Voice of ER ー若輩救急医の呟きー

日本のどっかに勤務する救急医。医療を始め、国内外の問題につきぼちぼち呟く予定です。

NVX-CoV2373ワクチン vs B.1.351変異型

 今日は久々に論文を紹介してみようと思います。今回紹介するのは2021年5/20に公開された"Efficacy of NVX-CoV2327 Covid-19 Vaccine against the B.1.351 Variant"(Shinde V., Bhikha S. et al., N Engl J Med(2021);384:1899-909)です。

 

(1) Introduction

 NVX-CoV2327(Novavax)の製造法は次の通りである: ①SARS-CoV-2のスパイク糖タンパク質の全遺伝子を持つbaculovirusを合成する。②このウイルスを培養中の蛾の細胞へ感染させ、スパイクタンパク質三重体を発現させる。③この三重体を抽出・精製後、PS80と結合させる?(formulated with PS80)と、三重体はタンパク微粒子へと組み替えられる。④三重体・PS80をadjuvantであるMatrix-M1と混合させる。

 英国ではB.1.1.7, ブラジルではP1, 南アフリカではB.1.351変異型が最近発生しており、いずれも受容体結合ドメインとスパイクタンパク質のN-terminalドメインに変異があることが確認されている。こうした抗原の変異は、変異前のウイルス感染, もしくは 変異前のウイルス由来のワクチンによる免疫が、変異型ウイルス感染に対して有効でない可能性を意味している。ここでは南アフリカにおけるNVX-VoC2327の第2a-b相ランダム化・観察者盲検化・プラセボコントロール試験の早期の知見を示す。

 

(2) Method

① Trial Design

 2020/8/17~2020/11/25の間に南アフリカの16施設で参加者を登録した。安全対策として、参加登録はstage 1(目標とする参加者数1/3を登録するまで), 及び stage 2(残りの参加者を登録するまで)に分けて行われた。なおstage 1からstage 2への移行には、前のstageからの7日間に良好な安全性に関するデータが揃うことが必要であった。

 参加者は1:1の比率でそれぞれNVX-CoV2373群(以下、ワクチン群プラセボへ割り振られた。なお両群ともに21日間隔で2回の薬剤の筋肉注射を受けた。参加者に対しては7・21・35日後, 及び 3・6ヶ月後に訪問フォローアップが予定され, 12ヶ月には電話での問診が予定された。

 また、この研究への参加時には、全参加者に対してbaselineの抗スパイクタンパク質IgG抗体測定が行われた。

② PICO

 1. Patient selection: 参加者は18〜84歳の健康な成人であり、HIV感染が無い, 或いは HIV感染があっても状態が安定していれば登録可能である。

 他方、妊娠中, 長期間免疫抑制薬投与を受けている, 自己免疫疾患 or 安定しているHIV以外の免疫不全がある, COVID-19の既往or疑い, 接種予定日5日前以内に核酸増幅検査(nucleic acid amplification test; NAAT)を受けてSARS-CoV-2感染を確認した人除外された。

 2. Intervention: NVX-CoV2373(組み替えスパイクタンパク質 5μg + Matrix-M1 adjuvant 50μg, つまりワクチンを接種された群。

 3. Comparison: 生食 0.5 mL(プラセボを接種された群。

 4. Outcome: 以下の2項目が評価された。

1) Primary safety end point; 任意の(unsolicited)有害事象

2) Primary efficacy end point; 2回目接種後7日以内に診断された症候性COVID-19。

 なお接種後8日以降から12ヶ月後にかけては、電話によるCOVID-19を疑う症状の有無の確認を行い, 感染が疑われる参加者に対しては、訪問診察と鼻腔拭い液採取が行われた。また予定されていた訪問時にCOVID-19を疑う症状を認めた場合も、診察と鼻腔拭い液採取が行われた。

 こうして採取した鼻腔検体に対して、盲検化した形でpost hoc全ゲノム配列解読が行われた。

 

(3) Results

① Randomization

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Fig. 1

 Screeningを受けた参加者6,324名のうち、4,387名が最低1回のワクチンorプラセボの接種を受けた(ワクチン群 2,199名, プラセボ群 2,188名); 4,332名が2回の接種を受けた(Fig 1)

