Voice of ER ー若輩救急医の呟きー

東日本の某県に勤務する救急医。医療を始め、国内外の問題につきぼちぼち呟く予定です。

ICIJが、埋め込み型医療機器の欠陥を調査し報道

 ここ数日間に朝日新聞を読んでいた皆様はご存知かもしれませんが、国際調査報道ジャーナリスト連合(International Consortium of Investigative Journalists; ICIJ)が、世界中の体内埋め込み型医療機器の欠陥に関する実態を『暴露』しました。下記のような記事が何件も発表されています。

www.asahi.com

 今回、私は敢えて英語原文のうち1つ(下記のリンク。11月25日発表)を読んでみました。日本語記事には反映されない項目やニュアンスがある可能性を考えたからです。そして、何が問題であったのかを自分なりにまとめてみました。英語というだけでなく、結構長文なので苦労しました。

www.icij.org

(1) はじめに

 最初に断っておきますが、今回のような欠陥や不都合な背景が判明したとはいえ、体内埋め込み型医療機器(以下、デバイスと呼ぶ)の有効性や価値が否定された訳ではありません。こうしたデバイスが無ければ、まともに生活ができない, もしくは生命が維持できない患者さんも沢山います。人工股関節が無ければ、今頃多くの高齢者が変形性股関節症のため寝たきりになり、生活の質の低下を来たしていたでしょう。3度房室ブロックやMobitz2型ブロックの患者さんは、ペースメーカーが無ければ、突然の心停止・死に怯えながら生活する事になりかねません。後述するように、問題はデバイスの質を保証する態勢が全く整っていないことなのです。

 今回、ICIJのジャーナリストと250名以上のリポーターからなるチーム, 58名の報道機関所属のデータ専門家が情報の収集と解析に当たりました。1,500を超える公的記録と8百万を超えるデバイス関連記録を収集しました(後者については、540万件超と過半数がデバイスの破裂, 腐食といった有害事象のレポートでした)。

 

(2) では、何が問題となっているのか?

 ここからは、デバイスの欠陥に関わる問題点を、大きく①デバイスの規制を担当する政府(規制当局)側の問題点と, ②デバイス製造業界側の問題点 の2つに分けて解説してみようと思います。

①規制当局側の問題点

 新薬の場合、国際的に見ても最低1回のヒト(患者)を対象にしたランダム化コントロール試験(randomized controlled trial; RCT)を行い、安全性と有効性を確認できないと承認されません(米国の場合、3回の試験を行なって安全性と有効性を実証しないと承認されない)。しかしデバイスの場合、必要なのは1回の研究(但しRCTではない)だけであり、「従来のデバイスと実質的に同等である」ことが証明できればいいのです。そうとはいえ、多くの新規デバイスは元になったデバイス(original version)と殆ど似ていません。事実、米国の食品医薬品局(U.S. Drug and Food Adminisitration; FDA)の審査を受けたデバイスのうち、市場に出る前に承認を受けたのは5%にも満たなかったそうです。段階的に行うデバイス更新に用いるはずだった手順を、大規模なデバイス更新にも適用しているからです。また、British Medical Journalの調査では、外科手術に使うメッシュ61種を辿ったところ、それぞれ1985年と1996年に承認された2種類に辿り着いたそうです。これらも全て、承認時に完全な臨床試験は行われていませんでした。

 ヨーロッパの場合、新規のデバイスを市場で販売開始(つまり実臨床での使用を全面的に開始する)に当たっての規制はほぼ無いのが現状です。政府当局に替わってデバイスに承認を与える「通知機関(notified body)」は個人の会社(private company)であり、デバイス製造企業が金(手数料?)さえ払えば、承認を与えてくれます。しかも通知機関は、政府機関にデバイス承認に関連した記録を残すことを義務付ける法律の対象から除外されています。事実、ヨーロッパ連合(EU)の規制当局は、リスクを伴うデバイスの90%(推定)について臨床の記録を持っていません。既存の製品と類似しているだろうと考えているからです。更に、一旦EUで承認が得られたデバイスはほぼ審査を経ることなくサウジアラビア, インド, フィリピン, シンガポール, ラテンアメリカといった国々で承認されています。

