Voice of ER ー若輩救急医の呟きー

日本のどっかに勤務する救急医。医療を始め、国内外の問題につきぼちぼち呟く予定です。

アイスランドにおけるSARS-CoV-2の拡散

 今日はまた、英語論文の紹介です。今回参考にしたのは、今年4/14にNEJMにて発表(その後、6/11にアップデート)された論文“Spread of SARS-CoV-2 in the Icelandic Population” (Gudbjartsson DF, Helgason A. et. al., N Eng J Med;382(24)2302~2315)です。

 

(1)Method

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 このstudyの節目を描くフローチャートFigure 1に示す。

 ”Targeted Testing”2020/1/31に開始された。これは1. 症状があり, 尚且つ 2. 高リスクと分類された国・地域から帰国 or 感染者と接触のあった人 を対象とした。

 一方、”Population Screening”3/13に開始された。これは1. 症状がない, もしくは 2. 軽い風邪の症状があるアイスランドの住民を対象とした。この検査の登録はオンラインで行われ、検体の採取はレイキャビクで行われた(”open-invitation” group)。従って、この検査の参加者の大半は首都に住んでいた。検体採取の時、医療従事者は参加者の直近の旅行歴, 感染者との接触歴, COVID-19に合致する症状の有無に関する質問を行った。また、population screeningの検体採取方法を評価する為に20~70歳のアイスランド人から6,782人をランダムに選んで、3/31〜4/1の間に携帯電話のテキストメッセージで招待した("random-sample” groupこうして招待した人のうち、4/4までに2,283人(33.7%)が参加した。” Open-invitation” subgroup と” random-sample” subgroupは別個に評価した。

 SARS-CoV-2陽性であった全参加者は、症状消失から10日間 or 検査が陰性 となるまでは自分を隔離(self-isolate)するように求められ, また 陽性参加者と接触のあった人は2週間自分を隔離(self-quarantine)するよう求められた。アイスランド政府は3/16に100人を超す参加者の集会の禁止令を発し, 最低2mのsocial distancingを保つように示した。3/24には集会の人数は20人以下へ制限された。保健当局は自己隔離(self-isolation)を推進し, 老人ホームと病院への訪問を禁止した。今日に至るまで、3/16以降大学が閉鎖されているのに対して、デイケアセンターと小学校はopenとなっている。アイスランド政府はまだ海外渡航を制限していないものの、帰国した人には隔離(quarantine)を行うよう求めている。

 SARS-CoV-2陽性が判明した全ての参加者は、感染を追跡する為当局に任命されたチームから電話連絡を受けた。陽性となった参加者は症状と発症時期, 直近の渡航歴, 感染者との接触歴を質問された。またこうした参加者は、最初の症状が出る前の24時間に接触があった人間全員を特定し, そうした接触した人とのintimacy(親密, 親交)の長さ, 及び 程度を教えるように依頼された。登録された接触者全員に電話インタビューが行われ、症状に関する質問された上で2週間quarantineを行うよう求められた。症状がある人, 及び quarantine中に症状を発症した人にはSARS-CoV-2検査が行われた。

 

※時系列(2020年のアイスランド)

1/31 “Target Testing”開始

2/28 アイスランド最初のSARS-CoV-2陽性症例(北イタリアからの帰国者)

3/13 “Population Screening”開始(オンラインで募集, “open-invitation” subgroup

3/16 政府が100人超の集会を禁止し2m以上のsocial distancingを指示, 大学を閉鎖

3/19 アイスランド外への全ての旅行が高リスクと指定される

3/24 政府が20人超の集会を禁止, 保健当局が自己隔離(self-isolation)を推進し, 老人ホーム・病院への訪問を禁止

3/31 1,308人がSARS-CoV-2陽性

  〃   〜4/1 携帯電話へのテキストメッセージによってランダムに選出した6,782人を検査に招待(”population screening””random-sample” subgroup

 

(2)Results

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 4/4時点で、targeted testingが行われた9,199人のうち1,221(13.3%)がSARS-CoV-2陽性となった。Population screeningが行われた13,080人のうち100人(0.8%; 95%CI 0.6~1.0)がSARS-CoV-2陽性となった。Open-invitationを受けた10,797人のうち87人(0.8%; 95%CI 0.6~1.0), Random-sample 2,283人のうち13人(0.6%; 95%CI 0.3~0.9)が陽性であった(Table 1及びFig. 2)Population screeningによって判明した感染者の割合は、20日のscreeningの間じゅう安定していた(Fig. 2F)

