Voice of ER ー若輩救急医の呟きー

日本のどっかに勤務する救急医。医療を始め、国内外の問題につきぼちぼち呟く予定です。

【医療関係者向け】脳梗塞の血栓回収術に全身麻酔?

 さて、今回は久しぶりに『論文和訳してみた』シリーズ(?)を掲載します。今回紹介するのは"Assosiation of General Anesthesia vs Procedual Sedation With Functional Outcome Among Patients With Acute Ischemic Stroke Undergoing Thrombectomy A Systemic Review and Meta-analysis"(JAMA 2019;322(13):1283-1293)です。

 

(1) Background

 機械的血栓回収術は、今や脳梗塞急性期の標準的治療である。しかし、全身麻酔(以下、全麻で統一)をかけるか否かについては未だに意見が分かれている。

  • 全麻の利点: 患者が処置中に動かない, 鎮痛できる, 気道確保ができる
  • 全麻の欠点: 脳血流が不安定になる, 治療開始が遅れる

 過去の後方視的研究とメタアナリシスでは、通常の鎮静と比較して全麻を受けた患者で機能的予後(functional outcome)が悪く、死亡率も高かったと示されている。しかし、脳梗塞が重症である場合に全麻になる傾向があることから、これらの研究にはselection biasがあるとされている。

 'SIESTA', 'ANSTROKE', 'GOLIATH'と名付けられた、3つの単施設ランダム化臨床研究は、1. 2つの異なる麻酔regimenの間で機能的予後の有意差が無いこと, もしくは 2. 全麻を受けた患者では予後が良いこと, を示した。しかし、これらの研究は単施設研究であり, うち2研究では代わりとなる成績のパラメーター(surrogate outcome parameters)によって制限を受けるので、一般化可能性がない。

 

(2) Research Question

 脳梗塞への機械的血栓回収術に当たっての適切な麻酔戦略が喫緊の課題である。個々の患者データのメタアナリシスを行うことで、麻酔戦略と患者の予後の関連性を検証する。

 

(3) Study Design

Patient Selection:

 MEDLINEにて、

  • ランダム化コントロール研究 (randomized controlled trial)
  • 脳卒中血管内治療 (endocascular stroke treatment)
  • 脳卒中血栓回収術 (stroke thrombectomy)
  • 意識下鎮静 (conscious sedation)
  • 処置中の鎮静 (procedural sedation)
  • 覚醒下鎮静 (awake sedation)
  • 局所麻酔 (local anesthesia)
  • 全身麻酔 (general anesthesia)

これらのフレーズを含み1980年1月1日〜2019年7月31日に発表された英語論文を検索。こうして検索した研究のうち、

 ① 血栓回収術中に全麻vs鎮静を受ける群にランダム化され, NIHSSが少なくとも10点である前方循環系の脳梗塞の成人患者が含まれる

 ② 患者ないしその代理人により承諾が得られている

 ③ 地域/施設ごとのプロトコルに従った血栓回収術の適否の判断と, 麻酔及び生理的指標について病院内の標準化されたプロトコルがある

の3条件が揃った研究を登録した。

 一方で、下記のような研究は除外されている。

 ① 研究参加者の画像診断基準(脳梗塞や血管閉塞に関する定義)が曖昧 (studies with participants with radiologic ambiguity concerning infarction and vessel occlusion)

 ② 後方循環系の脳梗塞

 ③ 頭蓋内出血の合併 (additional intracerebral hemorrhage)

 上記の'SIESTA', 'ANSTROKE', 'GOLIATH'の3研究だけが、メタアナリシスへの正式なinclusion criteriaに適すると判断された。そしてこの3研究の患者個人データを集めることとなった。

Outcome:  治療成績は以下のような項目で評価。

 Primary outcome; 3ヶ月の時点でのmodified Rankin Scale(mRS)。これをcommon odds ratio(cOR)で分析。

 Secondary outcome; 以下の項目で評価

 ① 24時間後のNIHSS

 ② 3ヶ月後のmRSスコアの機能的に独立(mRS0~2)・歩行可能で自分の世話ができるorそれ以上(mRS0~3)への分類

 ③ 入院中死亡率

 ④ 血流再開の成功(mTICI; 0~3で評価)・梗塞の拡大

 ⑤ 一連の処置の流れにおける時間の間隔(time intervals of the periprocedual workflow)

 ⑥ 治療合併症・気管挿管の遅延・肺炎疑いに対する抗菌薬といったadverse event。

 

(4) Results

 合計368名の患者が登録。うち183名(49.7%)が全麻群, 185名(50.3%)が鎮静群であった。平均年齢は71.5歳(標準偏差12.9), baseline NIHSSの中央値は17で、全麻群の70.5%, 鎮静群の71.4%がrt-PA投与を受けた。

1. Primary Outcome

 Main analysisでは、全麻群に関して有意に有利(significantly different results in favor of the general anesthesia group)な結果となった (cOR 1.58[95%信頼区間1.09~2.29]) 。

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Primary outcomeとsecondary outcome

 但し、途中で鎮静群→全麻群に緊急的に変更となった患者を全麻群として解析した場合(as-treated analysis)、全麻群vs鎮静群で有意差は無かった (cOR 1.20[95%信頼区間0.83~1.74]) 。

