Voice of ER ー若輩救急医の呟きー

日本のどっかに勤務する救急医。医療を始め、国内外の問題につきぼちぼち呟く予定です。

妊婦におけるmRNAワクチンの安全性に関する予備的な知見

 今日は今年4/21に発表された論文"Preliminary Finding of mRNA Covid-19 Vaccine Safety in Pregnant Persons."(Shimabukuro T.T., Kim S.Y. et al. N Engl J Med;384:2273-82)を紹介します。

(1) Introduction

 この研究は、米国のワクチン安全性監視システムである "v-safe after vacctination health cheker", "the v-safe pregnancy registry", "Vaccine Adverse Event Reporting System(VAERS)"の3つを基に、妊婦におけるCOVID-19 mRNAワクチンの安全性に関する知見を報告するものである。

 

(2) Method

①"V-safe"と"VAERS"とは

 V-safeとは、米国CDCがCOVID-19ワクチンプログラムの為に開発したスマートフォンを利用した監視システムであり, 参加は任意である。このシステムでは参加者に、調査用フォームへアクセスするウェブリンクが書かれたテキストメッセージが送信され, 最後の接種(=2回目の接種)から12ヶ月間フォローアップが継続される。参加者がいずれかの時点で医学的治療が必要と示した場合には、VAERSへの報告を記入するよう依頼された。

 妊娠中に1~2回のワクチン接種を受けた人や接種後に妊娠した人を特定する為に、v-safeには性別を男性と回答しなかった参加者に対して妊娠に関する質問がある。妊娠が判明した人は電話での連絡を受け、基準を満たす妊婦はv-safe pregnancy registryへ参加するよう求められた。V-safe pregnancy registry参加基準は以下の2つである:

  • 妊娠中にワクチンを接種した or 最終生理30日前〜14日後の間(=periconception period)にワクチンを接種した人

並びに

  • 18歳以上

参加者に対しては、電話を通じて既往歴(産科的なもの含め), 妊娠合併症, 出生/出産転帰, 産科・小児科医療従事者の連絡先(医療記録を入手する為)等に関する情報収集が行われた。また生まれた子供は生後3ヶ月後までフォローアップを受けた。

 VAERSはCDCとFDAが設立した、全国規模の自動報告システムである。VAERSには誰でも報告を提出できる。医療従事者は、入院・先天性異常に繋がった妊娠関連合併症を含めたCOVID-19ワクチン接種後の有害事象を報告するよう求められた; CDCはあらゆる臨床的に有意な母体・児有害事象を報告するよう奨励した。

② Outcome

 1. V-safe outcome:  16~54歳の妊婦, 及び 対照群である同年齢の非妊娠女性におけるワクチン接種後の、自己申告された局所性・全身性過敏症?(reactogenicity)

 2. V-safe pregnancy registryにおけるpregnancy outcome:  データは生存児出産, 自然流産, 人工妊娠中絶, 死産といったcompeted birthに限定した。参加者が自己申告するpregnacy outcomeには、

  • Pregnancy loss; 自然流産, 死産

及び

  • Neonatal outcome; 早産, 先天性異常, 発育遅延?(small size for gestational age), 新生児の死亡

が含まれる。

 3. VAERS:  妊娠特異的有害事象, 及び 妊娠・新生児特異的有害事象

 

(3) Results

V-safeで認めた妊婦の局所性・全身性過敏症

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Table 1

 2020年12/14~翌年2/28の間に、合計35,691名のv-safe参加者が妊娠していると判明した。参加者のcharacteristics(Table 1)は次の通りである。

  • 年齢分布:  Pfizer-BioNTech製を接種された参加者(61.9%)と, Moderna製を接種された参加者(60.6%)の年齢分布は25~34歳と類似していた。
  • 人種:  Pfizer製を接種された非ヒスパニック白人は76.2%, Moderna製を接種された非ヒスパニック白人は75.4%。
  • 1回目接種時に妊娠を報告した参加者:  Pfizer製で85.8%, Moderna製で87.4%

