Voice of ER ー若輩救急医の呟きー

日本のどっかに勤務する救急医。医療を始め、国内外の問題につきぼちぼち呟く予定です。

せっかくなんで新型コロナウイルスに関する論文を読んでみた。 Part 5

 今回は、NEJMへ今年2月28日に発表された論文"Clinical Characteristics of Coronavirus Disease 2019 in China"(Guan W, No Z. eat al.)の和訳を載せて行きます。なお、これまで新型コロナウイルスを"2019-nCoV"と呼んでいましたが、最近"severe acute respiratory syndrome coronavirus 2(SARS-CoV-2)"と呼称が変更になったようです。

 

(1) Introduction

 2020年2月25日までに、検査で確定したCOVID-19は世界中で81,109名である。この急速な拡大を受け、中国全土の症例を改めて分析して臨床像や重症度を理解する必要がある。

 

(2) Method

 この研究はNational Health Commisionが支援した。

① Patients

 2019年12月11日から2020年1月29日の間にNational Health Commisionへ報告されたCOVID-19確定患者(外来と入院患者両方, 中国全土)の医療記録や検査データを取得。患者データから、直近の曝露歴, 臨床症状, 入院時検査所見, 画像 を抽出し、データのコピーをGuanzhouのデータ処理センターへ送信した。

 なお患者の重症度はAmerican Thoracic Society guideline for community-acquired pneumoniaに基づいて"severe disease""nonsevere disease"へ分類。COVID-19の診断はWHO interim guidanceに従って診断(確定診断=high-throughput sequencing or real-time RT-PCRで陽性)した。そしてこの検査で確定診断された患者のみが本研究の分析対象となっている。

② Outcome

Primary composite end point:  ICUへ入った, 機械的換気, 死亡

Secondary end point:  死亡率, 発症からcomposite end pointまでの時間, 発症からcomposite end pointの各構成要素までの時間

※ 用語の定義

 潜伏期間:  感染源に接触した最も早い時期から、発症した可能性のある時期のうち最も早いものまでの間。1日未満の場合は除外し、最新の暴露日を記録した。本研究では、明確な時期の記録がある291名のデータを基に潜伏期間を計算した。

 

(3)Result

 2020年1月29日までに552ヶ所へ入院した7,736名のうち、臨床症状と転機に基づいて1,099名(全体の14.2 %)のデータを取得した。

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うち武漢のJinyintan Hpspitalの入院患者が132名と最大であった(Fig. 1)。また全体の3.5%が医療関係者, 「野生生物と接触あり」が全体の1.9 %だった。483名(43.9 %)が武漢の住民であり、武漢以外の患者の72.3 %に武漢の住民と接触歴があった(Table 1)。

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 潜伏期間の中央値は4日(四分位範囲 35~58)で患者の0.9 %が15歳未満, 41.9 %が女性であった。発熱は入院時43.8 %の患者に見られたが、入院中に88.7 %へ増加。その次に多い症状は咳(67.3 %)であった。嘔吐や吐き気は5.0 %, 下痢は3.8 %と少数だった。また23.7 %は少なくとも1つの併存疾患があった。

 "Severe disease"は926名, "nonsevere disease"は173名であった。"nonsevere"と比較して"severe"は7歳高齢(中央値), 「併存疾患あり」はnonsevere disease(21.0 %)と比較してsevere disease(38.7 %)に多かった。

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 入院時に975件のCTが撮影されており、86.2%に異常を認めた(Table 2)。最も多く見られた所見はすりガラス状陰影(56.4 %), 両側性斑状陰影(51.8 %)だった一方、nonsevere disease 877名中157名(17.9 %)・severe disease 173名中5名(2.9 %)に異常所見を認めなかった

 入院時血液検査では83.2 %でリンパ球減少を、36.2 %で血小板減少を認めた他、33.7 %で白血球減少を認めた。またデータ異常はnonsevere diseaseよりもsevere diseaseで多く見られた。

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 Primary composite end pointは67名だった(6.1 %)(Table 3)。その内訳は、5%がICU, 2.3 %が機械的換気, 1.4 %が死亡であった。なおsevere disease 173名中、43名がprimary composite end point(24.9 %)となった。また同end pointとなる累積危険度は、全患者において3.6 %, severe diseaseでは20.6 %となった。

