Voice of ER ー若輩救急医の呟きー

日本のどっかに勤務する救急医。医療を始め、国内外の問題につきぼちぼち呟く予定です。

【医療関係者向け】敗血症の診断・治療は慎重に行うべし

 今回も、英語論文の和訳&紹介を行いたいと思います。今日の元ネタは 'Antibiotics for Sepsis-Finding the Equilibrium'(Klompas M, Calandra T, Singer M. JAMA 2018;320(14);1433-1434)です。

 

 2017年にRhodesらが発表した'The Surviving Sepsis Campaign guideline'において、敗血症と敗血症性ショックの両者に対しては、診断/トリアージ後1時間以内にスペクトラムの広い抗菌薬を投与するよう推奨しています。今日紹介する論文(Vewpoint。専門家の意見をまとめた記事)では主に、このガイドラインの注意点を指摘しています。

 

(1) Surviving Sepsis Campaign guideineのメリット

 敗血症性ショックは、適切な抗菌薬による治療開始の遅れが死亡率の上昇に繋がります。その反面、'Surviving Sepsis Campaign'のガイドラインは迅速な抗菌薬

治療の開始を推奨しており、これを活用することで敗血症性ショックの予後改善に繋がると期待されました。事実、このガイドラインを用いることで、敗血症の死亡率が下がったという報告も出ています。

 しかしながら、この論文の筆者は、こういったデータには、次のようなバイアスが伴うと指摘しています。

1. 大半の研究は、敗血症の検出率と, 診断から治療までの時間を改善しようとする。従って、時間経過とともに、これらの研究はより重症度の低い患者も対象に含めるようになる。そうすると全体の死亡率は下がるが、そのせいで、時間経過とともに改善する成績に関与したのは ① 治療内容の改善なのか, ② 患者の混合なのか, それとも③ ①と②両方なのか, がわからなくなってしまう。

2. 多くの研究は、最終診断が敗血症であった患者の成績のみ報告している。そのため、来院時に敗血症と誤診された症例は含まれない。こうした症例では抗菌薬の副作用が生じた可能性があるが、それらのデータも当然含まれない。

 

(2) Surviving Sepsis Campaign guidlineのデメリット

 'Surviving Sepsis'のガイドラインを実践するに当たって生じる問題は、主に次の3つです。

① 敗血症や敗血症性ショックの診断は難しい

 敗血症の定義をざっくりまとめると、感染症が臓器障害を引き起こしている」といった感じです。しかし、臓器障害の原因を感染症と診断するか,  或いは他の原因(例; 自己免疫疾患, 薬剤の副作用, 心筋症など)と診断するかの判断は、各医師の『独断専行』です。つまり、実際は敗血症でないのに「敗血症だ」と診断されてしまう症例が多々出てしまったのです。事実、敗血症の診断でICUに入った患者のうち、実際に敗血症と確定診断に至ったのは全体の60%未満だというデータもあります。

② 重症患者への抗菌薬投与には、副作用の可能性も伴う

 多くの研究では、agrresiveな抗菌薬regimen及び長い治療期間と、死亡率の増加に関連性があると示しています。

 なお抗菌薬の主な副作用としては、

1. Clostridium difficile感染症

2. 急性腎障害

3. 肝炎

4. 血球減少

5. 耐性菌の出現

6. ミトコンドリア毒性

といったものが挙げられます。

③ 敗血症と敗血症性ショックを混同する

 敗血症性ショックに対する効果的な治療の迅速な開始は重要であることは変わりありません。しかしながら、敗血症のみであれば事情は異なるので注意が必要です。論文では、3つの研究が例として挙げられているので、以下に提示してみます。

1. ニューヨーク州の病院の患者50,000名を対象にした後ろ向きアナリシス

2. カリフォルニアのKaier Permanente病院に入院した患者35,000名を対象にした後ろ向きアナリシス

 この2つの研究はともに、敗血症性ショック患者への抗菌薬投与の遅れと死亡率の増加の間に有意な関連性を示しました。しかし、ショックでない敗血症患者ではこれらの関連性は見られませんでした。

3. 病院外での抗菌薬投与群vs救急外来での抗菌薬投与群のランダム化研究

 これは2672名の敗血症疑いの患者を対象としました。救急外来で抗菌薬投与を受けた群は、病院外で投与された群と比べて、投与開始まで96分の遅れが生じていますが、死亡率は変わりませんでした。加えて、この研究の95%以上の患者は感染症のみ, 或いはショックでない敗血症だったのです。

 これらのデータを考慮すると、ショックのない敗血症患者への抗菌薬投与にはちょっとした『待った』をかけた方がいいと考えられるのです。

 

(3) では、どうすべきなのか?

 こうしたデータを踏まえ、この論文の筆者は次のような提案を行なっています。

① 迅速かつagrresiveな治療は、(全患者に一律的な治療を行うことよりも)疾患の重症度と, 診断が確実かどうか を考慮して行われるべきである。

② たとえ敗血症を疑ったとしても、ショックがなく, 感染症の可能性が低い場合は、血液検査, 画像検査, 微生物学的・分子生物学的検査, 臨床所見からより多くの情報を収集すべきである。その上で、専門診療科に相談すべきである(抗菌薬投与は二の次, 三の次)。

③他方、ショックや急速な状態悪化があり, 尚且つ 少しでも感染症の可能性があれば、迅速な抗菌薬による治療開始が必要である。

 

 抗菌薬にも、既述のような副作用があります。特に最近は、耐性菌の出現が問題視されています。耐性菌が増えすぎた絶望的な未来を迎えるよりは、抗菌薬の使用に対して慎重な姿勢を持つべきなのです。