 Population screeningの検体採取は3/13に開始され、最初の陽性検査結果は3/16に保健当局へ通知された。このタイミング, 並びに アイスランド当局による高リスク地域の定義の急な変更のため、targeted testing”Early-phase Testing”(1/31~3/15)と”Later-phase Testing”(3/16〜3/31)の2段階へ分けて報告する。

 Early targeted testingにおいて、SARS-CoC-2陽性となった参加者のうち65.0%が国外へ旅行していた。Later phase testingでは、SARS-CoV-2陽性となった参加者のうち15.5%が国外へ旅行していた(Table1)。似たように、population screening参加者に占める海外渡航歴のある人の割合も急激に低下した。合計でpopulation screeningを通して陽性となった人のうち23.0%に海外渡航歴があった。

 Targeted testingearly phaseで陽性となり, 尚且つ渡航歴のある人のうち86.1%が、2月末までに高リスクと指定された地域(中国, オーストリアのアルプス山岳地帯, イタリア, スイス)へ渡航していた。高リスク地域から来た人々の隔離が、population-screening groupにおいて直近の渡航歴がある参加者が占める割合が極めて低い理由である。他方、screening groupで陽性となった87人中12人(13.8%)が最近英国へ渡航していた。

 Targeted testingearly phaseのうち、陽性参加者の40.1%は既知の感染者との接触を報告した(later phaseでは60.2%)。他方、population-screening groupでは陽性者の6.9%が感染者との接触を報告しており、これはおそらく感染者とその接触者は隔離(isolate)されており, そのためpopulation screeningに参加できなかったからであろう。

 SARS-CoV-2陽性だった参加者のうち、COVID-19の症状はtargeted group全体の93%, population-screening group全体の57%が訴えていた。しかし、population-screening group全体で陰性であった参加者の29%は症状を訴えていた。Study期間中に、population screeningにおける症状の報告は少なくなっていった。

 Targeted testing参加者全体の平均(±SD)年齢(40.3±18.4)は、population screening参加者全体の平均年齢(39.7±18.0)と類似していた(Fig. 2A〜2C)Targeted testing groupの10歳未満の子供564人のうち38人(6.7%)が陽性であった一方、10歳以上の子供は8,635人中1,183人が陽性であった。20歳までの参加者を含む解析では、年齢が上がるにつれて陽性者のpercentageも上昇した。Population-screening groupではこの差異がより顕著であった: 10歳未満の子供848人のうち陽性は0であるのに対し, 10歳以上の子供12,232人のうち陽性は100人(0.8%; 95%CI 0.7~1.0)だった。

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 アイスランド住民のSARS-CoV-2感染の地理的な起源を解明するため、本studyでは1547の完全配列のmedian-joining networkを作成した(アイスランド住民由来の完全なウイルスゲノム513と, 他国の住民由来の1,034)。(Fig. 3B)中国でのアウトブレイク以来3~4ヶ月間で複数系統が派生しており、起源となった武漢ハプロタイプ(中央のハプロタイプclade A)から平均5つの変異が分離した。ハプロタイプA, Bは東アジアで多いのに対し、ハプロタイプB1aは米国西岸でのアウトブレイクの中心である。またA2aとその子孫は欧州の感染者からほとんど独占的に検出される。

 アイスランドで見られたSARS-CoV-2感染のハプロタイプは複数の異なるcladeへと集合した(Fig 3B)アイスランドへのSARS-CoV-2の導入数を推計するため、本studyでは海外渡航した or 感染源が不明な 感染者を探した。これにより363人でゲノムの配列決定を行うことになった。これらのゲノムは42の別個のcladeへ集合することとなった。

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 Early targeted testingで収集し配列決定を行ったウイルス粒子157のうち、147はA2 cladeであった(Table 2)Population screeningが開始される時期までにアルプスのスキーリゾートから帰国した人は、自己隔離(self-quarantine)するように求められており検査には参加できなかったため、ハプロタイプの構成は多分に異なるものとなった。

