Voice of ER ー若輩救急医の呟きー

日本のどっかに勤務する救急医。医療を始め、国内外の問題につきぼちぼち呟く予定です。

COVID-19アデノウイルスベクターワクチンによる血栓症の話題

 こんばんは。毎回御閲読頂きありがとうございます。最近、アストラゼネカ製COVID-19ワクチン(複製不能アデノウイルスベクターSARS-CoV-2抗原を発現させたもの。"ChAdOx1 nCoV-19 vaccine"と呼ばれる)による血栓症が話題となっていますが、その治療に関する論文をたまたま見つけたので紹介します。今回参考にするのは以下の2つです。

  1. Bourguignon A, Arnold DM. et al. "Adjunct Immune Globulin for Vaccine-Induced Thrombotic Thrombocytopenia." N Engl J Med. DOI: 10.1056/NEJMoa2107051(2021/6/21に最終アップデート)
  2. Selby R, Rendrgrant J. et al. "Therapeutic Plasma Exchange in Vaccine-Induced Immune Thrombotic Thrombocytopenia." N Engl J Med. DOI: 10.1056/NEJMc2109465(2021/7/6発表)

(1) ベクターワクチン血栓症について

 アデノウイルスベクターワクチンによる血栓症の正式名称は'Vaccine-induced Immune Thrombotic Thrombocytopenia(VITT)'ChAdox1 nCoV-19ワクチン(以下、アストラゼネカワクチンと呼ぶ)接種後5~30日後に, 脳静脈洞血栓症・脾静脈血栓症等の非典型的な血栓症で発症する。患者の多くは20~55歳であった。死亡率は30~60%である。血小板第4因子(platelet factor4; PF4)に対するIgG抗体が産生され、FcγIIa受容体により血小板を強く刺激することで血小板減少と凝固系の活性化が起こる。現在、ヘパリン以外の抗凝固薬高用量免疫グロブリン静注(intravenous immune globulin; IVIG)による初期治療が推奨されている。

 

(2) 免疫グロブリン静注療法と, 検査所見・診断に関する報告

 Bourguignonらは2021年3/31〜4/13の間にVITTと診断された患者3名について報告した。Figure 1はそれぞれの患者の治療経過及び血小板数の推移を示したものである。

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Fig. 1

① Patient 1:  72歳女性 

 既往歴; 特になし

 アストラゼネカワクチン接種後7日目に左下肢痛と跛行を発症。症状が悪化し、発症8日後に入院した。画像検査にて腎上の大動脈血栓, 左浅・深大腿動脈閉塞, 腹腔動脈・右腓骨動脈の部分的血栓形成を認めた。

 未分画ヘパリン静注を開始され、投与期間中に血小板数は39,000から77,000まで増加した。入院3日後に外科的血栓除去術を施行され, その前にヘパリンを中止された。その時にVITTを疑われアルガトロバンが開始された。その後5日間に血小板数の改善を認めなかったため、高用量IVIGが投与された。その後2日間で血小板数は74,000から114,000まで増加し, アピキサバン内服を処方され退院となった。退院9日後のフォローアップで血小板数は166,000と正常化していた。

② Patient 2:  63歳男性 

 既往歴; 心血管系risk factorなし, 血栓症の既往なし

 アストラゼネカワクチン接種後18日後に左下肢痙攣を自覚した。4日後に呼吸困難を急激に発症。翌日には左下肢の疼痛・冷感が出現した。ワクチン接種24日後に救急外来を受診し、CT angiographyにて左下肢急性動脈血栓症と広範囲の肺塞栓を認めた。低分子量ヘパリンを投与され、血小板数は36,000から77,000まで増加した(しかしその後、血小板数は低下した)。その後外科的血栓除去術を施行された。下肢超音波検査では非閉塞性の膝窩深部静脈血栓症を認めた。VITTを疑われ、ヘパリンをフォンダパリヌクスへ変更され, IVIGを投与された。IVIG投与後に血小板は3日間で27,000から124,000まで増加した; IVIG開始7日後に血小板は640,000であった。IVIG後に新規血栓の発生は無いものの、残存左下肢遠位血栓により下肢遠位に虚血性壊死を来し切断術を予定された。

③ Patient 3:  69歳男性 

 既往歴; インスリン非依存性糖尿病, 高血圧, 睡眠時無呼吸, 前立腺癌(直近で診断された。まだステージ分類されていない), 血栓症の既往なし, 接種の9ヶ月前に経カテーテル的大動脈弁置換術を受けヘパリンを使用された。その後アスピリン81mg/dayを内服していた。

