Voice of ER ー若輩救急医の呟きー

日本のどっかに勤務する救急医。医療を始め、国内外の問題につきぼちぼち呟く予定です。

ChAdOx1 nCoV-19ワクチン vs B.1.351変異型

 今日もまた、英語論文の和訳(とその内容のまとめ)をやります。今回紹介する論文は、今年(2021年)3/16発表・4/5にアップデートされた"Efficacy of the ChAdOx1 nCoV-19 Covid-19 Vaccine against the B.1.351 Variant."(Madhi S.A., Baillie V. et al., N Engl J Med;384:1885-98)です。

(1) Introduction

 ChAdOx1 nCoV-19SARS-CoC-2の構造表面糖タンパク抗原の配列を持つ複製不能チンパンジーアデノウイルスベクターである。

 一方、SARS-CoV-2のスパイク遺伝子では受容体結合ドメイン(receptor binding protein; RBD)とN-terminalドメイン(NTD)の配列に変異が蓄積している。こうしたドメインは、ワクチンにより誘引される抗体反応の主な標的である。RBDの変異には次のようなものが含まれる。

  • N501Y変異SARS-CoV-2のアンギオテンシン変換酵素受容体への親和性増加と関連
  • E484K変異, K417N変異:  中和抗体回避と関連

またNTDの変異も中和抗体回避と関連している。英国で最初に確認されたB.1.1.7系統は53%の感染性増加と関連したN501Y変異を持つ。B.1.1.7変異型に対する中和抗体活性(感染 or mRNAワクチンにより誘引されたもの)は影響を受けなかった。しかし最近の英国で、B.11.7変異型はE484K変異を持つようになった。

 南アフリカで最初に確認されたB.1.351系統は3つのRBD変異, 及び 更に5つのNTD変異を持つ。従来型ウイルスに感染した回復期のドナー由来の中和抗体に対するB.1.351の感度をspike-pseudovirus neutralization assayで評価した結果、血清サンプルの48%がB.1.351を中和できなかった。他にもE484K変異, K417N変異, 及び B.1.351が持つNTD変異の一部を持つP.1系統がブラジルで確認されている

 B.1.351とP.1出現前に行われた英国, ブラジル, 南アフリカにおけるChAdOx1 nCoV-19ワクチン効果の分析で、全体的なワクチンの有効性は66.7%(95%CI 57.4~74.0)であった。英国におけるB.1.1.7に対するChAdOx1 nCoV-19ワクチンの有効性に関する最近の分析結果は74.6%(95%CI 41.6~88.9)であった。

 ここでは南アフリカにおいて行われた、ChAdOx1 nCoV-19ワクチンの安全性, 免疫原性, 有効性を評価した複数施設第1b-2相試験由来の知見を報告する。この中間解析は、安全性を評価するprimary objective, 及び ワクチン有効性評価の為のprimary・key secondary objectiveの処理のみに限定されている。加えて、ChaAdOx1 nCoV-10の免疫原性, 並びに 疑似ウイルス・生ウイルス中和アッセイによるpost hoc解析について報告する。

 

(2) Method

①Trial Design

 これは南アフリカで実施された他施設・二重盲検化・ランダム化プラセボコントロール研究である。参加者はChAdOx nCoV-19ワクチン接種群(以下ワクチン群0.9%生食群(以下プラセボへ1:1にランダムで割り振られた。ワクチン or プラセボの接種は1回目と2回目の間隔を21~35日開けて行われた。

②PICO

 1. Patient selection:  18歳〜65歳未満で, 慢性疾患が無いorあってもコントロール良好な人が参加可能であった。またこうした参加者には、70名のHIV陰性参加者がおり, この参加者らはgroup 1(安全性・免疫原性の集中的な研究が計画された)として登録された。

 他方、主要なexclusion criteriaは以下の通りである。

 2. Intervention:  1回目のワクチン接種から21~35日後に2回目を接種された群(ワクチン群)。

 3. Comparison:  1回目の生食接種から21~35日後に2回目を接種された群(プラセボ

 4. Outcome

1) 安全性; この論文では2021/1/15までに発生した有害事象が含まれている。以下のような有害事象が評価された。

  • 接種後7日以内に起きた局所性・全身性過敏症
  • 接種後28日以内に発生した有害事象
  • 検査データのbaselineからの変化
  • 重篤な有害事象

