Voice of ER ー若輩救急医の呟きー

日本のどっかに勤務する救急医。医療を始め、国内外の問題につきぼちぼち呟く予定です。

渡米体験談

 数年前の話になってしまいますが、1週間ほど米国の病院を見学する機会があったので、その時見聞きしたこと, 感じたことを今回は綴ってみようと思います。なお、私の個人情報特定を避けるため具体的な時期や場所は公開しない形で記述するので、ご了承よろしくお願いします。

 私は米国のとある病院の救急外来を見学する機会を得たのですが、日中の7:00~15:00のシフトの間だけ見学を許可され、夕方・夜間のシフトの見学は出来ませんでした。施設により違いはあると思いますが、私が見学した病院は医師・看護師らの勤務シフトは7:00~15:00, 15:00~23:00, 23:00~翌7:00の8時間交代でした。ここでは、見学していて気づいた日本との差異に関して述べていきたいと思います。

 

①スタッフは研修医や学生の教育を常に意識している

 まず、朝の集合時間は6:50頃と指定され、7:00から研修医向けのカンファが始まります。ここで学生・研修医が自身の担当した症例患者のプレゼン(病歴, 検査所見, 身体所見から鑑別診断, 最終診断, 治療方針に至るまで)を行い、上級医・学生・研修医を巻き込んだディスカッションを行うことで知識・経験を共有するのです。このカンファが終わった8:00前後に救急外来に出て、担当指導医の指導の下患者の診療を開始しました。

 なお、見学者である私は指導医から患者さんの初診(問診・身体診察)を行う許可を頂きました。私は、担当患者さんへの診察が一通り終わった後、救急外来の医療スタッフ専用のスペースで待つ指導医の所に帰って患者の経過を説明の上、自分が考えた診断を提示します。それを聞いた指導医は、私を伴って患者さんを診察に行きます。その後、医療スタッフ専用スペースで指導医のレクチャーが始まり、診断・治療に関する知識や助言等を教えてもらうのです。指導医は毎回"Does it make sence?"と、私が話について来れているのか聞いてくるので、大変助かりました。

 更に、大学の講義は日本のように、暗い部屋でひたすらパワーポイントスライドを閲覧しているだけという形式ではないそうです。講義室で実際に学生が患者さんを診察・問診したり、午前中の座学の後は午後に学生が病棟へ出て入院患者を診察したり、と実戦(実践)を重視した教育が行われています。

コメディカルスタッフの数が多く、権限も大きい

 日本で病棟や救急外来にいつも居るコメディカルスタッフと言えば、看護師をまず連想する方も多いかと思われますが、米国では看護師だけでなく'Physician Assistant (PA)'という職種の人たちも沢山居ます。PAは実際何をしているのかというと、救急外来では患者が多く忙しい時に、PAが医師の代わりに患者さんを診察(軽症患者が中心になりますが), 検査をオーダーして診断まで行い、治療方針を決定します。そして医師へ診断に至った経緯や治療方針(何を処方したいか等)を相談し、医師の承認が得られれば処方等まで行うことが出来るのです。

 また、私は幸運にも手術室を見学する機会も頂けましたが、そこでもPAが重要な役割を果たしていました。私が見た手術はPAが助手に入っていたのですが、執刀医は手術終了時の閉創をPAに一任し、自分は手を下ろして手術記録を記載していました(しかも、手術所見は医師が電話で口述し、通話相手の専門事務職が代わりに記載してくれる)。

 他にも、集中治療室(ICU)では人工呼吸器設定を専門にするコメディカルスタッフが居るので、医師が人工呼吸器設定を操作することはあまり無いそうです。また外科医は術後も担当患者さんを回診しますが、人工呼吸器管理はまだしも電解質異常・発熱への対応等々細かい全身管理はPA, 看護師をはじめとするコメディカルスタッフがやってくれるので手術に集中できるのだそうです。

③救急科は病棟を持たない

 救急外来で救急科医が重症患者の診断と蘇生治療(血圧・脈拍数等のバイタルサインを安定させる)を行なったら、専門の診療科にコンサルトします。紹介を受けた診療科医師は、自身の科で患者さんを引き受けICUに入院させるのです。また、薬物中毒等の、日本では救急科が入院治療も担当する外因性の特殊な疾患も、internal medicine(つまり内科)の担当となり、ICUの管理もinternal medicineで行います。米国では、救急科はあくまで外来で患者さんの診断・トリアージと蘇生を行う役割を担っているのであり、入院後のマネージメントは各専門診療科の役割なのです(なお、米国の救急科医はキャリア構築の課程で、一定期間ICUを回って全身管理を学ぶ機会も保証されているようです)。

