Voice of ER ー若輩救急医の呟きー

日本のどっかに勤務する救急医。医療を始め、国内外の問題につきぼちぼち呟く予定です。

ワクチン接種後医療スタッフでのCOVID-19 breakthrough infection

 こんにちは。今日はまた論文の紹介です。20201年7/28にNEJM.org.へ発表された"Covid-19 Breakthrough Infections in Vaccinated Health Care Workers."(Bergwerk M, Gonen T. et al., N Engl J Med 2021; DOI: 10.1056/NEJMoa2109072)を和訳した上でまとめてみます。論文のお題的には、「コロナワクチン2回接種後でも新型コロナウイルスに感染した人はどれほどいて、症状とか免疫系ってどんな感じだったのかな?」という感じです。

 

(1) Method

① Study Design

 Sheba Medical Centerはイスラエル最大の医療施設であり、12,586名のスタッフが勤務している。2020年12/19からこの施設に勤務しているスタッフへのBNT162b2ワクチン(Pfizer-BioNTech製のmRNAワクチン)接種が開始された。この研究は翌年(2021年)の1/20(=スタッフへの最初の2回目ワクチン接種が始まった11日後)から開始され, 同年4/28まで(=14週間)のデータを収集した最終的に、2021年4/28までにスタッフの90%がBNTワクチン2回接種を済ませており、その後COVID-19新規症例は激減した。なお上記の期間中、イスラエル国内ではCOVID-19第3波が生じており、2021年1/14にピークに達していた。

 研究期間中のスタッフにおけるCOVID-19新規症例の検出は、

  • 健康状態のアンケートを毎日実施
  • ホットライン
  • 曝露イベント発生時の疫学調査
  • 濃厚接触者追跡

によって行われた。また有症状or感染者に曝露したワクチン接種済スタッフにはreverse-transcriptase-polymerase-chain-reaction(RT-PCR)でSARS-CoV-2の有無を検査し, 場合によっては迅速抗原検査(antigen-detectiong rapid diagnostic testing; Ag-RDT)を最初のscreeningとして使用した。

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Fig. 1

 この研究の目標はbreakthrough infection全てを検知することであった。Breakthrough infection以下、ブレークスルー感染と表記)は、「最初の6日間に明らかな曝露や症状が無い場合において、BNTワクチン2回目接種11日より後にRT-PCRSARS-CoV-2を検出したもの」と定義された。この研究において、ワクチン接種2回が済んだ医療スタッフでのブレークスルー感染全例の特徴を明記し, 症例対照解析を行なった。症例対照解析には、同じ施設で行なった前向きコホート研究において採取した対照血清検体を選択した。血清学的な研究に参加する医療スタッフのうち、中和抗体検査の結果が出ており, データが全部ある人が対照群に選抜された(Fig. 1)

 ブレークスルー症例それぞれに対して、非感染対照者4~5名から採取した検体を、性別, 年齢, 2回目摂取から血清学的検査の間隔, 免疫抑制状態に従ってmatchさせた。

  • RT-PCRウイルスを検出する前の1週間の間に得られた中和抗体力価
  • 1回目ワクチン摂取後の期間に得られた中和抗体力価最大
  • この2つの時期に得られたSARS-CoV-2 S特異的IgG抗体

の3項目を比較した。血清検体が手に入らなかったブレークスルー症例はこの解析から除外した。

② データ及びサンプルの収集

 ブレークスルー感染した医療スタッフ全員に直ちに連絡が行き、疫学的調査が行われた。陽性となった医療スタッフにはウイルスゲノム配列解析, 再度のRT-PCR検査, Ag-RTD, 血清学的検査を含む追加の検査が行われた。血清学的研究に参加していない場合、感染を検知した日に中和抗体と抗S IgG抗体を検出する検査が行われた。回復後には全医療スタッフへ、N特異的IgG抗体を計測する目的で2回目の血液検体提出が求められた。2次感染検出のprotocolと並行して、感染した医療スタッフと院内で濃厚接触した人には、最後の濃厚接触から5日後にRT-PCR検査を受けるよう求められた。また感染者には、家族と地域内の濃厚接触者へRT-PCR検査を受けるよう助言することが求められた。

 収集した鼻咽頭拭い液にはRT-PCR検査が行われ, nucleocapsidタンパク質遺伝子(N gene; N遺伝子)cycle threshold(Ct)も表記された。ウイルス量増加を示すCt<30が感染性を決定するのに用いられた。

 Variants of concernを検出する為に、multiplex real-time one-step RT-PCRが行われた。またこの結果を確認する為に全ゲノム配列解析が行われた。

 抗体が関与する免疫反応を計測する為に、3つの方法が用いられた;

  • S1 IgG抗体を検出する血清学的検査
  • SARS-CoV-2疑似ウイルス中和アッセイ
  • 抗N抗原検出の為のElecsys抗SARS-CoV-2免疫アッセイ

