Voice of ER ー若輩救急医の呟きー

日本のどっかに勤務する救急医。医療を始め、国内外の問題につきぼちぼち呟く予定です。

【医療関係者向け】蛇咬傷への治療をまとめてみた。

 今日は、蛇に噛まれた際の治療法について書いてみたいと思います。『救急診療指針』(下記リンク参照)にも、日本国内に生息するマムシ, ハブ, ヤマカガシによる咬傷への治療法等に関する記載があります。

 ただし、'UpToDate'を検索してみると、更に詳しい解説や、海外に生息している蛇に関する言及もあるので非常に面白いです。なので、今回はUpToDateに書いてあった内容を大まかにまとめてみようと思います。

UpToDate

(1) 噛まれた直後のFirst Aid

 まず、注意点がいくつかあります。

1. 蛇がいるところから避難する。

2. 蛇の種類の同定は必要だが、写真撮影程度に留める(無理しない)。患者及び救助者の安全と、患者の迅速な搬送が優先事項。また、死んだ蛇とはいえ、反射が残っていて噛まれる場合があるので、触らない。

3. 噛まれた四肢からアクセサリーを除去する腫れて来て、取れなくなる+圧迫するので)

4. 患者は歩かせない(毒の吸収を促進するおそれがあるので)。

5. 後述する処置以外で傷に触らないこと。

 更に、毒が全身へ回るのを防ぐためのやや専門的な処置も必要となります。

6. 噛まれた部位は機能的な位置("functional position" 下の写真も参照)で副木で固定する。

 e.g.) 掌側副木; 前腕を中立にして(neutral forearm)、手関節は20 °屈曲させる。

   膝関節副木; 膝関節は可能であれば完全に進展。

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Functional Positionの一例。UpToDateより引用

7-1. 局所的な組織傷害が顕著だが全身的な影響が少ない毒を持つ蛇(e.g. 北米の蛇)と思われる場合、噛まれた部位は心臓と同じ高さにすることで局所的な腫れの抑制を図る。

7-2. 神経毒を持つ蛇(e.g. オーストラリアの蛇)と思われる場合、噛まれた部位を心臓より低い高さにすることで、リンパ管を介した毒の吸収の遅延を図る。

8. "Pressure immobilization"

 神経毒を持つ蛇(e.g.コブラ科の蛇, 南米のガラガラヘビ)に噛まれ、尚且つ医療機関への搬送に時間がかかる場合に適応となる。 手順は下記の通り(下の写真も参照)。

  • 衣服を除去せず、傷害された四肢の過剰な運動を避ける。
  • 傷害された四肢を心臓より低くし、下→上の順に包帯で巻く。
  • 包帯を巻く固さは足関節捻挫の場合と同じくらいにするが、血流を阻害しないよう注意。
  • 膝関節及び足関節は伸展位, 腕は肘関節が屈曲されるようにして吊る。

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Pressure immobilizationのやり方を解説する図(UpToDateより引用)

9. 避けるべき行為

  • 咬傷の切開や吸引
  • 冷却療法
  • 手術(surgery)
  • 電気ショック療法
  • ターニケット

 いずれも効果なしor毒の吸収を促進する可能性がある、とされています。

 

(2) 病院での治療

 JATEC, ACLS等でも強調されていますが、重症患者ではA (airway), B (breathing), C (circulation)の安定化が重要です。蛇毒が神経毒であった場合、呼吸筋の麻痺で呼吸不全になる危険性があります。これに対しては気管挿管, 人工呼吸器による管理で対応します。

 また、毒素の作用によって、凝固障害を来して出血したり, 噛まれた四肢(血管外)へ体液がシフトしたり, 血管拡張・心筋抑制が起きた結果ショックになることがあります。これに対しては細胞外液or輸血の大量点滴や昇圧薬持続点滴(e.g.ノルアドレナリン)を行う必要がありますが、特に小児, 高齢者では、輸液開始数時間後に、噛まれた四肢(血管外)に移動していた体液が血液循環へ戻ることによって体液過剰(e.g.肺水腫)を来たす場合があります。そのため、蛇に噛まれショックになった患者に対しては全例、体液量のモニタリング(e.g.尿量計測, 心エコー)が必要となります。

