Voice of ER ー若輩救急医の呟きー

日本のどっかに勤務する救急医。医療を始め、国内外の問題につきぼちぼち呟く予定です。

せっかくなんで新型コロナウイルスに関する論文を読んでみた。Part 4

 今回は、今年の2月24日にJAMAへ掲載された論文"Characteristics of and Important Lessons From the Coronavirus Disease 2019 (COVID-19) Outbreak in China" (Wu Z, McGorgan JM et al.)を和訳して紹介します。

 

(1) Introduction

 Chinese Center for Disease Control and Preventionは最近、中国本土におけるCOVID-19の最大規模のcase series(2020年2月11日の時点72,314例)を発表した。この論文は、その報告の重要な知見を総括し、COVID-19流行の喫緊の理解と教訓を考察するものである。

 

(2) COVID-19アウトブレイクの疫学的特徴

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計72,314例の内訳は

  • 確定診断(咽頭ぬぐい液からウイルスの核酸が陽性)は44,672名(62 %)
  • 疑い症例(需要が間に合わないので検査はやらず、症状及び曝露歴で診断)は16,186名(22 %)
  • 臨床診断(Hubei省のみで使用した基準。検査はやらず、症状, 曝露歴, コロナウイルス肺炎の特徴がある肺画像所見で診断)は10,567名(15 %)
  • 無症状(典型的な症状がなく、ウイルス核酸が陽性)は889名(1 %)

であった。また年齢に関しては、

  • 30~79歳; 87 %
  • 9歳以上; 1 %
  • 10~19歳; 1 %
  • 80歳以上; 3 %

であり、地域については75 % の症例がHubei省・大半が武漢と関係のある曝露を報告(86 %; i.e. 武漢の住民, 武漢を訪問した, 武漢の住民or訪問者と濃厚接触あり)した。また、重症度に関しては"mild"(肺炎でない, 軽症の肺炎)が81 %, "severe"(呼吸困難, 呼吸数≧30/min, 血液酸素飽和度≦93 %, P/F ratio<300, and/or 24~48時間以内に肺野浸潤影50 %超)が14 %, "critical"(呼吸不全, 敗血症性ショック, and/or 多臓器不全)が5 %を占めた。

 全体の"case-fatality rate(CFR; 死亡率?)"は2.3 %(44,672名の確定診断症例中、1,023名が死亡)であった。なおこの死亡率(CFR)を年齢別に見てみると、

  • 9歳以下; 死亡例なし
  • 70~79歳; 8.0 %
  • 80歳以上; 14.8 %

であり、重症度別に死亡率を見ると、"mild", "severe"症例で死亡例はなく、"critical"症例のCFRは49.0 %であった。また、並存疾患があるとCFRは上昇した(心血管系疾患 10.5 %, 糖尿病 7.3 %, 慢性呼吸器疾患 6.3 %, 高血圧 6.0 %, 癌 5.6 %)。更に、44,672症例のうち1,716症例が医療従事者であった(3.8 %)。その医療従事者のうち、

  • 1,080名(63 %)が武漢
  • 医療従事者内の確定診断例のうち、14.8 %が"severe"もしくは"critical"
  • 5名が死亡

という結果であった。

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 COVID-19は、たった30日で1都市から国全体へ拡散した。"Epidemic curve"では、早期の症例では持続的かつ共通する原因 ー Huanan Seafood Wholesale Marketにおける人畜共通のspilloverである可能性 ー の存在が示唆されるものの、後期の症例では、ヒト・ヒト感染が始まるにつれて、ウイルスを伝播させる原因の存在が示唆されるようになった(Figure 1)。

 

(3) COVID-19とSARS, MERSの比較

 SARSは、Guangdong省の市場においてコウモリ→"palm civet" (『樹上性のジャコウネコ』)の経路でヒトへ新種のコロナウイルスが感染したのが始まりであり、29カ国で8,096名が感染・774名が死亡(CFR 9.6 %)し、2003年7月5日にWHOが終息を宣言した。

 他方、MERSサウジアラビアにおいてコウモリ→ヒトコブラクダの経路でヒトへ新種のコロナウイルスが感染したのが始まりであったものの、未だ終息しておらず、27カ国で2,494名が感染・858名が死亡(CFR 34.4 %)した。