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Table 2

Moderna・Pfizer双方において、1回目, 及び2回目接種後いずれにおいて最も多く報告された局所性・全身性の反応は注射部位の疼痛, 疲労感, 頭痛, 筋肉痛であり(Table 2), 2回目接種後の方が発生頻度が多かった。

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Fig. 1

 こうしたパターンは非妊娠女性にて観察されたものと類似していた(Fig. 1)

V-safe pregnancy registrypregnancy outcome

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Table 3

 2021年3/30までに、v-safe pregnancy outcomeは5,230名の妊婦(2021年2/28までにワクチンを接種された)への連絡を試みた。そのうち912名は連絡が付かず, 86名が参加を拒否し, 274名が参加基準(e.g. 妊娠していない, 最終生理からワクチン接種の間隔>30日など)を満たさなかった。2020年12/14〜2021年2/28の間にワクチンを接種された3,958名がregistryへ登録され、そのうち3,719名(94.0%)が医療従事者であった。V-safe pregnancy registry参加者のcharacterisitics(Table 3)は次の通り。

  • 年齢:  98.%が25~44歳
  • 人種:  79.0%が非ヒスパニック白人
  • COVID-19の診断:  97.6%は妊娠中にCOVID-19の診断をされていない
  • ワクチン接種1回目を受けた時期:  Periconception period; 92名(2.3%), 妊娠初期; 1,132名(28.6%), 妊娠中期; 11,714名(43.3%), 妊娠後期; 1,019名(25.7%)

妊娠初期にワクチン接種を受けた参加者1,040名(91.9%), 及び 中期に接種を受けた参加者1,700名(99.2%)においてデータが収集され, 約10~12週間隔でのフォローアップが計画された。

 妊娠を終えた参加者827名の転帰は以下の通り。

  • 生存児分娩:  712名(86.1%)
  • 自然流産:  104名(12.6%)
  • 死産:  1名(0.1%)
  • その他(人工流産と異所性妊娠):  10名(1.2%)

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Table 4

104名の自然流産のうち96名で流産が妊娠13週より前に生じており(Table 4), 生存児分娩の712名中700名は妊娠後期に1回目接種を受けていた。生存出生724名における有害事象は以下の通りであった。

  • 早産:  妊娠37週より前に接種された636名中60名(9.4%)
  • 発育遅延:  724名中23名(3.2%)
  • 大きな先天性異常:  724名中16名(2.2%)

インタビューの時点で新生児死亡の報告はなかった先天性異常を報告した参加者で、妊娠初期とpericonception periodに接種された人はおらず, 先天性異常に特定のパターンは認められなかった妊娠・新生児転帰を計算した割合は、これまでの査読付き文献における発生率と類似していた(Table 4)

VAERSにおける有害事象の知見

 VAERSが受け取り処理した、妊婦におけるCOVID-19ワクチンが関係した報告は221件であった; 155件(70.1%)は妊娠特異的有害事象であり, 66件(29.9%)は妊娠・新生児特異的な有害事象であった。最も多く報告された妊娠関連有害事象は自然流産であり(46件; うち37件は妊娠初期, 2件は中期, 7件は時期が不明or報告なし), 続いて死産(3件), 早期破水(premature rupture of membranes: 3件), 性器出血(3件)の順に多かった。VAERSに先天的異常の報告はなかった

 

