Voice of ER ー若輩救急医の呟きー

日本のどっかに勤務する救急医。医療を始め、国内外の問題につきぼちぼち呟く予定です。

【東日本大震災・福島第一原発事故から10年】放射線の影響について良く分かる本

 今年で、あの東日本大震災福島第一原発事故から10年を迎えます。当時医学生だった私は、突然街を襲った激震に戦慄し, その後TVに映った福島第一原発の有様を見て愕然とし, また事態収束に手間取り、要領を得ない記者会見ばかり開く東電・政府に苛立ったものでした。

 とりわけ福島第一原発の顛末に対し何とも言い表し難い憤懣や不安を慢性的に抱えていた私は、ひょんな機会からある書籍を手にしました。

放射能汚染 ほんとうの影響を考える: フクシマとチェルノブイリから何を考えるか』(著者; 浦島充佳, 化学同人)

著者である浦島先生は東京慈恵会医科大学附属病院に勤務する小児がん専門の医師です。米国留学経験もあり、他に疫学・統計学にも詳しいようです。

 当時、TVや週刊誌, ネットを中心にロクな科学的/疫学的裏付けのない放射線の危険性を強調する言説が流布され、(政府による食品放射線量規制値の制定と, この値に引っ掛かってしまった食品の流通規制があったにも関わらず)福島県やその周辺地域の食品の風評被害や, 避難区域から福島県外などに逃れた人への差別が社会問題となっていました。そうした風潮の中で、浦島先生は広島・長崎原爆投下の被爆者やチェルノブイリ原発事故への疫学的調査から導き出されたデータを示したり、チェルノブイリ原発事故当時のソ連当局の対応策と第一原発事故に対する日本政府の対応を比較して日本政府のリスクコミュニケーションに注文を付けたりと、当時放射線医学に関して素人同然だった医学生の私にも腑に落ちる内容でした。

 今回、このブログ記事ではその本の内容を参考にしつつ放射線の人体への影響についてまとめてみたいと思います。

 

(1) 放射線の単位

 原発事故当時、私もベクレル(Bq)だの, シーベルト(Sv)だのと記者会見の度に色々な数値と単位が飛び出してくるのを見聞きして、ヤキモキしたものでした。

 これらの単位の違いは、図1のイラストに示すように焚き火と, それから放たれる熱(or光)になぞらえてみると分かりやすいと思います。

f:id:VoiceofER:20210308212002j:plain

図1
  • 焚き火の強さ=放射能で、この単位がBq
  • 焚き火が放つ熱(or光)の強さ=放射線で、この単位はSv
  • 体が感じる熱(or光)=吸収線量で、この単位はグレイ(Gy; 人体1kg当たりに放射線が与えるエネルギーの単位)

 

(2)人体への影響

 放射線の人体への影響には、『確定的影響』(図2)と『確率的影響』(図3)の2つに大別されます。

f:id:VoiceofER:20210308212032j:plain

図2: 確定的影響

 確定的影響とは、一定の閾値を超える線量を浴びた場合に生じる疾患/障害のことです。全身へ1Gy以上の急性被曝を受けると急性放射線症候群(Acute Radiation Syndrome; ARS)を来します。ARSでは被曝後3時間以内に吐き気, 嘔吐, 下痢, 意識障害, 発熱といった前駆症状を来すことがあります。また被曝後数日で急激なリンパ球減少が生じ、その後汎血球減少を来します。他に、線量が4~6Gy以上だと腸管上皮細胞が破壊されて下痢, 出血, bacterial translocation等を来し、8Gy以上だと中枢神経が障害され意識障害等を来します。

