Voice of ER ー若輩救急医の呟きー

日本のどっかに勤務する救急医。医療を始め、国内外の問題につきぼちぼち呟く予定です。

ロシア製コロナワクチン1回目接種の有効性

 こんばんは。現役救急医です。久々の更新ですね。既に専門医試験は来週に迫っており、追い込みにかかっていたら自然とブログから遠ざかってしまいました。このブログではずっとコロナワクチンに関する様々な知見を雑ながら紹介していましたが、つい先日、面白そうな論文に出くわしたのでそれを今回は紹介します。今回参考にしたのは、今年7/6に提出・8/20に受理され, 'EClinicalMedicine'というジャーナルに掲載された論文(https://doi.org/10.1016/j.eclinm.2021.101126 )です。

 

(1) Introduction

 2021年5/28時点で、アルゼンチンのCOVID-19症例数は360万人を超え, 死者数は76,135人であった。アルゼンチンのコロナワクチン確保状況は、

  • BNT162b2 mRNAワクチンファイザー - BioNTech): 第3相臨床試験に参加したものの、大量使用に十分な量を確保できず。
  • ChAdOX1 nCoV-19ワクチン: アストラゼネカとパートナーシップ協定を結んだが、十分量を確保できず。
  • Sinopharm/BBIBPワクチン(北京生物学的製剤研究所): 不活化ワクチン。2021年2/28から接種開始。
  • Gam-COVID-Vac/Sputnik Vワクチン(Gamaleya疫学・微生物学国立研究所): 遺伝子組み換えアデノウイルスワクチン(アストラゼカに同じく)。2020年12/29から接種開始。

という状況だった。Sputnik Vを確保した時点で、60歳以上へ接種するためのワクチン確保は限られていた。但し、コロナワクチンの1回目接種だけでも容認できる範囲の免疫と, 最重症COVID-19発症に対する予防が成立するというデータもでていた。従って、COVID-19症例数増・不十分なワクチン確保状況・短期的なワクチン供給を改善する為に1回目接種を優先するという観点で、アルゼンチン保健省は2回目接種の延期を決定した。

 

(2) Method

① Study Design

 この研究は、ブエノスアイレス州に居住する60~79歳の集団におけるSputnik Vの1回目接種の有効性の決定を目的とした、後方視的コホート研究である。なおブエノスアイレス州では、ワクチン接種キャンペーン促進の為に、Vacunate PBAという登録システムを開発した。このデータベースには、登録者が自己申告した年齢, 年齢, 性別, 併存疾患等が登録されている。Vacunate PBAへの登録は2020年12/15に開始された。

 PCRや抗原検査で診断されたSARS-CoV-2感染例に関する情報は2021年5/1時点までのものを取得したなお、その時のブエノスアイレス州の方針により、SARS-CoV-2感染診断例は主に有症候性の症例を反映している。また入院・死亡例に関する情報は2021年5/15までに記録されたものである。SARS-CoV-2感染例・入院例・死亡例は、全国規模のデータベースから収集した。

② 参加者について

 2021年3/21までに、Vacunate PBA登録者4791,075名中513,432名が冒頭の3種のワクチンいずれかの1回目接種を受けていた。このうち2021年3/21以前にSputnik V接種1回目を受けていたのは203,334名(ブエノスアイレス州で1回目接種を受けた人の39.6%)だけであった。この研究では60歳超の参加者のみが対象となった。ワクチン被接種集団及び未接種者集団への参加登録基準はそれぞれ、

1. 被接種者: 1)60~79歳, 2)2021年3/21以前にワクチン1回目を接種されたが、同年5/1時点で2回目は接種, 3)SARS-CoV-2感染既往なし, 及び 4)ブエノスアイレス州の大ブエノスアイレスを構成する自治体に居住している。

2. 未接種者: 1)60~79歳, 2)2021年5/1時点でコロナワクチンを接種していない, 3)SARS-CoV-2感染既往なし, 及び 4)ブエノスアイレス州の大ブエノスアイレスを構成する自治体に居住している。

であった。

 なお80歳以上については、2021年5/1時点で95%<がワクチン接種を受けていたので、この研究から除外された。被接種者集団のmonitoringはワクチン接種を行った日から開始された。他方、接種集団で正確な発症時期の決定は困難だった。そこで、被接種者集団と未接種者集団における暴露時間を均一とすることにした。具体的には、接種群のmonitoring開始期日に相当する架空のワクチン接種日を創作した。この架空の期日は、被接種者集団の1回目接種期日のサンプルからランダムに拾い上げたものである。全ての参加者は、40日間のmonitoringを受けた。