中和抗体, IgG抗体の2つのoutcomeを評価し, これらの力価を感染前後の期間(感染前の1週間)とピーク期間(2回目接種後の1ヶ月以内)の2つの時期に計測した。

③ 解析について

 抗体による免疫反応を計測する為に、generalized estimating equation(GEE)を用いて、感染例と対照例のlog-transformed抗体価を比較した。コホート全体及びsubgroup解析にはgeometric mean titer(GMT)と95%信頼区域, GEEモデルで予測したGMT, 感染例と対照例のGMTの比を用いた。

 

(2) Result

① ブレークスルー感染症

 ワクチン接種が完了した11,435名の医療スタッフのうち1,497名が研究期間中にRT-PCR検査を受けた。39例のブレークスルー感染が検出された。陽性例1例に対して38名超が検査を受けており、陽性率は2.6%であった。これは当時のイスラエルにおける検査陽性率よりもかなり低かった。

 39名のブレークスルー感染症例のうち、

  • 職種:  看護師; 18名(46%), 運営・施設管理職; 10名(26%), 'allied health professional'; 6名(15%), 医師; 5名(13%)
  • 平均年齢:  42歳
  • 性別:  女性は64%
  • 2回目接種〜SARS-CoV-2検出までの間隔の中央値:  39日
  • 免疫抑制状態であった人は1名だけだった(3%)。

 感染源に関するデータが分かる症例37名全員の感染源が、ワクチン接種されていない人であった;

  • うち21名では(57%)感染源が同居家族。そのうち2名は結婚しているカップルで、二人とも同じ施設で勤務しており, 子供(1人)はワクチン未接種でCOVID-19陽性だったので、子供が感染源と思われる。
  • 11名(30%)では感染源がワクチン未接種の同僚ないし患者だった。その11名中7名は、α株院内感染によるものであった。

 39名の感染例のうち、27名は既知のSARS-CoV-2感染がある人との曝露だけが理由で検査が行われていた。ブレークスルー感染したスタッフ全員のうち、

  • 軽症:  26名(67%)
  • 入院が必要:  0名
  • 無症状:  残る13名(33%)であった。

 最も多く報告された症状は呼吸器症状(36%)であり、その次に筋肉痛(28%), 味覚・嗅覚障害(28%)だった; 発熱・悪寒は21%だった。フォローアップの質問では、

  • 診断から14日後:  31%が症状持続を報告
  • 診断後6週間:  19%が症状(嗅覚障害, 咳, 疲労感, 倦怠感, 呼吸困難感, 筋肉痛)の持続を報告
  • 隔離10日間以降も休職:  9名(23%)。そのうち4名は2週間以内に復職したが、1名は6週間経過しても復帰していない。

変異型の検出と二次感染について

 感染したスタッフの大半から採取した検体へ再度RT-PCRが行われ、初回のN遺伝子Ct値が30を超えていた患者にて初回検査が時期尚早でなかった(=感染スタッフが感染性を持っていない時期にやった)ことが確認できた合計29名が(74%)病期のどこかでCt値<30であった。しかしこのスタッフのうち17名(59%)のみで、同時に行なったAg-RDTが陽性だった。10名(26%)のスタッフで、全病期にてN遺伝子Ct値>30であった; このうち6名でCt>35であり, 感染性を持っていなかったと思われる。

 Variant of concernを検査した33検体のうち、28(85%)でB.1.1.7(α株)が検出された。この研究が行われた時期では、イスラエル国内で最も流行していたのはB.1.1.7変異型であり, 分離されたSARS-CoV-2の94.5%であった。この研究終了後、イスラエルではデルタ株による感染者数増加が起きている。

 院内濃厚接触に関するデータの疫学的調査では、39例の1次感染症例において、感染した医療スタッフからの感染例(2次感染)を認めなかった家庭内感染に関するデータが入手可能な31例では2次感染例は検出されなかった

③ 症例対照解析

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Table 1

 ウイルスを検出する前の1週間に計測した中和抗体検査結果は、ブレークスルー症例22名が入手可能だった。そのうち3名が血清学的研究に参加しており, ウイルスを検出する前の週に検査が行われている; 他の19名では、ウイルスを検出した日に中和抗体とS特異的IgG抗体が行われた。それぞれの症例に対して、4~5の対照例がmatchされた。合計で22名のブレークスルー症例と104名の対照例が症例対照解析に含まれた。

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Fig. 2 A, B, C and D

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Fig. 3

 ウイルスを検出する前の1週間に計測した中和抗体力価のGMT予測値

  • 感染症例:  192.8(95%CI 67.6~549.8)
  • 対照例:  533.7(95%CI 408.1~698.0)
  • 中和抗体の症例-対照比:  0.361(95%CI 0.165~0.787) (Table 1 and Fig. 2A)

ブレークスルー症例における検出前の中和抗体力価は、高いN遺伝子Ct値と関連していた(Fig. 3)

 2回目接種後の最初の1ヶ月以内の中和抗体力価最高が入手可能だったのは、ブレークスルー症例12名のみだった;

