Voice of ER ー若輩救急医の呟きー

日本のどっかに勤務する救急医。医療を始め、国内外の問題につきぼちぼち呟く予定です。

敗血症による心原性ショックに対するVA-ECMO

 こんばんは。今日はまた気になる論文の紹介をしようと思います。今回は、今年8/22発表された論文"Venoarterial extracorporeal membrane oxygeneration to rescue sepsis-induced cardiogenic shock: a retrospective, multicentre, international cohort study."(Brechot N., Hajage D. et al., Lancet. 2020; 396: 545-52)を紹介します。

 

(1) Introduction

 敗血症性ショックの時の一過性の可逆的な心筋機能障害はよく見られる特徴であり、患者の20~65%で見られる。Left ventricular ejection fraction (LVEF)の中程度の低下と, 左心室拡張・保たれたcardiac indexの組み合わせは良好な生存率と関連しているように見えるものの、重症心筋機能障害・cardiac indexの低下した患者の死亡率は80%を超えるかもしれない。成人におけるこうした病態の発生率は不明確であるものの、敗血症性ショック患者の24%に上る可能性もある。

 従来の治療に反応しない敗血症性ショックへのVA-ECMO使用はまだ結論が出ていない。小児では生存率50~75%という励みになる結果が出ているものの、成人における結果は漠然としているこの研究では、従来の治療に反応しない敗血症による心原性

ショックの成人へのVA ECMO使用に対する評価を行った。

 

(2) Method

 これは後方視的・他施設研究であり、治療抵抗性の敗血症による心原性ショックに対してECMOを使用した患者とそうでない患者を比較した研究である。

① Patient selectionと, Intervention&Comparison

  敗血症性ショックによりVA-ECMOを装着した患者データは2008年1月〜2018年3月の間に、5ヶ所の大学病院ECMOセンターより収集したこの集団のうち、敗血症が心機能障害の主な原因と判断された患者が研究に登録された。(=介入群)なお、心機能障害が前からあった人は除外されていない。また本研究では、VA-ECMOを開始する重症心機能障害の基準(以下全てを満たすこと)を次のように設定していた。

  • LVEF≦35 % or Cardiac Index≦3 L/m2
  • 高乳酸血症(乳酸≧4 mmol/L)
  • 変力作用スコア≧75 μg/kg/min.(ドブタミン用量[μg/kg/min]+エピネフリン用量[μg/kg/min]x100で計算)

なお18歳未満の患者は除外された。

 ECMOを装着していない重症敗血症性ショックの患者由来のデータは、3つのデータベースから収集したこの集団のうち、以下の基準全てを最初に満たした患者が研究に登録された。(=対照群)

  • 重症の心機能障害(LVEF≦35% or cardiac index≦3L/min/m2)
  • 血清乳酸≧4mmol/L or 変力作用スコア≧75μg/kg/min

ECMOを装着している集団が機械による補助を受けている期間は敗血症性ショック発症後から5日未満であるため, そして 研究登録前の敗血症性ショックがあった期間と関連するバイアスの可能性を減らすため、対照群に選抜するのは、敗血症発症から最初の4日間にこうした重症基準に一致した患者へ限定した。

② Outcome: 以下の2つである。

 1) Primary Outcome: 90日目の生存率

 2) Secondary Outcome: 

  • 変力作用スコア減量の速度
  • ECMOを使用している患者, 及び 使用していない患者が、研究へ登録された後5日目の乳酸クリアランスの速度
  • ECMOで治療を受けた患者の入院中outcome, 及び 1年後outcome

他に、La Pitie-Salpetriereの患者(n=32)に対しては、退院後1年に電話インタビューで健康に関連したQOL, 不安, 抑うつ, PTSDに関する前方視的な評価が行われた。

 

(3) Result

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Table 1

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Figure 1

 敗血症による心原性ショックでVA-ECMOを使用した患者は82人が登録された。Baseline characteristicsをTable 1に示す。市中肺炎が感染症の大半を占めた。82人中44人では持続する菌血症が認められた。

 ECMOは、ショック発症後早期(1.1日[SD 0.9])に使用されていた(Table 1)。大半の患者は、急性期生理学的スコア高値が示すように、重症な多臓器不全を発症していた。82人中11人(13%)はECMO導入前に心停止を来していた。12人(15%)は当初VV-ECMOを使用していたがすぐにVA-ECMOへ変更となっている一方、8人(10%)はvenoarteriovenous ECMOを使用していた。

 990人の対照群データベース由来患者のうち、468人(47%)はadvancedな血行動態モニタリングを受けており, 130人(13%)が、ECMO使用基準に合致した初日にnon-ECMO対照として選出された(Figure 1)。ECMOを使用していない患者群は、ECMO患者群と比べて より高齢である, 敗血症の原因としての肺炎の発生率がより低い, 血行動態障害がより重症でない, 登録時に臓器障害が少ない, といった特徴があったTable 1)。ECMOを使用していない患者群では、130の感染症エピソード中、尿路感染, 腹腔内感染がそれぞれ11人(8%, p=0.0856), 34人(26%, p=0.0002)だった。一方、ECMO患者群では82の感染症エピソード中、2人(2%)が尿路感染, 5人(6%)が腹腔内感染であった。

