Voice of ER ー若輩救急医の呟きー

日本のどっかに勤務する救急医。医療を始め、国内外の問題につきぼちぼち呟く予定です。

アフリカでの新型コロナウイルスのゲノムサーベイランス

 今日はまた論文をちょっと紹介してみます。今回参考にしたのは"A year of genomic surveillance reveals how the SARS-CoV-2 pandemic unfolded in Africa."(E. Wilkinson et al. Science 10.1126/science.abj4336(2021))です。この論文で特に興味深い部分を中心に和訳しています。また、悠長にブログを更新している時間が無いので、省略しちゃった部分もあることを予めご了承下さい。

 

 アフリカでは、2021年4月末までに~450万名のCOVID-19症例, 〜120,000名のCOVID-19死亡例と、比較的少ない割合と症例数・死亡数が報告されている。但し、一部のアフリカ諸国における血清学的な調査や, 剖検例に基づく研究では、本当の感染者数・死亡者数が実際の報告の5倍いる可能性が示唆されている。

 アフリカのCOVID-19の1人目の症例はナイジェリアで報告された。2020年2月〜3月上旬にはエジプトと南アフリカで報告され, 同年3月末までに大半のアフリカ諸国で報告されていた。これら早期の症例は、海外からの帰国者の間に集中していた。多くのアフリカ諸国で、海外渡航制限, 帰国者隔離 , 国内でのロックダウンを含む早期の公衆衛生・社会的手段(public health and social measures; PHSM)が導入された。早期において、北アフリカとアフリカ南部で比較的多数の症例数が報告され, その他地域で症例数が少ないという傾向があった。

 今回、アフリカ33ヵ国とアフリカの海外領土2ヶ所由来のSARS-CoV-2ゲノムデータへの系統遺伝学的・系統地理学的分析を行なった。

(1) ゲノムデータについて

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Fig. 1A

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Fig. 1C

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Fig. 1D

 2021年5/5までに、14,504個のSARS-CoV-2のゲノムがアフリカ38ヵ国と, アフリカ海外領土2ヶ所(マイヨットとレユニオン)からGISAIDデータベースへ提出された(Fig. 1A)。この半分近くが南アフリカ由来であった。多くの国で早期にゲノムサーベイランスが始まっていたのだが、1年を通して検体を採取したevidenceがある国は少なかった。アフリカの全ゲノムの半分が2021年の最初の10週間に集中しており、B.1.351等の変異株特定後の第2波でサーベイランスが強化されたことが示唆される。(Fig. 1C and D)

(2) 遺伝的多様性と系統について

 2021年3月末までにGISAIDから受け取ったゲノム10,326個のうち8,746個が条件を満たしたので、世界各地の代表的なゲノム1,1891個と系統遺伝学的な方法で比較した。このような解析で、アフリカ大陸とその他の地域, 及び アフリカ諸国間でのウイルスの輸出入の推定が可能となった。

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Fig. 2B, C, D

 全体で、2020年初頭から2021年2月の間に、最小でも757個のアフリカ諸国へのSARS-CoV-2流入が検出された(そのうち半分以上は、2020年5月末より前に発生していた)。パンデミック早期において、アフリカ外からの輸入, 多くの場合ヨーロッパからの輸入が支配的だった。しかしパンデミックが進行するにつれて他のアフリカ諸国からの輸入が増加した(Fig. 2B and C)

 南アフリカ, ケニア, ナイジェリアが他のアフリカ諸国への輸入の主要な原因となっているようであった(Fig. 2D)が、この3ヵ国が最も多い数の配列を保有していたことに影響された可能性がある。特にアフリカ南部, とりわけ南アフリカは他のアフリカ諸国への輸出の~80%を占めていた北アフリカでは、ヨーロッパとアジアからのウイルス流入が多かった。

 アフリカから他の地域へのSARS-CoV-2輸出は、最小でも324個であった。大半はヨーロッパ(41%), アジア(26%) 及び 北米(14%)への輸出だった。但し輸出イベント数増加は2020年12月〜2021年3月の間に起きていた(その時期はアフリカの第2波と, 世界中での渡航制限緩和が起きていた)。

 パンデミック早期はB.1系統の優勢が特徴である。これはアフリカ諸国へ複数回にわたって流入し,この解析に含まれた国の大半で検出された。B.1.351南アフリカで出現後、アフリカで最も多く検出されるSARS-CoV-2変異株となった(n=1,796, ~20%) (Fig 1C)

 2020年3~4月に空の便("air trabvel")がほぼ完全に停止された時点で、アフリカへのウイルス輸入検出数は減少し、パンデミックサブサハラにおける低いレベルの地域内移動の維持と, 近隣諸国間のウイルス移動の発生を特徴とするphaseに入った一部の国境はロックダウン期間に閉鎖されていたものの、交易を可能とするために国境を解放していた国もあった。アフリカ南部の交易はロックダウンの影響をほとんど受けず, 2020年6月〜12月の間の規制緩和によりすぐにパンデミック前のレベルに戻った。

 A系統のウイルスは複数のアフリカ諸国へ輸入したものの、アフリカのゲノム検体の1.3%しか占めていなかった。A系統は当初一部地域でクラスターを発生させ, 複数の国で別個のSARS-CoV-3流入を起こしていたが、パンデミック進行につれてB系統に取って替られた。しかしながら、一部アフリカ諸国ではA系統が増加しているというevidenceが存在している。

