Voice of ER ー若輩救急医の呟きー

日本のどっかに勤務する救急医。医療を始め、国内外の問題につきぼちぼち呟く予定です。

これまでの経験で印象に残った症例など

 最近更新の間隔が飽きがちですが、今日はYouTubeでは語りにくい(話すよりも、ここに書くほうがいいと思う)ことを綴ろうと思います。これまで救急診療に携わる中で、特に印象に残った症例について書いてみようかと思います。なお、個人情報保護のため、具体的なことは書きません。

 

(1) 産科医院からの転院症例

 時々、産科の開業医や市中病院の産科から大学病院の産科へ転院となった患者さんについて、産科から救急科へ応援を依頼されることがあります。経膣分娩後、子宮収縮が不十分で弛緩出血になったり, 子宮内反になると大量出血を来し生命に危険が及びます。産科開業医/二次病院で経膣分娩を行った患者さんが、不運にもそのような合併症を来したので急遽こちらへ搬送されて来るのです。

 大量輸液や輸血投与は確かに産科医でも出来ると思いますが、気管挿管による気道確保や, REBOA(resuscitative endovascular balloon occlusion of aorta; 大動脈を一時的に遮断することで、下行大動脈以下レベルの出血を一時的に止め, 脳や冠動脈への血流を維持する)挿入は救急医が行わねばなりません。そうしてなんとか外来で循環や気道・呼吸を安定させてから、手術室へ上がる(産婦人科医が最終的な止血達成の為に、子宮全摘術等を行う)訳です。

 他にも、同じく産科の開業医で帝王切開を行おうとして麻酔トラブルが発生し、急遽救命センター/大学病院へ応援要請が入り転院搬送となった症例もありました。確かに自分で麻酔管理ができる産婦人科開業医は日本全国に沢山居ると思いますが、その人たちが必ずしも、麻酔科専門医として十分な知識, ないし経験を積んでいるとは限りません(これまで致死的合併症が起きずに来れたのは、単に幸運だっただけなのかもしれません)。

 これは私の知り合いで米国の病院・クリニックの産婦人科を見学に行ったことのある医師から聞いた話なのですが、米国の産婦人科開業医は、担当患者の経膣分娩・帝王切開・手術を全て自分の所属している(or契約している)病院で担当・執刀するのだそうです。確かに、設備等の少ないクリニックでやるよりも、麻酔科医や救急医が常駐し, ICU・手術室を完備している大病院の方が患者にとっては安心・安全でしょう。母親・子供双方にとってより安心・安全な診療体制を提供するには、普段の検診等を開業医でやり、母体・胎児双方に負担がかかる分娩等は病院で行うのも一案かもしれませんね。

 

(2) 精神科病院からの転院症例

 以前精神科病院から紹介された症例で、元々ワーファリンを内服中の患者さんに抗菌薬を投与(発熱があったので、そこまで精査せずに『肺炎』と診断した上で)したところ、なんとその抗菌薬がワーファリンとの相互作用で抗凝固作用を増強させてしまい、頭蓋内出血を来したため急遽転院搬送となった事例がありました。医療関係者の皆様ならお分かりになるかもしれませんが、ワーファリンは併用する薬剤の種類によっては抗凝固作用が増強, ないし減弱されてしまい注意が必要です。しかし精神科医は内科医ではないので、そこまで分からないこともあり得るのです。他にも、嚥下機能が低下した長期入院の患者さんを絶食・経静脈的栄養のみで経過観察していたところ、誤嚥性肺炎を再度発症し、全身状態がいよいよ悪化したので急遽転院搬送となった症例もありました。

 精神科病院には、精神科医をはじめとした精神科に特化したスタッフしかおらず、発熱や意識障害の原因精査はおろか、嚥下リハビリ, 栄養管理等も十分とは言えません。しかも、現状日本は高齢化が進行しており、精神疾患へ何らかの並存疾患(e.g. 糖尿病, 心血管系疾患など)を抱えた患者さんは今後とも益々増えるでしょう。精神科医だけで入院患者の診療に当たるのはもう流石に限界なのではないでしょうか。

 

(3) 「精神疾患あり」と聞いただけで…

 これは9/2にも私のYouTubeアカウントにアップロードした動画で言及したばかりなのですが、もう一度強調させて下さい!

 様々な事情により、救急科も精神疾患が背景にある患者さんの診療を担当することが多々あります。その中には多発外傷のような複数診療科の介入が必要となる患者さんも居る訳ですが、本来ならば、全身状態が安定したらICU・HCUから一般病棟へ転棟, ないし損傷した組織・器官/臓器の修復の為に(大量出血等により不安定な状態で行う手術は、侵襲を抑える為に、迅速な止血・汚染や挫滅の著しい組織のデブリドマン等で一旦終了することが多い。最終的な修復は状態安定後に行う)専門各科へ転科するのですが、その患者さんに関して「精神疾患あり」という1フレーズを聞いただけで、他科の担当医, もしくは一般病棟の看護師らが転科・転棟を渋り出すことがしばしばあります。

 彼ら・彼女らはおそらく、妄想・幻覚とそれに伴う興奮といった精神症状を心配してのことなのでしょうが、全ての精神疾患患者さんがそのような症状を呈しているとは限りません(精神科医が介入したお陰で、落ち着いている場合も多い)。なのに、患者の現在の精神症状をロクに把握もせずに「転科・転棟は嫌だ」と言うのはナンセンスだと思います。万が一精神症状が強く出ていても、精神科スタッフと連携し対応すればいいのです。そうしたフレキシブルな思考をせずに、「精神疾患あり」と聞いただけで「うちじゃ無理!」, 「面倒臭え」と言い出すのは差別感情でなければ何なのでしょうか?

 蛇足かもしれませんがもう一言言わせて下さい。私も、一応ADHDと診断され何年間もコンサータを服用しています(精神疾患患者当事者の範疇には入ります)。私は医師として、患者さんの尊厳・人権や自己決定権等に最大限敬意を払って診療に当たっている訳ですが、私は患者になったとしても同じことを求めます。よって、私は「発達障害」, 「ADHD」, 「精神疾患」と言うフレーズを聞いただけで、例えば「空気読めない面倒な奴」, 「馬鹿」, 「コミュ障」等の差別的先入観を抱くような医療スタッフに私の診療を担当されたくありません。

 

 今回もつらつらと、思ったこと全部(ネガティブな内容も含め)書き殴ってしまいました。今の日本の医療現場がこれだけ課題を抱えていることの証なのです。患者・医療スタッフ双方にとって良い方向に向けて解決されることを願って止みません。

 

※追記※

 9/6にYouTubeアカウントを更新しました。今回は救急医らしく、毒草による中毒について簡単な?レクチャーを行っている動画です。これもイマイチ視聴数が伸びていないので、視聴・高評価・シェアをお願いします(泣)

youtu.be