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Figure 2

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Figure 3

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Table 2

 90日目の生存確率は、対照群よりもECMO群で顕著に高値だった(60% vs 25%, risk ratio[RR] for mortality 0.54, 95%CI 0.40~0.70; p<0.0001)(Figure 2)。Baselineの重症度や潜在的な交絡因子に従ったpropensity scoreの重み付けを行った後でも、生存率の差異は見られていた(51% vs 14 %, RR for mortality 0.57, 95%CI 0.35~0.93; p=0.0029)(Table 1, Figure 2)。

 またECMO群は、対照群よりも乳酸クリアランスと変力作用スコア減少が有意に早かった(Figure 3。死亡した33人のうち、18人(54%)は治療抵抗性の多臓器不全, 2人(6%)は広範囲の腸管虚血でECMO開始直後に死亡している。死亡患者集団における高齢と少ない急性腎傷害を除けば、死亡患者集団と生存患者集団間でbaseline charasteristicsは類似していた。VA-ECMOを離脱した61人(74%)のうち、30人は呼吸不全が持続しているので即座にVV-ECMOを使用され、VV-ECMOは平均13.4日間(SD 16.6)使用していたものの、その後の心筋機能障害は認められなかった。ECMO抜去(もしくは外植; explanted)された患者のうち12人(20%)が死亡し, そのうち2人(4%)はICUから退出後の死亡であった。VA-ECMO補助期間が短かったにも関わらず、生存患者はICU滞在, 及び入院期間が長く、医療資源の消費が高度であった(Table 2)。10人(12%)はECMO開始時から存在した電撃性紫斑病によって四肢を切断された; うち2人は四肢全てを部分的に切断されていた。ECMOの大きな合併症は35人(43%)で生じており、感染とカニューレ挿入部の出血が最も高頻度であったTable 2)。

 90日目において、49人の生存患者のうち24人(49%)はカニューレ挿入部の合併症が持続していた; 13人は感染症, 6人は大腿神経感覚-運動傷害, 3人は創傷治癒不全, 2人は動脈瘤であった。11の局所合併症はその後も外科的治療を必要とした。La Pitie-Salpetriere病院の患者64人のうち、35人は生存しており, 32人で1年後の健康関連QOLが得られた身体活動の軽度低下, 及び 高度に保たれた精神的・社会的状況が報告された。不安, 抑うつ, PTSDの症状はそれぞれ32人中8人(25%), 5人(16%), 2人(6%)で報告された。

 

(4) Discussion

  この研究の主要な知見は、VA-ECMOで治療された患者群の90日目の生存が、類似したcharacteristicsを持ち内科的治療のみで治療された患者群と比較して顕著に改善されていたことだ。VA-ECMOは昇圧薬の迅速な減量を許容し, 血清乳酸値の比較的急速な減少が示すように、重要臓器への適切な環流を回復させた。心機能の改善も比較的迅速であり, またECMO補助からの離脱を許容し、生存患者においてはECMO導入後平均6日間で離脱した; これは原発性心原性ショックでECMOを使用された患者で報告された期間よりも短い。最後に、生存患者はICU滞在期間が長く, 重症敗血症・ECMO関連合併症を来していたにも関わらず、1年後にフォローアップが行われた生存患者集団の長期的QOLは十分と看做された。

 この研究には、high-volume, multi-nationalで経験豊富な学術的なECMOセンターで実施されたという点を含めた多くのstrengthがある。他方、この研究には明確なlimitationもある。主要なlimitationとしては、この研究はランダム化されておらず, そのため潜在的なバイアスがかかっていることが挙げられる。ランダム化研究実施が理想的ではあるものの、論理的には難しいだろう。状態が複雑で重症な患者を登録するwindowは狭いと思われる。加えて、経験豊富なECMOセンターの臨床設備が不十分な場合、対照群にランダム化された患者のECMOへのcrossover率が高くなり、結果がnullに偏ることが予想される。この弱点に対処するため、複数のsensitivity analysisと共に, 既知の交絡因子をコントロールする為のpropensity scoreの重みを付けた統計学的解析が行われた。このpropensityによる重み付けにも関わらず、幾つかの重要なbaseline characteristicsに関してはグループ間の差異が見られた。例えば、ECMO群では対照群よりも重症な左心室機能不全が見られ, また敗血症の原因としての肺感染症がより多かった。なお、肺感染症に関連した敗血症性ショックの予後は、大半の他の部位(臓器)での感染症による敗血症性ショックのそれと類似している。同様にして、この研究では感染症の部位(臓器)も90日後の死亡率に影響しなかった。更に、これらの差異によってbaselineがECMO群よりも軽症な対照群を形成することになった。当然、ECMOで治療される患者・そうでない患者の選択にあたっての未知の交絡因子が存在する可能性はある。

 敗血症性ショックにおける可逆性の心筋機能障害は、患者の20~65%に影響する共通した特徴である。心筋機能に関係なく、過去の敗血症研究ではカテコラミン投与量と死亡率が強く関連していた; 変力作用スコアが100μg/kg/min.を上回る患者での死亡率は90%を超えた。この文脈においてVA-ECMOは、重要臓器への灌流を回復させる・カテコラミン用量の迅速な減量を許容することによって、不可逆的な多臓器不全に繋がる悪循環を止めているのかもしれない。