② Patient Characteristics

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Table 1

 二群間で人口統計学的・baselineのcharacteristicsは均衡であった(Table 1)。以下に詳細を示す: 

  • 参加者全体の平均年齢:  32.0歳
  • 両群における65~84歳の参加者の割合:  4.2%
  • 男性:  全体の約57%
  • 人種:  95.3%が黒人
  • 併存疾患:  肥満; 20%, 高血圧; 5.6%, 2型糖尿病; 1.6%
  • Baselineの抗スパイクIgG抗体:  参加者全体の約30%で陽性

③ 安全性

 全stage 1参加者に関する予備段階の(preliminary)安全性データが入手可能であり、これには35日以上の安全性フォローアップを終えたHIV陰性の参加者889名, 及び HIV陽性80名が含まれている。手短に言うと、任意の局所性・全身性の有害事象はプラセボ群よりもワクチン群で多く, 大半が軽症〜中等症かつ一過性であった。1回目接種後に最も多く報告された任意の局所性の有害事象は、注射部位の痛みであった。なお、

  • ワクチン群baselineの抗スパイクIgG陰性の参加者中37%, 陽性の参加者中39%
  • プラセボ陰性の参加者中15%, 陽性の参加者16%

にて、1回目接種後に注射部位の痛みが認められた。2回目接種後の任意の局所性の有害事象発生は1回目接種後のそれと類似していたが、平均症状持続期間(<3日)は2回目接種後の方が僅かに長かった。

 ワクチン被接種者の中で、1回目接種後, 及び 2回目接種後に最も多かった任意の全身性の有害事象は頭痛(20~25%), 筋肉痛(17~20%), 倦怠感(12~16%)であった。これら有害事象の持続期間は2回目接種後の方が僅かに長かったが、3日より長く持続しなかった。

 医学的に認められた有害事象, 及び 重篤有害事象は稀であったものの、プラセボよりもワクチン群で多かった(医学的に認められた有害事象: ワクチン群 12名 vs プラセボ群 6名, 重篤な有害事象: ワクチン群 2名 vs プラセボ群 1名)。

④ 有効性

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Table 2

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Fig. 2

 Baselineにて抗スパイクIgG陰性で, 28日後のprimary efficacy end point解析にて評価可能であった参加者2,684名HIV陰性; 94%, HIV陽性; 6%)のうち、ワクチン群で15名, プラセボ群で29名の参加者が症候性COVID-19であった。この数字はワクチン有効性が49.4%(95%CI 6.1~72.8)であるという知見と符合し, 初期の第2b相評価における有効性の基準に合致する(Table 2 and Fig. 2A)。

 HIV陰性だった参加者のうち、baselineで抗スパイクIgG陰性だった人の中ではワクチン群で11名, プラセボ群で27名が症候性COVID-19であり, この数字はワクチン有効性が60.1%(95%CI 19.9~80.1)であるという知見に符合する(Table 2 and Fig. 2B); 他方、baselineで抗スパイクIgG陽性であった人におけるワクチン有効性の推計は52.2%(95%CI -24.8~81.7)であった。

 HIV陽性で, baselineの抗スパイクIgG陰性だった参加者のうち、症候性COVID-19を認めたのはワクチン群で4名/76名, プラセボ群で2名/72名であった。HIV陽性かつbaselineの抗スパイクIgG陽性の参加者(ワクチン群; 33名, プラセボ群; 30名)では、症候性COVID-19は認めなかった

 Baselineにおいて抗スパイクIgG陰性だった参加者のうち、2020年の11/23~12/30の間に両群で44名の症候性COVID-19症例が発生した。そのうち41名(93%)由来の検体が全ゲノム配列解読に適していた。41の検体中、B.1.351変異型が検出されたのは38個(93%)であり, これは同一期間における全国的な発生件数を反映していた(Fig. 2D)。Post hoc解析にて、HIV陰性参加者におけるB.1.351変異型に対するワクチンの有効性は51.0%(95%CI -9.8~70.4)であり, HIV陰性・陽性複合集団における有効性は43%(95%CI -9.8~70.4)であった(HIV陰性者; 14名, HIV陽性者; 24名)。