 この研究に登録されている60~79歳集団は、60~69歳subgroupと70~79歳subgroupへ分割された。アルゼンチンではコロナワクチン接種を80歳以上から開始し, 次に60~79歳集団へ接種していた。各年齢subgroup内の被接種者:未接種者比の不均衡を補正する為に、この比が1:1近くとなるようにmatchさせた。

③ Outcome

  • Primary Outcome: 1回目接種21~40日後にSARS-CoV-2感染と診断された参加者の割合
  • Secondary Outcome: 1回目接種21~40日後に入院・死亡した参加者の割合

 

(3) Results

 アルゼンチンのコロナワクチン接種は2020年12/29に開始された。この研究が実施された期間は夏季であり、ロックダウンは行われなかった。同年12月に1日当たりのSARS-CoV-2感染症例数が増加し, 翌年(2021年)1月の第3週にはピークに達した。同年4月最終週の第2波により、新たな規制(夜間外出と集会の規制)が実施されることとなった。

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Fig. 1

 2021年3/21までに203,334名がSutnik V 1回目接種を受け、うち40,387名は60~79歳で, ブエノスアイレス州ブエノスアイレスに居住していた。他方、この年齢層で接種の参加者は146,194名だった(Figure 1)

 ワクチン(1回目)被接種及び未接種の参加者の数は、

  • 60~69歳subgroup: 被接種者; 12,195名, 未接種者; 119,561名
  • 70~79歳subgroup: 被接種者; 28,192名, 未接種者; 26,633名

であり、60~79歳の集団全体で被接種者:未接種者比は1:3, 60~69歳subgroupで1:10, 70~79歳subgroupで1:1になってしまった(つまり不均衡がある)。そのため、被接種者:未接種者=1:0.97の比にmatchさせた60~79歳の集団を作成した('matched 60-70 subgroup'; 60-79m)。

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Fig. 2

 全ての集団で性別の分布は類似していた。但しmatchさせていない集団内では、被接種者はより高齢で, 併存疾患も多かった。Matching後はこうした差異は消失した。参加者の特性をFigure 2 A~Cに示す。

 フォローアップ期間の分布は両群で等しく、時間依存性の疫学的背景(Figure 2D)と暴露時間(Figure 2E)が類似していることを示した。暴露時間中央値は44日間(95%CI 43~45)だった。

 60-79m groupにおいて、接種後21~40日のSARS-CoV-2感染に対する有効性は78.6%(95%CI 74.8~81.7), 入院に対する有効性は87.6%(95%CI 80.3~92.2), 死亡に対する有効性は84.8%(95%CI 75.0~90.7)だった。

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Table 3

 Sputnik V1回目を接種された参加者において、接種後14~20日SARS-CoV-2感染例に対する有効性は87%(95%CI 81~91)だった。入院に対する有効性は21~27日及び28~34日で最大であり, 94%(95%CI 75~99)だった。死亡予防効果は38~34日で93%(95%CI 81~98)その前の期間よりも高値であった。35日目以降、感染に対する有効性は78%(95%CI 71~82), 入院に対する有効性は90%(95%CI 77~95)だった。Table 3に全ての結果を示す。

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Table 4

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Fig. 3

 年齢・性別・併存疾患の有無によるsubgroup別の有効性をTable 4に示す。また感染・入院・死亡に多雨する有効性は性別・年齢・併存疾患のsubgroup間で類似していた(Figure 3)。 

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Fig. 4

 SARS-CoV-2感染・入院・死亡の累積罹患曲線は2週間目以降で分岐した(Figure 4A~C)毎週計算された有効性も、開始以来高値を示した(Table 3)

 

(4) Disucussion

 Sutnik V 1回目接種は、60~79歳の集団において、接種後21~83日の期間でSARS-CoV-2感染予防効果が78.6%, 入院予防効果が87.6%, 死亡予防効果が84.8%であることが示された; このデータは既知のものと一致する。

 コロナワクチンは2回接種を完了することが標準であるものの、1回目接種が受容可能な有効性を示す場合、2回目接種延期はワクチンが少ない状況下で、人口のより高い割合に対する接種を可能とするであろう。ChAdOx1ワクチンの第3相臨床試験の結果は、本来の間隔より延長された1回目-2回目接種間隔を用いたsubgroupにて感染予防効果が増加したことを示した(1回目接種の有効性:  2回目接種の時期が4~8週間後; 55%, 9~12週間後; 69%, 12週間以降; 81.3%)こうした知見は、流行状況が急速に悪化し, 一部地域でワクチンが入手困難となっている状況において、2回目接種延期を支持することとなった。事実、英国とカナダは新たなevidenceを採用し, 2回目接種時期を3~4ヶ月に遅らせる方向へ修正している。2021年3/26にアルゼンチン保健省は、リスクが高い集団への1回目接種を優先することを決定した。