(4) Discussion

 この研究により、妊婦の中には、あらゆる妊娠期間においてCOVID-19ワクチンを接種することを選択した人がいることが明らかになった。V-safeへ自己申告された局所性・全身性過敏症は妊婦と非妊娠女性の間で類似していた。直接比較はできないものの、v-safe pregnancy registry参加者における有害な妊娠・新生児転帰の割合は、COVID-19パンデミック以前の妊婦における既知のデータに類似している。V-safe pregnancy registryへの参加者の多くはCOVID-19ワクチン第1a相優先グループ=医療従事者であった。V-safeへの参加は任意であり, 登録情報は全ての接種会場でアクセスできるとは限らないものの、医療従事者・患者向けの緊急使用承認(Emergency Use Authorization; EUA)説明書(fact sheet)には監視システムに関する情報が記載されている。つまり、有害な妊娠・新生児転帰におけるワクチン接種済女性の割合を既知の推定値と比較すると、これらの集団の間には、年齢, 人種, その他人口統計学的・臨床的characteristicsが異なる可能性があり, それによって制約を受けるのである。しかし、こうした比較は、この研究のような初期データに予期せぬ安全性に関する警告の有無を大まかながら把握するのに有用である。

 他にもこの研究には次のようなlimitationがある。

  • V-safe への入力ミスで妊婦と誤って分類される可能性がある; その結果、過敏症のデータに非妊娠参加者の報告が一部紛れ込んでいる可能性がある。
  • 参加者は同時間・同日中に記入を終えるよう求められておらず, 有害事象の発症時期もしくは持続期間を評価することができない。
  • 今回のデータは予備的で小規模なサンプル由来であり, また大半の新生児転帰は妊娠後期に接種した人由来であった; 更なる妊娠転帰の報告とサンプルサイズの拡大があれば、知見が変わる可能性がある。
  • 今日に至るまで、v-safe pregnancy registryでは妊娠早期に接種され, 尚且つ生存児を分娩した妊婦がcaptureされていないので、妊娠早期における曝露と関連して起こる可能性がある有害な転帰の評価ができていない。
  • 参加者がリスクが最も大きい妊娠初期より後に接種されており, ごく早期の流産は認識されていない可能性があることから、自然流産を報告した妊婦の比率が本来の比率を反映していない可能性がある。

妊娠初期と妊娠中期の早い段階での接種の一部は完了しているが、大半の接種は現在進行形であり, 接種時期に基づく直接的な転帰の比較は、妊婦というコホートにおける自然流産の割合を断定する為には必要である。サンプルサイズが限られているので、妊婦・新生児転帰の双方は率でなく割合で計算された。

 この予備的な解析は参加者が自己申告したデータを利用しており, 他の潜在的なrisk factorに関する情報が限られている。EUAには強制的な報告要請があり, VAERS報告に関してはCDCの推奨があるのだが、未報告の妊娠・新生児特異的な有害事象が存在する可能性がある。またこの研究では妊婦へ接種されたワクチンの合計量が分からなかった。COVID-19ワクチン接種後にVAERSへ報告された妊娠特異的合併症のうち、流産が最多であった。これは2009年のH1N1インフルエンザパンデミックの時期に、H1N1不活化インフルエンザワクチン導入後に観察されたもの(=接種された妊婦にて報告された有害事象で最も多かったのが流産)と類似している。

 妊娠中のワクチンがCOVID-19とその合併症を予防することに加えて, 最新のevidenceは、妊娠後期に母親がCOVID-19ワクチンを接種した後にSARS-CoV-2に対する抗体が胎盤を通過することを示唆している。これは、母体のワクチン接種が新生児へ一定の予防効果を与えることを示唆する。しかし、抗体の移行や, ワクチン接種時期に関連する予防効果の程度に関するデータはこの研究では無い。

 V-safe監視システム, v-safe pregnancy registry, VAERS由来の早期のデータからは、妊娠後期におけるCOVID-19ワクチン接種と妊娠or新生児転帰の関連性に関する安全性に関する明らかな警告が示されなかった。母体へのCOVID-19ワクチン接種と関連した母体・妊娠・新生児・小児期転帰をさらに評価するには、監視の継続が必要である。その一方で、このデータは妊婦と主治医がワクチン接種を決意する際に参考となる。