1. いわゆる"dry bite"への対応

 局所的な疼痛と腫脹が進行しない("dry bite"), もしくは毒の全身への作用が見られない場合でも、入院させた上で、一定期間経過観察する必要があります。具体的には、

  • 蛇の種類は不明だが、神経毒を持つ蛇の生息地域では受傷後24時間
  • 凝固障害のみ起こす蛇毒の場合、受傷後12時間
  • 横紋筋融解症を起こす毒を持つ蛇の生息地域では、受傷後24時間+退院前に採血し、クレアチンキナーゼの値を確認

2. 抗毒素療法について

 これは特に重篤な症状が起こりうる毒蛇咬傷では第一選択の治療法です。副作用発生率も高いのですが、救命効果の方が高いので強く推奨されています。

 専門家へのコンサルトも必要であるものの、抗毒素療法の適応となるのは次のようなものです。

  • 麻痺症状, 凝固障害といった致命的な症状。特に、神経毒を持つ蛇(e.g.コブラ科, 南米のガラガラヘビ, ラッセルクサリヘビ[インド]の一部, ヨーロッパクサリヘビの一部)では眼瞼下垂, 外眼筋麻痺といった症状が出現したらすぐに投与する必要がある。
  • 横紋筋融解症 or それを起こす毒を持つ蛇(e.g.オーストラリアに生息)による咬傷。横紋筋融解症の状態を逆行(reverse)させないが、症状を減衰させる。
  • 明らかに重篤な局所症状(e.g.水疱形成, 壊死)が急速に出現 or 噛まれた四肢のかなりの部分で、短時間(e.g.1~2時間)に局所症状が進行した場合。

 抗毒素の投与量に小児量はありません(成人も小児も同じ量を投与)。経静脈的に、①生食等で希釈したものを30~60分かけて投与するか, ②凍結乾燥させた抗毒素etc.なら再構成(reconstitute)して、10~20分かけて静注します。アナフィラキシー等のアレルギー反応を起こす場合があるので、投与後1時間は厳重な監視が必要となります。アナフィラキシーへの対応の詳細は成書に譲りますが、アドレナリンの筋注(成人; 0.3~0.5mg, 小児; 0.01mg/kg, >50kgの小児の場合は、最大0.5mgまで可)が最も重要です。

 抗毒素療法の効果があった場合、凝固障害を呈する毒なら20分程度で出血症状が収まり, 神経毒なら30分程度で部分的な改善・数時間で全ての神経症状の改善が見られます。逆に効果が乏しい場合は ①投与した抗毒素が違う(想定したのと別の蛇に噛まれた), ②抗毒素の投与量が不足(追加投与が必要), ③抗毒素が不良品だった, ④受傷から投与まで時間がかかり過ぎた, ⑤蛇毒の症状が抗毒素で逆行させることができない(e.g. 新経筋接合部のシナプス前に作用する神経毒)といった状況が考えられます。

3. 抗毒素療法以外の治療について

 受傷部位を洗浄後、適宜被覆して感染徴候の出現に注意します。予防的抗菌薬投与は不要とされています。また、破傷風予防として、破傷風トキソイド筋注, ヒト破傷風免疫グロブリン静注が必要となります。コンパートメント症候群や横紋筋融解症, 腎障害への対応は成書に譲ります。

 他に、神経毒を持つ蛇でも、毒の作用部位が新経筋接合部のシナプス後であり(e.g. デスアダー[オーストラリアに生息]の一部, フィリピンコブラ, フードコブラ属[アジア, アフリカに生息]), なおかつ抗毒素が投与できない場合、エドロフォニウム or ネオスチグミンといった抗コリンエステラーゼ薬を投与する事が推奨されています。

 また、凝固障害治療の第一選択は抗毒素であり、出血が持続する場合(血液検査凝固系データよりも、臨床症状に基づいて判断)は抗毒素の投与量が足りないと考え追加投与します。また、出血が持続する症例では、抗毒素の追加投与と並行して新鮮凍結血漿を投与する場合もあります。微小血管障害による溶血性貧血により血小板減少と出血が持続する場合には、血小板数>100,000を目標にして血小板輸血を行います。

 他にも、出血症状が無くても血液検査で ① INR>3.0, ② APTT>50 sec., ③ 血小板<50,000, ④ フィブリノゲン<75mg/dL 全てが揃っていた場合も、出血リスクがあると判断して抗毒素投与を考慮すべきとされています。