 COVID-19, SARS, MERSはいずれも発熱, 咳嗽の症状を呈し、高齢者, 並存疾患が予後不良と関連する下気道疾患に罹患する, という共通点がある。また、気道サンプルに対する核酸検査が確定診断に必要だが症状・曝露歴・胸部画像でも診断可能であること, 特異的かつ有効な抗ウイルス治療がないので、支持的療法が標準であること, も共通している。MERS, SARSの方がCFRが高いものの、症例数が多いため総死亡数ではCOVID-19がまさっている。2020年2月18日までに、中国では72,528名の確定診断(全世界の98.9 %), 1,870名の死亡(全世界の99.8 %)が確認されている。つまり、粗CFRは 2.6 %である。しかしながら、軽症例・無症状例の特定は難しいので、COVID-19の総数はもっと多い可能性がある。更に、中国における検査の能力(testing capacity)は未だに不十分なので、多くの疑い症例と臨床診断症例がカウントされていない。Hubei内のCFRが2.9 %に対し、Hubei外のCFRが0.4 %なのは、このCFRの不確定性を反映しているのかもしれない。いずれにせよ、全てのCFRについて慎重な解釈が必要であり、更なる研究が必要である。

 SARS, MERSの二次感染の大半は病院内で起きた。COVID-19でも、2020年2月11日までに3,019名の医療関係者が感染(1,716例の確定診断, 5名の死亡)した。しかし、これはCOVID-19の主な拡散経路ではない。むしろ、多くの感染は濃厚接触を介している。現在に至るまで、Hubei外の20省で1,183の集団症例が報告され、このうち88 %が2~4名の確定診断例を含んでいた。また、今までのところ64 %の集団が家族内感染であったことは記憶に値する(Of note, 64% of cluster documented thus far have been within familial households)。つまり、COVID-19はSARS, MERSよりも感染性が強いように見え, またCOVID-19の"reproductive number"(R0)は既に判明したと予想する人は多いものの、正確なR0予想を出す, もしくは感染力学を評価するのは時期尚早だ。追加の研究が必要である。

 

(4) COVID-19エピデミックへの反応

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 2003年以来、中国政府はエピデミックへの対応能力を改善させており、COVID-19への対応でその努力の一部を垣間見ることができる(Figure 2)。2002~2003年のSARSアウトブレイクの時、中国がWHOへアウトブレイクを報告した時点で300例の感染・5例の死亡が生じていた。しかしCOVID-19の場合、WHOへ報告した時点(2020年1月3日)で27例の感染・死亡0例であった。WHOへの通知からSARSコロナウイルスを特定するまで2ヶ月かかったが、2019-nCoVの場合はそれが1週間だった。

 COVID-19アウトブレイクの時期は、旧正月の前の時期だった。多くの人が航空機, 列車, バスで長時間・長距離を移動し、その間に多くの濃厚接触が生じてしまう。中国は、分離(isolation), 隔離(quarantine), 社会的な引き離し(social distancing), 共同体の封じ込め(community containment)という、伝統的な公衆衛生学上のアウトブレイクへの対応戦術に焦点を合わせた。

 COVID-19と診断された患者は直ちに既存の指定病院に隔離され、武漢とHubeiで増加する患者に対応するために2つの病院が急ぎ建設された。COVID-19患者と接触した人は、自宅に籠るよう要請されるか, 特別隔離施設に移送されて症状発症がないか監視を受けた、多人数が集まるイベントは中止となり、武漢及びHubei省内の都市の交通は制限され、厳重に監視された。その後、事実上全ての交通が全国レベルで制限された。推定で、4千万〜6千万人の、武漢 及び Hubei省内の15の周辺都市の住民が社会的な引き離しに属した。過去にこのような形の伝統的なアウトブレイクに対する対応は成功裏に行われていたが、これほど大規模な前例はなかった。

 

(5) 次のステップ

 現在中国が行っているアウトブレイクへの対応のもう一つの大きな目標は、COVID-19が拡散しすぎる前に科学が間に合うまでの時間を稼ぐことだ。中国は、新しいevidenceが手に入り次第、戦術と戦略を調整することに焦点を合わせなければならない。中国は国際社会からの支援に感謝している。国際社会はこれまで以上に密接になっており、新興病原体は地政学的境界に囚われない。公衆衛生インフラへの積極的な投資がCOVID-19のようなエピデミックへ効果的に対応するために欠かせない。国際的な監視・協力・協調・連絡態勢を改善させ続けることが重要である。