2) 中和アッセイ; ランダム化時にnucleoprotein(N) IgG アッセイを用いてSARS-CoV-2 serostatusを評価した。N protein IgG(=SARS-CoV-2)が血清中で陰性であったワクチン被接種者107名をランダムに選出し, 2回目接種2週間後に採取した血清サンプルへ従来型ウイルスに対する疑似ウイルス中和アッセイ(=中和抗体の分析)を行った。

 ワクチンにより誘引された抗B.1.351抗体の中和活性を評価する為に、登録時のSARS-CoV-2 serostatusが陰性で, 2回目接種14日後に従来型のD614Gスパイクウイルスに対する疑似ウイルス中和アッセイの力価が変化していたgroup 1参加者から採取した血清サンプルを疑似ウイルス・生ウイルスアッセイにて検査し、B.1.351変異型に対する活性を調べた。

3) 有効性; 以下の2項目で評価した。

 I. Primary end point: ランダム化時にN protein IgGが陰性だった参加者で、2回目接種から14日以上経過後に核酸増幅検査で診断された症候性COVID-19に対する有効性

 II. Secondary efficacy objectives:

  • B.1.351変異型に対するワクチン有効性
  • 全populationにおけるCOVID-19に対する有効性
  • BaselineでN pritein IgG陽性だった集団に特異的な有効性
  • 1回目接種14日 or 21日以上経過後に発症したCOVID-19に対する有効性

加えて、B.1.351変異型ではない(=従来型の)SARS-CoV-2感染の代用として、end-point症例は2020年10/31までに制限し, 1回目接種から14日以上経過後に発症したCOVID-19に対するワクチンの有効性を評価する為に、全population, 及び N protein IgG陰性populationに対してpost hoc analysisを行った。

 

(3) Result

①Participants

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Fig. 1

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Table 1

 2020年6/24~11/9の間に7ヶ所で3,022名にscreeningを行い, 2,026名のHIV陰性参加者を参加登録した。接種を受けなかった5名を除く全員がsafety analysisに含まれた。合計で1,011名がワクチン接種を受け, 1,010名がプラセボ接種を受けた(Fig. 1)合計1,467名の血清陰性参加者(750名がワクチン群, 717名がプラセボ)がprimary efficacy analysisに参加可能であった。

 参加者のcharacteristicsは以下の通り

  • 年齢中央値:  30歳
  • 性別:  男性は56.5%
  • 人種:  黒人; 70.5%, 白人; 12.8%, 混血; 14.9%
  • 基礎疾患:  BMI 30~39.9; 19%, 喫煙者; 42.0%, 高血圧; 2.8%, 慢性呼吸器疾患; 3.1%
  • 1回目〜2回目接種間の期間の中央値:  28日
  • 参加登録〜フォローアップまでの期間の中央値:  156日
  • 参加登録〜2回目接種14日後までの期間の中央値:  121日

なお血清陰性参加者のbaselineにおける人口統計学的characterisitcsは、参加者全体のそれと類似していた(Table 1)

②安全性

 ワクチン群とプラセボ群の間で有害事象, 重症有害事象の発生率は類似していた。ワクチンと関連した唯一の有害事象は、1回目接種後の40℃を超す発熱であった; 発熱は24時間以内で消退し、2回目接種後に過敏症は見られなかった。

③免疫原性

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Fig. 2

 ワクチンに対する液性免疫は、1回目接種28日後に強い中和抗体を誘導し, 2回目接種後に更に上昇した(Fig. 2A)

 Group 1のうち、25名にて参加登録時SARS-CoV-2 seronegative(=血清学的に陰性), 及び 2回目接種14日後の疑似ウイルス中和アッセイにて従来型D614ウイルスに対する中和抗体活性を認めた。2回目接種14日後にこれらの参加者から得た血清サンプルへ、B.1.351変異型に対する中和活性を測定する為に追加の疑似ウイルス・生ウイルスアッセイを行った。データの非盲検化後、この25検体中6個の血清サンプルはフォローアップ期間中に従来型SARS-CoV-2へ感染したプラセボ被接種者から採取した可能性があると判明した。更に、ワクチン被接種者について以下のような結果が判明した。

  • 6名が、2回目接種14日後までにSARS-CoV-2へ感染したことが核酸増幅検査で判明。
  • SARS-CoV-2既感染の証拠が無いワクチン被接種者13名のうち6名(46%)でRBD3重変異(K417N, E484K, N501Y変異の3つ)擬似ウイルスに対する活性が無く, 11名(85%)B.1.351疑似ウイルスに対する活性が無かった

