Voice of ER ー若輩救急医の呟きー

日本のどっかに勤務する救急医。医療を始め、国内外の問題につきぼちぼち呟く予定です。

米英仏におけるCovid-19救済金の地理的な差異

 今日は、SNS上で非常に興味深い英語記事を見つけたのでちょっとだけ紹介してみます。この記事は今年12/4に"Bellingcat"というジャーナリストや専門家の集団が発表したもので、原題は"What Restaurants and Maps Can Tell us About Billion Dollars of Covid-19 Relief Funds"です。

 Covid-19パンデミックにより一時休暇を強いられた労働者や, 倒産の危機にある企業を救済するための政策が各国で展開されました。こうした国々のうち、データが公開されて透明性が十分な米・英・仏の3カ国に関して、Bellingcatのチームは地域特異的なデータを利用して救済プログラムの双方向的な地図(interactive maps)を作成し, 地理的な比較を行いました。その結果、以下のような知見が明らかになりました。

 

① 米国について

 米国では"Paycheck Protection Program"(PPP)という、中小企業向けの補助金があります。Bellingcatは、1.パンデミックに伴い閉店・来客減少といった損害を受けている, 2.米国各地のどこにでもある, という理由でレストランを調査対象にしました。そして、国勢調査の'ZIP Code(郵便番号) Buisiness Patterns dateset'を用いて特定の郵便番号(の示す地域内)にある飲食業の数を調べ, 次に郵便番号(の示す地域)ごとのPPP申請数を調べました。

f:id:VoiceofER:20201207214311j:image図1

 その結果、ロサンゼルス・ニューヨーク・ヒューストンといった都市ではレストランのPPP申請率が高い地域と低い地域が存在し, 特に後者は経済的に貧しく白人が少ない地域だと判明しました。また、米国全体での「所得中央値とレストランのPPP申請率」(図1左), 「黒人orヒスパニック系の比率とレストランのPPP申請率」(図1右)の相関関係を調べたところ、統計学的に有意かつ強固な関連性が示されたとのこと。

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f:id:VoiceofER:20201207214404j:image図3

 更に、州ごとの「所得中央値とレストランのPPP申請率」の関連性を調べた結果、29州とコロンビア特別区(首都ワシントンのこと)で統計学的に有意な関連性が見られ(図2), また州ごとの「黒人・ヒスパニック系の比率とレストランのPPP申請率」の関連性も調べたところ、これまた有意な相関関係を認めたそうです(図3)。

 これらの背景には、米国における既存の不平等があるそうです。マイノリティが多い地区は銀行(補助金申請に必要)へのアクセスが乏しく, また英語を話す機会が少ない地区では、補助金プログラムに関する情報へのアクセスが難しいのです。

②フランスについて

 フランスには一時休暇中の労働者を支援するプログラム"Chomage partiel"と, 中小企業(従業員10名未満)・請負業者(independent contractors)・自営業向けの"solidarity grant"プログラムの2つが存在します。

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 一時休暇中の労働者を支援するシステム("Chomage partiel")を利用している接客・飲食業者のpercentageをmappingすると、南北での顕著な格差が明らかになりました(図4)。この変動は劇的であり(南部で20%, 北部で40%)、こうした地理的なパターンは人口統計学的・経済的な傾向と直接関係していないように見えます。但し、人口密度とわずかに関連性があるかもしれません

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 一人当たりに支払われた"solidarity grant"の金額が、より広範に関連性があるように思われます。支払われた金額は、北部より南部が多いのです(図5)。

 "Chomage partiel"に申請できるのは給与所得者だけだったことが原因と考えられます。事実、雇用者統計によると、フランス南部の労働者の多くは給与所得者でないのだそうです。

③ 英国について

 英国には、企業が一時休暇中の労働者へ賃金を払えるようにする"Coronavirus Job Retention Scheme"(CJES)と, 自営業者向けの"Self Employment Income Support Scheme"(SEISS)というプログラムがあります。

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f:id:VoiceofER:20201207214655j:image図7

 イングランド南部にCJRS取り込み率(CJRS uptake rates)を反映させたところ、ロンドン近郊 -  特に北部 - , 及び イングランド南西部の沿岸地域が特に高かったそうです(図6)。よくよくこの地域を観察すると、人口統計学的・経済的な傾向との関連性が判明しました。1. 接客業が経済に占める割合が多い地域では、CJRS取り込み率が高く見える, 2. ロンドン郊外はアジア系住民の割合が多い(アジア系住民の割合が多い複数の地域もCJRS取り込み率高値と関連性がある, 3. ロンドン郊外の内側・イングランド南西地方は、他の地域よりも平均収入が低い。CJRSとアジア系住民の比率の関係性が地域内で見られたものの、全体的なCJRS取り込み率の傾向は、人種的な格差よりも経済的な格差を反映しているように見えます。(図7)

f:id:VoiceofER:20201207214613j:image図8

f:id:VoiceofER:20201207214641j:image図9

 一方、"SEISS"の申請数はロンドン郊外で最も多く(図8)、このプログラムを通じて、より高率に自営業者が補助金を受け取っていることを示しています。しかし、CJRSとは違って人口密度との強い関連性が見られ、これはおそらく郊外で'gig economy'(UberのドライバーやAirbnbの貸部屋提供者のような、ネットを通じてサービスを請け負う業種)が普及していることによると思われます。また、国全体でのSEISS取り込みデータの傾向は、CJRSと類似したパターンを反映しています。このように、SEISS取り込み率は人種との関連性がほとんど無いものの、収入と強い関連性, 既述のような人口密度とのより強い関連性が見られます(図9)。

 また英国には他にも地域レベルで提供されている事業支援助成金があり、これには"Small Business Grant Fund", "Retail Hospitality and Leisure Grant Fund", 及び 地方政府の裁量により分配される助成金が含まれます。通常このような救済措置は、他のプログラムの取り込み率が高い地域と関連性があると予想されがちです。しかしデータはそのようになりませんでした。代わりに、南西部沿岸地域がこの助成金から比較的大量な援助を受け取っていたにも関わらず、マイノリティの人口が多い都市近郊はそうならなかったのです。

 

 政府・自治体の支給した助成金の類を追跡することで、地域間の産業構造の違いや経済格差, 人種的な問題等が明らかになる過程は非常に興味深いものですね。日本の場合、どうゆうデータが出るのか見てみたいです。