  • 12の感染症例におけるGEEで予測した中和抗体力価最高値:  152.2(95%CI 30.5~759.3)
  • 56の対照例におけるGEEで予測した中和抗体力価最高値:  1027.5(95%CI 761.6~1386.2)
  • 比:  0.148(95%CI 0.040~0.548) (Fig. 2B)

 ブレークスルー感染症例におけるウイルスを検出する前の1週間のS特異的IgG抗体価のGMTの実測, 及び 予測値は、対照例よりも低かった(予測比 0.514[95%CI 0.282~0.937]) (Fig. 2C)感染症例におけるIgG最高力価の実測・予測GMTも、対照例のそれより低かった(0.507; 95%CI 0.260~0.989) (Fig. 2D)

 

(3) Discussion

 この研究では、2回目接種後4ヶ月間においてCOVID-19ブレークスルー感染したワクチン接種済医療スタッフ39名の特徴を明記し、この集団の感染前の液性免疫を対照群と比較した。ブレークスルー感染率は0.4%と低かった。COVID-19陽性となった39名のうち、大半で殆ど症状がなかったが, 19%は症状が持続した(>6週間)。

 ブレークスルー感染したスタッフの大半は、一時感染性があったことを示唆するN遺伝子Ct値を示した。こうしたスタッフの中には無症状の人もおり, そのため小規模の曝露後の積極的screeningをしないと検出されなかったであろう。しかしブレークスルー症例へ辿り着く2次感染は無く、これはブレークスルー感染したスタッフらがワクチン未接種の人ほど伝染性を有していなかったという推論を支持するものである。ワクチン接種状況に関係なくRT-PCR陽性が出た後の強制的な隔離も、この知見へ寄与した可能性がある。最も大事なことは、中和抗体・S特異的IgG抗体の低い力価がブレークスルー感染のマーカーとして働いた可能性があることである。

 SARS-CoV-2の予防と免疫の相関関係を解明することは、予想される抗体の現象が臨床経過に影響するかどうか, 追加接種が必要か・いつやるのか, ワクチン接種済の人が守られているのかを予測するのに重要である。中和抗体の存在がSARS-CoV-2再感染予防と相関するという推測は、血清陽性と陰性の人の間で感染率を比較した研究により支持される。

 中和抗体力価の入手は一般的に容易でなく, 抗S IgG力価のような、より実用的な免疫の相関が必要である。以前の研究では、中和抗体力価と抗S or 抗受容体結合部位IgG抗体力価の有意な関連性が示されている。この研究では、中和抗体力価とブレークスルー感染の相関関係はIgG抗体のそれより強かった。

 感染例と対照例の間での中和抗体・IgG抗体の最高力価の違いは、感染前の力価における違いよりも強く感染リスクと関連していた。この知見は、ワクチン接種後の中和抗体力価があらゆる免疫反応のマーカーであるという仮説と一致し, IgG力価の潜在的な役割を示唆するものである。つまり、これらの抗体いずれかの力価減少は予防効果減少を正確に予測していない可能性がある。加えて、感染前中和抗体力価はウイルス量, つまりブレークスルー感染例の感染性と関連していることも判明した。ワクチンにより誘導された免疫は臨床的なCOVID-19に対し大いに予防効果ありだが, 感染及び感染性に対しては予防効果が低いこと示されているため、この結果は次第に重要性を増すだろう。しかし、この研究の比較的小さいコホートでは、どの血清学的検査においても特異的な予防的力価を決定することはできなかった。更に、このコホートにはほとんど若く健康な医療スタッフが含まれており, ブレークスルー感染例全ては軽症であった。以前の研究にて、ワクチン接種を受けた医療スタッフの95%は、BNTワクチン2回目接種後2週間以内で256を超える中和抗体力価を有していることが示されている。しかし、血清中抗体値減少が、追加接種時期の良い指標かどうかはまだ不明である。記憶細胞は将来の曝露へ反応することが期待されているので、予防効果の程度は抗体値減少よりも最初の免疫反応に依存する可能性がある。この研究の結果は、抗体最高値が予防効果と相関することを示唆した。

 この研究には複数のlimitationがある。

  • ブレークスルー感染症コホートの大規模な記録を行なったにも関わらず、症例数は比較的小規模であった。
  • このコホートは殆ど若年で健康な人で構成されており, ブレークスルー感染症例は軽症で入院が不要であったことから、ハイリスク集団への感染, または 重症COVID-19の予防効果との相関関係を決定できなかった。
  • 無症候感染例を逃した可能性がある。
  • 対照例は検査 ないし 曝露ではなく, 血清学的検査の時期のみで合わせたワクチン接種済の非感染医療スタッフだったので、COVID-19曝露リスクの差異を制御できなかった。
  • 多くの感染症例の感染前抗体価は感染を検出した日に得たものであり, そのため感染によってすでに上昇していた可能性がある。

追記: YouTubeではマラリアの診断や治療についてまとめた動画を公開しています。是非ご覧下さい。

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