 イスラエルにおける研究では、以下のような知見が得られている。

  • BNT162b2 mRNAワクチン1回目接種13~24日後においてSARS-CoV-2感染の相対的riskの減少は51%だった。
  • 9,109名の医療従事者コホートにおける研究では、BNT152b2ワクチン1回目接種後のSARS-CoV-2感染の調整相対的risk減少は、1~14日後: 30%, 15~28日後: 75%だった。

他にも、

  • スコットランドの研究では、BNT162b2及びChAdOx1接種28~34日後の入院に対する予防効果が89%であると報告。
  • イングランドの80歳超を対象とした研究では、重症化・入院に対するBNT162b2ChAdOx1両者の有効性が80%と報告。
  • BNT162b2 1回目接種はCOVID-19による死亡に対する効果が85%。

という知見が存在する。

 Sputnik Vの第3相臨床試験では、

  • 2回接種スケジュールの有症候性感染への有効性: 91.6%
  • 1回目接種14日後の有効性: 87.4%
  • 1回目接種15~21日後の中等症〜重症COVID-19への有効性: 73.6%
  • 60歳超の参加者における有効性: 91.8%

という知見が得られている。

 知られている限り、この研究は現実世界におけるSputnik Vの有効性を報告した初めての研究である; そして1回目接種の有効性に関する情報は、別種のコロナワクチンについての研究結果と合致するものである。

 カナダBNT162b2ワクチンとmRNA-1273ワクチン2回目接種の時期が4ヶ月へ延長)における研究で、有症候性感染に対する1回目接種の有効性は

  • 14~20日後で48%
  • 35~41日後で71%

と示され, 重症COVID-19(入院・死亡)に対する1回目接種の有効性は

  • 14~20日後で62%
  • 35日後以降で91%

と示されている。

 またAd26-COV2-Sワクチンの単回接種(Johnson&Johnson製。Sputnik VやChAdOx1と同類。)については、

  • 接種14日後においてSARS-CoV-2感染に対して76.2%の有効性を示した。但し研究結果公表までに、重症COVID-19・死亡に対する有効性の算出に足る入院・ICU入室・死亡が揃わなかった(なおこれらの数値は、今回の研究と同等である)。
  • 接種14日以降に発症した中等症〜重症・致死的COVID-19に対する有効性は66.9%
  •    〃   に発症した重症・致死的COVID-19に対する有効性は76.7%
  • 接種28日以降に発症した中等症〜重症・致死的COVID-19に対する有効性は66.1%
  •    〃   に発症した重症・致死的COVID-19に対する有効性は85.4%

という結果が出ている。

 BNT162b2 mRNAワクチン第3相試験にて、ワクチン群とプラセボ群のCOVID-19累積罹患曲線は1回目接種12日後から分岐し始め, Sputnik V第3相試験ではそれが1回目接種16~18日後から分岐し始めていたしかし今回、1回目接種の7~14日後から有症候性感染が減少する早期効果が観察されており、ワクチンの生物学的効果では説明が困難である。こうした説明困難な知見は、現実世界における研究で観察されている。背景にあるmechanismはおそらく多様な原因によるものだろう。

 なおこの研究の欠点は以下のとおりである。

  • 観察研究である:  未接種者はプラセボを接種されていないので、被接種者集団のいかなる行動変容も不確定要素となる可能性がある。
  • 救急外来受診・ICU入室といった関連するoutcomeが評価されていない。
  • ロックダウン等のワクチン以外の手段が、研究期間中に行われた可能性がある:  この研究は、規制が緩和されていた夏季に実施された。
  • 研究の対象となったコホートへ積極的に検査しなかったので、無症候性症例の過小評価に繋がった可能性がある。
  • Vacunate PBAへの登録が任意だった。
  • 併存疾患に関する情報は自己申告だったので、正確でない可能性がある。
  • 人種等の関連する疫学的データは収集されなかった。
  • 今回の知見は、デルタ株等新規の変異株に適用できない可能性がある:  ワクチン有効性の評価の継続が必要である。
  • 欠落したデータは入力していない:  なおVacunate PBAへの登録時には、年齢・性別・併存疾患といったフォームへ必ず入力するよう求められている。
  • 60歳未満の被接種者を含めていない:  この研究が行われた時期において、この年齢層の人の大半は医療従事者だった。
  • 1回接種の有効性を、接種後21~83日間という短期間でしか評価できていない。