Voice of ER ー若輩救急医の呟きー

日本のどっかに勤務する救急医。医療を始め、国内外の問題につきぼちぼち呟く予定です。

【医療関係者向け】敗血症へのエンドトキシン吸着療法は効果があるのか

 今回もまた、「英語論文和訳してみた」シリーズです。今回は、敗血症性ショックの患者に対するエンドトキシン吸着療法のランダム化コントロール研究です。元ネタの論文は、'Effect of Targeted Polymyxin B Hemoperfusion on 28-Day Mortality in Patients With Septic Shock and Elevated Endotoxin Level. The EUPHRATES Randomized Clinical Trial'(JAMA 2018;320(14):1455-1463)です。

 

(1) Reserch Question

 「エンドトキシン活性上昇が見られる敗血症性ショックの患者に対し、エンドトキシン吸着療法を行うと生存率が改善する」という仮説を立てた。

 

(2) Study Design

 米国とカナダの55施設で行われた、複数施設を巻き込むランダム化, ブラインド化, sham-control(コントロール群は偽物)研究である。患者の登録は20101年9月から2016年6月の間に行われ、最終フォローアップは2017年6月に行われた。

1. Patient selection

 まず、18歳以上の敗血症患者のうち、次の基準を満たす患者が候補となった。

  • 0.05 μg/kg/min.以上のノルアドレナリンを、少なくとも連続した2時間必要とし、尚且つランダム化前の30時間以内継続している低血圧
  • 感染症 or 感染症疑いで抗菌薬の点滴を受けている
  • ランダム化前24時間で少なくとも30 mL/kgの晶質液投与を受けている
  • 少なくとも1つ、急性疾患による新しい臓器障害を来している

 こうした条件がある患者の血液検体に対しエンドトキシン活性assayを実施し、活性が0.60以上ある患者を登録とした。

 他方で、① カルテ上、治療に対する制限が記載されている(e.g. 透析療法を希望しない), ② 短期間の生存も望めない末期, という条件がある患者は除外された。なお、2回目の中間分析後、data and safety boardは死亡リスクの高い患者のこれ以降の登録を制限するよう推奨した。その結果、③ Multiple Organ Dysfunction Score (MODS) 9以下, という除外条件が加わった。

2. Intervention

 標準的な透析機を用いた血液吸着療法を、24時間の間に2回(それぞれ2時間継続)実施。Blood flow rateは80~120 mL/min.に設定した。カートリッジには、ポリミキシンBへポリスチレン-ポリプロピレンファイバーが共有結合しており、これがエンドトキシンを選択的に吸着するようになっている。

3. Comparison

 偽の治療が行われた。すなわち、透析機が患者ベッド横に用意されるが、実際透析用カテーテルは挿入されたように擬装され、吸着療法に見せかけるために2時間の間は0.9%生食が回路を循環していた。

 なお、ブラインド化のために透析機自体は隠蔽されており、施設ごとの研究担当者(site-specific principal investigator), 治療方針を決定する医師(e.g. intensive care physician, fellow, resident)らには透析機が本物か偽物かはわからなかった。その一方で、看護師, 薬剤師, 透析用カテーテルを留置した医師, 透析を行なった腎臓内科医には、透析機が本物か偽物か分かっていた。

4. Outcome

 Primary efficacy end point; 当初は全患者28日間の死亡であった。しかし上記のように、2回目の中間分析の結果、MODSスコア>9の患者がprimary end pointのpopulationとなった(研究に登録される患者もMODS>9に限定された)。

 Secondary outcome; 

① 28日以内におけるbaselineから死亡までの生存時間(survival time from baseline to death within 28 days), 及び MODSの変化

② 平均動脈圧(mean arterial pressure; MAP)

③ 尿量

④ Baselineから72時間までのクレアチニン濃度

 

(3) Results

 921名の患者がエンドトキシン活性assayテストに参加し、うち450名が基準を満たした。450名のうち224名(平均年齢 60.9歳, 女性 84名[37.5%], 平均Acute Physiology and Chronic Health Evaluation[APACHE II]スコア 29.4)がエンドトキシン吸着療法群へ, 226名(平均年齢 58.8歳, 女性 93名[41.2%], 平均APACHE IIスコア 28.1)が偽吸着療法(コントロール)群に入った。更に、吸着療法群のうち12名, コントロール群のうち6名は治療を受けなかった。

