Voice of ER ー若輩救急医の呟きー

日本のどっかに勤務する救急医。医療を始め、国内外の問題につきぼちぼち呟く予定です。

10年目の3.11を迎えて色々考えた。

 こんばんは。昨日(2021/3/11)は東日本大震災から10年でした。私自身も親族も被災こそしていないものの、当時大学3年生だった私はその時街におり、強い揺れを経験することとなりました。その後自宅に帰りTVをつけましたが、やがて東北地方太平洋沿岸に押し寄せる津波の映像が放映され始めました。黒い波に押し流される家屋や車, 漏れ出した石油に引火して燃え上がる街など、衝撃的な光景でしたが、それをすぐ近くで見ていた地元住民の皆様の思いは今でも想像できません。

 さらに時間が経つと、福島第一原発に関する懸念すべき情報が入ってきました。その中で最も私が衝撃を受けたものはやはり、原子炉を納めていた建屋の水素爆発でしょう。もう私は声すら出ませんでした。その後の記者会見で「どこどこでXミリシーベルト…◯◯はYベクレル…」などと数字や単位を述べている東電・政府の職員を見た私は「こんなことになっているのに、よく分からん内容をグダグダとしゃべりやがって。なんで原発が爆発するまで放っといたんだ!」とキレ始めていました。その時の政府の公式発表や危機対応のやり方にも問題はありましたが、私も当時は放射線のことを全然分かっていなかったからキレていたのです。数学・計算が苦手だったため高校理科は化学・生物選択で, 大学1年時になって始まった物理学には大苦戦。しかも大学の基礎教養の物理学の講義・試験では放射線について触れてはいても、人体の影響に関しては一切言及されませんでした(あくまで『物理学』という枠組みだったので)。

 でも4年生に上がると、放射線医学の講義が始まりました。講師の先生方は福島第一原発事故の影響についても講義しました。私自身も先日の記事で書いたように、然るべき専門家の書いた書籍に出会い知識を補強出来たのです。

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 10年の間に私は医学部を卒業し医師国家試験に合格しました。そして2年くらい前には日本DMAT隊員の資格を無事取得しました。私はただのガキから、専門知を以て闘う(?)プロフェッショナルに向けた道を歩み始めています。

 嫌なことも沢山あるけど、一度歩み始めたこの道は(途中で道草を食うかもしれないけど)簡単に戻れないし, 外れることも出来ません。