 NIHSSスコア≦17 vs 17<, 年齢>70 vs 70<, 性別, rt-PA投与の有無, 発症から入室までの時間(単位は分, onset to door time), ASPECTスコア<8 vs 8~10のサブグループに分けた解析でも、サブグループ間の有意差は無かった。

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サブグループ解析

2. Secondary Outcome

 3ヶ月後mRSスコアが「機能的に独立している」症例 (mRSスコア0~2 vs 3~6) は、鎮静群よりも全麻群で多かった (49.2%vs35.1%, OR2.16[95%信頼区間1.31~3.54]) 。また、mRSが「歩行可能・自分の世話ができる」に分類される(mRSスコア0~3 vs 4~6)症例は、全麻群と鎮静群の間に有意差が見られた (63.9%vs54.1%, OR 1.73[95%信頼区間1.06~2.82]) 。入院中の死亡率は両群間で有意差が見られなかった (全麻群14名[7.7%]vs鎮静群15名[8.1%], OR0.75[95%信頼区間0.32~1.75]) 。しかしながら、緊急的に鎮静群→全麻群に移行した患者を含めない解析では、3ヶ月後のmRSスコアに関して有意差は見られなかった (cCR1.37[95%信頼区間0.93~2.02]) 。

 早期の神経所見の改善は、両群間で有意差が見られなかった。全麻群における平均NIHSSスコアはbaseline 17.7→24時間後11.1である一方、鎮静群における平均NIHSSスコアはbaseline 17.4→24時間後11.9だった (adjusted mean difference-1.11[95%信頼区間-2.90~0.68]) 。

 血流再開の成功(mTICI grade 2b or 3)は鎮静群よりも全麻群で多かった (72.7%vs63.3%, OR1.84[95%信頼区間1.12~3.01]) 。また脳梗塞の拡大は両群間で有意差がなかった (全麻群44.3mL vs 鎮静群55.5mL, adjusted mean difference -14.8[95%信頼区間-35.5~6.0]) 。

3.その他

 時間の間隔(time intervals), 処置の時間(durations of the procedures), 治療合併症は両群で有意差がなかった。

 なお、鎮静群のうち21名(11.5%)は、緊急の理由で全麻群に移行した。理由は、激しい興奮(n=9), 誤嚥(n=1), 頸動脈を直接穿刺(n=4), その他(n=6)であった。

 鎮静群では、全麻群と比較して ① アンギオ室到着から鼠径部穿刺までの時間 (15分vs23分), ② 病院到着から鼠径部穿刺までの時間 (69分vs75分) の平均値が、わずかながら有意に短かった。またICUへの滞在期間は鎮静群より全麻群で長かった (46.3時間vs25.0時間)。同様に、呼吸器装着時間も全麻群で長かった (20.4時間vs5.2時間)。

 合併症の中でも、収縮期血圧の低下(baselineから20%以上の低下)は鎮静群より全麻群で多かった (80.8%vs53.1%, OR4.26[95%信頼区間2.55~7.09])。更に、全麻群では鎮静群よりも多く収縮期血圧の変動が見られた (180mmHg以上と120mmHg以下を示す患者の割合で示す。79.7%vs62.3%, OR2.42[95%信頼区間1.49~3.93])。その他の合併症に関して有意差は見られなかった。

 

(5) Discussion

  • 3ヶ月時点での機能的予後は全麻患者で有意に良好であった。平均mRSスコアの両群間での差は小さかった(modest)ものの、3ヶ月後のmRSスコアが0~2点に関しては全麻群>鎮静群であった。
  • この結果は、従来の後方視的研究の「全麻を受けて脳梗塞血栓回収術を受けた群は、鎮静を受けた群よりも機能的予後が悪い」 という結果と対照的である。なお、これら従来の研究は ① 全麻を受けた患者のNIHSSスコアのbaselineは高い, ② 治療群間のbaselineのパラメーターは、大きく不釣り合いであり、バイアスや交絡因子のリスクが増える, という欠点があった。
  • 全麻に関する臨床的な利益(clinical benefit)は、全麻群における高い血流再開と関係している可能性がある。SIESTAのpost hoc analyisisでは、全麻における複数の技術的な側面と, 短い処置時間の利点が示唆された。
  • 過去の後方視的研究によると、全麻群での挿管に伴う時間の遅れは予後悪化に関係するということが示唆されている。だがこの研究では、全麻による平均遅延時間が6分であった。本研究に含まれたSIESTA, ANSTROKE, GOLIATHの3研究の標準化された作業の流れ(workflow)によるものであろう。
  • 全麻導入に伴う血圧低下や血流再開前の血圧低下は、予後不良に繋がることが過去の研究で分かっていた。しかしこの研究では、厳格な血圧コントロールで血圧変動を抑え込んでいる。
  • 緊急的な理由で鎮静群→全麻群と移行した患者を、①除外, 或いは ② 全麻群に含めて分析した結果では、有意差が出なかった。特に②の結果については、鎮静群から全麻群に移行した患者によって、全麻とprimary outcomeの間のpositive associationが希釈された可能性がある。

  なお、この研究の特長としては、① SIESTA, ANSTROKE, GOLIATHの3研究における標準化された治療には、わずかな差異しかない, ② 3つの異なる国際的な研究グループのデータを使用した, ③ 3研究のデザインとプロトコルは類似している, ④ 不明データやフォローアップから脱落した患者がほとんど無い, の4点が挙げられる。