 ワクチン接種12日後に頭痛と混迷を訴え、進行性の左片麻痺のため入院した。入院3日目に左片麻痺増悪を来たし, 右中大脳動脈領域の出血性脳梗塞を認めたことからVITTと診断された。他に右内頸動脈, 右横静脈洞・S状静脈洞, 右内頸静脈, 肝静脈, 下肢静脈遠位の血栓肺塞栓症を認めた。フォンダパリヌクスとIVIG(2回)による治療が行われ、血小板は3日間で35,000から125,000まで増加した。左片麻痺は残存したものの、新たな血栓症イベントは臨床所見上認められなかった。

 その後血小板数が106,000へ減少し, D-dimerが増加した; 3度目のIVIGが投与され、その後血小板数は165,000まで増加し, D-dimerは再び低下した。それと並行して、VITT抗体がフォンダパリヌクスと交差反応することを懸念したためリバロキサバンへ変更された; なおこの交差反応は検査にて除外された。その後、患者には血漿交換がワクチン接種後47~62日の間に13回行われた。その結果血小板は徐々に改善し、第62病日には158,000になった。

 

 上記3患者のうちPatient 2と3では、D-dimerがそれぞれ>10mg/L, >20mg/Lと高値, フィブリノゲンがそれぞれ140mg/dL, 200mg/dLと低値, INRがそれぞれ1.3, 1.4と軽度増加を含むDICの所見を認めた。IVIGによる治療後、2名の患者ではD-dimer値減少とフィブリノゲン値上昇を認め、過凝固状態改善と矛盾しなかった。

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Table 1

 また3名全員で、ELISA法によってPF-4polyanion complexに対する抗体の強陽性を認めた(Table 1)IVIG療法後のELISA反応性低下は認められず、IVIGがVITT抗体のPF4への結合を抑制しないことが示唆された。

 IVIG投与前に採取した血清(baseline)は、3名の患者においてセロトニン放出アッセイにてそれぞれ異なる反応パターンを示した。

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Fig. 2 AとB

1. Patient 1の血清(Fig. 2A)

 ヘパリン濃度 セロトニン放出

 0U/mL     19%

 0.1U/mL     41%

 0.3U/mL    23%

 100U/mL    0%

2. Patient 2の血清

 ヘパリン濃度 セロトニン放出

 0       35%

 0.1, 0.3U/mL   5%

3. Patient 3の血清

 ヘパリン濃度 セロトニン放出

 0U/mL     78%

 0.1U/mL     72%

なおこの3患者において、IVIG 1~2回目投与後に血清によるセロトニン放出は見られなかった。

 Patient 1, 2では、baselineの血清にPF4を追加したところ、強力な(>80%)セロトニン放出が見られた(Fig. 2B)。Patient 3のbaselineの血清では、PF4の効果は見られなかった(PF4のない状態で78%のセロトニン放出)。この患者3名全員でIVIG療法後に採取した血清では、PF4存在下での反応性低下が認められた。

セロトニン放出アッセイとは

 患者血清を、ドナー由来血小板(放射性同位体C14を持つセロトニンを含む)と, 様々な濃度のヘパリンと混合する。患者血清中の抗体が血小板に結合し活性化させた場合、放射性元素の付いたセロトニンが血小板から放出される。セロトニン放出が20~49.9%だと反応性が弱い80%超だと反応性が強と定義される。

 自己免疫性血小板減少性紫斑病患者へIVIG療法を施行後の血栓イベントが多数報告されていることを考えると、血栓症治療目的の高用量IVIGは例外的である。しかしながら、自己免疫性ヘパリン誘発性血小板減少症(Heparin-induced Thrombocytopenia; HIT)の患者と, 上記患者3名では、IVIGによる血清誘発性血小板活性化の抑制は血小板数増加と関連していた。

 こうした知見はおそらく、in vivoでの抗体による血小板活性化・過凝固状態の低下を反映している。血小板数を増加させることは、患者に重症の血小板減少と多発する非典型的な血栓が伴っている場合に特に重要である。VITT患者は場合により数週間は持続する重症の血小板減少を来たしうるので、早期IVIG投与はVITTのmanagementにおいて抗凝固療法への重要な補助的治療となる可能性がある。IVIGの2日間連続して体重1kgごとに1g」という推奨投与量は曖昧である可能性がある。IVIGの用量依存性の効果を考慮して、こうした計算には少なくとも投与量, できれば実測体重を使用することが提案されている。