実力主義

 米国の医学部は大学院という扱いなので、一般学部を卒業してから医学部に進学する形を取ります。医学部入試が難しいのは日本と同じですが、進級・卒業そして医師国家試験は米国の方が厳しいと言わざるを得ないでしょう。

 まず、医師国家試験は米国の場合、医学部在学中に受験するUSMLE STEP1と、卒業後に受験するUSMLE STEP2, STEP3に分かれています。合格基準に達しなければダメなのは日本も同じですが、米国の場合、STEP1のスコア次第で卒後に進める診療科が左右されてしまうのです。多忙さが無く、収入もそこそこ良い診療科である放射線科・眼科・麻酔科・皮膚科(Radiology, Ophthalmology, Aneathesiology, Dermatologyの頭文字を取って”ROAD to go”と俗称されるらしい)は人気が高く、高得点でないと難しいと言われています。また整形外科・脳神経外科といった難度や専門性が高い診療科も高得点を出せないと難しいようです。

 更に、専門医試験の合格基準も日本より厳しいそうです。しかも一回試験に受かれば後はめでたしという訳には行きません。専門医試験合格後も、専門医認定を管轄する委員会へ定期的に経験症例数を報告するとともに、定期的に筆記試験を受けて合格せねば医師免許が失効するのです(つまり、経験と知識のアップデートを要求されるシステム)。また、USMLEに合格しただけでは制度上医師として認められません。専門医資格を取得・維持できないと診療行為が継続出来なくなってしまう(保険会社は、専門医資格がある医師としか契約をしないので)のです。

 日本の場合、医師国家試験さえ合格すれば診療行為はいくらでもOKですし、更新する必要はありません。専門医資格も、各学会で規定は若干違いますが、定期的な学術総会に出席し、学会の会費さえ納めていれば資格を維持できる専門医資格も珍しくありません。

⑤外国人枠がある

 USMLEの受験資格は、条件さえ満たせば米国籍が無くても受験できます。実際、後述にあるように日本から受験し米国で臨床医をやっている先生方もいますし、中国・インド・ロシア等諸外国から、自国よりも良い収入等を求めて医師・医学生がやって来ます。

 米国でもやはり、交通アクセス等の生活インフラが不便な地域 ーいわゆる『田舎』ー にある病院は不人気で、都市部の病院のほうが就職の競争率が高いのです。都市部には米国市民である研修医が集中する一方、不人気な『田舎』の病院には諸外国から来た医師らが多く配属されることで地域医療を維持している側面もあるのです。

⑥公的保険制度が無い(国民皆保険制度ではない)

 米国には、低所得者・高齢者・失業者向けのメディケイド, メディケアや軍人・退役軍人向けの保険制度といったものを除けば公的な保険制度がありません。民間の保険会社に依存しているのです。

  米国では、各保険会社が、それぞれ個別の医療機関ないし医師個人と契約を結んでいます。従って、患者さんは自身が加入している保険会社と契約している開業医・病院以外は受診出来ない仕組みになっています。

 更に、患者さんの医療費負担がバカにならないので、入院期間は短めになります。例えば開頭手術後でも、経過さえ良ければ術後3日目くらいで退院しますし、帝王切開・経膣分娩後も母子ともに容体が安定していれば1〜2日で退院します。更に、日本では患者さんの容体がある程度安定しても、リハビリの為に暫く入院している事が多いのですが、米国では安定したら即退院し、リハビリは病院の隣にあるリハビリセンターに通ってもらうか、日本で言う回復期リハビリ病棟のような施設へ転院します。

 また、米国では医療費負担のせいで破産しホームレスになる人が後を絶ちません。実際、私が見たホームレスの方は「自分は癌がstage 4で治療継続が必要だ。お金を下さい」と人通りが多い場所で物乞いをしていました。私は東南アジアに旅行した際、子供や乳児を抱えた母親が物乞いをしているのを見たことがあるのですが、私はその時と同じくらいの衝撃を受けました(ちなみに日本では物乞い行為を禁止しています)。

 

 何せ滞在した期間も1週間と短く、伝聞も含まれるため、上に書いた内容に誤りや不足もあるかと思いますが、日米の医療はこんなに差異があるのです(より詳しい知識は、米国で医師免許を取得し専門医としてバリバリ働いている先生方のブログが多数ネット上にあるので、そちらをご参照頂けないでしょうか…申し訳ありません)。⑥に関してはかなり深刻なデメリットであり、正直日本にとっても対岸の火事とは思えない状況です。しかし①〜⑤に関しては、今日の日本の医療態勢を改善するに当たって参考にできる点も多いと思います。特に、②のようなシステムによって医師のみならず看護師らコメディカルスタッフも増やし、業務を分担することで各個人にかかる負担が分散され、より時間的・体力的にゆとりがある労働環境が実現できると考えます。