 Early targeted testingからlater targeted testingにかけて、ハプロタイプの構成は大幅に変化した。Early-targeted testingでは157ハプロタイプ中103(65.6%)がA2a1及びA2a2ハプロタイプであったが、later-targeted testingでは361ハプロタイプ中115(31.9%)がA2a1及びA2a2ハプロタイプであった。これは A1aと, 他のA2a由来ハプロタイプ の頻度が増加したことによる。この変化は、まだ高リスクと指定されていなかった地域(英国といった国・地域)由来である感染の種を撒いた感染者のクラスターをpopulation screeningが特定したことを意味するのかもしれないLater-targeted groupにおけるA1a及びA2a cladeの比較的高いprevalenceは驚くに値しない: targeted testingが後で高リスクに指定された地域に渡航した人を含めるように拡大されたことに加え, population screeningは追跡する試みを知らせるために利用できる可能性がある症例を特定した。A2a3aA2a2aハプロタイプは、アイスランドで最も多いハプロタイプであった; 配列決定を行ったサンプルを提供した577人のうち、A2a3aハプロタイプは78人(13.5%)で, A2a2aハプロタイプは45人(7.8%)で見られた。

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 Contact-tracing networkにハプロタイプ分析を重ねた結果、追跡チームにより特定された接触者とウイルス配列決定に基づく接触の間に一致を認めた(Fig. 4A)

 Figure 4Bは最も複雑なcontact-tracing networkの一つを提示しており、イタリアないしオーストリアから帰国した人の集団がアイスランドでウイルスを伝播させたことを示している。この図は、アイスランドで感染した14人のnetworkを示している。ハプロタイプ分析によってこの人々はA2a1ハプロタイプのウイルスに感染したことが分かっているが、これはオーストリアよりも北イタリアからより多く輸入されたものである(Table 2)

 本studyでは曝露を6つのカテゴリーに分類した: 家族(family), 社会(social), 旅行業(tourism; アイスランドで旅行業に従事), 仕事(work; 学校を含む), 旅行(travel; 海外旅行), 不明(unknown)。そして暴露の構成が、時間が経つに連れて海外旅行・社会から家族内曝露へ変遷していることが分かった(Fig. 4C)

 

(3) Discussion

 アイスランドにおける感染高リスクな人でのSARS-CoV-2の有病率と, 一般人口での感染率の安定は、確信(保証)と警報の両方のgristを与えるものである。Population screeningにおいて陽性となった参加者のpercentageは20日間安定(0.8%)であり, 2つのscreening group(open invitationとrandom samplingによって集めた)は大して変わらなかった。

 時間が経過しても感染の発生が増加しないのは、もしかしたらアイスランド保健当局による封じ込め措置と, 海外でのアウトブレイクへの迅速な対応のお陰であるかもしれない。曝露して症状がある人への検査は、アイスランドで最初のSARS-CoV-2症例が特定される1ヶ月前に実施された。自己隔離(self-isolation), 隔離(quarantining), そして他のsocial distancing措置が感染率上昇の防止の一助となったかもしれない。

 軽症よりも重い呼吸器症状がある人にはpopulation screeningへ参加しないよう依頼していたものの、参加者の約半分が症状を報告した。最も多い症状は鼻汁と咳嗽であった。つまり、本studyのpopulation-screeningの弱点は、感染の可能性を懸念する人々が他の集団よりも多く参加していたことだ。Population-screening group全体で、SARS-CoV-2陽性であった参加者と陰性であった参加者が症状を訴えることが多かった。とりわけ、その一部は後になってほぼ間違いなく症状を来すものの、陽性となった参加者の43%は無症状であった。本study期間中、両方のgroupで症状の有病率は低下していった。これはおそらく、他の呼吸器感染症の全体的な減少によるものであろう(SARS-CoV-2拡散を低減するため行われた手段によってもたらされたものかもしれない)。

 幼い子供と女性は、思春期の子供or成人, 大人よりもSARS-CoV-2検査陽性が少かった。この2群における少ない陽性結果が、ウイルスへの曝露が少ないことによるのか, もしくは ウイルスへの耐性によるものか は不明である。

 Population screeningを通して診断された人由来のハプロタイプの構成は、targeted testingのearly phaseにおいて陽性となった人のそれとは異なっていた。そのため、論文の筆者は一般的な集団(population)で拡大したウイルスのハプロタイプは他のsourceから来たもの, おそらくその時に高リスク地域と指定されていなかった国から来た人により持ち込まれたものと結論付けた。

 3/13〜4/1の間のアイスランドの人口全体におけるSARS-CoV-2感染の頻度は安定しており、これは封じ込め措置が効いていたことを示している。しかし、検査, 隔離(isolate), 接触者の追跡, 検疫(quarantine)を続けないと、ウイルス封じ込めの努力は失敗するだろう。