Voice of ER ー若輩救急医の呟きー

日本のどっかに勤務する救急医。医療を始め、国内外の問題につきぼちぼち呟く予定です。

救命センター・ドクターヘリ運営に関与して思ったこと

 今日は、大学病院で救命救急センター, 及びドクターヘリでの診療を通して感じた日本(或いは地域)の医療の問題点を綴ってみようかと思います。

(1) 3次救急病院ならば全診療科を揃えておくべきでは

 私の勤務する都道府県は、私の居る大学病院を含めると合計3箇所の3次救急病院があります(救命救急センターがあり、救急医が常駐)。目撃あり心停止や高エネルギー外傷, 薬物中毒といった他の病院では管理できない症例を診療するのが前提(のはず)ですが、時々大学病院以外の3次救急病院から大学病院へ、患者が転院搬送されてきます。私が見聞きした事例では、

1. 交通事故に巻き込まれた小児を初期治療で蘇生/安定させた(止血が完成している訳でない)が、小児外科が無いので手術目的に大学病院へ転院搬送。

2. 産科はあるが小児科が無いため、低出生体重児で何かしら緊急で治療が必要な場合、NICUが揃っている他院に転院搬送。

3. 交通事故の腹部外傷へ、救急科で初期治療を行い、外科で開腹手術を行って一旦安定させICUに入れるも、その後膵炎を発症(外傷の影響)。しかし同院の外科が手術的加療に及び腰であった為、救急科が大学病院へ紹介・転院させ、大学病院の外科が再手術を行った。

 これが、東京のように狭い範囲内に病院が複数ある場合は特に問題は生じないでしょうしかし私のいる県は、面積が広く、尚且つ山岳地帯が多いので移動に時間がかかります。一応ドクターヘリはありますが、天気が悪い日や夜間は飛べません。ドクターヘリが飛べない状況下では救急車で転院搬送するしかないのですが、1時間はまだしも2時間以上かかる事すらあります。救急車内に載せられる機材・薬剤は限られているので、転院搬送中に急変されたらたまりません。

 そういった事情を考えると、①面積が広い, ②島嶼部が多い, ③山岳地帯が多い といった要素がある都道府県では、ドクターヘリだけに依存せず、各地域で救急医療を完結できるように人員やインフラ(施設・設備)を整えることは必要と感じます。

(2) 2次救急病院の人員不足も問題

 私のいる県では、一部の地域で脳卒中の急性期の治療が十分に行えません。そもそも神経内科医がおらず、常勤の脳神経外科医がたった1名であったり, 常勤の脳神経外科医が2~3名居るものの脳梗塞急性期の治療をしない人たちだったりと、2次救急病院に十分治療を行うだけの人員やスキルが欠乏しているのです。その地域で脳卒中が疑われる急患が出た場合は、即ドクターヘリが呼ばれ、患者を回収。他の地域の病院の脳神経外科へ搬送するのです。言い方を変えれば、ドクターヘリが無いと脳卒中急性期の診療が満足に行えないのです。

【医療関係者向け】脳梗塞急性期の治療について - Voice of ER ー若輩救急医の呟きー

 またこれまで数回本ブログで言及していますが、消化管出血時に内視鏡で緊急治療を行う体制が不十分な地域があります。出血で血圧が維持できない場合、確かに生理食塩水点滴や輸血で血圧を保つことはできますが、止血を達成しないと根本的な治療とはなりません。

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 脳卒中や消化管出血, 心筋梗塞といった、迅速な加療で救命, ないし良好な機能予後が期待できる疾患へ、各地域で十分に対応出来るように人員を揃えることも必要ではないでしょうか。

(3) 『集約化』とはいえ中途半端過ぎる

 上記(1), (2)に矛盾するようですが、「医師の過重労働を軽減するため、急性期病院の集約化が必要だ」という意見が医療関係者の間でよく見られます(下記リンク参照)し、私も十分同意しています。例えば、ECMO(extracorporeal membrane oxgeneration; 遠心ポンプと膜型人工肺からなる人工心肺)を使うような心臓外科手術, ないしECMOを使用しないと循環が維持できない心筋梗塞の管理は、専門的な知識をもつ医師, 看護師, 臨床工学技士が必要となってしまいます。そのような症例に対応できる施設を、1つの都道府県内にやたらめったら作るよりは、1~2箇所で集中管理した方が効率的です。

 しかし、そのような集約化が中途半端な場合があります。以前、大学病院の救急外来へ手指切断の患者が搬送されてきました。(場合によりますが)機能の回復を図るため再接着手術を行うことも多く、施設/大学によって整形外科がやる場合と形成外科がやる場合があります。私の大学病院は整形外科がやるので、早速整形外科に相談したところ「再接着手術専門の医師が、今日は外勤(医局バイト)で居ないので、今日はうちではその手術ができない」と返答がありました。再接着の'golden hour'は切断後6時間と言われており、急ぐ必要がありました。県内の他の病院で再接着の出来る施設があったため、急遽そこへドクターヘリで搬送しました。

 また別の日には、手指切断再接着の出来る病院へドクターヘリで手指切断の患者を搬送しようとしたところ、2本切断されており「切断指が複数にまたがる場合、うちでは難しい」と言われて大学病院に搬送したという事例もあったのです。

 手指の再接着手術は特殊な技術/知識が必要なので、上記のECMOの事例のように、集約化して対応した方が効率がいいはずです。しかし現状ではこのように融通が利かない態勢となっています。

 

 今回、医局制度の是非についてとやかく言うつもりはありません。しかし、地域医療の手綱を事実上握っているのであれば、このような問題点を迅速かつ効果的にどう是正するのか、せめてビジョンくらいは示して頂きたいものです。