 また、MODS9点超が295名おり、うち147名がエンドトキシン吸着療法を受け(平均MODSスコア 11.9), 残り148名がコントロール群(平均MODSスコア 11.9)となった。なお両群のbaseline characteristics, 症例の混合(case-mix), organ supportは類似していた。ランダム化から治療介入までの平均時間は3:30時間(95信頼区間 3:15~3:45時間)であった。

1. Primary Outcome

 血液吸着群では1名, 対照群では0名がフォローアップから漏れた。Primary analysisからは失われたデータは除外された。

 まず、全ての患者を対象にした分析では、28日後の死亡は血液吸着群で37.7%(223名中84名)である一方、コントロール群で34.5%(226名中78名)であった(risk difference [RD] 3.15[95%信頼区間 -5.73~12.04], risk ratio[RR] 1.09[95%信頼区間 0.85~1.39], P=.49)。他方、MODS>9の患者に対する分析では、28日後の死亡は血液吸着群で44.5%(146名中65名), コントロール群43.9%(148名中65名)であった(RD 0.60[95%信頼区間 -10.75~11.97, RR 1.01[95%信頼区間 0.78~1.31], P=.92)。Primary outcomeで統計学的な有意差が見られなかったことから、secondary end point analysisとexploratory end point analysisの結果は本論文には掲載されなかった('spplemental material'に記載)。

2. エンドトキシン活性assayの時間的経過における比較

 Baselineと, day 2 or 3の間における、グループ間でのエンドトキシン活性に有意差は無かった(全患者だけでなく、MODS>9の患者のみで分析しても同じだった)。

 

(4) Discussion

 ① 全てのランダム化した患者, もしくは ② より重症な患者(MODS>9の患者)において、ポリミキシンBを用いた血液吸着療法はコントロール群(偽の透析療法)と比べても、28日後の死亡率を有意に減少させなかった

 これまでも、敗血症と敗血症性ショックに対する様々な新規治療法の臨床試験が行われてきたが、どれも患者の予後改善には至っていない。敗血症の診断基準を満たす患者集団内における異質性が、こうした失敗の原因である可能性がある。敗血症の臨床試験は一般的に、臨床症状の存在を基づいた広範囲にわたり連続した患者が含まれており, 特定の治療すべき標的に照準を絞っていないのが典型的である。

 なお、近年実施された、腹部敗血症の重症患者に対してポリミキシンB血液吸着療法と標準的治療を比較したランダム化研究2件では、互いに矛盾する結果が得られた。

  • EUPHAS; イタリアで実施された複数施設のランダム化研究。腹部敗血症 or 敗血症性ショックの患者64名が対象。ポリミキシンB治療群では、術後の72時間において、平均動脈圧上昇, 昇圧薬の必要量の減少, 臓器障害の減少が見られた。また、ポリミキシンB血液吸着療法は28日後における生存率の改善と関連していた
  • ABDOMIX; フランスで実施された複数施設のランダム化研究。腹膜炎と敗血症性ショックのため緊急手術になった243名の患者が対象。28日後の死亡率, 90日後の死亡率 or 治療翌週の臓器障害の変化, について両群間で有意差は無かった

 EUPHRATE studyの結果は、論文筆者らの知る限りではポリミキシンB血液吸着を用いた最大規模の研究である。この研究の長所は、① 偽の血液吸着療法でブラインド化がされた, ② 敗血症性ショック, 高い明瞭度(high acuity), 過去の研究よりも死亡リスクの高い, といった要素のある広範囲の患者を登録した, ③ エンドトキシン活性の高い患者のみ登録することで、ポリミキシンB吸着療法の利益をより受けうる患者を特異的に治療した, という点である。

 ポリミキシンB吸着療法が生存率改善に失敗した理由として、次のようなものが考えうる。

① 治療が敗血症性ショックと多臓器不全発症後に開始された場合、ポリミキシンBの効果が出ないかもしれない。

② 過去の研究データはポリミキシンB血液吸着カートリッジのエンドトキシン除去能力とエンドトキシン活性assayの能力を支持している。EUPHRATE studyにおけるポリミキシンB吸着療法の開始時期(relative timing)・量(dose)・継続時間(duration)は、エンドトキシンによる負荷の有意な軽減・臨床経過の有意な改善・もしくは その両方, を実現するには不十分であった可能性がある。

③ エンドトキシンの区画化(compartmentalization of endotoxin)と, エンドトキシンタンパクの複雑な結合を考慮すると、全血液のassay(the whole blood assay)がエンドトキシンによる負荷を十分に反映していなかった可能性がある。