 全体として、ウイルスアッセイは疑似ウイルスアッセイと比べて低い中和活性を示した(Fig. 2C)SARS-CoV-2既感染の証拠が無いワクチン被接種者13名の結果は以下の通りであった(Fig. 2C)

  • 1名はB.1.1及びB.1.351に対する中和活性が探知できなかった。
  • B.1.1に対する中和活性を有したワクチン被接種者12名中、7名B.1.351変異型への中和活性が探知されず, 残り5名では4.1~31.5倍低い中和活性を示した

疑似ウイルス中和アッセイと同様に、核酸増幅検査でSARS-CoV-2感染を診断したワクチン被接種者6名の結果は、診断されていない参加者と類似した結果であった。なおSARS-CoV-2へ感染したプラセボ被接種者6名は以下のような結果であった(Fig. 2C)

  • 全員でB.1.1変異型への中和活性が探知された
  • 2名ではB.1.351変異型への中和活性が探知されなかった
  • 3名では低い(6.0~9.5倍)活性であった
  • 1名では変化なし

 重症化防止にはT細胞が重要な役割を果たす可能性があることから、スパイク特異的T細胞の増加を調べる為に、T細胞受容体可変型β鎖の配列解析が行なわれた英国のChAdOx1 nCoV-19ワクチン被接種者17名のデータも含めた。ChAdOx nCoV-19ワクチンは、スパイクタンパク質の特定のepitopeに対するCD4+Tリンパ球, CD4+Tリンパ球の増加を惹起した。配列解析で検出された87のスパイク特的抗原の中で、75個はB.1.351変異の影響を受けていなかった重要なことに、B.1.351変異型で見つかったD215G変異はT細胞抗原反応の多くが起こる領域内にある。

④ワクチンの有効性

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Table 2

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Fig. 3

 COVID-19の軽症・中等症例は42名(軽症; 15名はワクチン被接種者, 17名がプラセボ被接種者。中等症; 4名がワクチン被接種者, 6名がプラセボ被接種者だった; 両群で重症, もしくは 入院例は居なかった。血清学的にSARS-CoV-2陰性だった参加者における、2回目接種14日以後の軽症〜中等症COVID-19診断症例発生率は以下の通り(Table 2 and Fig. 3)

  • プラセボ群:  93.6/1,000人年
  • ワクチン群:  73.1/1,000人年
  • ワクチンの有効性:  21.9%(95%CI -49.9~59.8)

同様にして、血清学的にSARS-CoV-2陽性・ランダム化以前の核酸増幅検査では陰性であった参加者における2回目接種14日以後の軽症〜中等症COVID-19診断症例発生率は以下の通りであった。

  • プラセボ群:  81.9/1,000人年
  • ワクチン群:  73.2/1,000人年
  • ワクチンの有効性:  10.6%(95%CI -66.4~52.2)

 42の鼻腔拭い液のうち41個(97.6%)で配列検査と分類が可能だった; 39個(95.1%)B.1.351変異型であり, 2個(4.9%; いずれもプラセボ群由来)はB.1.1.1及びB.1.144系統であった。Secondary outcomeの解析では、B.1.351に対する有効性は明らかでなかった(有効性 10.4%; 95%CI -76.8~54.8) (Table 2)

 従来型SARS-CoV-2感染の代用である、2020年10/31までの1回目接種後14日以降のワクチン有効性のpost hoc解析では、軽症〜中等症COVID-19の合計attack rateはプラセボ群で1.3%, ワクチン群で0.3%であった; ワクチン有効性は75.4%(95%CI 8.7~95.5)であった。

 

(4) Disucussion

 この研究で、ChAdOx1 nCoV-19ワクチン2回接種は、B.1.351変異型による軽症〜中等症COVID-19発症の予防に無効と判明した。B.1.351変異型に対する有効性欠如は、南アフリカB.1.351変異型が出現する前はChAdOx1 nCoV-19ワクチンの1回接種でさえ軽症〜中等症COVID-19予防の有効性が75%(95%CI 8.7~95.5)であったという文脈内で考慮すべきである。特記すべきことは、B.1.351変異型によるCOVID-19の予防に対するワクチン有効性をsecondary analysisで推計したことである; この研究は、変異型に関係なく, あらゆる重症度のCOVID-19予防に対して最低60%のワクチン有効性というprimary objectiveのために重み付けられていた。加えて、参加登録者の人口統計・臨床的profileが重症COVID-19症例の不存在に寄与した; そのため、ChAdOx1 nCoV-19ワクチンがB.1.351変異型感染による重症COVID-19を予防する可能性があるかどうかに関して、この研究の知見は不確定的である。