 注目すべきことに、プラセボにおける最初の60日間フォローアップの間に、baselineでは抗スパイクIgG陰性であった参加者における予備段階のCOVID-19発生(5.3%; 95%CI 4.3~6.6)は、抗スパイクIgG陽性であった参加者のそれ(5.2%; 95%CI 3.6~7.2)と類似していた(Fig. 2C)

 

(4) Disucussion

 NVX-CoV2373ワクチンは、HIV serostatusに関わらずbaselineのSARS-CoV-2の抗体が陰性であった参加者において49.4%という有意なワクチンの有効性を示したことで、primary objectiveを満たした。HIV陰性の参加者94%において、ワクチンの有効性は60.1%であった。なおこの研究には、HIV陽性の参加者という小規模な集団における有効性を探知する力がない。

 このプラセボコントロールワクチン研究では、B.1.351以前のウイルスによる既感染gが、最初の2ヶ月間におけるプラセボ群のB.1.351変異型への感染によるCOVID-19のriskは減らすことが出来ないことが分かった。この知見は予備的なものであり, パンデミックモデリングや制圧の戦略, ワクチンの開発・配給の試みに関する公衆衛生学上の示唆を含んでいるかもしれない。これらの知見には更なる確認が必要であるものの、この研究は、変異前のウイルスに基づくNVX-CoV2373接種が、免疫を逃れる変異型に対して一定の交差反応?(cross-protection)を与えることを示唆している。

 B.1.351変異型2020年10月に南アフリカのEastern Cape Provinceで出現し, 同年11~12月の間南アフリカ全体で第二波が発生した時期に重なる)に急速に拡大し, 主要な流行系統となった。B.1.351を特徴付けるものに、N501Y, K417N, E484Kを含めた受容体結合ドメインの主要な抗原部位の変異がある。N501Y変異はヒトのアンギオテンシン変換酵素2受容体への結合親和性を高めることが知られており, 英国で初めて確認されたB.1.1.7変異型ではこの変異が感染性を強めたと報告されている。E484K変異は、複数のモノクローナル抗体とポリクローナル回復者血清による中和を損ねる, 或いは 顕著に減じることが報告されている。加えて、2種類のmRNAワクチンいずれかを接種されたボランティアらから採取した血清は、B.1.351変異型に対する中和能力が6.5~8.6倍(by a factor of 6.5 to 8.6)減少していたが、この知見の臨床的な有効性への影響はまだ評価されていない。なお英国で実施中のNVX-CoV2373第三相試験の中間解析では、従来型系統とB.1.1.7変異型双方に対して比較的高い有効性が見られた。

 Ad26.COV2.Sワクチン(Johnson & Johnson社製)1回接種の有効性を評価する大規模複数国第三相臨床試験では、南アフリカの6,576名の参加者における中等症〜重症のCOVID-19に対する有効性は14日目で52%, 28日目で64%であったが、COVID-19症例の95%はB.1.351変異型によるものだった。ChAdOx1nCoV-19ワクチン(アストラゼネカ社製)の第二相臨床試験には南アフリカの参加者2,026名が含まれていた。ワクチン被接種者内のCOVID-19症例は軽症〜中等症が多く, ワクチンの全体的な有効性は22%(95%CI -50~60), B.1.351への有効性は10%(95%CI, -77~55)であったが、COVID-19症例の95%がB.1.351変異型であった。

 この研究には複数のlimitationがある。第1回接種後のフォローアップ期間中央値は66日・第2回接種後のフォローアップ期間中央値は45日と、有効性に関する結果は予備的であり, primary end point及びprimary end pointのsubgroupという観点では限定的である。従って、この研究に参加した集団内で比較的小さい規模であるHIV陽性コホートにおける自然免疫とワクチンの効果については、結果の解釈に注意が必要である。解析時に研究者は、概ね若く健康な集団内におけるほとんど軽症〜中等症なCOVID-19 end pointを集計した。その結果、重症COVID-19に対するワクチンの有効性はまだ報告できていない。