Voice of ER ー若輩救急医の呟きー

東日本の某県に勤務する救急医。医療を始め、国内外の問題につきぼちぼち呟く予定です。

日本の問題点を、思いつくまま綴ってみる。

  最近、各種メディアから流れてくる情報を見聞きして、日本の問題点を考察する機会があったので、今回はそれをまとめてみたいと思います。

(1) 日本の組織は意思決定が遅い

 先日、出勤中に聞いていた朝のFMラジオで「日本企業は会議を沢山開くが、意思決定は遅い」という話が出ていました。「会議で上司/上層部が意見を提示するが、参加者が周囲の『空気』を気にして異論を出さない」・「会議をする時間のせいで残業時間が伸びている(『働き方改革』に逆行)」という意見も聞かれました。

 日本人の意思決定の遅さは、今に始まった事ではないでしょう。例えば、1942年8月7日に始まったガダルカナル島攻防戦では、8月19~21日の間の攻撃と, 9月13~14日の第1次総攻撃, 10月24~26日の第2次総攻撃全てが失敗に終わりました。島の奪還が難しいと皆が認識していたにも関わらず、陸海軍の中枢は共にメンツを気にして『弱音を吐く』(ガダルカナル島からの撤退に言及する)ことができず、同年12月31日になってようやく陸軍・海軍トップが昭和天皇へ撤退を上奏, 翌年1月4日に天皇が撤退の大命を下すという経緯を辿りました。その結果、ガダルカナル島に投入された日本軍の兵員32,000名のうち12,500名が戦死, 1,900名戦傷死, 4,200名戦病死, 2,500名行方不明と多大な犠牲が生まれました。

 上記の例に限らず、日本軍という組織内では、組織の目標や合理的な手段の選択よりも組織内部の情緒的融和(各個人の間柄を壊さないこと)を優先したため意思決定が遅れたという事例が多々見られます。他方の米軍は、一定の期間で指揮官・参謀を交代するシステム(優秀な頭脳とはいえ同じ仕事ばかりやっていても疲れる, 前線と作戦部の人員を定期的に入れ替える事で前線から優秀な人材を選抜でき、前線の緊張感が作戦部に導入される, 等の理由による)によって、意思決定が迅速になり日本軍に対し圧倒的優位に立つことが出来たのです。

 「空気を読む」, 「組織内の序列(特に年功序列, 先輩・後輩関係)に過剰に気を遣う」といった独特の気風によって合理的な意思決定ができないという悪習を日本はまだ捨て切れていません。

 

(2) 「女性は家庭を守る存在」という固定観念

 ここ数日、SNSを含めたメディアで「男性の育休を義務化する法案を国会に提出する動きがある」という報道や、「企業に育休を届け出た男性社員が地方へ左遷された」という情報が飛び交っています。

www.huffingtonpost.jp

 日本企業が男性社員の育休・産休取得に後ろ向きな理由は恐らく、「女性は家庭を守る存在だ」という固定観念があるからでしょう。他方、米欧(特に北欧)では女性の社会参加/男女の機会均等に関する社会の意識や政府の政策が(日本等より)進んでいると以前から指摘されています。

 皮肉にも、これには二度の世界大戦という歴史的背景が関与していると思います。2度の世界大戦で戦場となった欧州各国と, 2回とも参戦した米国では、工場等の職場で働いていた男性が次々と徴兵されていきました。しかし戦争継続の為には、軍需品の生産継続や国内経済の維持が必要で、工場は止められません。その結果、女性労働者が様々な職場で働き手となりました。更に、第二次世界大戦では米英が補助部隊とはいえ女性からなる部隊を創設し、ソ連に至っては前線戦闘部隊に女性兵士を配置していました。

 他方、アジア太平洋戦争中の日本では、上記の通り「女性は家庭を守る存在」という固定観念のため、場等で働く女性は未婚の女性に限定されていました。また、日本当局は「産児報国」(戦時中は人口の増加が必要)というスローガンを掲げておきながら、年齢が若い(妊娠・出産の適齢期にある)未亡人の再婚に対して否定的な見解を示していました。また、女性の軍への入隊/徴兵の主張が一部にあったものの、結局少数の女子通信隊の編成に止まりました。

 総力戦の中で、「女性という潜在的な労働力/兵力を登用する」という合理的な判断を下した欧米政府・企業と、それにより社会進出と発言の機会を得た欧米の女性。その反面、「女性は家庭を守る存在」という固定概念を政府から一般大衆に至るまで『墨守』して出遅れてしまった日本固定観念をぶち壊せるか」という一点で、未だに日本は出遅れています。

 

(3) 情報収集・統計は出来るが…

 昨今、政府の統計・情報処理に関する様々な不祥事が指摘されています。賃金統計の作成手法が変更され、昨年度の賃金伸び率が以上に上振れしている事に気付いていたにも関わらず、そのまま公表してしまった不祥事(上の『西日本新聞』の記事)が最近では話題になりましたし、下のツイートのように不登校理由調査結果が文科省NHKの間で乖離しているということもあったようです。また、先日には麻生太郎氏が「人生50年時代の社会保障の設計のまま人生100年時代になった」という旨の発言に対し、様々な議論が巻き起こっていました。

 情報収集・統計は十分できていても(現状の判断や将来の見通しを正確に行う材料は揃える能力はあっても)、誤魔化したり, 都合の良いように解釈してしまったりetc.という過誤が、最終的に日本国民全般に悪影響を及ぼしかねない事態に発展しているのです。

 1939年のノモンハン事件の際には、関東軍内部で「ソ連軍の兵力や火力・装備が関東軍を上回っている」という情報を根拠にした慎重論が一部で出ていましたが、「一挙に敵を撃滅する意気で溢れている時期に、消極的意見は不要」という理由で却下されました。「ソ連軍は弱小だ」というバイアスを持ったまま、ソ連側陣地への攻撃を繰り返した結果、兵力・装備の喪失を繰り返して戦況は悪化していったのです。また1944年3~7月に行われたインパール作戦の際、作戦を担った第15軍の司令官は「英印軍は弱小だ」という偏見の元に作戦を計画。なお、同年2月の英軍との戦闘で、日本軍は英軍の新しい戦術や優越な火力を前に苦戦しており、また3月には英軍空挺師団が日本軍の支配地域内へ侵入して、大規模な作戦を展開しています。しかし、日本軍は英軍の新戦術について学習せず、また空挺師団については「目的は後方撹乱程度だろう」と判断。空中偵察で英軍の規模や事態の深刻さを悟った将校が作戦開始延期と空挺師団掃討優先を求める進言を行いますが、第15軍の司令官らは却下します。そして予定通り、「未開の山岳地帯を行軍し、尚且つ英軍の拠点 インパールを急襲制圧する、という全行程を3週間で達成する」という無茶な作戦を実行に移しました。

 手元に正確な(客観的な)情報があっても、頭の中で描いた主観的な状況を前提にして行動しているから失敗するのです。そして、もう既に(1), (2)の2項からお分かりと思いますが、日本人の思考/慣習は第2次世界大戦の頃から進化していないと考えられます。