 しかしながら、疑似ウイルス, 及び 生ウイルス中和アッセイ実験は、B.1.351変異型に対する、ワクチンにより誘導された抗体による中和の減少, ないし 消失の証拠を示すものである。In vivoで中和抗体反応の効果が阻害される程度は不明であるものの、ワクチン被接種者において生ウイルス中和アッセイで測定したB.1.351に対する中和の程度は最高で1:20の希釈であり, 他のB.1.351に対する中和の力価は疑似ウイルス中和アッセイで測定して1:200未満であった。疑似ウイルス中和アッセイによるRBD三重変異とB.1.351変異型の比較は、全てでないにせよ, ワクチンで誘導された中和の多くがRBDに向けられていることを示唆している。

 この研究のChAdOx1 nCoV-19ワクチン被接種者において疑似ウイルス中和アッセイで調べた従来型SARS-CoV-2への反応は、英国とブラジルで行なわれた研究のワクチン被接種者において見られた反応と類似していた(Fig. 2A)。他のCOVID-19ワクチンの効果がB.1.351(及びP.1)と同様の変異を持つ変異型によってどれほど影響を受けるかは、ワクチンで誘導された中和抗体の強さに依存する可能性がある。ChAdOx1 nCoV-19ワクチンの1回目接種と2回目接種の間の期間の延長による抗体反応の強化が、残存しているB.1.351変異型に対する中和活性の改善に寄与するか否かは不明である。

 mRNAワクチンは1回目接種後にはわずかな中和抗体活性を持つが、2回目接種後はChAdOx1 nCoV-19及びSputnik Vワクチン(これもアデノウイルスベクターを用いたワクチン)よりも高い中和活性を生じる2種のmRNAワクチンのB.1.351変異型に対する中和活性(疑似ウイルス中和アッセイで検査したもの)も、D614Gウイルスと比べるとmRNA-1273ワクチン(モデルナ製)で8.6倍, BNT-162b2ワクチン(ファイザー製)で6.5倍低いという結果が観察されているものの、B.1.1.7様変異型に対する疑似ウイルス中和アッセイでは差が見られなかった

 直近のNVX-CoV2373微粒子スパイクタンパク質COVID-19ワクチン(Novavax製)の中間解析結果はまだ公開されていない(注: この論文が書かれた時点の話。しかしながら、NVX-CoV2373は従来型またはB.1.1.7変異型に対するものと比べ, B.1.351変異型に対する効果が低い可能性を示唆する報告がある。従来型ウイルスにより発生したCOVID-19に対する免疫, または B.1.351ないしその他変異型により発生したそれの関連性が証明されていない状況では、その他のCOVID-19ワクチンの軽症〜中等症COVID-19に対する有効性の臨床的なevidenceが必要となる。

 南アフリカを含んだ他の多国籍研究では、Ad26.COV2.S 複製不能アデノウイルス type 26ワクチンヤンセン製)の一回接種の有効性が評価されている。南アフリカより出た中間報告では、主にB.1.351変異型による重症COVID-19への有効性は89%, 軽症〜中等症への効果は57%と報告された。しかしながら、Ad26.COV2.Sワクチンの研究では、3つ以上の症状を呈した患者に核酸増幅検査を行なって診断した症例のみがend-point調整へ提出された; その結果、ワクチン有効性解析では軽症COVID-19症例の大半が除外された可能性が高い。Ad26.COV2.Sワクチンにより誘導されたB.1.351変異型に対する中和抗体反応は、まだ報告されていない

 抗体反応とワクチン有効性の関連性は高いものの、中和抗体の力価が低くてもT細胞性反応はCOVID-19への免疫に寄与している可能性がある。今回報告されたpost hoc解析では、ChAdOx1 nCoV-19接種後に増加したスパイク特異的T細胞において、B.1.351変異型を認識する抗原とepitopeの大半が維持されていることが判明している。