 他方、米国はヨーロッパと事情が異なります。当初、FDAといった米国当局は諸外国(特にヨーロッパ)の規制が緩いと批判してきました。2012年、FDAは「安全でなく効果がない」デバイス(当然EUで承認された製品ばかり)の実名を挙げた報告書を公表しました。しかしながら、2013年頃から態度が変わります。当局は「公衆衛生にとって重要なデバイスの『入り口』として世界で1番になるよう努力する」と宣言します。そして、トランプ政権に替わると規制緩和の動きは加速しています。2017年には、2010年の3倍を超える数のデバイスFDAにより承認される一方、FDAが製品の安全性に関して企業に発した警告は80%も減少しました。

 また、政府が行う欠陥デバイスのリコールが国によって異なることも問題になっています。米国では過去10年だけでFDAが26,000回も警告を発したのに対して、メキシコの規制当局はこれまで2回しか警告を出していません。更に、膣に使用するメッシュ(失禁や子宮脱等の治療に用いる)の事例では、ニュージーランドと英国の当局が安全性を調査(有害事象の報告があった為)している期間中、これらの国・地域でこのメッシュの使用が制限されましたが、その他の国々では市場に出回り続けました。

 加えて、政府によるリコールが出た後の対応も、単なるラベルの変更に止まったり、早急な製品の回収に至ったりとバラツキが生じがちです。また、バイスに問題が見つかっても、移植された患者を政府や医師が追跡/特定するシステムが整備されていない点も大きな課題となっています。

②企業側の問題点

 バイス製造業界も、政府に対して規制を緩和するよう様々な圧力をかけています。国司法省と証券取引委員会のデータによると、2008年以来、デバイス製造企業は米国と諸外国において、当局からかけられた汚職や詐欺等の容疑を解決する為に16億ドルを支払っているそうです。また、彼らは2017年までの10年間で、3億3500万ドル超を献金することで立法府に影響を与えようとしてきました。更に、FDAのデバイスプログラムの35%へデバイス業界が資金を提供しています。

 また、FDAは欠陥デバイスのデータベースを持っており(Manufacturer and User Facility device Experience; MAUDE)、法律では、デバイス製造企業は医師, 病院, 患者, 弁護士らから苦情(デバイス欠陥の情報)を集め、FDAへ提出するよう定められています。しかし、現状では、そのような法を遵守しない企業もいます。2008年から2018年の間に、FDAは4,400回以上(デバイス欠陥に関する)苦情処理指針に違反した企業を召喚しています。企業側が、デバイスに関する苦情の情報を隠蔽, 紛失ないし誤った扱い方をしたのです。

 更に、バイス製造業界は医師, 病院にも影響力を行使しています。企業が医師向けにカンファレンスやデバイスの使用法に関するセミナーを開催したり、企業の社員が手術室に入って医師にデバイスに関する助言を行うことが恒常化しています。しかし、2016年のジョージタウン大学の研究によると、これによって医師の独立性と, 各患者にとって最良の治療法を選択する能力が損なわれいていることが明らかになりました。更に、企業はバイスの開発に関わった医師へ特許権使用料を支払うだけでなく、研究助成金とstock optionすら与えています(利益相反を生じる)。米国では、2017年だけで10のデバイス大手が6億ドルを医師と病院に支払いました。更には、'Biotronik'というドイツ企業の事例では、規制当局に承認されていない循環器用デバイスを使用した見返りとして、医師へリベートを払うだけでなくスポーツ観戦チケットやゴルフ, 高級料理で接待まで行ったそうです。

 

 埋め込み型医療機器の安全性を厳密に監督すべき行政側の対応が、後手に回っている実態が今回の報道で明らかになりました。企業側も、利益を追求するあまり、製品の安全性確保や法令遵守の徹底といった倫理的な規範を軽視する体質が蔓延してしまっているようです。

 我々医療スタッフも立派な有権者ですし、曲がりなりにも医療機器製造企業の顧客です。ましてや、患者さんの健康を担う重責を負っています。従って、政府や企業側に対して現状の改善を厳しく要求する姿勢が必要だと感じました。