(3) SARS-CoV-2新規変異株の出現と拡散

 アフリカ大陸内での主要なSARS-CoV-2変異株の一部の拡散の程度を決定する為、B.1.351, B.1.525, そして 新たに出現した変異株(A23.1C.1.1)への系統地理学的解析を行なった。この解析により、これら4変異株が時間経過とともに進化していることを示す強い証拠が示された。

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Fig. 4A, B, C, D

 B.1.3512020年10月に初めて南アフリカで検出されたが、系統地理学解析ではより早期の2020年8月あたりに出現したことが示唆された。B.1.351にはスパイクタンパク質に10ヶ所の変異がある。B.1.351はEastern Capeで発生後、南アフリカ全域へ拡大した(Fig. 4A)2020年11月までにB.1.351は近隣のボツワナモザンビークへ, 同年12月までにザンビア・マヨットへ到達した。2021年初頭の3ヶ月の間に南アフリカからボツワナジンバブエモザンビークザンビアへのさらなる輸出が生じ, 2021年3月までにB.1.351はアフリカ南部諸国とマヨット・レユニオンで優勢な変異株となった。他にB.1.351の南アフリカからアフリカ東部と中央アフリカへの直接的な流入も証明された。より広範囲なB.1.351検体に対する離散した系統地理学的解析では、B.1.351が西アフリカへ拡散したことが証明された。

 B.1.525にはスパイクタンパク6ヶ所に変異があり, N-terminal domainに2ヶ所の欠損がある。B.1.525は2020年12月中旬に初めて検出されたが、系統地理学的解析では2020年11月にナイジェリアで発生したことが示唆された(Fig. 4B)それ以降、B.1.525はナイジェリア全土と隣国のガーナへ拡散した。なお西アフリカ・中央アフリカからの検体が乏しいため、B.1.525拡散の程度は不明である。(Fig. 1A and C)

 A.23変異株はスパイクタンパクに3ヶ所変異があり, ウガンダAmuruにある刑務所で2020年7月に初めて検出され, Kitgum刑務所へ拡散した。その後、A.23は一般人口へ漏出し, ウガンダの首都カンパラで拡大した。その過程でスパイクタンパクへ更なる変異が加わり、A.23.1変異株が発生した(Fig. 3A and B)。2020年9月のA.23.1の発生以来、これは隣国のルワンダケニアへ拡大し, 南アフリカボツワナ(南方)とガーナ(西方)に到達した(Fig. 4C)

 C.1変異株2020年3月に発生した。C.1.1にもスパイクタンパクの変異がある。この変異株の移動の系統地理学的な再現によって、C.1がヨハネスブルグで発生し, 第1波で南アフリカ全土へ拡大したことが示唆された(Fig. 4D)別個のC.1の南アフリカから他国への輸出は、ザンビア(2020年6~7月)及びモザンビーク(2020年6~8月)の域内拡大につながった。またC.1.1への進化が2020年4月中旬あたりにモザンビーク国内で発生していたと思われた。

(4) Conclusion

 過去のSARS-CoV-3拡散パターンの系統地理学的な再現により、ヨーロッパとアフリカの間での強い疫学的な繋がりが示唆された。

 こうした解析は、2020年中のアフリカ大陸へウイルス拡散, 及びアフリカ大陸内での拡散のパターンの変化も示している。アフリカ各国におけるSARS-CoV-2の早期の流入例の大半は、アフリカ大陸外からの流入であった。

 アフリカでB.1.351やC.1.1等の変異株が発見されて以来、世界各地で様々なSARS-CoV-2変異株が出現している。B.1.525(西アフリカで発見)A.23.1(東アフリカで発見)は発生した地域で頻度が増えており, この地域において、他の変異株よりも適応している可能性が示唆される。この変異株が懸念すべきものであるか確定するには、より集中的な研究が必要であるものの、最悪を想定し, これら変異株の拡散を止めることが賢明である。

 今回の解析で、B.1.351は2020年歳秋月には南アフリカから隣国へ拡大し, 2021年2月までにはコンゴ民主共和国にまで到達していたことが判明した。こうした拡大は、南アフリカの港とボツワナ, ジンバブエ, ザンビア, コンゴ民主共和国南部の商業・工業地帯を繋ぐ鉄道・道路のネットワークにより促進された可能性がある。B.1.351の急速な拡大は、現行の国境管理が無効であることを示唆している。越境入国者を対象とした検査, 陽性者へのgenotyping, 及び 頻回に越境する人への集中的な追跡が、将来的な変異株の拡散をより有効的に封じ込めるかもしれない。

 アフリカにおける変異株(懸念すべきものと, 注意すべきもの)の優勢は、アフリカ大陸におけるワクチン接種拡大に関して重要な意味合いを持つ。例えば、多くのアフリカ諸国におけるワクチン接種の遅れは、ウイルスの増殖と進化を可能とする環境を作っている: これはほぼ間違いなく、更なる懸念すべき変異株を生み出すであろう他方、変異株が既に拡大している状況では、ワクチン有効性低下とワクチンが入手困難な状況のバランスを取る難しい判断を下さねばならない。