※このARSの項目は『救急診療指針 改訂第5版』を参考に書きました。

f:id:VoiceofER:20210308212118j:plain

図3: 確率的影響

 他方、確率的影響とは「被曝線量が増えると発症リスクも上昇する(≒所謂『正の比例』)」疾患のことです。以下に実例を示します。

  • 広島・長崎の原爆生存者とチェルノブイリの避難民・汚染地域住民の疫学的調査:  甲状腺吸収線量増加に伴い甲状腺癌発症リスクが増加。
  • 1945年の原爆投下後〜翌年5/31に生まれた広島・長崎の住民(つまり、原爆投下時胎児だった住民)1,791名の調査:  1950~84年の間に18名が癌を発症。うち13名の被爆線量は10mGy以上だったが、胎児被曝線量増加に伴い癌の発症リスクは上昇。

しかしながらこの『確率的影響』に関しては、次の3点に留意する必要があります。

  1. 大量被曝した場合でも癌にならない場合が多い。
  2. たとえ被爆線量上昇に伴って癌患者が増えたとしても、「(その患者集団内のうち、特定の)誰が放射線のせいで癌になったのか」が分からない
  3. 100mSv未満の被曝については、癌の発症数自体が減少してしまうので統計学的に証明できない

なお癌の発症に関与しているのは(ご存知かもしれませんが)放射線だけではありません。タバコや食習慣, 一部のウイルス(ex. 子宮頸癌の原因となるヒトパピローマウイルス), 一部の細菌(ex. 胃癌の原因となるHelicobacter pylori)等と、他の要素も無視すべきではありません。

 ちなみに、原発事故の際に問題となる放射性同位体は主に次の2つです。

  • ヨウ素131半減期; 8日(環境中・生物学的半減期も同じ)。 甲状腺に集積しやすい。ほうれん草に付着したり, 牧草に付着し、家畜がそれを食べたことで乳が汚染される。なお後述のセシウム137と違い、土壌へ浸透して一部が植物へ取り込まれることは少ない。
  • セシウム137半減期; 30年 だが、生物学的半減期は70日土壌に浸透してその一部は植物の根から吸収され, 芋・キノコ・ベリー等に多く含まれる。また、セシウム137を吸収した植物を鳥獣が大量に食べてしまうので、その肉が汚染されている懸念がある。

 

(3) チェルノブイリ原発事故から分かる甲状腺癌のデータ

 長崎大学ベラルーシの汚染地域で疫学調査を行い、①「事故発生時既に出生していた子供」のグループと, ②「事故発生時胎児だった子供」グループで比較したところ、

 ①の甲状腺癌発症率:  男子; 0.15%(7名/4,810名), 女子; 0.49%(24名/4,910名)

 ②の甲状腺癌発症率:  男子; 0名/1,258名, 女子; 1名/1,151名

という結果が出ました。つまり、事故発生当時汚染地域に住んでいた小児全員が甲状腺癌に罹患するとは限らないということです。また事故発生当時に汚染地域にいたとはいえ胎児であった場合、甲状腺癌の発症率は0に限りなく近いということです。

 ちなみに2005年の調査での18歳以下における甲状腺癌死亡率は0.22%(15名/6,848名)でした。

 チェルノブイリ原発に近い街プリピャチから避難した住民の甲状腺内部被曝の原因は大気中に浮遊していたヨウ素131でしたが、多くの避難民・汚染地域住民の甲状腺内部被曝の原因は牛乳でした。ソ連当局は事故発生から数週間の間に「ヨウ素131が3,700Bq/Lを超える原乳は牛乳製造に回さない」という規制を設けていましたが、その規制値を超える生乳は粉ミルク, チーズ, バター等乳製品の製造に回されてしまったのです(ちなみに福島第一原発事故の際の日本の牛乳・乳製品に対するヨウ素131の暫定規制値は300Bq/kg[乳児の暫定規制値は100Bq/kg])。

 

 実はこの本、2011年に発刊された本です。よってこの本に記載された福島第一原発事故の時系列は10年前で止まってしまっています。それでも、当時の政府のリスクコミュニケーションへの批評とか, チェルノブイリ原発事故の経過(図4)とか, 広島・長崎やチェルノブイリから明らかになった疫学的データについて、上記以外の内容も沢山書いてあるのでスッゲー勉強になりました。

f:id:VoiceofER:20210308212205j:plain

図4: チェルノブイリの経過