Voice of ER ー若輩救急医の呟きー

日本のどっかに勤務する救急医。医療を始め、国内外の問題につきぼちぼち呟く予定です。

せっかくなんで新型コロナウイルスに関する論文を読んでみた。 Part 8

 世間の話題がほぼCOVID-19で占有されていますが、私も最近入手したCOVID-19関連の論文を紹介します。今回紹介するのは今年3月13日にオンライン発表された論文"Critical Care Utilization for the COVID-19 Outbreak in Lombardy, Italy"(JAMA; Grasselli G, Pesenti A. et al.)です。

 

 2020年2月20日イタリアLombardy州のCodogno HospitalのICUに、30歳台の患者がCOVID-19の診断で入院した("Patient 1")。この患者は当初、COVID-19を疑われていなかった。その後の24時間で、COVID-19陽性患者の報告は36件まで増加。これは深刻な事態の悪化と思われた。その理由は、

1. Patient 1は若く健康

2. Patient 1の感染源が特定できなかった

3. 36名はPatient 1やその他イタリア国内の陽性症例と関連が無い

4. Patient 1はICUにおり, 2日目にして既に36名の患者がいたことから、未知の大きさ(magnitude)を持つclusterがおり, 更なる拡散が起こる可能性があった

の4点であった。これを受け、Lombardy州政府と地元保健当局は2月21日、緊急task forceを結成した。

 なおこのアウトブレイクの前、Lombardy州のICUは720床(74病院全床の2.9 %)であり、冬期は常にこの85〜90 %が埋まっている。そこでCOVID-19 Lombardy ICU Networkは二つの優先事項を設定した。1. 急増したICU capacityを増やすこと, 及び 2. 封じ込め措置の実行, である。

 既に二次的感染が発生しているという予測に基づき、新たなCOVID-19症例がおそらく数百〜数千件発生することが予想された。COVID-19症例の5 %がICUに入ると想定すると、一ヶ所のICUへ全ての重症患者を入れるのは不可能だった。そこで、COVID-19の重症患者は、感染症専門医がいる, もしくは VV-ECMO Respiratory Failure Networkに参加している 15ヵ所のfirst-responder hub hospitalへ集めることになった。なおこれらhub hospitalの条件は以下の通りである。

1. 他のICUから隔離されたCOVD-19患者集団専用のICUがある

2. 必要な患者が機械的換気を装着でき, 尚且つCOVID-19確定診断が出るまでの間に滞在するトリアージエリアがある

3. 呼吸器症状のある患者をトリアージし, 迅速に検査し, 適切な集団へ割り振るprotocolを作る

4. スタッフが適切なpersonal protective equipment (PPE) を確実に入手できる

5. 重症なCOVID-19陽性 or 疑い患者全てを、その地域の調整センターへ報告する

その上で、急を要さない処置(手術)はキャンセルされ, その後10日間で新たに200床のICUが利用可能になった。合計すると、最初の18日間でICU networkは482床を準備した。

 地元保健当局は最初のclusterに対して、複数の町を隔離することで強力な封じ込め措置を確立した。その後ICU networkは政府に対し、ウイルス封じ込めのためにあらゆる措置を講じるように助言していたが、2週間後には新たなclusterが出現した。

 1日目から18日目にかけて、ICU入院の急激な増加が見られた。公式なデータによるとCOVID-19陽性患者(3,420名)のうち12 %(556名)がICU入っており、3月7日時点で入院しているCOVID-19患者(2,217名)中16 %(359名)がICUに入っていた。また同日までに、COVID-19患者集団専用ICUの総数は、55病院の482床(アウトブレイク前のICU収容能力の約60 %)となった。なお3月8日時点で、(当初)COVID-19陰性であった患者は地域外のICUへ転院となった。

 2月22日から始まるアウトブレイクの最初の3日間で、Lombardy ICU NetworkにおけるICU入床は11名, 15名, 20名であった。最初の2週間でICU入床は持続的かつ指数関数的に増加した。3月7日(その前の15日間でICUに556名のCOVID-19患者が入床していた)のデータを基にして、将来的なICU需要を推計する指数関数モデル, 及び 線形モデルが作成された。

  • 線形モデル:  3月20日までに約869床が必要になる
  • 指数関数モデル:  3月20日までに14,542床が必要になる

これらは仮説に過ぎず, また複数の憶測を含んでいるものの、重症患者の増加は、たとえ外傷, 脳卒中等、他の疾患の患者の入床を考慮に入れなくても全体のICU capacityを超えると思われた。

 現実的には、医療システムは制御の利かないアウトブレイクを制御できず、ICUシステムの崩壊を防ぐためにはより強力な封じ込め措置のみが現実的な選択肢である。こうした理由のため、直近の2週間を通して医師は当局へ封じ込め措置を強化するよう継続的に助言した。地域のICU networkや保健当局, 政府が最初のclusterを封じ込めようと迅速に対応したにも関わらず、ICU入床が必要な患者の急増は圧倒的だった。COVID-19陽性患者の12 %, COVID-19で入院している患者の16 %がICUへ入床し、これはCOVID-19陽性患者の5 %がICUに入床した中国を上回った。この理由としては、1. (可能性は低いが)イタリアと中国ではICUの入床基準が異なる, 2. 中国とイタリアでは人種, 年齢, 並存疾患といった因子が異なる, の2つが考えられる。

 3月8日と9日ICU capacityの更なる増加, 共同体におけるより強力な封鎖措置を強化する 等の措置を含む次の計画の立案を開始するとともに、他に何ができたのか検討を行った。その結果、以下のような反省点が浮上した。

  • SARS-CoV-2の検査能力を直ちに増やしておくべきであった。事実、ごく早期に検査能力は飽和してしまった。
  • ICU capacity急増への対応に並行して、より迅速にCOVID-19専用施設への変換ができたはずである。

 3月10日の時点で、イタリア全体が隔離されており、政府は厳格な自己隔離措置(self-isolation measures)を含むより強力な封じ込め措置を開始した。地域のresourceが限界に達しているのに対し、イタリア中央政府は重症患者の他地域への転院搬送, 緊急の資金, 人材派遣等の追加のresourceを提供している。目標は、必要な患者全員にICU病床を確保することである。イタリアでの経験は、必要な患者全員にICU病床を供するために、初期の迅速な患者急増に対する対応が可能なのはICU networkのみであることを示唆している。共同作業の緊急ネットワークへ組織化されていない医療システムは、今一つの目標に向けて動くべきである。