 また、北米で使用されている血小板活性化試験(セロトニン放出アッセイ)が、PF4の反応ウェルを含めることによってVITT抗体の検出にも使用可能であることが示された。Patient 3の血清で見られた反応パターンは非典型的であったものの、従来のHIT検査で2検体が陽性となったことから、これらの患者から採取した血清の反応パターンは不均質であると判明した。Patient 1と2(従来型のヘパリン依存性抗体の検査がそれぞれ弱陽性・陰性だった)では、PF4追加が強力なセロトニン放出を起こした。従って、通常の環境で行う標準的な血小板活性化アッセイへ、ヘパリン無し・PF4追加(≧10μg/mL)を併用することが推奨される。また、ヘパリン非存在下での血清によるセロトニン放出は自己免疫性HITの特徴であることから、バッファーコントロールとしてのヘパリン0U/mLでの検査も推奨される上記知見は、セロトニン放出アッセイ結果の偽陰性を回避する為に、IVIG投与前に血清のVITT抗体検査を行うという推奨を支持するものである。対照的に、IVIG療法でELISA活性は抑制されなかった。

 

(3) 血漿交換療法に関する報告

 Figure 1に患者3名の治療経過詳細を示す。3名ともに、アストラゼネカワクチン接種後にPF4を追加したセロトニン放出アッセイ(serotonin release assay with added PF4; PF4 SRA)が陽性となったVITT患者で, 初期治療にも関わらず血小板減少の遷延と進行性の血栓症を認めた。

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Fig.1

① Patient 1:  45歳女性

 既往歴; 特になし

 ワクチン接種11日後に左腎梗塞, 両側副腎出血, 肺塞栓症, 右椎骨動脈・内頸動脈血栓症のため入院した。

L/D; 血小板数 53,000, APTT 40.1 sec., INR 1.3, フィブリノゲン 322mg/dL, D-dimer>35,200μg/L fibrinogen equivalent units(FEU), PF4 ELISA肉眼的凝集 2.38。

② Patient 2:  46歳女性

 ワクチン接種10日後に横静脈洞・S状静脈洞・上矢状静脈洞を含む脳静脈洞血栓症を来した。

L/D; 血小板数 16,000, APTT 31, INR 1.3, フィブリノゲン 120mg/dL, D-dimer>44,000μg/L FEU, PF4 ELISA肉眼的凝集 2.06

③ Patient 3:  48歳女性

 既往歴; 数年前に乳癌に罹患

 ワクチン接種16日後に左鎖骨下動脈, 胸部・腹部大動脈・右内腸骨動脈の血栓症を来した。左下肢に虚血とチアノーゼを伴う動脈血栓も認めた。ヘパリン静注を1回投与された。乳癌再発は認めなかった。

L/D; 血小板数 37,000, APTT 24.5, INR 1.2, フィブリノゲン 100mg/dL, D-dimer>9,999μg/L FEU, ELISA肉眼的凝集 2.28

 Patient 1と3には完全な血漿で, Patient 2には半分血漿・半分アルブミン血漿交換療法が開始された。血漿交換療法開始前・治療中・治療後にアルガトロバン療法への密なモニタリングが行われ、APTTの変動はほとんど見られなかった。Patient 1は5回目の血漿交換療法後にリツキシマブ投与を受けた。Patient 2ではIVIG投与まで血小板数は改善しなかった。Patient 1と2は当初重症であったにも関わらず回復した。Patient 3は膝上切断を行われたが、血小板交換療法が更なる切断を防いだ可能性が大きい。

 初期治療に反応しないVITTは緊急の追加治療が必要である。VITTはIgGを介するものであるため、更なる研究が必要ではあるが、血漿を交換体液として用いる血漿交換療法はIgGを血小板が抑制されるレベルまで上げないので、抗体除去, ないし 中和は効果的であると思われる。治療開始から5日を経過しても寛解しない血小板減少と血栓症に対しては血漿交換療法を考慮し, 血小板数が正常化するまで継続することが示唆される。早期の治療開始も考慮されうる。IVIG, グルココルチコイド, リツキシマブによる追加治療の有効性には更なる研究が必要である。

 VITT治療に用いる抗凝固薬regimenは依然定まっていない。急性期の反応物質がAPTTを短縮させた可能性はあるものの、この3患者では血漿交換療法中, 並びに 治療後のAPTT値は保たれており, 合併症は認めなかった。血小板数正常化はbiomarkerとして必ずしも信用性があるとは限らない; 血小板数増加とD-dimer低下の併用がより予測可能なoutcomeであるかもしれない。連続的なPF4 ELISAの有用性についても、評価が必要である。

 

 まだVITTへの標準的な治療は確立されたとは言えず、薬剤はヘパリン以外の抗凝固薬に加えてIVIGが有効である可能性や, こうした薬物療法に抵抗性のものへ血漿交換療法も検討しようかな、というレベルの話なのでしょう(加えて、必要に応じて血栓症に伴う臓器・四肢虚血への血流再建や, 虚血による壊死に対する切断術も行うという形になるのでしょう)。