に、胎児に外傷が生じていると考えられる場合、"anatomical fetal survey"(開腹して直接胎児を診察・治療すること?)の適応となります。

⑥ 産科合併症の診断とmanegement

1) 胎盤剥離

 腹部への大きく直接的な外傷, 腹部or子宮の圧痛, もしくは 膣出血を認めた場合、胎盤剥離を疑い子宮・胎児モニタリングと検査による診断を行います。

 胎盤剥離の診断は以下の臨床的徴候の存在に基づいて行います。

1. 膣出血

2. 腹痛

3. 子宮収縮

4. 子宮硬直と圧痛

5. Nonassuring fetal heart rate tracing

但し、重症な胎盤剥離は無症状, ないし 症状が乏しい場合もあり注意が必要です。また前述のように、エコーで診断できない場合が多いです。なお、 外傷評価の一環としてのCTで胎盤剥離が明らかになる場合もあるものの、CT(やMRI)を胎盤剥離の診断に用いることはまずありません。

 腹部外傷を受傷し, 胎児が生存可能な段階にある妊婦の場合、持続的な胎児・子宮モニタリング, 体外式胎児心拍数モニター, 陣痛計を用いて早産や胎盤剥離の診断を行うことが勧められています(Algorithm 2)。

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Algorithm 2

胎児モニタリング継続時間については議論が別れているものの、UpToDateでは次のように推奨しています。

1. 4時間のモニタリングを継続したのち、以下全てを満たせば中止可能。

  • 10分間中1回未満の子宮収縮(6時間未満の監視にて)
  • 膣出血がない
  • 腹部/子宮の痛みがない
  • Category 1 fetal heart rate tracing
  • 母体のバイタルサインが安定

母体の状態で注意すべきものが無い場合、退院可能。

2. 以下のうちいずれか1つが当てはまる場合、最低でも24時間モニタリングする。

  • 腹部皮下血腫 or その他明らかな腹部外傷
  • 周期的な収縮(≧10分間中1回[6時間未満の監視にて])
  • 膣出血
  • 胎児心拍の異常
  • 腹部/子宮の痛み
  • 凝固障害

これらの患者は、胎盤剥離 もしくは 早産がないと確認できるまで退院させてはいけません。

2) 子宮破裂 or 子宮穿通性外傷

 ショック, 胎児心拍異常or胎児死亡, 子宮の圧痛, 腹膜刺激症状, 膣出血といった症状を呈します。また骨盤骨折, 肝損傷等の他の臓器損傷も同じ症状を呈するので診断が困難となる場合もあります。診断に当たって画像診断は有用になりうるものの、診断・治療の為に緊急開腹術が必要となることが多いそうです。

3) 胎児母体間輸血

 前置胎盤 もしくは 柔軟な子宮でより多く見られるそうです。胎児母体間輸血と関連する合併症に胎児貧血, 胎児死亡, 母体同種免疫があります。

 胎児母体間輸血の発症はKleihauer-Betke testにより行います。そしてこの検査は、血液型がRhDマイナス腹部外傷を受傷した妊婦に対して行うことが勧められています。

⑦ 分娩について

 緊急帝王切開は以下のような適応で行われます。

1) 母体の死亡が迫っている, もしくは 胎児心拍異常がある場に、胎児救命の目的で。

 なお胎児の生存能力がない時期には行われないが、23~24週で生まれた超早産児が重篤な障害もなく生存する可能性があるか否かは明らかになっていないことが課題である。

2) 母体への心肺蘇生が非効果的な場合、母体救命目的で。5分以内に行う必要あり。

3) 開腹術で他臓器の損傷をmanagementする際に、その臓器を適度に露出させる目的で。

4) ズレの多い骨盤骨折により経膣分娩が出来ない場合。

5) 熱傷の妊婦で、妊娠第三期以降, 熱傷面積>50%の場合。

6) 胎児死亡でも、胎盤剥離が母体の凝固障害, 循環動態不安定を来している場合。

 胎児死亡だけでは緊急帝王切開の適応にはならないそうです。

⑧ その他

 RhD血液型マイナス腹部外傷or膣出血を伴う妊婦には抗RhD検疫グロブリン投与を行うことが勧められています。

 また破傷風トキソイドは妊娠へ禁忌ではありません