Voice of ER ー若輩救急医の呟きー

東日本の某県に勤務する救急医。医療を始め、国内外の問題につきぼちぼち呟く予定です。

本の紹介(6); 『人質の経済学』

 安田純平さんの解放がつい先日、ニュースになりました。今回は、それに関連した書籍を紹介したいと思います。

『人質の経済学』著者; ロレッタ・ナポリオーニ, 訳者; 村井章子, 文藝春秋

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安田さんはシリアでアルカイダの関連組織「タハリール・アル・シャーム機構」に拘束されたそうですが、『人質の経済学』ではイスラム国を中心に、シリアでの人質事件の背景が述べられています。そこで、まずはシリアの事例を紹介してみようと思います。

 

 2011年、大統領のバシャール・アル・アサドが反政府デモを武力弾圧したことをきっかけにシリア内戦が勃発しますが、それ以降、政権側も反体制派側も、身代金ビジネスに手を染めるようになったそうです。

 まず政権側の事例を見てみましょう。政権軍が反体制派から奪還した地域などでは、警察や軍が一般市民(特に実業家)に「反体制派のシンパ・一味だ」という嫌疑をかけて刑務所へ身柄を拘束した上で拷問にかけます。そして家族には『保釈金』を請求する訳です。このケースでは、腐敗した官憲が市民から身代金を巻き上げています。

 他方、反体制派は多少事情が異なります。この集団内には、当然『ガチ』な集団(例えば、イスラム国家樹立を目指すジハーディストなど)も居るのですが、その反面、いわゆるヤクザ・半グレのような連中(以下、『アウトロー』と総称)も混ざり込んでいたのです。

 反体制派には当初、サウジアラビア, カタールといったスポンサーがついていました。しかし、2013年の春ごろからそうした資金の供給が滞り始めました。すると、資金繰りに困った『アウトロー』どもは(シリアの一般市民はもちろん)外国人ジャーナリストを誘拐し、その身代金で資金を確保し始めます。とはいえ、リソースが乏しい小規模犯罪組織では、身代金を入手するまでの間の人質の管理(見張りに付ける人員, 人質の食料や監禁場所)の確保が難しいので、うわべだけの過激なイスラムの思想を掲げてイスラム国・アルカイダのような大きな組織に合流するか, あるいは大きな組織に人質を売り飛ばすか, のいずれかを行なっています。つまるところ、表向きは『独裁政権打倒』・『イスラム国家樹立の為のジハード』という大義を掲げていても、実際のところは各国の大都市にたむろすギャング, マフィアやヤクザといった連中と大差が無い集団も結構居るのです。

 但し、イスラム国の場合は更に狡猾に人質を活用しています。まずイスラム国は、米英を含む各国のジャーナリストや人道支援活動家らを拘束し、拘束期間中に肉体的・心理的な拷問を加えました。そして、2013年10月にロシア人の人質のメッセージを公開し、その中でシリア政府へ「自分(ロシア人)を解放して欲しければ、シリア当局は収監中のイスラム国の同志を釈放しろ」と述べます。イスラム国は、1. ロシア政府が人質の身代金を払う気が無いこと, 2. シリア政府がロシア人の為に囚人を解放するはずも無いこと, を承知の上でわざと情報を発信したのです。そして、2014年3月に、スペイン人ジャーナリストを身代金と引き換えに解放したのとほぼ同時に、このロシア人の処刑映像を公開してみせたのです。イスラム国の狙いはズバリ、「各国を震え上がらせること」そして「各国政府が交渉を慌てて行うあまり、身代金をケチらなくなること」だったのです。それ以降、スペイン以外にもフランス, ドイツといった欧州各国の市民が身代金と引き換えに解放され、イスラム国の懐には6,000万〜1億ユーロという金額が懐に入ります。

 しかしながら、米国と英国の人質はまだイスラム国の手元にありました。彼らは、憎っくき米英政府(イスラム国には、元々アルカイダにいたメンツ以外にも、イラクの旧フセイン政権の関係者が居た)を挑発する為に人質の命を利用したのです。2014年6月、イスラム国は自分らの国家樹立を宣言し、それ以降もイラク侵攻を進めるのですが、その2ヶ月後に米国人ジャーナリストを斬首する映像を公開してみせたのです。欧米の世論, そして政府は挑発に乗りました。2014年8月末には、当時のオバマ政権はイスラム国及びアサド政権への介入(空爆と反体制派への支援)の方針を打ち出したのです。これで「米国とその同盟国vsイスラム国」という構図が完成しました。その上、欧米諸国の空爆によって、シリア国内の欧米を敵視していた人々が庇護を求めてイスラム国の支配地域に集まってくるようになりました。

 更に、イスラム国はジャーナリストらを解放する時、「自分らの支配体制の内情といった情報を暴露したら、まだ拘束中の他の人質の命がない」と脅迫しました。これは、拘束中の拷問と相まって効果を発揮します。解放された人質らは「シリア国内でイスラム国が勢力を拡大している」という情報を政府や一般市民に公開できなかったのです。その結果、2014年6月の国家樹立宣言まで、イスラム国の実態は把握されていませんでした。すなわち、イスラム国は人質への暴力によって情報統制までやってのけたのです。

 イスラム国の違法ビジネスはこれに止まりません。イスラム国の支配地域は、シリア国内のみならずアフガニスタン等の国々から来た難民が陸路でトルコを経由してヨーロッパに向かうルートに重なっており、難民はイスラム国の国境検問所を通過する際には通行料を納めなければなりません。なお、イスラム国の支配地域以外では、様々な集団が好き勝手に検問を設置して通行料を取り立てているので、イスラム国の領域を通過する場合よりも費用がかかってしまうのです。なので難民と密入国斡旋業者はイスラム国の支配地域を好んで通るようになったのです。そのお陰で、2015年の時点でイスラム国は1日50万ドルの収入を得ていました。更に悪いことに、密入国斡旋業者は金のことしか頭になく、「客(難民)の安全かつ快適な輸送」ということは考えていません。トラックの荷台に難民70~80人を詰め込んで休憩や水も与えず24時間近く走り続け、警察に人を運んでいることがバレないように荷台に防音加工をしています。2015年8月にはブルガリアオーストリア国境付近で難民71人がトラックの荷台で窒息死しているのが発見されました。

 上記以外にも、西アフリカのサハラ砂漠を縦断するルートを利用したタバコ・麻薬の密輸で収益を上げていた自称『ジハーディスト』が、自分の『縄張り』内での外国人観光客誘拐や、アフリカ難民のヨーロッパ密入国斡旋にまで手を広げた事例等、おぞましい事実がこの本では明らかにされています。

 『テロリスト』と呼ばれる集団内には、麻薬密輸に加えて, 誘拐による身代金・劣悪な環境下での難民の輸送といった人を搾取するようなビジネスで暴利を貪る『ヤクザ』・『半グレ』も相当数紛れ込んでいるという事実は、日常の報道だけでは分かりません。この本を通し、私はこれらの驚愕の事実を初めて知ったのです。