 患者の大半は抗菌薬による治療を受け(58 %)、35.8 %はオセルタミビルによる治療を受けた。また41.3 %が酸素療法を、6.1 %が機械的換気を受けたが、severe diseaseの患者ではこの2療法を受ける割合が増えた。例えば、NPPVはsevere disease 32.4 % vs nonsevere disease 0 %, 侵襲的換気はsevere disease 14.5 % vs  nonsevere disease 0 %というふうに、severe diseaseでは機械的換気を受ける患者がnonsevere diseaseよりも多かった。またグルココルチコイド療法が204名(18.6 %)で行われ、これはsevere disease 44.5 % vs nonsevere disease 13.7 %とsevere disease患者の方が多かった。この204名中、33名(16.2 %)はICU, 17名(8.3 %)は侵襲的換気, 5名(2.5 %)は死亡した。Severe diseaseの患者5名(0.5 %)にECMOが行われた。

 入院期間の中央値は12.0日(平均12.8)だった。またsevere diseaseはnonsevere diseaseと比較して肺炎と診断される割合が多かった(99.4 % vs 89.5 %)。

 

(4) Disucussion

 COVID-19アウトブレイクの初期において、症状・画像所見・発症時の重症度が多様であったため、この疾患の診断は難渋した。上記のように入院時の発熱は全体の43.8 %のみ, severe diseaseのうち2.9 %・nonsevere diseaseのうち17.9 %で画像上異常所見なしであり、入院後にsevere diseaseとなったのは15.7 %であった。COVID-19と関連した死者数は多いものの、SARS-CoV-2は、SARS-CoV, MERS-CoVと比較しても死亡率は低いように見える。入院時の呼吸器の易感染性が、予後悪化に関連していた。

 野生動物と接触歴がある患者は約2 %であった一方、3/4以上は武漢の住民, 武漢を訪問, 武漢の住民と接触歴があった。これらの知見は、家族集団でのアウトブレイク, 無症状患者からの感染, 3段階アウトブレイクのパターンといった最近の報告を反映(echo)する。

 SARS-CoV, MERS-CoV, 高病原性インフルエンザの感染ルートは、呼吸器飛沫と直接接触である。SARS-CoV-2も同様の感染ルートであると思われるなおSARS-CoV-2は消化管, 唾液, 尿からの検出されたため、これらも感染の原因と思われ研究が必要である。

 患者のうち8.9 %は肺炎発症前, もしくは肺炎を発症しなかったのにSARS-CoV-2の感染が確認されており、COVID-19という疾患へのspectrumに対する更なる理解が必要である。

 最近の研究と同じく、COVID-19の臨床像はSARSに似ていることを本研究は示した。発熱と咳が主な症状で消化器症状が稀であるという臨床像は、SARS-CoV, MERS-CoV, 季節性インフルエンザと比べて異なるSARS-CoV-2の向性が示唆される。発熱がないのはMERS(2 %)やSARS(1 %)よりもCOVID-19で多く、症例定義が発熱に注目していると発熱していない患者は見逃される可能性がある。リンパ球減少が多く、一部の症例では重症であるという報告も最近の報告と矛盾しない。本研究の死亡率は1.4 %と最近の報告より低く、サンプルサイズや症例登録基準の違いによるものと考えられる。本研究の知見は、2020年2月16日までの51,857例のCOVID-19患者の死亡率が3.2 %と報告した公式報告に類似している。本研究では軽症患者・医療機関を受診しなかった患者を含んでいないため、現実の死亡率はより低い可能性がある。早期の隔離, 早期の診断, 早期のmanagementがまとめて、Guangdongの死亡率低減に寄与したかもしれない。

 SARS-CoV-2とSARS-CoVには系統発生的な同質性があるにも関わらず、COVID-19とSARS-CoV, MERS-CoV, 季節性インフルエンザの臨床像は異なる。

 なお本研究には幾つかlimitationがある。

  • 曝露歴や検査結果が不十分な症例があった。
  • 291名の患者のみで潜伏期間を推定した。日付の不正確性(思い出しバイアス)が本研究のアセスメントに不可避的に影響したと思われる。
  • 2020年1月31日の時点で多くの患者が入院中で転機が不明であったことから、分析の段階で削除している。
  • 無症状ないし軽症のため自宅で治療した患者は入っていないので、本研究ではより重症なCOVID-19を代表している可能性がある。
  • 多くの患者は、入院時に喀痰の細菌ないし真菌検査を受けていない(医療資源が限界に達していた病院もあったので)。
  • データ生成はsystematicでなくclinically drivenである。